99.ホテル住まいは無理でした
あの後、約束通り複数の紹介状を手に入れてルドを後にした。変な文面だと困るから、中もアルオルが確認している。
「何と言うか、独特だったね」
我ながら、疲れた口調でそう言うと、全員が頷いている。
「あれが双月姫の片割れですか。ダンジョン公の姉上は辣腕で知られていますが、まさかこんなのとは……」
「あれ? アル知ってるの? なら教えてくれれば良かったのに」
「まさか初日に、ギルドマスターに会うことになるとは予想しておらず、申し訳ございません。
ダンジョン公『闇月姫』、ギルドマスター『月光姫』それが、双月と呼ばれる姉妹ですね」
歩きながらアルの話に耳を傾ける。世間一般が知る程度の情報しか知らないと言いつつも、かなり詳しい。そっか、双月の姉妹は基本外に出ないんだね。
「……ありがとう。みんな、それで拠点はどうしようか?
今日はもう遅いし、とりあえずギルドオススメの宿屋に一泊してから考えるでいいかな? 流石に疲れたよ」
「はい、問題ございません」
「ジルさん、口調」
「ふぅ、わがままな。あぁ、構わない。ご主人様の好きにしろ」
「ジールーさぁん?!」
一欠片の誠意も感じない口調で謝られる。そうですか、そんなら私にも考えがありますよ?
「ジルベルトさん、ダビデさんの洋服と靴を新調してから、宿に向かうのが良いと思うのですが、どうでしょうか?」
いきなり口調を変えた私に、全員が目を剥いた。ふん、オバチャンだってやろうと思えば出来るんだぞ。
「どうしたんですか? 私よりも年上の皆さんの方がご存知でしょう? それでいいと思いますか?」
追撃と言わんばかりに、丁寧な口調で問いかける。
「悪かった、謝罪するからその口調はやめてくれ。違和感しかないぞ」
「ひっどい!! 確かにめったに丁寧語なんて使わないですけど! けど!!」
膨れる私をダビデが宥めてくれる。大きくなって身長は抜かれちゃったけれど、ダビデは相変わらず良い子だ。
気合いをいれて、ギルドから紹介された服屋と靴屋を巡り、古着でいいとごねるダビデに無理やり沢山の服と靴を買った。パジャマが2枚、私服が4組、下着類が7組、料理用のエプロンに、冒険するときの鎧下、靴も用途に合わせて三種類。ハンカチ変わりの布等々。最後は涙目で止められてしまった。これでも最低限のつもりなのになぁ……。洋服はどこでも高いのは一緒らしく、金貨単位で消えていった。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」
同じく、ギルドで紹介状を寄越された宿に着いたら、そばかすの浮いたお下げの少女が受付に座っていた。
「こんにちは。冒険者ギルドから紹介されてきました。
今日、泊まれますか?」
「はい! 何名様ですか?
五人ですね。なら大部屋か、二人部屋2つと一人部屋、もしくは二人部屋と3人部屋に……あ、奴隷用のお安い休憩所も裏庭にあります。それでしたら、お嬢様だけ一人部屋で残りの方は休憩所ですね。どうされますか?」
「我々は……」
「全員、普通の部屋でお願いします!」
ジルさんが当然の様に、奴隷用の休憩所を希望しそうだから、割り込んで部屋の指定をする。
「あ、はい。なら、部屋割りはどうしますか?
全て素泊まりでの値段ですが、大部屋ですと五人で銀貨4枚。二人部屋で銀貨3枚、一人部屋が銀貨2枚です。3人部屋ですと差額のベッド代金は別に頂戴しますが、ベッド2つのままなら銀貨3枚になります。お得でしょう? 食事をされる場合は、別料金です」
高っか! デュシスの物価しか知らないけれど、デュシスなら一人1ヶ月朝夕ついて銀貨15枚だよ?!
ここは単純計算、銀貨60枚、4倍の値段だ。いや、食事がつかないから、もっとか。どんだけインフレしてるんだよ。
驚いている私たちに気がついたのか、受付の女の子は説明を続ける。
「お客様はもしかして、他の町からきた旅人さんですか?
この街は、ダンジョンが沢山あるので、総じて物価は高めです。ダンジョンで稼いだ泡銭だと冒険者さん達が気前よく使うせいもありますし、ダンジョン産以外の食料を輸入に頼っているためでもあります。ついでにいえば、人も多いので、土地も宿屋も足らないんです。だから、年々宿代も上がっています。
それで、どうされますか?」
「一人部屋5室は無理ですか?」
「無理です」
「なら二人部屋2つと、一人部屋かな?
やっぱり私と一緒はヤだよね?」
「出来れば」
「なら、二人部屋2つと一人部屋でお願いします」
「かしこまりました。全て前金です。銀貨5枚半頂きます。それとお湯は別料金、トイレは裏庭の隅にあります。洗濯で井戸を使う場合も別料金です」
「お風呂は?」
「そんなのありませんよ! お風呂がある宿屋は中央にある、この街一番の高級宿、栄光の輝き亭くらいです。ちなみに一泊すると金貨単位ですよ。うちはそれなりに良い宿ですが、そこまでではないです。はい、鍵。それと夕飯はどうされますか?」
「……どうする?」
「外で」
ジルさん達にも聞いたら、外で食べたいって言われたから、外で食べる旨を伝え、部屋に上がる。スプリングの効いたベッドを予想していたけれど、綿か何かが詰め込まれた、沈みこむタイプのベッドだった。一人部屋のせいか妙に狭い。多分2畳くらいだ。ベッドとそれに繋がる細い通路、以上って感じ。
荷物を置いたら、出掛けようと話していたから、手早く室内を確認して外に出る。ちなみに私の荷物は全てアイテムボックスに入れた。胸元のポケットに財布が入っているだけの軽装。楽でいいね。
「あ、ゴメン、待たせた?
なら行こうか。到着のお祝いに、少し贅沢しようね。みんなは何が食べたい?」
下に降りたら、全員が揃って待っていた。慌てて謝りつつ、合流する。
「いや、今来た所だ」
気を使ってそう言ってくれるジルさんにお礼を言いつつ、鍵をさっきの女の子に預けて、街へ繰り出す。
ブラブラと歩いて、良さそうな店に入る。料理の種類も豊富で、混んでいたから、美味しい店なんだろう。ダビデやジルさん達を見て、一瞬表情を変えかけたけれど、獣人は毛が他の客の食べ物に入るといけないから、外のテーブルだと言われるだけですんだ。アルオルも含めて私以外の全員が奴隷の首輪をしているのに、普通のお客と同じテーブルに案内されて嬉しくなる。
「へい、お待ち!!」
ドンドンと、ジョッキで発泡酒と私用の果汁混じりの水が置かれる。食べ物も次々と運ばれてきて、即席の宴会だ。
「何はともあれ、着いた早々大変でしたが、混沌都市到着のお祝いです。今日は大いに飲みましょう、食べましょう!」
私の挨拶の後に、各自祈りを捧げて食事を始める。ひとしきり食べて落ち着いた所で、みんなに話しかけた。
「ここ、良いところだよね。確かに物価は高めだし、ギルドは独特だけど、ダビデや、ジルさん、それにアルオルを奴隷扱いする人もいないし。頑張りましょうね」
「ここは良いところか? 到着早々、ご主人様をあのような目に合わせる。俺としてはさっさと去りたいが」
「くすっ」
ジルさんが不満げに話した所で、アルが小さく吹き出した。どうしたの? と問いかけたら、私たちのやり取りが可笑しかったのだと言われる。
「いえ、普通、逆だろうと思いました。お嬢様が我々の待遇を喜び、ジルがお嬢様の安全を心配する……。面白い関係ですね」
「あはは、確かにそうかも。それで、明日からの予定だけど、良いところだけど、やっぱり少し狭いよね。お風呂もないし。
隠れ家を出そうと思う。少し高くてもいいから、一軒家の貸家を借りよう。その分、ダンジョン攻略は頑張んないといけなくなるけど」
「ハニーバニー、それだが、どんなダンジョンに潜るんだい?」
「うーん、ギルドの資料を見せてもらって、長期未踏破で私たち向きがあれば、かなぁ?
盗賊系技能が弱いから、そういう罠が多い系はやめたいよね」
道行く女の人たちを口説いていたオルが、話題に乗ってきた。
「では明日は、貸家を探すのと、ダンジョンの情報整理でしょうか? 手分けを致しますか?」
「そうだね。文献を調べるのが得意な人はいる?」
斜め下を見るジルさんとダビデ。大丈夫、何となく予想はしてた。アルオルは多少なら出来ると話していたから、私とジルさんダビデの3人が貸家探し。アルオルがギルドで資料を確認することになった。
明日も早くから動きたいと言われて、程々で宴会を切り上げ、帰路につく。最後の方は打ち合わせになっちゃったし、そのうちまた全員の休みを入れよう。マダムみたいなツテはないけれど、混沌都市ならみんなの息抜きも出来るだろう。
「アルオル、後はよろしくね。お昼まで戻らなかったら適当に食べて。もし早く終わったら、待っていてね。迎えに来るから」
翌朝、ギルドに行きクマの浮いたラピダさんに資料の開示を求めた。約束通り、長期未踏破と未踏破遺跡の資料を貸してくれた。メモ用紙代わりに渡した、羊皮紙とペンにめぼしいものを書き出してもらう予定。
「畏まりました。いってらっしゃいませ」
お金を払って1日貸してもらった部屋でアルオルは頭を下げて見送ってくれた。
「さて、私たちも行きましょう。不動産屋さんに、良いお部屋があるといいですね」
どんな部屋が良いか、ダビデと話しつつ紹介された不動産屋に向かう。朝イチの客だったのか、眠そうな顔をしたおっさんが一人で座っていた。へぇ、ここがギルドオススメの良心的な不動産屋ねぇ。騙されてないよね?
不安になりつつ声をかける。
「いらっしゃいませ。おや、ギルドから。そうですか、では少々、紹介状を拝見します。どれどれ」
億劫そうに立ち上がったおっさんに迎えられて、勧められるまま席に着いた。ジルさんとダビデにも座るように勧めていたけれど、二人は頑として座らずに私の背後に控えた。私も座れって言ったんだけど無理だった。まったく、頑固な。
「分かりました。ではお嬢様がお望みのお部屋はどのようなものですか? ここにはお嬢様と男奴隷4名とかかれておりますが、奴隷部屋は必要ですか?」
「奴隷部屋?」
なんだそりゃと思って聞いたのに、別の意味に取られたのか、おっさんは言い訳するように話始めた。
「ここでは、貸部屋や貸家に奴隷部屋がついてないものも多いのです。奴隷は屋外の通路に寝かせたり、玄関扉の外、道との境に待機させたりします。土地も部屋も高いですからね。奴隷部屋という無駄な出費を嫌う持ち主も多くいらっしゃいます。逆に、奴隷を奴隷扱いすることを嫌がり、奴隷部屋が不要という所有者の方もいます。よって、お客様のご希望をお伺いさせて頂いております」
なるほどねぇ。確かに私も奴隷部屋なんかいらない派だし。私だけじゃないんだね、そう言う考え方の人。
「まぁ、奴隷部屋が不要とおっしゃる方のほとんどが、異性の奴隷を持つ若い男性ですが……。して、お嬢様、いかがされますか?」
これ、奴隷部屋がいらないって言ったら、何か変な誤解を生まないか? 異性の奴隷を持つ若い男性ってアレだよね? 夜の運動会を予想されてるって事だよね?!
うわー……、言いたくない。でも、ここ本当に物価高いみたいだし、無駄な出費は避けたいなぁ。
「狭くても構いません。一軒家で二部屋以上ある貸家はありませんか?」
奴隷部屋は不要! って本当は強く言い切りたいけれど、誤解が怖くて当たり障りのない回答になった。これなら、奴隷部屋云々は関係ないし、大丈夫だよね?
「おや? ……左様でございますか。なら、北に点在するダンジョンの入口近くにひとつ。南のスラムにひとつ。中央区に少々お値段は張りますが、美しい貸家がひとつございます。
どれをご覧になりますか?」
ダンジョンの入口近くって事は、冒険者がよく通る、逆に言えば治安がイマイチ?
スラムは、治安も環境も良くなさそう。
中央区は、そんな山の手っぽい所をわざわざ借りてまで隠れ家を出したくないなぁ。
結論、ろくなのないね。
悩んでいる私を見て、おっさんは図面を出してきてくれた。それを見つつ詳しい説明をされる。そして、これだけ貸家があるだけでも幸運なのだと、力説された。少し前にダンジョン公の名前で、いくつかの依頼が出されて、冒険者達が別の迷宮都市に移動した関係で貸家に空きが出たらしい。
「……うーん、ならここかなぁ。
実際に見てから決めて良いですか?」
私が選んだのは、北のダンジョン近くの貸家だった。1ヶ月のお値段、銀貨50枚。まぁ、宿屋を考えたら安いかな?
おっさんと一緒に、北の貸家に向かう。乗り合い馬車に乗って30分くらいかかった。
外見は少し古びているけれど、雨漏りや明らかに壊れた箇所はない。ちゃんと定期的に手入れをしていたようだ。
ダンジョンの近くということで、庭は狭いが、周囲を壁に覆われている。万一ダンジョンでスタンピードが起きた時にも、これで安心と言われたが、焼け石に水だと思うよ? まぁ、目隠しとしては有効かな?
内装は、同じく少し古ぼけてきているけれど、カビや染みもなく綺麗だった。間取りとして、入ってすぐのリビング、小さいけれど独立したキッチン。主寝室と小部屋が1つ。
井戸はなく、近くに共同の水汲み場があるということだ。もちろん汚水処理の施設もないから、料理に使った水は庭に撒くか、他の汚水と混ぜて、毎日回ってくる肥買いに売れば良いと教えられる。
うん、これは隠れ家1択だ。汚水も何処かに消えるし、飲み水はキッチンからもお風呂場からも出るし、全自動洗濯機もあるし!!
「ここでいいかな?」
確認のため、ジルさん達に声をかけたら静かに同意された。普通にしててって、頼んでいるのに、デュシスの頃からの癖がまだ抜けないらしい。
契約を交わし、最初の1ヶ月の家賃を前払いで払う。
アルオルが調べてくれているダンジョン情報を元に、何処に潜るか決めて、ここから通うのが不可能なら、また考えればいいか。
出来たら北のダンジョンだと、楽だよね。
さぁ、アルオルを迎えに行こう。




