98.ギルドマスターと受付嬢
ラピダが出ていった応接室で、ジルさんたちを振り向いた。
「今回ギルドに要求するのは、ホテルか貸家の斡旋と、未踏破か長期未踏破ダンジョンの情報でいいかな?
あ、あと服屋さんと靴屋さんも紹介して貰おう」
ダビデの格好を見て慌てて付け足す。そう言えば、借り物の服だった。しかも靴はスリッパだし……。さっきのスキュラ戦も戦闘は裸足だったものね。早く買わなきゃ、ダビデの肉球に傷でもついたら大変だ。
「はい、それで宜しいかと」
他所行きの口調と態度に改めた仲間達に対して続ける。
「ねぇみんな、ここは混沌都市だしさ、奴隷と言えどもお金と実力さえあれば、比較的何でも出来るって言う話だよね。
その口調と態度、いい加減止めない?
普通にしようよ。その為にわざわざここまで来たんだからさ」
「しかし……」
「ええ、我々は奴隷ですから……」
「だから何? この土地ではそういう奴隷だからっていう、各種縛りは緩いんだから、普通にしててよ。お願いだからさ」
いや、本気でかしずかれ続けると、自分の意識してない所でそれが当たり前になりそうで恐いんだよ。
「エライ!! リュスティーナちゃんってば、リベラルだね!!
強くて、リベラルで、奴隷に対する偏見もなくて、約束もすぐに果たしてくれる、そんなパーフェクトなティナちゃんが、トリリンは大好きだよ♪」
唐突に、若い女の子のキャピキャピとした声が響く。驚いて振り向けば、キュピンとでも効果音が付きそうな仕草付きでトリリンと、呆れ顔のラピダさんも入ってきていた。
「マスター・トリープ、部屋に入られる時にはノックをするのが常識です。これだから冒険者には礼儀を知る者がいないと馬鹿にされるのです」
マスターが失礼をしましたと、謎な謝罪をしつつ後ろ手で扉を締め、勝手に応接室の椅子のひとつに座ったトリリンの後ろに立つ。
私とトリリンが対面で座り、ジルさん達が私の背後、ラピダさんがトリリンの後ろという構図が出来上がった。
「さて、リュスティーナちゃん、ティナちゃんと呼んでもいいかな?」
どうぞご自由にと答えて、続きを待つ。この人、独特過ぎてペース乱れる。
「スキュラの討伐証明を出してもらえる? ついでに駄目だった弱っちい冒険者の身分証もね」
トリリンに促されるまま、スキュラの魔石と回収したギルドカードを渡した。
「へぇ、コイツらか。実力もないのに、スキュラに挑んだ愚か者。確か6人パーティーだったはずなのに、カードは3枚か」
「あー、お食事中だったから、丁寧に探せばあるかも知れませんよ?」
嫌そうにギルドカードを見つめるトリリンに、ぼかしつつ伝えた。
「ラピダ」
「畏まりました。ではスキュラの討伐確認を含めて、冒険者を出しましょう。リュスティーナ様、スキュラと交戦した位置を教えていただけますか?」
「失礼。スキュラの討伐確認とは、我々の報告が信じられないと?」
位置を教えなきゃなと思ってどう伝えようか考えていたら、アルが珍しく苛立った声で問いかけている。
「いえ、そういう訳ではございません。ただ、確認は必須でしょう」
「フフ、ラピダ、そこまででいいよ。これは確かにスキュラの魔石だけど、スキュラの亜種、レディスキュラになりかけてる。これならウチの連中じゃ手に負えなくても当然だよ。偶然、この魔石を持ってるとは考えにくい。スキュラ討伐、認めてあげて」
「しかし!」
「ウルサイな。トリリンはティナの討伐を認めるって言ってるんだよ。ほら、報酬を払ってやって」
「あの、少しだけいいですか?」
揉めている二人に割って入る。なんだかこの二人の力関係も謎だよね。変わったギルドだよ、まったく。
「スキュラの討伐を疑われているのは何故ですか?
それを見せて、冒険者達のギルドカードも持ってきました。何処が不審なんですか?」
「うーん、時間かな? 狩るには早すぎるんだよ。それに、ティナちゃん達が単独で狩れるとは、トリリン達も思ってなかったしね」
「トリープ様!」
口を滑らせたトリリンを、ラピダが慌てて止めている。いや、ならなんでわざわざ私に指名依頼を出したんだよ。
「ご主人様を試したのか」
鍔鳴りの音をさせつつ、ジルさんの低い声が応接室に響く。それには答えずにいるトリリンを、後ろのみんなは睨んでいるらしい。
「もー、怖いなぁ。ティナちゃん、ゴメンネ♪
クルバ君やクレフさんの紹介状を持つ君が、依頼を失敗したら、あいつらの鼻を空かせるかなって、ラピダに言われて、トリリンすこーしふざけちゃった」
ふーん、ギルドマスター同士の影響力争いか何かか?
まぁ、確かに自分のところで手塩にかけて育てた冒険者じゃ無理だったのが、余所者の冒険者にあっけなく狩られたらメンツ丸つぶれだよね。だからってこの扱いに納得できる訳じゃないけど。
「それで、認めて頂けると?」
「ウン、だからそんなに怒らないでよ。君達に依頼を受けさせる為に、どうせラピダが報酬の大風呂敷を広げたんだろうから、そっちも出来る限り守るよ。コレ、ギルドマスターの約束。
だから、ね、クルバ君やクレフさんには今回の事はナイショだよ!」
今になって私が成功した時を想定していなかった事に気がついたのか、トリリンは焦って拝んできた。
「……未踏破、長期未踏破ダンジョンの開示可能な全情報、混沌都市にいる間の安全で干渉を排せる拠点、靴と服屋の斡旋、それと金貨100枚、全て守って頂けるのですね?」
アルがちゃっかり提示された報酬に私の希望も足して、トリリンとラピダに要求していた。すっかり交渉相手はアルになってしまっている。まぁ、向いてるみたいだし、いっか。
「え~、ラピダってばそんなことまで約束したの?! スキュラの討伐報酬は金貨30枚だよ!!」
「いえ、そのような記憶はございません」
「なっ?!」
しらばっくれるラピダさんに、ジルさんやダビデが驚いている。ふーん、そう来るか。確かに契約書を交わした訳でもなければ、私たち以外の証人がいる訳でもない。こりゃ一本取られたね、
淡々と逃げ道を塞ぎ論理的に話すアルに、押されてはいるけれどラピダさんも負けずに言い返している。話し合いは平行線だ。
「そこまで仰られるのであれば、証拠はございますか?
無ければこれ以上の要求はやめていただきましょう」
分が悪いと判断したのか、強引にそう言い口を閉じるラピダさんに、少しばかりのイタズラ心が沸いた。トリリンにしろ、ラピダさんにしろ、私達を利用することばかりで、誠実に扱ってくれてないんだから、別に良いよね?
『刻の砂 流れ落ちるまま 決して戻らず
されど その心 その思いは 大地に宿る
おお、善も悪もなき ただそこにあるモノよ。
我が魔力を糧に 刻の砂粒 ひと欠片 見せたまえ』
本邦初公開、大地に宿る記憶を再生する魔法だ。
私の呪文に呼応し、トリリンとの出会いから、ラピダさんと応接室に入り、話終え、外に出ていくまでを再生される。ついでに少しだけ応接室の扉を明けた。外で立ち聞きしている冒険者がいるのはマップで分かっている。このギルドの味方なのか、ただの出歯亀なのかは不明だ。
『風よ 木々よ この地を守護する者たちよ
心よりの感謝を
我が思いを風にのせて』
最後に魔力を込めて語りかけて口を閉じる。そのまま、苦笑の形に唇をつり上げて、トリリンとラピダさんに視線を戻した。
「これで証になりますか?」
「ウソでしょ! トリリン、ビックリ!!
この魔法、スッゴい難しいんだよ!! 姉様だって簡単にはやらないのに!!
ラピダ、この子、本当に凄いよ!!」
自分達に都合が悪いことを見せられたのに、瞳を輝かせて身を乗り出し、私の両手を取る。うわ、トリリンは冷え性なのか? 目茶苦茶、指どころか触られた全体が冷たい。
「……参りました。本物のようですね。
リュスティーナ様、あなた様を試した事、慎んでお詫び申し上げます」
報酬を取ってくると話して、ラピダさんは席を外した。外にいた冒険者達と鉢合わせしたらしく、苛立った声で追い払っている。ふーん、このギルド子飼いって訳ではなかったのか。襲うつもりなら相手になるよ? って意思表示の為に扉を開けたのに無駄骨だったね。
「ティナちゃん、今回はホントごめんね。
トリリンはこのギルドのマスターだけど、あんまり影響力ないからさ。ラピダが素直に認めてくれて助かったよ」
「ギルドマスターなのに影響力がない?」
「うん、トリリン、混沌都市のダンジョン公の妹だから。ここのギルドが昔、大ポカをやらかした時に、請われて名目だけのマスターになったんだよね。本来なら、ラピダが、元Aランク冒険者、『不壊の鉄腕』のラピダがここのマスターになるはずだったんだ。だからトリリンよりもラピダの意思の方が優先されちゃうの。
ラピダはクルバ君とも現役時代に関わりがあったみたいだし、内心穏やかじゃないみたい。
で、でもね。今回みたいな事はもうさせないし、しないだろうから安心しててね!」
これはこのギルドも、結構な火種を抱えてるのか。まぁ、関わる気ないから良いけどさ。
「ふぅ……報酬はちゃんと払ってください。あと、魔石は売らないので、返却してくださいね」
「え! これを売れば金貨200枚にはなるから、ティナちゃんの報酬はここから出そうと思って……」
「トリリン?」
また口を滑らせたうっかり者のマスターに、こらえきれずに突っ込みを入れる。
「ティナお嬢様、魔石をマジックバックへ」
「あー!!」
テーブルに置いてあった魔石をしまうと、トリリンが悲鳴を上げる。
「失礼いたします。何事でございますか?」
怪訝な顔をしつつ、入ってきたラピダさんにトリリンは抱きついてイヤイヤと首を振っている。そのまま切々と自分のさっきの失言を訴えた返事は、脳天チョップと特大のため息だった。
「マスター・トリープ。そういった事は詳しく話さずに、買い取るのです。これで今回の報酬穴埋めには、貴女のお小遣いを使うことが決定しました。向こう10年ほど、ギルドから毎月無断借用していた経費は一切お貸ししません。ご自身のお給料から払ってください」
あー……なんか、聞いてるのが切なくなってきた。ラピダさんの苦労も可哀想だし、トリリンのダメ人間っぷりも知りたくない。
「さぁ、このままトリープ様がいては話が進みません。席を外して下さい。後の事はこのラピダが、万事抜かりなく済ませておきます」
ごねるトリリンを追い出したラピダさんは、金貨が入っていると思われる袋をぶら下げたまま口を開いた。
「先程の報酬でしたが、私から申した事ではありますが、やはりどう考えても過剰です。よって他の冒険者の手前、少し削らせて頂きたいと思います。御納得頂けませんか?」
こちらを伺う視線を寄越すラピダさんを見て、少し考える。
「削るとはどの程度ですか?」
「金銭での報酬を半額程度まで下げさせて下さい。それと、情報やダンジョンへの入場権は本来、ギルドへの貢献度に応じて、手数料を頂いた上で行うこと。今回のスキュラ討伐報酬として、貢献度は最大と致します。その上で、一般の冒険者から手数料を1割引きすると言うことでどうでしょう。
服屋と靴屋に関しては、ギルド出入りの業者に紹介状を書きます。拠点についても、宿屋でしたらギルドからの紹介状、貸家でしたらギルド出入りの業者の中でも、特に良心的な不動産屋に紹介状を書きます。それでここに来たばかりではありますが、ぼったくられる事もなく、優遇される事が出来るでしょう」
何とかこれで御納得頂けないかと、再度頭を下げられて、後ろを振り向いた。
「みんな、どうする?」
危険な目に会ったのは私だけではないから、みんなの意思も確認したくて、問いかけた。金銭に執着はないメンツだからか、どうでも良さそうにしている。
「では、ラピダ殿、貴女の仰る報酬に、長期未踏破及び未踏破ダンジョンの基本情報、少し調べれば分かる程度で構いません。その情報をつけて頂けるのであれば、我々も受け入れましょう」
代表してアルがそう答えた。おぉ、金銭に換算されず、でも面倒な手間を省けるいい提案だね。
「それくらいの事でしたら、問題ありません。このギルドにはダンジョン案内書があります。一度見るたびに貸出料がかかるのですが、皆さんについては、その中の長期未踏破及び未踏破ダンジョン編をいつでも無料でお見せする事に致します。ただし、必ず私に申し入れて下さい。なお、閲覧はギルド内のみとなります。持ち出しは出来ません」
アルが私によろしいですか? と尋ねるから、二つ返事で頷いた。
あー……これだけの交渉するのに、えらい疲れたわ。デュシスのアンナさんやマリアンヌって、良心的で有能だったんだね。




