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第二部 二章

 だいたい二週間前、駅に向かって朝から歩いた。だが今日は方角が違えど同じように学校とは違う場所を目指している。今日の向かう先は市の総合体育館。

 川沿いに自転車を走らせること小一時間。住宅街を突き抜け俺達の視界に広がるのは寂しい道路、交差点にポツンと建つコンビニと携帯ショップ。石材屋には墓石と一緒に狼のような彫像が展示されていた。

 あとはしばらく続く田園風景。新幹線のレールが頭上高く敷かれた橋を下から越えてもっと走ってようやく目的地に着ける。

 「堂々と自転車って楽だなー」

 風を受けて章助が耳をパタパタさせる。朝は涼しげだったが日射しはどんどん毛皮に熱を溜め込んで頭がポカポカしてきた。今日は晴天、眩しい太陽に見ていると吸い込まれそうな水色だけが空に広がっている。

 「俺達も自転車通学できたらな」

 自転車を漕ぐのに合わせて揺れる鬣を振るって悠登も頷いた。普段の場合、この二人はかろうじて自転車通学が許可されない範囲内に住んでいるため歩いている。今回は辺鄙な場所にある体育館であるため自転車の利用も認められていた。それを知らなかった去年は歩くだけの運動で満ち足りてしまった苦い思い出がある。

 「あ、また車!ずりぃ……」

 車道を走って行ってしまう車が遠くに見える体育館の駐車場へと入っていく。中に誰が乗っていたのかは見ていなかったが、章助がずるいと言うのだから助手席か後部座席に高校生らしき人物を見たのだろう。

 遠いために車で親に送ってもらう。それはずるいのではなく仕方ないと言うべきだ。しかしこうして車で送ってももらえずポツンと広い道路で自転車を漕いでいる自分達を省みると寂しさはある。体育館に近付くに連れ、人影も見えるようになってきたがどこから歩いているのか。

 「別に遅刻じゃないんだ、これもお前のトレーニングになるだろ」

 場所を考慮していつもより集合時間は一時間遅い。幼稚園にはいつもの時間に玲奈を送ってから来ても問題はなかった。

 問題は章助を見る他のママさん方の目だ。章助は少し離れて待機していたが俺と玲奈が別の人物を連れてきたことで辺りの空気がざわつく。そもそも、ようやく馴染んだ俺はともかく章助は朝から見るには子ども達への刺激が強い。だからこそ待機させたがママさん方に俺は捕まった。あれは誰、と。そこで体力を消費しなくなってきただけ俺も成長していると感じた。

 「遅刻といえば、二年生になってからお前と一緒に学校行くことなくなったよな」

 章助が呟く。言われて思えばその通り。

 「前の地区予選以外はないよな。玲奈も朝からお前と一緒とか言ってたし」

 それでも下校はほぼ一緒だ。章助がいない、と玲奈が言う日なんてない。気にすることがないくらいに顔は合わせている。

 「はーい、おはよう。こっからは自転車は押して行ってねー」

 玲奈が来て通学路も変わったから章助含めあまり知り合いと顔を合わせることもなくなったな、と思いながらスイスイ自転車を漕ぐ。あとは左に曲がった先を右に進めば総合体育館に着く。その最後の交差点で先生に呼び止められた。

 「人も増えてきたしな」

 指示通り自転車を降りて他の生徒の列にのんびりと続く。同級生はいるがクラスメートには最後まで会うことがなかった。

 「さぁ、腕が鳴らぁね!」

 自転車を駐輪場に止めて章助が腕をぶん回す。危うく当たるところだった。

 「その前に開会式だろ」

 勇むのは結構だが、しばらく自転車を漕いで今からその調子で本番に支障を来してほしくない。空回りするのが目に見えている。

 ここまで着いてから言うのも変な気持ちだが今日この場に集まったのは他でもない。今日と明日はクラスマッチ、である。そのために全校生徒がこの総合体育館に集まっていた。

 どうしてこんな徒歩で来る者はほとんどいないような場所でクラスマッチが開催されるのか。それは去年から続く工事によるものだった。校舎が新築であれば体育館も新築。しかしそれもまだ発展途上、校舎は壁に現在新築中の校舎と繋ぐ通路用の壁が空いている。グラウンドも未だに整備が終わっていない。教師達曰く、来年も工事は続くので学校のグラウンドを行事でお前達が使うことはない、だそうだ。

 去年のクラスマッチ、そして体育祭も別の場所でやらされた。俺達はまだしも辛いのは運動部の面々だ。野球部は最優先で場所を確保したそうだがサッカー部は部室棟すぐ横でこじんまりと練習しているらしい。陸上部もグラウンドが使えないためわざわざ近くの堤防まで器具を運ぶ日もある。

 そんな事情が重なり、主に屋外競技を実施できないためにここへ来た。しかし広い体育館の二階ギャラリーで観戦も休憩もできるのだ、他の学校よりも豪華に動き回れると思えば悪くない。

 「おっす!」

 「おぉ、おはよう」

 「おはよう」

 挨拶を返しながらクラス毎に指定された二階ギャラリー一角に着くとある程度もう集まっていた。やはり早いのは電車通学組。既に座席確保も準備も終えたのか雑談に興じている。

 「先生!おはようござ……ぶふっ」

 「おぉ、章助か?悠登も来たな」

 二Cに割り当てられた席の端に座る中年、もとい担任を発見する。出席確認のために荷物を置いて彼に話し掛けようとしたが章助が吹き出した。

 「おい、どうし……!」

 章助の後ろから身を乗り出して悠登も担任、熊田を見る。それで全てを察した。なんとか笑いを堪えてすぐに章助の背に隠れる。

 熊田の着るティーシャツ。そのシャツの中央に描かれているのは短い腕と足の生えた、もこもこの丸いだるま体型。それだけ聞けば何かのマスコットキャラだが、体はアニメ絵でも顔だけは眼鏡をちょこんと置いたリアルなヒグマだった。そして【チョーメタボ となりの熊田くん】と裾部分にプリントされている。

 「せ、先生……それ、似合って…ますね」

 熊獣人の熊田がモデルのティーシャツを着て目の前に佇んでいる。俺と章助も同じものを着てここまで来たのだが、このジャンボを前にしては似合う似合わない以前の破壊力だった。章助の声が震えている理由を察するのはそう難しいことではない。

 「そうか?ほれ」

 「ふはっ…!」

 章助が腹を抱えた。屈んだ章助の向こうに見えた熊田は裾を持ち上げこちらに見せ付けていた。悠登はすぐに頭を振って見なかったことにする。平面のシャツが熊田のお腹によって立体感を生んでいた。

 これらはクラスマッチに合わせて我々が発注して作ったオリジナルティーシャツだった。明らかに何かのパロディであるが、紹介する名目として。去年の悠登のクラスで作ったのはカクテルワーグナーという酒を文字ってイケテルボンクラーとプリントしたティーシャツだった。元となった酒缶のデザインがお洒落だったこともあり父、譲司はクラスマッチ後に欲しいとせびってきた。たまにそれを着ているのを見掛けるがあれを見て笑うのはその酒が好きな者くらいだろう。

 しかし今回は違う。スタイリッシュさなんてものは欠片もない。可愛げもなければあるのはネタに走りました!と堂々と主張するシュールでメタボなヒグマ。デザインに参加したのは男子ではなく、クラスの女子が決めていたと聞いたがこのセンスは本当に女子のものだろうか。

 「あ、あれはデザイン賞貰えるんじゃねえか?あー…笑った笑った」

 出欠を確認してもまだツボから抜け出せていない章助を横に席に戻る。俺も巻き添えになりたくないのでティーシャツを見下ろさないよう極力視線を上げていた。

 「……楽しそうだな」

 不意に背後から声がした。その声が自分達に向けられたものだと感じ一度振り返る。そこにはサッカー部のジャージを着た狼塚がバッグを肩から提げて立っていた。

 「狼塚。おはよう」

 「あぁおはよう。……そこ、空いてるか」

 「たぶん。今のところは」

 狼塚は悠登が座る横を指差す。他の場所もあるのに敢えてそこを選ぶ。それは狼塚から俺への遠回しな誘いだった。罠だとしても乗らざるを得ない。

 「なら邪魔するぞ」

 足で席を後ろから跨いでどすんと着席する。それでも尻尾は悠登の逆側を向いて隠れていた。ここからでは畳まれた尻尾の付け根しか見えない。

 「出欠確認行ったか?ジャンボがこのティーシャツ着てるぞ」

 章助がまだ半笑いで狼塚を見る。楽しそうだな、と言った彼がこちらの事態を把握しているわけはない。早く確かめてもらいたかった。

 「……見てくる」

 興味はあるらしくすぐに立って狼塚は行ってしまった。その彼を目で追うとその端に気になる人影が映る。

 「………」

 桑野さんが女子と話してる。さっきは見なかったからやっぱり今日も狼塚と来たのかな。

 熊田に話し掛ける狼塚。振り返る熊田。肩を跳ねさせる狼塚。名簿に目を落とす熊田。尻尾の先がうねる狼塚。……しまった、狼塚の顔を間近で見てみたい。

 こちらに向き直った狼塚は口元に手を当て一度咳払い。その後は変わらない、いつもの狼塚だった。

 「どうだったよ」

 「珍妙、だな」

 章助への返答はそれで合っているのか聞きたくなったがそれ以上は止めておく。

 「狼塚はこれ、着てないのか」

 もはや他のクラスや教師の服装がクラスマッチに合わせてデザインしたか市販のティーシャツかはわからない。そこに体操着や部のジャージが混在するここで格好について聞く意味はなかった。しかしここで着ないでいつ着るというのか。

 「明日着るつもりでいた」

 狼塚はそう言うと俺の横に腰を下ろす。クラスマッチは二日間に分けられているのだからそうするやつもいるか。

 他の生徒を見ていると比率的には今日クラスマッチ用に用意したシャツを着ている者が多い気はする。いつも制服かスーツでばかり会う面々が違う格好で違う場所に集まっているだけでとても新鮮に感じた。

 開会式で生徒会長とDJ紛いのラップと共に現れたクラスマッチ実行委員長による選手宣誓。堂々と一年生は叩き潰す。二年生辺りからたまに強い。だがライバルはあくまでも同じ三年生であることを胸に留め、彼らは公正な試合に臨むことを誓った。それを聞いて黙っている下級生ではない。こうして煽ることで参加者全員の士気を高めたというならなるほど、非常に効果的な演出だった。

 「あのエセDJ……俺がバレーで完全勝利してやるからな……」

 章助が開会式後にそんなことを溢す。開会式の挑戦で静かに闘志を燃やしていた。

 「あのDJ……もとい、実行委員長がバレー参加とは限らないぞ」

 そこに狼塚が俺と同じ考えを代弁してくれる。そう、三年生の誰がどこの競技に参加しているかなんて把握しているわけがない。

 「ならあの先輩のクラスより順位は上を目指すってのが目標だろ?」

 狼塚の意見に章助が歩きながら噛み付く。

 「それ、どこか知ってるのか」

 「わかんない」

 わからないなら少なくとも三年生のどこよりも勝たなければならない。それを目標として掲げるのは敷居が高すぎないだろうか。

 そこからは各自散会。メインアリーナではバスケとバレー。サブアリーナではバドミントン。この辺の競技は新設体育館よりも広く、多くの場所を使えるため比較的サクサク試合の入れ代わりが行われる。

 屋外ではソフトボールとサッカー、オマケに昼頃から長縄が始まる。バドミントンと長縄以外は男女別で行われるが競技はこの六つ。各部門の順位とそれらを総合した点で総合順位が決まる。そこに番外編として先にも紹介したティーシャツのデザインと、各競技でのMVPが表彰されるのが通例。

 「………」

 しばらく試合がないのをいいことに悠登はサブアリーナを二階のギャラリーから眺めていた。横に生徒会誌用に写真を撮っている女子の先輩がいるが気にしない。

 今は二Cの面々といえばメインで章助の参加するバレーと、ソフトボールの試合が行われているだろう。時間通りに進んでいるならば、だが。

 しかし悠登はそれには構わずもう一つ、サブアリーナで今まさに行われようとしている二Cのバドミントンを見ようと手摺に体を預けていた。

 理由として、まずバドミントンは他の競技よりも特に試合運びがスムーズなため。試合によってはほんの十分かかるかどうか。自分のクラスの観戦も、ちょっと休憩がてら覗き見すれば結果まで見れたりするから。試合運びが早過ぎてタイムスケジュール通りに見に行ったら既に終わっていたなんてこともある。

 「………」

 そして第二に。……第、二の、理由。

 目線を下に落とすと女子二人が試合の邪魔にならないよう、コートの端で羽球のラリーをしている。試合直前の慣らしか遊びか。たぶん前者だと思う。

 ポンポンとラリーを続けるクラスメート、桑野明と保谷真衣を悠登はぼんやりと見詰めていた。たまに視線は外しつつ。

 これが第二の理由。桑野さんがどんな試合をするんだろうと思ってここに来た。男子二人、女子二人、男女混合ペア。その中で桑野さんは保谷さんと組むらしい。

 「………」

 ギャラリーの周りを見ると他のクラスメートは女子がほんの数人。自分達の試合があるか、他の競技を見ているか。それともメインのギャラリーで休憩しているか。その辺が妥当だろう。

 そう考えるとここで人に紛れて観戦しているのは当たりなのかもしれない。ギャラリー入口付近の席に座ると試合が見られないのは難点だが、外や他の場所よりは落ち着ける。居心地が良くて自分の試合をサボった、なんてことにはならないようにせねば。

 「おーい」

 自分の試合はまだ先だよな、と壁に掛かっている時計で時刻を確認すると下から声が聞こえて耳を向ける。見れば、そこに明と真衣がいた。

 「い……!?」

 「獅子井くーん、試合ないのー?」

 「俺はもうちょっとあとー」

 ラリーを止めて悠登のすぐ下まで来ていた真衣が声を張る。明はこちらに手の代わりにラケットを振っていた。

 「獅子井君、まずは勝つよ!見てて!」

 「……うん」

 桑野さんがラケットをこちらに掲げての勝利宣言。こちらへの宣戦布告にも見えるがそうじゃないことはわかっている。是非見ていたい、君を。

 やる気を見せる明に頷くと二人はバドミントンに参加するクラスメート達と固まった。最初の相手は一年生。体を動かす明をじっくり見られる機会はいつ以来か。ともかく期待して知らず知らずに尻尾の先が揺れてしまう。

 一年生にチームワークというものが生まれているかと言えば答えはノー、だ。何故なら、入学して早々の彼らから友情を育む時間を奪ったのは他ならぬ応援団の俺達である。新入生としての結束を強めたのは我々であるが、クラスや個人という小さな単位での絆を築く暇は奪ってある。あの応援歌練習の後に仲良くなったとして、それをどこまで発揮できるかが一年生への課題だった。開会式の宣誓にも思い当たる節はある。

 そうは言ってもバドミントンは他の団体競技と違いダブルス。二人一組の試合ならクラスに知り合いがいた、部で仲良くなったという誰かがいれば比較的息も合う。男女ペアでそれを成すのはうちのクラスでも難しいが。

 「……男女」

 ちょっと狼塚と桑野さんのタッグを想像してしまった。息ピッタリだったらと思えばどうしてももやもやしてしまう。

 そんなもやもやの間に男子の試合が始まる。見ていると俺の予想は大きく外れた。息が合うどころではない。

 一年生はルール説明を聞いたのかいないのか技術的に出来ないのか、サーブは対角線に位置する相手へするよう言われていたが正面の相手にしてしまう。それを組んでいる方は戸惑うばかりで説明もしていない。即席コンビなのは見ていて明らかだった。これなら相手になるまい。

 向こうは一点も取れずにこちらが勝った。向こうも何が起きたかわからないままきょとんとしている。ルールの把握は大事だな、とつくづく思う。

 「む」

 そうしている間にコートに入った女子二人。それが明と真衣だった。自然と手摺に寄り掛かっていた状態から立ち上がり前のめりになる。

 「いくよ、明!」

 「任せてよ!」

 肌の色に差がそれなりにあるのだが、見ていて心強い印象を覚える。一年生からのサービス。少し高めだがきちんと対角線に飛んでいた。

 「ふっ!」

 すかさず真衣がそれを返すと一年生女子も対応してくる。今日、試合中で初めて見るラリーだった。

 「こっちでやる!」

 二度三度、コートを往来したところで明が言う。その声で返球に反応しかけていた真衣の足がぴたっと止まる。

 そして前に出た明がラケットを横に薙ぐように振るった。羽はちょん、と触れるとそのままネットを飛び越し低空で相手二人の真ん中へ向かう。

 「あっ…」

 「あ…」

 相手の女子は互いに足が引け、そのまま羽はコート内に着地。両方が譲り合ってしまった故のミスだった。

 「よし!」

 「次もいこ!」

 その間に明と真衣は再び構える。それを見て向こうも慌てて羽を拾った。

 どこを見ていても言えるのは声を出し合っているか。言葉を交わさずとも目と目で通じるエスパーはそうそういない。自分が行くか、頼めるか声を出す。当たり前のことだがそれだけで連係に決定的な差が生じていた。その当たり前を相手の一年生はできていない。

 そんな相手に敗北する明と真衣ではない。着実に点を重ね、男子の時と同じように圧倒した。テニスのラケットとバドミントンのそれでは様々な差があるように思うが、そんなものを感じさせないラケット捌きだった。的確に羽を捉えて気持ちの良い音と共にスマッシュを敵陣に決める。真衣は最初の明以上にドロップショットが上手く、慌てて前に飛び出した対戦者の女子が何度か転んでいた。

 「はー……」

 接戦や多くのラリーがあったわけではないので白熱したかと言われれば、そうでもない。しかし悠登は満たされていた。明がキビキビ動いて楽しそうにしているのを見ていて、こちらまで気分が良くなるというもの。その充足感から深く息を吐き出す。

 「あれ」

 男女ペアの試合が始まらずに散った。そうか、先に二勝したらそこまでいかないのか。それはそれで味気ないな。でもどうだろう、二勝されてもやる気は起きるかな。どうせならやっておきたいのが普通なんだろうか。

 明が真衣と話しながらアリーナ外へと出る。時計を確認して悠登もギャラリーを後にした。バスケの試合までちょっと早いくらい。しかし集まるには良い頃合いだった。

 「あ、獅子井君。勝ったよ!」

 階段を下りようとしたところで上って来た明と真衣。会うつもりはなかったが彼女達は上に用事があったらしい。

 「うん、見てた。二人ともバドミントン上手いんだね」

 桑野さんが嬉しそうに報告してくれる。それに俺も率直な感想を送る。一年生相手でも二人は加減や温存している印象は受けなかった。サックリと終わらせたというか。

 「真衣は体力ないけどスキルはあるよ。最初は良いんだけどね…」

 「授業中とか後半バテてへろへろしてるんだよね、知ってる」

 明の歯切れの悪さを真衣が次いで自白する。そう言えば聞いたことがなかった。

 「保谷さんって何部?」

 「私?書道」

 書道部?書道部とかあったんだ。一年生の時に音楽とかと一緒に選択授業であった気はするが俺は取らなかったな、悪いけど。

 「獅子井君て今日何に出るの?」

 次は真衣からの質問。

 「俺はこれからバスケ。二人は休憩かな」

 「休憩っていうか飲み物取りに来たんだ。でも自販機その辺にあるから持って来ない方がよかったかも」

 真衣に聞いたつもりが明に答えられてそれだけでも尻尾の先が大きく揺れる。見られてはいないと思うがちょっと恥ずかしかった。それは驚いてしまった証拠でもあるから。

 「獅子井君の試合、最後までは見れないかもしれないけど私達も見てるから頑張ってね」

 「ありがとう」

真衣のエールに礼を述べて今度こそ下へ。明はこっちを見て軽く手を振ると真衣を連れてギャラリーの方へ行ってしまった。

明と話したい気持ちは当然あるし、機会は増えている。しかしどうも二人きりという状況は作れない。そもそも今のレベルでそんなことになれば機会をふいにして後から反省会になるだろう。そう思えばこれくらいで良い。この、ちょっと物足りないくらいの今が、今は。

 「うし」

 気持ちを切り替えメインアリーナの扉をくぐる。アリーナ入口手前側で行われているバレーの試合はどこかの女子同士。端で練習している他のクラスの連中の邪魔にもならないように悠登はアリーナ奥、バスケ側に移動した。

 「悠登、どこ行ってたんだ?」

 「お前の方こそどうしてそこにいる」

 奥の奥、ステージまで来ると次の試合に備えたクラスメートが集まっていた。そこに混じっていた章助が真っ先に俺を出迎える。

 「俺はバレー終わったからバスケの助っ人に、と思ってよ」

 どこまで出たがりなのか。身体スペックの高さは認めるが章助の参加する競技は一応バレーのみである。一応、なので柔軟に変更可能でもあるがそれをやってしまえば他のメンバーに長縄以外どれにも参加しない者が出てしまうかもしれない。出るなら人手の要るサッカーにすべきだ。

 「人数は足りてるだろ。バレーはいいのか?」

 「おう、勝ったぜ!女子はこれからみたいだけどな」

 それは良かった。二Cは全体的に運動部が多い。体力が平均して高いのだから上手く配分すれば良いところまでは行けると思う。

 チームワークに関しても、去年から同じクラスだった者や共に部活で汗を流した仲で固まっているのがほとんど。長縄以外で一年生に勝機を見せるつもりはなかった。……しかし今回は初戦から三年生が相手である。

 「なら、次は俺達が勝つ番か」

 章助や桑野さん達が奮戦しているんだ、俺もやらずしてどうする。渡されたバスケのゼッケンに腕と頭を通して出番を待った。

 三年生と一年生の試合は安定した流れで三年生の勝ち。早々にコートから退散し、空いたコートへ俺達と対戦相手が入場する。

 「獅子井、シュートは任せたぞ」

 「おう!と言いたいが程々にな」

 コートに入った二年C組五人衆。猪爪、兎洞、江川、柊馬、そして悠登。これが二Cのバスケットボール男子代表である。

 対する相手は三年E組。手合わせしたことはないが実力に差はそこまでないだろう。競技と同じ部活に所属している者がその競技に参加することはできないのだから、あとは授業でどれだけ励んだかで決まる。

 悠登は体育の授業は章助がバレーをやりたいと言わない限りバスケで時間を潰していた。特にクラスマッチに備えていたというわけではないが、一年生から続けていただけあって少しは上達している。

 それがコートに入る際に兎の獣人、兎洞から言われたシュートだった。ドリブルやパスはもちろんではあるが、この五人の中で成功率の高さは悠登に分がある。

 それを発揮するためにもまずはボールを手にしないといけない。試合開始のブザーと共に審判がボールを上に放った。ジャンプボールは柊馬が相手の人間と張り合う。

 「ぐっ……!」

 柊馬は馬の獣人だから脚力があり高く跳べる、だから彼はジャンパーに選ばれた、というわけではない。ジャンプボールは完全に勢いで決めた。それでも柊馬はこちらにボールを弾いてくれる。それを受け取ると悠登はドリブルしつつ駆け出した。

 「江川!」

 すぐに悠登の妨害に二人が集まる。悠登より前方に回っていた江川を見つけると、身動きが取れなくなる前に彼へ向けてボールを投げた。

 「おう!」

 五人の中で唯一の人間、江川が綺麗に悠登のパスを受け取る。ディフェンスに立ち塞がる相手は一人、足を止めることなく江川は相手を抜いた。

 しかしすぐに他の相手も江川に集まる。それは他のメンバーには手薄になる証拠であって。

 「獅子井!」

 「任された!」

 再び悠登にボールが戻される。江川は固められて若干乱暴なパスだったがそれも跳び上がって受け取った。

 位置取りはバッチリ、動くまでもない。相手もすぐに反応したが悠登は落ち着いて少し跳ねるようにしてシュートを放った。ベタな言い方をすれば、片手は添えるだけで。

 ボールは弧を描きゴールに吸い込まれてネットを潜る。ポスっ、と聞こえる小さな音は耳に心地良い。

 「っしゃぁ!」

 ステージの手前中央に置いてある大型ピアノキーボードのような大きさの電光表示板に得点が二点加わる。先制を取ったのは、我ら二C。

 「悠登、やれぇー!」

 章助の声が聞こえてステージの端を見ると彼は座って腕を振り回していた。握った拳を彼に向けるだけで章助も頷く。

 「……あ」

 そこで気になって目線を上に向ける。見たのは二Cが最初集まっていたギャラリー部分。

 悠登の目に確かに映った胸の前で小さく拍手をこちらに向けている女子二人。試合参加のために閑散としたギャラリーに座っていたのは先刻会った明と真衣だった。すぐに試合が再開されて悠登も意識を戻す。

 「……猪爪!兎洞にボール!」

 この試合、負けたくない。率直に思った。不純な動機かもしれないけど、俺にとってやる気を燃やすには十分過ぎる燃料投下だった。


 「試合終了!」

 審判に集められ互いに一礼。すぐにゼッケンを脱いで回収担当のバスケ部らしき一年生に渡す。終わってアリーナから出ようと出口に向かうと章助が横に並んできた。

 「悠登、お疲れ!」

 「あぁ…。終わったー……」

 章助に背中を叩かれ一気に体から力を抜けた。放熱のために息を吐き出しついつい猫背になってしまう。いや、猫背は元からだった。

 結果だけ言えば勝った。こちらが点を入れれば向こうも入れて、の繰り返し。接戦で焦りも生まれてきた。勝機が回ってきたのは相手にマンツーマンで張り付かれなかったからだ。

 「次もあるんだろ?今からバテて大丈夫なのかよ」

 「まだイケるって」

 余裕でいられることもなく、激しい運動ではあったが体力はまだ余っている。疲れたと口に出すと余計にそう思いそうだからここで止めておく。

 「今日はしくったな…」

 疲れよりも思うところは先刻の試合。勝ちは勝ち。だが、悠登自身には反省点もあった。

 「緊張してんのか?シュート何度か外してたよな」

 章助の的確な指摘が胸に刺さる。俺はギャラリーに戻るか迷ってアリーナから出ると足を止めた。

 そう、シュートを頑張っていたと言った割に外した。他のメンバーと比較すれば一番多く入れはしたものの、外してそれをサポートしてもらい、時に相手に奪われることもあった。よくありがちではあるものの、期待されていたこともあり変に力が入ってしまっていたと思う。

 力が入った理由と思しき明は試合か他の見学か、いつの間にかいなくなっていた。それでも試合の残り時間に調子が戻ることはなかった。

 「獅子井、今日迫力あんな。次も頼むぞ」

 「あぁ、わかった」

 後から出てきた猪爪がそんなことを言いながら二階へ上がっていく。返事をしながら悠登は考えた。少しはしゃぎ過ぎたな、と。

 「……次は決めるぞ」

 自分の頬を両手で覆うように叩く。迫力があった、次も頼むと言われた。それは自分のやる気も全て空回りしていたというわけではない。

 誰が見ているとか、見てくれていないとか関係ない。自分の力をしっかり相手にぶつける。ただそれだけだ。

 「俺も次はスパイク決めてやるぜ!見ててくれよ」

 「張り切り過ぎるなよ。俺からのアドバイス」

 どうやら章助はもうすぐ試合のようだった。しばらく時間があるので俺は二階から見ることにする。バドミントンも見たいが今はどうなっているだろう。

 章助に精神的なアドバイスだけして二階に上がる。先にサブアリーナを覗いたが二Cの試合は行われていなかった。

 「……」

 そうだ、外のソフトボールやサッカーはどうなっているんだ?まったく見に行こうと考えていなかった。天気は良かったから気温は暑いくらいだと思う。

 外は誰が試合をしているんだったか、と思い出しながらギャラリーに戻るとある人物を発見する。これから始まる二C対三Bのバレー男子の試合を見るようだった。

 「先生」

 「お、悠登か?さっきの試合見てたぞ」

 ギャラリーに人はちらほらといるものの、二Cの生徒は女子数人以外いなかった。そこにポツンといた熊田の横に悠登は座る。

 「勝ちましたよ、なんとか。次はバレーですね」

 熊田はずっとここで見ていたのだろうか。さっきは明と真衣に気付いたが他はどうかと言われるとわからない。少なくとも熊田は最前列で前傾姿勢になっていたため、下からではその膨らむ腹は隠れて顔しか見えないだろう。

 「アレだな、お前は章助と徹を見てるんだろ?」

 熊田が下を眺めながら呟く。ここからだと二Cは奥側に見えるので背中は見えない。狼塚の尻尾もたまに揺れているのが見え隠れするだけだった。

 「章助はともかく狼塚と俺って仲良さそうですか?」

 試合が始まると同時に俺が聞いてみるとジャンボは急に身を引いて起き上がる。その動きと揺れる腹、そしてシャツの絵柄に激しく動揺した。着るうちに忘れていた。

 「違うのか?掃除の時とかよく話してたべ?」

 ジャンボが腕を組んでシャツの柄を隠してくれているのが幸いだった。また見せつけられたら今度は一人だ、耐えきれん。

 「話しはしますけどそれなり、ですかね」

 熊田の観察は合っている。掃除時間は狼塚に尻尾を触らせてほしいと言うことが最も多い時だから。だが、それはきっと狼塚が一番悠登をうざったく思っている時間だろう。こちらは是非仲良くしたいのだが。

 「ふーん。ところで悠登よ」

 章助のサーブが勢い余ってエンド・ラインを飛び越えたところで熊田が悠登を見た。頼むから体、というかそのシャツと顔を同時に向けられることがありませんように。

 「…なんですか」

 「おめー、部活やってねぇよな?」

 熊田の一言に聞き覚えがある。この後に続く言葉も予想できた。

 「なぁ、ラグビー部さ入らねぇか」

 一字一句悠登の想像と同じ言葉が眼鏡を乗せた熊の口から放たれる。それを聞いて悠登は首を横に振った。

 この勧誘は一年生の頃から各所で聞いていた。部に入っていない者がちょくちょく熊田にスカウトされるというもの。悠登も何度となく言われている。

 「部員足りねぇんだって」

 「章助に言えばどうですか?」

 「アイツも悠登が入るなら考えるって言ってたぞ!」

 章助め。逃げの引き合いに俺を使ったか。

 しかし一年生の時とは事情が違う。俺はこのタイミングを置いて他にないと思い切り出す。

 「あの、先生。それで少し話があるんですけど…」

 「お?」

 こちらの切り返しに熊田の顔が変わる。期待を含んだその表情を裏切るようで悪いが言っておかねばならない、あの子のことを。

 ここでなかなか機会のなかった獅子井家で預かる人間の女の子について悠登は熊田に話した。最初は驚かれたものの、事情を話すうちに理解を示してくれる。そう言えば奥さんはいると聞いたが子どもはいるのだろうか。

 「うぅん……なるほど?」

 「そういうわけでちょっと部活は難しいですね……」

 粗方話すと熊田は背もたれに身を預けて唸った。悠登は試合より熊田の動向を窺う。

 「わかってるとは思うが、補習とか講習は抜け出せないかんな?」

 「はい、それはもちろん!」

 熊田の忠告に悠登も答える。それは自業自得だし必要事項だ。玲奈を理由にしてそんな真似をしたら教師である彼女の父親に怒られるだろう。

 「はぁ……。担任になって狙ってたんだがそういう理由があったんじゃあなぁ…。お前も面倒に巻き込まれたな」

 熊田が顔を下に向けると眼鏡がズレる。その位置を直しながら試合の方へ目を向けるとそんなことをぼやくように言った。章介共々捕らえるつもりだったらしい。担任権限のようなものがあるかは知らないがそんなもの行使されなくて助かった。

 「でも俺、最近楽しいですよ。色々」

 面倒か、と聞かれれば俺も仙人じゃない。会ったその日から入浴させられたり、部屋には玲奈がいるから居間で勉強したり。最初はディスチャージ仮面だって見たいわけではなかった。

 けど、そういうのもひっくるめて、慣れた。いや、慣れてきている、か。今の暮らしが軌道に乗ってきたところでその言葉との折り合いはもうついている。

 「それならいいが、数学は疎かにすんなよ」

 「わかってますよ」

 数学の成績は少なくとも、小テストで赤点なんて展開はまだ起きていない。それは向こうも知っている筈だから、この警告はたぶん数学担当だからということだと思う。

 章助と狼塚の出たバレーの試合は苦戦を強いられたが接戦の末に辛勝。中盤、スパイクをブロックされた時の章助は遠くから見ても悔しそうだった。だからこそその悔しさをバネにして勝ちをもぎ取ったと言ったところ。狼塚の尻尾はポジションのローテーションの際、背を向けた時にしか見えなかった。

 その後はバレー女子が二試合目で敗退。サッカー女子は一年生と三年生も加わった縦割りチームだったが一試合目に負けてしまったようだ。

 他は長縄を除いて順調。トーナメントの都合で三試合したバドミントンもまだ勝ち残っている。その時悠登は試合だったため丸々見られなかったが。

 長縄は三回挑戦したうち、最も多く成績として報告したのが二回目の三十一回。こればかりは他のクラスに聞いてみなければ多いのか少ないのかわからない。見た目からすればかなり半端だ。

 「あしたもじてんしゃ?」

 「うん。迎えに着くのも同じ時間か、ちょっと早いくらいだと思う」

 クラスマッチ一日目が終わり、章助と共に幼稚園で玲奈と合流。玲奈がサドルに座り、俺と章助は自転車を引いて歩く。二日目は準決勝と決勝、決勝戦は試合時間が公式寄りになるため試合数は多くなくとも、時間が延びる場合はある。断言できず、待たせてしまうのは悪いと思うが今言えるのはここまでだった。

 「たのしそう!」

 「玲奈ちゃんも高校に入ったらガッツリ暴れような!」

 高校生になった玲奈ってあと十年とか待つのか。気の遠くなる話だ。

 章助と別れ帰宅。自転車を使ってだったが移動時間で随分と体力を持っていかれた。それだけ向こうで全力を尽くしたのだが、悠登達からすれば本番は明日。それを忘れぬよう特に足回りのマッサージを入念に。

 前日早めに寝たことで体力は全快。幼稚園での別れ際、玲奈からのいってらっしゃい、に力を貰い一気に昨日と同じ戦場へ。昨日散々汗臭くしたヒグマのティーシャツは既に洗濯機に葬ってある。そのため今日は章助と同じ、普通の体操着だった。

 昨日と時間は変わらない。だが、今日は開会式がない分だけ早く試合が始まった。一年生の半分以上が今日は観戦か長縄しかすることがない状況だが、見るのもまた一つの楽しみ。先輩達がそれを飽きさせぬように盛り上げる。

 「………」

 そんな中、俺は屋外にいた。誰を見たいということではなく、時間があったから外にいる。見ているのは二C対三A男子のソフトボール。……言っては悪いが、これは負けそうだ。

 去年も今年も、体育でソフトボールってしていないなと思う。グラウンドが広く使えれば授業でソフトボールもできたんだろうに。

 「………」

 軟式野球部のクラスメートが言うには球をバウンドさせるように打つと良いそうだ。内野安打の可能性が高くなるらしい。

 しかしそれを懸命に意識し過ぎているのか今回の打者も空振りに終わる。攻守交替、次の攻撃回で最低三点取れなければ勝てない。

 「うーむ……」

 「獅子井君!」

 三位決定戦はないから三位のクラスは二つだった。ならば三位はこの試合の時点で確定なんだなと思っていると少し離れたところから俺を呼ぶ声がした。

 「保谷さん?」

 悠登が振り返ると真衣がこちらに走ってきた。こちらの横に着くと息を荒げながら顔を下げる。

 「は…はぁ…」

 「大丈夫…じゃ、なさそうだけど…どうしたの?」

 急な用事だったのだろう。しかし、入口からずっと走ってたのだろうか。だとすれば喋れなくなるのは不思議ではない。

 「とっ……トォちゃん、知らない?」

 「狼塚?」

 俺に用があると思えば保谷さんから出たのは狼塚の名前。すぐに見回すが少なくとも、ソフトボールの観戦はしていない。

 「もうちょっとでバレーの試合が始まるのにトォちゃんがいないって縞太郎君が言ってて」

 「えぇ?」

 狼塚ならしっかり朝に会った。今、保谷さんが着てるのと同じヒグマティーシャツに身を包み、章助と一緒に似合っていると話している。

 その狼塚がいない。保谷さんは手が空いてたから来たのだろうか。

 「どこに行ったか知らない?」

 「うーんと……」

 会ったのは最初だけだ。どこを見るとか助っ人に行くとは聞いていない。

 だとすれば、どこにいるのか。それを考えて唸る。狼塚がいそうなところ……ところ?

 「あ」

 「あ?」

 閃いた。確証はないけど。

 「保谷さん、たぶんこっち!」

 俺が速足で歩くと向こうは小走りで着いてくる。時間はまだあるだろうか。

 「いた!」

 「本当だ…」

 俺の予想が当たって狼塚の姿を発見する。そこはサッカーグラウンドだった。

 サッカー部はサッカーに参加はできない。だが地区予選の時と同じだ、審判として徴集されているのではないかと思い悠登はここまで来た。

 「ちょっと待ってて、今呼んでくるから」

 真衣に言うと悠登は小走りで試合中のグラウンドに侵入する。邪魔にならないよう回り込んで。

 「狼塚!」

 「どうした」

 俺がグラウンドに入ってきたことを咎めるでもなく狼塚は試合中の男子達を見ている。どこのクラスがやっているかはわからない。

 「お前、バレーの試合始まるぞ。それで保谷さんがここまで探しに来たんだ」

 用件を伝えてホイッスルを手にしていた狼塚の手がピタっと止まる。そこでようやくこちらに目だけを向けた。

 「わかった、今行く。おい!」

 狼塚が目を離さないようにしながらコートの外に向かい声を張る。すぐに気付いた他の男子がこちらに来た。

 「俺、もう試合らしい。行かなきゃならんから代わってくれ」

 それだけ言うとホイッスルを来てくれた人間の男子に渡す。サッカー部なのだろう、すぐに返事をして審判を代わった。

 「お前はどうする」

 一度狼塚が俺を見て尋ねてきた。それを聞いて他人事でもないことに気付く。

 「俺もそろそろ戻っておく。行こう」

 ソフトボールの試合も最後まで見ていられるとは思っていなかった。時間を考えれば、そろそろ限界だろう。狼塚に答えると二人で走り出した。

 「……あれ」

 そこである変化を感じた。真衣がいない。

 「なぁ狼塚!」

 「尻尾なら後にしろ!」

 「後なら良いのか!?」

 「駄目だ!」

 期待させるようなことを言っておいてこれだ。おかげでこっちの尻尾が垂れた……って、そうじゃない。

 「で、なんだ!」

 先を走りながら声を張る狼塚。しかしその間に悠登も思い直す。

 「いや、なんでも!」

 保谷さんがいない、と言っても狼塚がどこにいるかなんて審判をしていたのだから知らないだろう。ソフトボールの試合を見届けにでも行ったのかな。待っててって言ったつもりだったんだけど。

 「あ、狼塚!探したぞ!」

 「すまない」

 入口に着くとまさに章助と明が上履きから外履きに履き替えようとしているところだった。狼塚を探しに外へ出ようと思い至ったのだろう。

 「じゃ」

 俺に振り返ってそれだけ言うと狼塚は章助を引っ張るようにさっさとメインアリーナの方へ行ってしまった。試合まで時間はないだろうが体は温まっている筈。

 「獅子井君、トォちゃんがいないって縞太郎君に聞いたの?」

 「が…うっ!?」

 狼塚の心配をしていると不意に横からの声に驚いた。それが明の声とわかって極力抑えたつもりではいたが既に遅い。

 「ごめん……。そんなに驚いた?」

 「いや!………こちらこそごめん、ちょっと油断してた」

 時間はある。言葉を選んで、発してからまたハッとする。この言葉は違う、と。

 「油断?ふふっ…変なの」

 変とは言われたが桑野さんは笑ってくれた。結果オーライで良いのだろうか。個人的にはもっと気の利いた謝り方をしたかったのだが、会話の流れを崩さない程度の沈黙内で出たのが油断だった。

 「はは……。あぁ、章助じゃなくて、狼塚のことは保谷さんから聞いたんだ」

 先に戻っているかと思ったけど見なかった。ならばやっぱりソフトボールを見に行ったのかな。女子はもう負けてしまったようだし。

 俺が走って少し乱れた呼吸と気持ちを落ち着け保谷さんの名を出す。すると桑野さんも辺りを見回した。

 「真衣は一緒じゃないの?」

 「俺がグラウンドに入って狼塚を呼んでる間にいなくなってたんだ。先に戻ったかと思ったんだけど」

 悠登がそこまで言うが、明は悠登の方から視線を外して外ばかり見ていた。聞いていたかも怪しい。

 「そうか…。ありがとう。ちょっと私はやっぱり外に行くね」

 言って桑野さんは靴箱に戻し掛けた外履きを取り出して地面に置いて上履きを脱ぐ。黒い靴下や人間の足のフォルムは好きだ。明の足限定ではない。

 「……保谷さんを探しに?これから試合なの?」

 外に出ようとする明を呼び止め。前の悠登ならその背中を、指を咥え耳を畳んで見送ったことだろう。

 「ううん、バドミントンはおかげさまで三位。ごめん、負けちゃった」

 明は後ろで手を組んで寂しそうに笑った。

 「いや……。お疲れ様」

 その試合を見れなかった俺から言えるのはそれくらいだった。でも、全学年で三位なのだ。それは十分過ぎる戦績だと思う。

 「どうも。獅子井君ってバスケまだあるんだよね。ファイトだよ!じゃあ行ってくる!」

 そこまで言うと明は背を向け小走りで束ねた髪を揺らしながら行ってしまった。

 「………今度も、お礼言えなかったな」

 保健室での一件を思い出す。一方的に激励をくれた桑野さん。前回は廊下に出た時には背中を見送ることもできなかった。

 しかし今回は開けた場所だからということもあり、まだ明の背中は見えている。見ていたいのは山々だが、敢えて背中を向けて悠登は体育館奥へ。応援してくれた彼女に応えるのは言葉ではなく、試合で。

 それでいて昨日の反省を踏まえることで肩肘や見栄は張らずに。それを心掛けたことで無事に二Cはバスケとバレーが決勝へ。ソフトボールはあの後に負けてしまったと参加者から聞いた。

 「二年でここまでは良いんでねぇか?どうせなら勝つか?」

 「当然勝ちますよ!」

 決勝を前にLT。熊田曰くランチタイムの略だ。その間にやって来て言った熊田に章助が息巻いて宣言する。熊田の方は勝ちにはそこまで拘っていないようだ。

 「悠登も、なぁ!」

 「そうだな。……ベストは尽くしますよ」

 同意を求める章助に無難に返す。俺にも応援してくれた人がいるんだから負けたくはない。だが、やれるだけやれれば良いかなとも思う。

 「そうか…。でも怪我だけはしないようにな」

 「肉を切らせて骨を断ちますよ!」

 ジャンボが怪我するなと言っておいて章助は答えた。そこまでの覚悟があるのではなく、明らかにノリで言っている。

 「狼塚、調子はどうだ」

 章助がジャンボと話している間に俺は隣で弁当を食べている狼塚の方を向く。狼塚の着ているシャツを今日もジャンボが着なくて良かった。

 「尻尾は構うな」

 そこに狼塚が茹で卵を丸呑みして明確な拒絶。当たり障りのない世間話から入ろうとしたがその小細工は狼塚の警戒心を容易に刺激したらしい。

 「そうじゃなくて、試合」

 狼塚の尻尾、今月は二日に一回くらいまで頻度を下げるか。そう考えつつ本題に入ると狼塚は食べ終わったのか弁当箱の蓋を閉める。

 「……自分の時以外は外かその辺でブラブラしてたから相手がどうとかは知らないんだ」

 ブラブラって何を。尻尾か。そう思うだけにして言葉には出さない。思うだけで楽しいし。

 そこまで言うと狼塚は腕を組んで目を閉じてしまう。どうやら一休みするつもりのようだった。会話も途切れ章助の方を見るとまだ熊田と話している。

 「先生はバスケの応援もしますよね?」

 「バレーと時間は違うべ?どっちも下に見に行くぞ」

 応援とはどういうことだと思ったが熊田の言った下、で意味を理解する。この二階ギャラリーではなくわざわざ下まで見に来るということらしい。

 「おい、獅子井」

 そこで肩が軽く叩かれる。振り向けばそこにいたのは、耳だけ茶色い兎の獣人。

 「兎洞?どうした」

 昨日からバスケのチームの一人、兎洞がこちらを見ずに笑みを浮かべている。その視線の先にいたのは熊田。

 「ちょっと耳貸せ」

 言うが早いか実行するのが早いか兎洞は悠登の耳を指で挟んで引き寄せた。

 「うん?……うん…ほぉ…」

 そこで耳打ちされた内容に最初は耳を疑う。しかし、その話は興味惹かれた。

 「どうよ?」

 「俺はいいぞ」

 その提案、断る理由がない。俺が親指を立てると兎洞は俺の肩を抱いた。

 「よし、俺は他のメンバーに伝えとく。試合ではよろしく!」

 それだけ言うと俺を放るように兎洞は行ってしまった。その勢いは後に取っておいてもらいたいが、こういう時の方が行動力というものは気持ちに追随しやすい。

 「お前、やる気だな」

 離れた場所で兎洞に猪爪が捕まっているのを眺めていると狼塚が呟いた。こちらを見ていないが明らかに悠登へ向けての言葉だった。

 「聞いてたのか」

 俺が聞くと狼塚の耳が急に曲がり、そっぽを向く。聞いていたのは間違いない。

 「聞こえただけだ」

 「……そうか。あぁ、俺達はやることにした。章助を勝たせてやってくれ」

 俺達の決断は吉と出るか凶と出るかはわからない。しかし後は狼塚に任せて俺達は最後の決戦へと向かう。

 バスケとバレーの決勝戦は同時には行われない。先にバスケを済ませてからのバレーだった。その方が観戦できる人数が多いからということらしい。他の競技は昨日や今日の午前で終わっているのに対しこの二つが特別扱いなのはメインアリーナで行われるからだろうか。

 学校でクラスマッチができたならこれも随時終わるのか。そもそも、ここまで広くないから観戦には適さないしな。大勢集まっても椅子もない。閉会式までジュース片手にロビーでだらけていられるのもこうした場所があるからこそだ。本来なら観戦まで配慮でされたクラスマッチに感謝すべきだろう。

 だが、今回の俺達は試合を観る、ではなく観られる側だ。全敗したクラスから各自反省会からの解散ではなく皆がいる。その視線が一度に集まっているのだから、そんなプレッシャーを浴びる機会はそうそうない。

 「手筈通りにな」

 「おう」

 「…大丈夫か?」

 「イケるって。こういう場所でしかできないんだぞ」

 「じゃ……二C、ファイっ!」

 オォー!と高二男子の野太い掛け声がざわつく体育館に組んだ円陣から響く。これで最後、明日は土日。何も恐れることはない。体力を使い切ってもいい、最後まで勝ちを狙い、楽しむ。

 そのためにもプレッシャーに委縮している場合ではない。これまで打ち負かして相手の無念やらを気負うこともない、やりたいようにやると事前に話した。

 ホイッスルと共にジャンプボール。江川の競り負けたボールがこぼれて相手の三年生が先制。流れるようにドリブルしながらランニングシュートを決められる。ものの数秒の出来事だった。

 「……次、ボールこっち!」

 時間はあるようで、ない。点を入れられればその分こちらの首が絞まる。すぐに悠登は三年生のシュートで起きた二階からの歓声を掻き消すように吼えた。

 流石に決勝戦、一筋縄ではいかなかった。少しでも気を他所に向ければあっさりとボールを弾き飛ばされ、奪われる。体はほとんど成長した人間と獣人がコート狭しと走り回り、ボールを奪い合うこの試合の中で観衆の目などすぐに気にならなくなった。

 パスをどこに回してとか、戦略も何も言っていられない。己の視界からもたらされる閃きとチームメイトを信じてボールを回し、ゴールへ放る。強いて言うならあの五番にボールが回ったら危ない程度しか話せない。それを意識するようにしてからも食い付くのがいっぱいだった。

 「はぁ……はぁ…」

 向こうのドリブルに追い付けず、またも無情にボールはゴールへと吸い込まれた。機械的とも言える動作に悔しさが募る。ステージ上に座って観戦しているクラスの皆からも段々と声が聞こえなくなってくる。声を掛ける余裕もなく、試合に引き込まれているのならそれはそれでこちらの思惑通り。

 しかし、それが完全に思い通りになるにはこちらが勝っていなくてはならない。息を呑む緊迫感からの沈黙と観ていて安心できる展開は違う。

 もう一波乱欲しかった。このままでは点差が開かれこちらには落胆しか残らない。

 「獅子井!」

 「おう!らぁ!」

 そこに悠登がシュートを決める。そこで微かにおぉ、と二階やステージから声が聞こえた。

 そう、まだ決定打を向こうも与えられていない。ハーフタイムなんてとうに過ぎ、後半の残りも三分、それでもまだ追い上げるチャンスは残されていた。大事なのは諦めない心だ。

 「タイムアウト!」

 それから更に点を入れられ、こちらのスローインのタイミングで江川が声を張る。それを受けて審判が江川に駆け寄った。

 「選手交代」

 江川の一言に審判のキツネザルの男子は頷いた。それを聞いて相手の三年生達も動きを止める。江川はゼッケンを脱いでステージに向かった。

 「はい、これ」

 「よし、任せろ!って……え?」

 章助が威勢良く返事をするが目を丸くする。それはそうだ、そんな話、初めからしていない。

 そもそも、江川はゼッケンを章助へ差し出していない。ゼッケンを差し出されたのは中年のヒグマ、二Cの担任教師の熊田だった。

 「……は?」

 章助より一拍置いて熊田が大口を開ける。その開き具合にクラスの女子が笑っている。

 「先生、ほら早く!時間ないんですって!」

 江川がゼッケンを押し付け、熊田の手を引っ張る。腕の長さが長所の彼だが、あの体重の熊田を引きずり下ろす腕力は持たない。それならば。

 「章助!」

 俺が叫ぶと章助は一瞬で事態を把握した。にやりと笑うと熊田の肩を後ろからぐいぐいと押す。こういう時の章助は本当に頼りになる。味方ならば。

 「おう!先生!勝ちに行きましょうって!」

 「お、おい…俺バスケなんて何年もやってねんだ!無理だって!」

 言葉を訛らせながら熊田は章助と江川にずるずると下ろされた。落ちたゼッケンを江川が投げると章助が中空で受け取り一気に熊田の頭に通す。

 「おいぃぃ……。ちっ、どうなっても知らんぞ俺は…?」

 露骨な舌打ちをしたが熊田が安全のためか眼鏡を外し渋々ながら腕を通した。その時、周り全てから一斉に歓声と拍手が巻き起こった。

 「試合続行します!」

 柊馬の宣言に審判が頷きホイッスルを短く鳴らす。不利な展開は変わらない。だが、ここへ来て大きく空気が一変したのは明らかだった。

 これこそが兎洞の狙い、だったかはわからない。そこまで計算高いやつとは思えないが、ウケを狙っただけにしろ効果はテキメン。流れはリセットどころかこちらに傾いた。消えかけた声援が一気に戻った瞬間だった。

 「おぉぉぉ!」

 「くっ……」

 だが相手も試合さえ再開されれば相手が教師であっても堂々とぶつかる。逆にこんな機会だからこそ勢いを増しているようにも思えた。

 「ふんぬっ!」

 「おぉっ!?」

 最初こそのろのろとしていた熊田だったが持前の巨体と腕が徐々に相手を捉えるようになった。飛び跳ねるとズン、と音を立てて着地し、その手には相手から奪取したボール。

 「悠登か!?任せた!」

 そこからの勢い任せの乱暴なパス。一秒でもボールを持ちたくないのがひしひしと伝わるボールが悠登目掛けて発射される。

 「うっ……!」

 掌が痺れる程の速度で飛んできたボールを受け止めるとすぐにゴールへ向き直る。少し遠かった。できるかはわからない、しかし点差を追い詰めるためにもやるしかなかった。

 「ふ………っ!」

 目算で軌道を描く。軽く跳んで放ったシュートは辺りを静まりかえらせた。

 ボールはゴールリングに当たり、ぐるぐる周回すると静かに網を潜る。

 「よし!」

 俺が言うと同時に驚嘆の声が上がる。電光表示板で二C側の点数に三点加算される。危ういところではあったがスリーポイントライン外からのシュートが決まった。

 相手の先輩からの視線が痛い。だが、こちらも負けたくはなかった。熊田を導入したのは小細工と言われるかもしれないが、彼もまた二Cの一員であることに間違いはない。審判も面白がったかは知らないが認めたのだから反則ではなかったようだ。

 「先生!」

 「がぁぁぁぁ!」

 試合が再開されると熊田が相手からのボールを奪うべく暴れた。しかし何度も上手くいくものではなく、面積は広くとも挙動の遅さで対応しきれない。

 「あ…!」

 そこをフォローするのが俺達だった。猪爪が相手のパスを叩き落とすようにしてカットする。それを拾うジャンボ。

 「悠登!」

 また俺。そう思ったが彼の中ではシューターとしてもう印象付けされてしまったらしい。

 しかしそれもとうに読まれていたのか悠登と熊田を繋ぐ軸線上に相手チームの一人が跳んで妨害に入る。もうボールは放たれていた。

 「おらぁ!」

 「………」

 そこでバァン、と勢い良く音を立て、相手の股下をくぐり抜けてボールが悠登の手に収まった。柊馬が更に乱入してボールをバウンドさせたのだが、悠登はその一瞬が見えなかった。

 「ぬ……!」

 柊馬のファインプレーにステージから声が聞こえた。柊馬がやってくれた、それはわかってる。でも妨害は一人じゃない。

 「……このっ!」

 パスをもう一度くらい回したかったが渡せそうな者が誰もいない。そこに遠慮なくボールを狙いにくる先輩に堪らず悠登はゴール目掛け片手で放る。

 「……あれ」

 高過ぎたと思われたボールは半ばやけくそだったがゴールに入ってしまう。また得点が加算された。

 「悠登か!決めたな!」

 やっておいて言えないが入るとは思っていなかった。それを熊田に言われて自覚する。

 「……はい!」

 まだ試合は終わっていない。しかし時間はほとんど残っていなかった。もう相手はパスをしているだけでも逃げ切れる。

 無論、それを許す俺達でもない。焦りはあったが確実に相手のパスを妨害し徐々に行き場を狭めさせ、ボールを奪った。

 「獅子井ぃ!」

 最後にパスを回してくれたのは柊馬だった。怒鳴るような声に俺は答えずゴールを睨む。

 外すつもりはなかった。力むのではない、手首と膝で振り切るようにして悠登はシュートを放つ。

 そのラストショットと同時に試合終了のブザーが鳴る。男子バスケで二年C組が二位に決まった。


 まだ日は高い。幼稚園に到着する前後に太陽がオレンジ色に染まり始める頃合いか。最近はあの幼稚園を行動や時間把握の主軸に据えている。据えたいわけでもないが放課後よりもしっくりきてしまう。

 「……」

 「疲れてんだろ?先に帰ってるか?」

 腕を引き、腰を捻ると骨が悲鳴にも似た音を鳴らす。それよりも問題は火照って熱を帯びる筋肉だった。

 「疲れは休んでたから問題ない。それより、汗臭くないか…」

 「俺は気にしないないけど」

 自転車に跨り章助がその大きな鼻をひくひくと動かす。嗅ぐような真似は止めてほしい。

 「嗅ぐなし。……じゃ、行くか」

 悠登も自転車を漕いで体育館を後にする。ここでの祭りも終わってしまった。

 総合五位、学年一位。それがクラスマッチにおける二年C組の結果だった。二年生にしてはよくやったのだろう。それでも悠登は少しだけ悔しかった。

 バスケットボール競技MVP、獅子井悠登。クラスマッチ実行委員による閉会式で発表されたその名前に一番喜んでいたのは俺より章助だった。式中に何度も背中を叩かれ祝われる。

 なんでも決勝戦で追い上げの連続シュートを決めたのが理由らしい。それで逆転優勝でもしていれば文句なしだろうがそうもいかない。

 悠登のシュートは決まった。ゴール正面からのスリーポイントで。しかし、一点の差を埋めることができずに敗北してしまった。同点ではないので当然、延長戦もない。

 「ふっふ~ん!待ってろよ、玲奈ちゃん!」

 男子バレー一位の選手だった縞模様の男は決勝戦であれだけ暴れても未だ元気に鼻歌交じりに玲奈を呼ぶ。お前の仇は俺が討つ!と宣言しただけあってバレーの気合の入りようも尋常ではなかった。

 こちらを模倣したのかバレー男子決勝戦では対戦相手の方がチームに自分達の担任を引き入れた。しかし、熊田よりも動けず初歩的なミスを繰り返した相手の担任はすぐにチームから除外。バスケの試合同様、場を盛り上げはしたものの点差を広げる結果になった。その間、バレー前に試合をしていたバスケメンバーと熊田は疲労で息も絶え絶えにしながら汗だくでバレーを見ていた。

 そういう意味では俺達は良かったと思う。戦力的に言えばジャンボより江川の方が頼りになるがジャンボだからこそ防げた場面もあった。三分で彼の体力は尽きたようだが。MVPを二Cから選ぶならば悠登は個人的に最後を盛り上げた熊田か、悠登にチャンスをくれた柊馬だと思う。あの時もう数本スリーポイントを決められていれば、なんて考えないでもないが済んだことだ。ちょっと悔しいがそれ以上にこの結果を残せた全員に感謝。


 幼稚園に着くと玲奈に学年とバレー一位を誇張して自慢する章助。その横で猫垣先生が俺達を汗臭いと遠慮なく言ってくれた。こうして筋肉痛と猫垣先生の一言が俺に痛みを残して帰路へと着いた。……今日はゆっくり寝よう。

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