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第四部 四章

 校門は既に一年生の手で飾り終えられていた。創立百十一周年を迎える我が校に因んでワンワンワン!とアーチを飾っていたのは可愛らしいわんこのイラスト……。では、なかった。

 「これ……ゲート?」

 口から勝手に怪訝な感想を洩らしてしまう。我々を出迎えたのは茶色に黒と白。個々のイラストは画風が違えど、それぞれが今にも動き出しそうな躍動感と勢いを感じさせる。残念なのは看板に描かれているのが全て熊の類という事だ。定番のヒグマと肩を並べるナマケグマにシロクマ……他にもいるが熊種に詳しくないのでわからない。クラスメートの熊代に聞けば教えてくれるかもしれないけど。所狭しと板に描かれた熊々は来場者を迎え入れるどころか迎撃しかねない。クオリティの高さはわかるが趣旨とはズレているように思えた。

 「やる気は買うんだがなー」

 色使いも見事でハミ出しもない。これを伊藤さん達が作ったと言うなら、三年生になってからの体育祭で描く組団旗も楽しみになる。その頃俺達は卒業してしまっているだろうけど。

 「おはよう」

 「おはよっす!」

 「おっす!来たな、待ってたぞ!」

 章助と感想を言い合いながら今日の舞台である大教室へ入ると、いつもの電車通学組が数人足りない。……大方、いつもより遅い時間に登校できるからと調子に乗ったからではないかと思われる。

 挨拶をすれば猪爪は既に着替えを済ませていた。執事服と言ってもワイシャツにネクタイ、その上に特価で買った黒のウェストコートを着ているだけなのだが。燕尾服は暑さと予算の関係で見送られている。一応ワイシャツは自前ということで男子は全員長袖を持ってきていた。

 「猪爪……お前、あんまり似合わないな」

 「見慣れないだけだって!」

 指摘をした章助に猪爪は鼻を鳴らしてネクタイを締める。見れば、手袋までしていた。徹底するのは良いのだが、どう見ても執事と言うよりもっと役職が高い、サーカスのオーナー辺りに見える。

 「女子はまだメイド……じゃ、ないんだな」

 見渡せば女子はほとんど揃っていたが、誰一人着替えてはいない。

 「お、獅子井は誰のメイドが見たいんだ?」

 俺の呟きに反応したのは大きな耳を持った兎洞だった。それに乗じて他の連中も集まってくる。

 「気になってたんだが、猪爪はコスプレをしたくて執事喫茶にしたってことかね」

 「そんな訳ないだろ。アイツだってメイドが見たかったんだって。そのために狼塚まで引っ張って……」

 兎洞が張り切る猪爪に疑問を抱くが、そういう趣味はないと思う。一年生の頃から制服のお姉さんがどうだとか言っていた。いかにも執事をしたいと言った風に提案していたが、本意は別にある。

 「じゃあ、狼塚もメイドに興味があるとか」

 兎洞が歯を見せ笑う。狼塚は巻き込まれただけ、と思い込んでいた。止めなかったのは特に反対する理由もなかったから、か。本人に聞くのが一番手っ取り早い。

 「なぁ、狼塚も猪爪と同じでメイドが好きなのか」

 「……特には」

 窓際に座っていた狼塚からは予想通りの返答。兎洞もがっかりして肩を落とす。だが俺は、狼塚にしては即答しなかった点が気になった。

 「そんで獅子井はどうなんだよ」

 「お、俺……?俺は……」

 他のクラスメートにも確認しながら最終的に兎洞のブーメランが戻って来た。まさか直球で明のメイド姿は見てみたい、なんて言える筈がない。

 「おい悠登、俺もメイドで奉仕すると言ったらどうする」

 そこに章助が白いフリフリのカチューシャだけ頭に付けて、のしのしと歩いてきた。兎洞と二人で顔を見合わせる。

 「服が破けるだろうから、止めておけ……」

 両手で章助の頭からカチューシャを外してやる。どうでも良いけど猪爪はこれをホワイトブリムと呼んでいた。馴染みが無さ過ぎて何の話をされているのか最初はわからなかった。

 「集まってんな」

 「先生」

 熊田がのっそりと大教室に入ってくる。

 「哲久か?わりぃけど、ちょっとしばらく教師陣で集まらんとならんくなった。後は任せて良いか?」

 「はい!」

 入ったと思った直後、猪爪に用件だけ伝えるとジャンボはあっさりと退散した。残された生徒で固まるが、既に好き勝手にやっている。

 「じゃあ……女子で着替えるからしばらく外出てて?」

 「う、うす……!」

 榎子さんが柴犬に似た尾を丸めて猪爪に言うと、妙な体育系を思わせる返事をする。

 「じゃ、俺達も廊下に行くか」

 「おう」

 章助に背中を叩かれ男子全員で廊下へ出る。直後に暗幕がドアの窓を隠してしまう。

 「じゃ、俺達も!」

 「おうよ!」

 江川と妻鹿も一緒に選抜組として上着を羽織る。首回りが獣人用と人間用とそれぞれあるが、間違ってはいないらしい。

 「なぁー猪爪。俺と悠登、応援団の方を見てきて良いか?」

 「あ?そう言えばなんかやってたな。時間に戻ってくれば良いんじゃね?」

 その辺はアバウトなんだな……。

 「任せっぱなしも悪いし、行ってみるか」

 けど、章助がわざわざ確認してくれたんだ。元々見回りは必要だし、行っておこう。……明がメイドになるのはいつだっけ。

 階段を上って四階へ。応援団は三年D組の教室を割り当てられていた。

 「おはようございます!」

 「おはようございまっす!」

 「あぁ、獅子井と虎澤か。おはよう」

 でかでかとダイナミックに応援団、と墨で書かれた看板が横に立てられた扉をくぐると教室内には見慣れない格好の団長がいた。

 体操着に下はジャージ。長い髪は輪ゴムか何かで留めている。すぐに団長とはわかったが違和感しかない。

 「団長、その格好……」

 「これか。俺達は屋台だからな、制服を汚すわけにもいかないから着ているだけだ。……本当なら、それを着ているべきなんだろうけどな」

 それ、と言って団長はマネキンに着せた自身のボロボロになっている制服を指差す。展示物はそれに加えて下駄や制帽、団旗、活動の記録を簡単に模造紙に書き出して写真を貼り付けた来歴資料。更にノートパソコンを借りて数年前に行われた野球応援の動画を流していた。机を並べてそれらしく魅せてはいるが、伝統あるバンカラ応援にしては内容がシンプルになっている。

 「団長のクラスって……」

 「カレーだ。他のに比べてわざと辛めに味付けしてある。嫌いじゃなければ、食べに来てくれ」

 「押忍!」

 つい普通の返事にも押忍なんて言ってしまう。団長の口からカレー、という単語もギャップを感じてしまった。

 「屋台に戻るのは何時ですか?」

 「作る係だったが、粗方の仕込みは終わった。……小松代は何やら忙しいと聞いていたが」

 俺達とクラスは違うながらも一緒に来たのではないかと、団長は教室の戸を見た。残念だが、今日はまだ副団長の顔も見ていなかった。

 「短編映画の格好をずっとしてるらしいっすよ」

 「お前達は良いのか?」

 「俺達は執事喫茶、です。店番の時間までは各人歩き回って良いそうで」

 俺が答えると校内放送が始まった。

 “もう間もなく開場です。屋台、各アトラクション担当で準備がまだ済んでいない場合は作業を急いでください”

 放送委員の女子の声が止まると、流行りのアイドルソングが流れ出す。土曜ドラマの主題歌にもなっていたやつだ。

 「始まるな。ここは俺が見ているから、お前達は先に見て回ったらどうだ。出番もあるんだろう?」

 「でも……」

 「カレーで俺一人いないとしても問題無いし、人手が必要であれば呼ぶさ。小松代に会ったら一度顔だけ出すように言っておいてくれ」

 これは決定だ、言いたげに団長は腕を組んで笑った。

 「……わかりました」

 俺達の番が終わって午後の二時間はこちらで交代しよう。団長も席を外して見て回りたいだろうし。

 「お言葉に甘えて一年生達と一緒に小松代クンの映画、観に行こうぜ」

 「わかった。じゃ、団長。また後で戻りますから」

 「あぁ。楽しんでな」

 送り出してくれた団長に二人で頭を下げ、教室を後にする。廊下は既に一年生達がそわそわと歩き始めていた。

 「去年の文化祭なぁ。体育館でアレやってたよな」

 「軽音楽部のライブと吹奏楽の演奏な。……俺達のクラスで誰かいたっけ?」

 廊下を歩きながら去年を思い出す。まだ旧校舎の頃だったが、体育館はコートが分けられていなかった分、面積は同じでも広さは前の方が体感的に大きかった。

 「Cにはいないな。去年クラスが一緒だった牛山ってやつは軽音楽部入ってたけど」

 「ふーん……」

 牛山……どっかで聞いた名前だな。えーと……。

 「ほら、選挙で立候補してたやつ!議長やるとは思ってなかったけどよ」

 「あの牛か……!」

 思い出した。そうだ、俺達で票を盛ってしまったやつが牛山だ。

 「あれ、話したことあったのか?」

 「いや……演説が特徴的だったな、と思って」

 「あぁー。ああいうやつだったぞ、うん」

 寧ろ選挙ためだけにあそこまでキャラ作りしていたとしたら大したものだ。

 「でも、ライブ出るかは知らないな」

 「平岡さんも生徒会議長……だけど、そこまで知らないよな。男子と女子だし」

 「だな」

 結局、行っている時間もあるかは怪しい。だったら校舎から離れないようにしていた方が良いな。

 直後、流れていた校内に流れていたポップ音楽の音量が小さくなる。

 “ただいまより開場、および十幹第一高等学校文化祭の開会を宣言します。百十一周年記念の今回のスローガンは高みを目指して、です。昨年よりも全てを上回る、そんな志を持った私達が用意した数々の催しを是非、皆様もお楽しみください”

 委員会代表挨拶が終わると音楽が変わった。今度はピコピコとしたチップチューン音楽が流れ始める。こうした選曲はやはり委員会が好きにやっているのだろうか。

 「始まったな」

 「だな」

 廊下を歩いていたからどの程度の入場かはわからないが、実際に話し声が増えてきた。階段を下りている途中で保護者の方々とすれ違って開会を実感する。

 「お、メール」

 「メール……?」

 章助が平然と携帯を取り出す。今日は無礼講だ、校内で携帯をいじっていようと教師に取り上げられる事は無い。俺も今朝の一件以降は確認していなかったから確認したが、新着メッセージはない。

 「おぉー」

 「どうした」

 画面を見て数秒、章助が声を洩らす。

 「森高の応援団の何人か、来てるみたいだ。賢二とか」

 「え、マジか」

 夏の高総体開会式で章助は他校の応援団とアドレス交換をしていた。やり取りが続いていたのは知っていたが、わざわざここに来てくれるまで仲良くなっていたなんて。

 「会いに行くのか?」

 「体育館に着いたところだってよ。ライブ見てから会いたいって書いてる」

 先に聴いてからの方がゆっくり見て回れるってのはあると思う。奥から引き返すようにした方が見逃しも少ない。

 「映画観てから合流しようぜ」

 「そうだな」

 俺が交換した牛若という人とはそんなにやり取りは多くなかった。その分、章助が近況の報告をしてくれていたのは知っている。

 視聴覚室に着くと既に数人の一年生と父兄らしき人が着席していた。プロジェクターの映像を映すスクリーンの横には女勇者と犬獣人の女戦士、横に僧侶姿の副団長が立っていた。他にも猫男子の狩人と山羊の魔王もいる。端にいる普通の制服姿の男子は司会か、監督か。規模はかなり小さいがキャスト陣による舞台挨拶が始まっていた。

 「えー今日は僕達の映画、『ブライトニング・ソウルⅡ』の上映会の!しかも初回上映にお越し頂き、誠にありがとうございます」

 いきなり二作目と言われて観客達がざわつく。お客さんは尚も増えているけど良いのだろうか。役者達はもう挨拶を終えた後らしい。

「あ、前作を知らなくても楽しめますのでご安心ください!」

 そう言ってくれるのはありがたいが、逆に前作が気になってきた。

 「内容としましては、剣と魔法と愛憎入り乱れるファンタジーです。短いながらも凝縮された内容になっていますので、どうかお楽しみください。上映後、勇者達は劇中衣装で歩き回るので声を掛けてあげてくださいね!」

 制服男子が頭を下げると、副団長も含めて他の役者達も礼をする。僧侶の衣装は周りの面々に比べてやけに裾が長く、歩きにくそうだった。

 視聴覚室の灯りが落とされる。スクリーンに映像が映し出されるとざわざわしていた室内も静かになっていった。


 『ここは剣と魔法が人々に夢を生み、街に暴力を生む多幻世界、イルシオン。しかし今はそれまで存在した神が敗れ、魔王ヤギィディプスに支配されてしまいました』

 ナレーションがそれっぽく世界観の説明をするが、近所の川の堤防だ。勇者チームが横並びで武器を構えている。

 『イルシオンの片田舎で生まれ育ち、神より魔王を倒すように命じられた勇者、パメラ』

 『魔王を倒し、イルシオンを守る!』

 勇者パメラにカメラが寄る。剣を振り下ろす動作に一瞬、カメラが大きくぶれた。

 『勇者と旅を共にする屈強な女戦士、プリム』

 『近付く奴は、一刀両断!』

 軽鎧を着てプラスチック製の斧を力強く振り回すプリム。確かこの二人の間で揺れ動くのが……。

 『勇者に心惹かれ、聖教会から抜け出た僧侶、ジュンペイ』

 『僕も、お供します……』

 いきなり副団長は本名という不意打ちに章助が吹き出した。しかもガチガチに緊張しているのか声も小さいし、顔も赤い。握る杖に頼って立っている様な印象さえ受ける。

 『心優しき森の狩人、ルイン。その弓の腕で射抜くのは……』

 『世界の闇、魔王の心臓さ!』

 ナレーションに乗っかる様にルインが弓の弦を引いて見せる。弓は自前か弓道部の物だ。

 『彼ら四人は苦難の旅を続けた……』

 『風の申し子よ、研ぎ澄まされた鎌で魂魄を刈り取れ!ウィンド・ブレイド!』

 旅の経緯は省くらしい。しかしダイジェストながら音楽と映像は切り替わっていく。

 ルインが矢を立て続けに三本放ち、手をかざす。すると緑の魔法陣が展開し強風が吹いた。矢は三発共に段ボール製ゴーレムに突き刺さり、烈風によって切り裂かれる。

 『平和を勝ち取るために旅に挑む彼らだったが、必ずしも味方ばかりではなかった』

 『さ、寒い……』

 『勇者様、これを……』

 『……ジュンペイ』

 『………』

雨に濡れるパメラに自分のローブを着せる……ジュンペイ。本人を知っているのもあるが、やはり役と名前が同じだと切り離して考えることができなくて笑いそうになる。ローブを着せて抱き寄せるジュンペイとパメラの良いシーン。それを、胸に手を当て見詰めるプリム。

 『魔王打倒を掲げる一行は挫けずに前へ進む。時に衝突もあったが、乗り越える度に絆が深まっていった……』

 『力こそ全てなの!私達がしようとしていることだって、結局は力でねじ伏せようとしているだけ!』

 『馬鹿な!それでは魔王と同じことになってしまう!』

 『使い方を考えたって力は力!貴方はそれを認められないだけ!』

 『二人とも落ち着いてよ!』

 プリムとルインが言い合いをし、ジュンペイが仲裁に入る。鬼気迫る迫真の演技に気付けば目も、耳も集中していた。

 『プリムの言い分ももっともだ。だけど、ルインのように力の使い方を省みることも必要だよ』

 ジュンペイがプリムの手を握る。

 『ちょっと……』

 『君と勇者様は前に出て戦ってくれている。女の子に魔物と直接戦わせることしかできない僕は自分が恥ずかしい。だから支えになりたいと思うって、ルインと話していたんだ。……いつも本当にありがとう』

 『そ、そんなの急に言われても……』

 プリムの手を握るジュンペイの顔が赤い。セリフだけでなく、縁起でもカッコよく決めるところなのに顔に出てる。お互いもじもじしているのがウブとも言えるが。

 『いつしか絆はただの旅の仲間に留まらせるには、あまりにも情熱を帯びてしまっていた……』

 火の魔法陣を描き敵を焼き尽くす勇者パメラ。戦闘後にジュンペイが温かな癒しの光で彼女を癒していると、プリムが彼の腕に抱き付き尻尾を振って甘え出す。それを苦笑しながら見守るルインという構図、四人は確かにとても仲が良さそうに見えた。

 その後プリムがジュンペイを庇ったり、ジュンペイが敵に隙を突かれたパメラの前に出て傷を負ったりする描写が何度か続く。明らかにプリムもジュンペイも相手へただの仲間以上の気持ちを抱いているように初見でも感じられた。

 『彼らの長く続いた旅もようやく、魔王と相対するのみになった。その決戦前夜、ジュンペイはプリムに呼び出されていた』

 ナレーションの言った通り、場所は堤防なのにきちんと夕暮れ時に撮影されていた。

 『話って、なに?』

 『……今までの、お礼を言おうと思って』

 『僕はただ、必死にやってただけだよ』

 『だからだよ!だから私達も今日まで戦えた!貴方が、いてくれたから……』

 こんな気持ちは、初めてだった。と、プリムが胸に手を当て笑う。

 『ね、ねぇジュンペイ……』

 『なに?』

 『この戦いが終わったら、私と……』

 途中までのプリムはわざと胸を押し付けたり、寝込みに忍び込んだりと露骨なアピールが多かった。だが、今回の彼女はやけにしおらしい。

 『私と?』

 続きをジュンペイが促す。プリムはハッとしたように顔を上げると首を横に振った。

 『わ、私と……話す時間、くれない?……伝えたい事が、あるの』

 『うん。わかった』

 ジュンペイは笑顔で応じてくれた。

 『あ、あはは……なん……』

 『じゃあ、そろそろ戻るね。……僕もパメラに話したい事があったんだ』

 『え、あ……うん……』

 プリムも笑顔を浮かべようとしたが、ジュンペイの一言に表情が強張る。そうしてジュンペイはプリムを置いて行ってしまった。

 『………くっ。ううっ……』

 胸を強く押さえてプリムは俯く。その肩を抱いてくれる者は、誰もいなかった……。

 『そうして始まる魔王との戦い。熟練の技術を身に付けた勇者一行は負け知らずと思いきや、意外にも苦戦を強いられることになる』

 『ここまで来たのは褒めてやろう。だぁがぁ!この魔王に一介の人間が立ち向かえると思うのかぁ!』

 上半身裸にマントでありながら、どすぐろいオーラを放つ魔王は演技も相まって非常に強そうだった。事実、ルインは何度も魔法や弓矢の攻撃を未然に防がれてしまっている。

 『まさか、ルインから狙っている?』

 プリムがパメラと武器で攻撃しつつも冷静に観察して気付く。

 『ふ、後衛から潰した方が楽になろう?斧よりも魔法の方が厄介だものなぁ!』

 『ぐああぁ!』

 『ルイーン!』

 魔王の指から紫色の禍々しい球が放たれる。それはルインに直撃し苦悶の悲鳴を上げさせる。

 『さ、させない!』

 杖をかざし、ジュンペイがルインの前に立つ。優しく淡い光がルインを包み込むと彼の表情が和らいだ。

 『く、すまな、い……』

 ルインは生きていた。しかし、意識を保てずにジュンペイに謝ると倒れ込む。

 『いいから、少し休んで』

 『勇者以外にも聖属性の魔法使いがいたか。ならばぁ!』

 魔王の標的がジュンペイに代わる。気付いても魔王の攻撃は既に放たれた後。ジュンペイに避ける術も、防ぐ術もなかった。

 『危ないっ、ジュンペイ!』

 『え……?』

 『きゃぁぁぁ!』

 闇の弾はジュンペイに届く前に止まった。違う、止められたのだった。プリムが身を挺したことによって。

 『プリムぅ!』

 『猪口才な……次こ……そぉぉぉあ!』

 『隙有りぃぃぃ!』

 プリムの行動にほんの一瞬、魔王が見せた隙にパメラが勇者の剣をガラ空きの背中に突き入れた。貫通した刃が光り輝き、胸の中央から魔王を消滅させていく。

 『な、この魔王が……敗れるだとぉぉぉぉおぉぉぉ!』

 長い断末魔を上げて魔王が消え去ると、パメラは剣を、ジュンペイは杖を放りプリムへ駆け寄る。

 『…はぁ、はぁ……ジュンペイ、無事?』

 『君のおかげだ!だから、僕が癒す!』

 手を直接かざし、プリムに光が灯る。ところが、彼女はジュンペイの手を握り、首を弱々しく振った。

 『もう、間に合わない……』

 『何を言っているんだ!諦めちゃ駄目だよ!諦めなかったから、ここまで来れたのに!』

 『そうだよプリム!』

 『ね、ジュンペイ……昨日の夜の続き……覚えてる?』

 『うん……』

 『……ごめん、話せそうにないや……』

 『聞かせてよ!魔王の支配は終わったんだよ!』

 『……最期に、お願い』

 『最期じゃ……!』

 『最期に……キス、してくれない?』

 『え……』

 そこで観客の数人が声を洩らす。

 『お願い……』

 『……わかった』

 パメラが背を向けると、ジュンペイが返事をし、プリムがそっと目を閉じる。

 プリムへ顔を近づけて行くと同時に観客の女子達がきゃあ、と黄色い歓声を上げる。そして唇が重なる直前、カメラは晴天を仰いだ。

 『こうして彼らの旅は完結した。本当に大事なモノは失って初めて気が付く事が出来る。……いや、失ってからのみ、気付けるのかもしれない。平和を手にした彼らは得るモノと失ったモノ、どちらが多かったかは敢えて語るまい…… 完』


 上映が終わると拍手が起きた。自然と俺も章助も拍手をしていた。

 「いやー、どうもどうもー!」

 上映後、先程前説をしてくれた男子が再び前へ出てきた。

 「いかがだったでしょうか!作品の内容についてはこの後、もしくは入口に設置したアンケートで感想や質問を送って頂ければと思います!勿論、こちらに直接質問をぶつけてくださっても構いません!一つお願いとして、皆様の口から他の方々へオススメして、少しでも多くの人に足を運んでもらえたらと思います。本日はありがとうございました!」

 一礼と共に俺達はもう一度拍手を送った。直接聞きたい話もあったけど、時間が限られているし、待ち合わせもあるからまずは廊下へ出た。

 「思ったより凄かったな……。荒削りだった部分もあるけど」

 「お前、ディスチャージ仮面と比べてないよな?」

 「う……」

 章助の指摘に呻く。確かに、ディスチャージ仮面で使っているカメラと今回のカメラでは性能に雲泥の差がある。カメラマンの腕前の差でそこは更に顕著に現れるのは当たり前。

 魔法陣や魔法のエフェクトは音響も含めて完璧だった。だからこそ、カメラワークで損している部分もあるように感じてしまう。それは俺が普段からアクションの多いテレビを観ているからに他ならなかった。鎌なのにブレイドと魔法を唱えていたとか野暮なことは言うまい。

 「なぁ悠登。実質小松代クンが主人公みたいなもんだったよな?」

 「そうだなー……」

 体育館へ向かいながら映画を思い返す。

 「ルインは戦闘で活躍してたよな、会話はあまり入ってこなかったけど」

 「実はパメラはルインが好きで、ルインはプリムが好きだった……とかどうだ」

 全員片想いギスギスパーティーにならないか、それ……。けど、実際等しく出番はあった。他のクラスメート達は途中にあった雑魚の大群に、エキストラとして出ていたらしい。

 「決戦前夜ってさ、ジュンペイはパメラに何を話したんだろうな」

 「やっぱり……想いの丈を伝えたんじゃないか?」

 「だとしたら、最後のジュンペイの行動って女子から見たら酷いとか言われないか?」

 勇者に好意を伝えておきながら、女戦士と口付けを交わす。最期にしても複雑じゃないだろうか。

 「あ、前夜のうちにフられてたとか」

 「それは有り得るかな。にしても怪しいけど」

 普通に章助と独自に映画の考察をしてしまっているが、考えさせられる部分は多かった。悪い意味ではなく、それぞれの場面で人物がどう思っているかは伝わってきた。序盤こそ、明らかに照れ混じりに演技している部分もあったが、後半になっていくに連れて気にならなくなったのも大きい。短い映画でも演技力はかなり変わるものだった。

 「後で当人に直接インタビューだな」

 「嫌がるぞ、きっと」

 言いながらも副団長が照れて慌てふためく表情を想像して二人でニヤリと笑う。

 「さーて、次は……」

 「お、ちょっと待て」

 何人もの生徒とすれ違いながら階段を下りていると、悠登は携帯が震えていると気付いた。新着メールの受信にしてはバイブレーションが長過ぎる。

 「……狼塚?」

 表示されていたのは狼塚徹。校舎内でどうした、と電話に出た。

 「もしもし」

 「獅子井か」

 「あぁ。どうした?」

 「お前に客だ。指名したいらしい」

 「指名、ってそういう店じゃないだろ、俺達……」

 ずる、と拍子抜けしてしまう。危うく女子にぶつかるところだった。

 「……幼稚園の先生なんだが」

 「げ……」

 もう来たのか、猫垣先生。意外と朝早いんだな。

 「……お引き取り願うか?」

 「いや、すぐ戻れる。着替えれるように準備頼む」

 「わかった」

 通話が切れると一気に手がだらりと下がる。章助はそんな俺を見て首を傾げた。

 「なんだ?」

 「悪い。ちょっと執事喫茶が前倒しになった」

 簡潔に言うと章助が口をあんぐり開けた。

 「じゃあ……」

 「俺は戻るから、体育館行ってろよ。副団長には俺も会ったら話しておく」

 「……うん」

 短く返事をすると章助は一人で体育館へ向かう。その背中もすぐに人混みに消えてしまった。それだけ今日は人が多い。

 大教室まで引き返し、控室用の入り口から入ると狼塚がベストとネクタイを持って立っていた。

 「戻った!先生、まだいるよな?」

 「一応な。ほら」

 「ちょっと待って。……ネクタイの結び方わかるか?」

 差し出されるがまずは半袖から長袖に着替えだ。ワイシャツを脱いで自分の鞄から別のワイシャツを出して、腕を通す。少し腕回りがぴっちりしてキツくなった気がした。

 「見よう見まねでやってくれ」

 言って、狼塚が見本用ハチマキを首に巻く。

 「まず大きい方を上にして重ねる」

 「おぉ」

 「小さい方の下に潜らせる」

 「む」

 「大きい方を巻いて戻しながら喉元に通す」

 「鬣邪魔だな……」

 「最後に喉元のループに通し、締めつつ形を整える」

 「ちょ、ループの輪っか小さ過ぎたか?キツ……」

 「どうせ埋もれるだろ」

 「う……」

 仰る通り。置いてあった鏡で確認すると、一応ネクタイは巻けていた。結び目が小さい気はするけど。

 「形は悪くないな。兎洞は曲がっていたのに」

 「教えてくれたやつが上手かったのかもな」

 「ふん」

 狼塚はハチマキを付けたまま廊下に向かう。

 「猪爪がそのままシフトに入ってほしいそうだ」

 「わかった!サンキューな!あ、視聴覚室の映画、凄かったぞ」

 「そうか」

 俺がベストを着ながら声を掛けると狼塚は出て行った。足早だったが、トイレにでも行きたかったのだろうか。

 「お、悠登君だ!執事してるね!」

 「明?」

 仕切りの奥から顔を出したのはカチューシャにメイド服姿の明だった。日に焼けた肌の彼女に真っ白なカチューシャや前掛けは対比的に見える。

 「私も早番だったんだ。似合う?」

 言って控室側に入ると明はスカートの裾を軽く広げて見せた。

 「う、うん……!」

 裾が展開することで若干だが、太股のラインが上がっていく。って、どこを見てるんだ俺。

 「あ、そうそう。悠登君、猫の先生来てたよ!凄いんだから!」

 「……凄い?」

 どういう意味かな。私服が、とか?

 意味はわからなかったが着替えもあって待たせている。まずは挨拶せねば、と控室を抜けて喫茶側へ回った。

 机を並べてシートを引き、紙コップでジュースと軽いおやつの提供をしているここは喫茶と言うよりは休憩所に見えた。しかし、人は賑わっており執事やメイドも忙しそうにしている。

 その一角で、どの執事も付いていない席に座って窓の外を眺める猫獣人を見付ける。いかにも誰かを待っていると言った風に佇む彼に、悠登は恭しく話し掛けた。

 「ご主人様、お待たせ致しました」

 「うむ。予は待ちくたびれたぞよ」

 何キャラだよ。見た目はシンプルな白いカットソーに黒いアウターで、まるで三毛猫のような姿の猫垣先生にツッコミを入れそうになったが今はご主人様だ。誠心誠意御奉仕せねば。

 「お飲み物でもお持ちしましょうか?」

 「いや、時には仕える執事と雑談に興じるのも悪くない」

 何か話そうと言うにはやけに遠回しだ。先生は先生でなりきっているみたいだが、板に着いていない。

 「そう言えば、君には紹介していなかったかな」

 「え?」

 見れば、先生の向かいの席にウェーブのかかった黒髪が特徴的な人間の女性が座っていた。

 「こんにちは」

 「こ、こんにちは」

 違う、もっと特徴的な要素があった。空よりも薄い、透き通るような瞳をしている。目が合った途端に素に戻ってしまった。

 「この子ね、彼女のマリア」

 さらりと言った猫垣の紹介に、とうに執事設定は忘れてしまっていた。

 「か、彼女いたんですか……!しかも!」

 こんな美人で、外人の。もう一度マリアさん、に目を向けると朗らかな笑みでハァイと言って手を振ってくれた。

 「まー男の子だもん」

 猫垣先生が笑って指を組む。

 「たまにはこういうデートも悪くないかなーって。マリアはこっちの学生生活とか知らないし」

 「は、はぁ……」

 「よろしくね」

 「はい、よろしくお願いします」

 多少早口で巻口な部分はあるが流暢な言葉遣いだった。

 「じゃ、黒糖仕立てのアイスミルクコーヒーとチョコバナナ二つ」

 「かしこまりました!」

 注文を受けてすぐさま頭を下げて準備に取り掛かる。マッサージや即興ネタの無茶振り披露を強要されると思っていたのに、あまりの不意の突き方にかつてない衝撃を受けていた。

 「ね、悠登君。凄かったでしょ」

 紙コップにアイスコーヒーを注ぎ、準備されていたチョコバナナをトレイに置いていると明が隣に立つ。

 「うん……凄かった」

 あまり待たせられないが小声で会話を続ける。明が言いたかった凄いが何かわかって苦笑した。

 「外人さんって、気付いた?」

 「うん。目の色が明と違うな、って。名前も聞いたけど」

 「目ざといね。ごめん、こっちにもコーヒー取ってくれる?」

 「はい」

 置いていたペットボトルのコーヒーを明に渡す。紙コップに注いでいる間に俺は猫垣先生の所に戻った。ゆっくり話したいが、今は休んでいる暇もなさそうだ。

 「お待たせしました」

 「ご苦労。ふむ……良い味わいだ」

 ただの安売りコーヒーなんだけどな。

 「して、獅子執事よ」

 「はっ」

 噛みそうな名前付けないでください。

 「今日の祭典、見所はどこにあると思う?」

 「見所、でございますか……」

 先生……じゃない、ご主人様もよく知らないで来たんだろうな。

 「そうですね、ご主人様がお越し下さる前に少し見て回りましたが、視聴覚室で上映されていた映画でしょうか」

 「ほぉ?」

「結末は賛否が分かれるところですが、恋愛映画、ファンタジー映画、アクション映画……どれに当て嵌めても学生の細部まで拘った造りに感嘆しますぞ」

 ロケ地が近所の堤防とか公園ってのはご主人様も気付くだろうな。

 「あとは応援団の展示でしょうか。あまり凝っているとは言えませんが、伝統あるものですので、奥方には新鮮に映るかと」

 「奥方とか照れちゃうよ、獅子井君」

 こっちが合わせてたのに、そこで素に戻るとかやりづらいったらありゃあしない。恥ずかしくて顔を背けたくなった。

 「でも良いね、その提案。採用」

 パクッとカットされたチョコバナナを口に放る。マリア様も真似して口に詰めたが少し噛んでいる。

 「混んできたし、そろそろ出ようかな。はい、お代」

 「ご出発の時間ですね?お気を付けて」

 お代を受け取る頃には完全に素のご主人様だったが、最後くらいはビシッと締めないと。察してかご主人様も襟を正した。

 「戻りの時間はわからん。夕食の用意はいらんぞ」

 「畏まりました」

 二人を入口まで見送り、頭を下げる。マリアさん、は最後まで楽しそうに笑っていた。明るい人なんだろうけど、どこの国の人だろう。

 「……って、人多いな」

 廊下を見ると先程よりも更に混んでいた。向かいの教室でやっているF組のお化け屋敷に至っては階段まで行列ができている。これからお昼時だ、休憩所は幾つかあるが俺達の執事喫茶もぎゅうぎゅうになるのは明白だった。

 「……玲奈!」

 そこに、デカいライオン夫婦に連れられた少女を見付ける。丁度階段を上がりきり、執事喫茶とは逆方向へ歩き出そうとしていた彼らは俺の声に気付いて足を止めた。

 「あ、おにいちゃん!」

 「悠登、いた!」

 「え……」

 少しだけ持ち場を離れて駆け寄ると、玲奈の返事に続いて別の声が聞こえる。

 認めたくなかったが、聞き覚えのある声は階段の方からした。見ればアイツが階段を上がってくるところだった。

 「実恵……!なんでここに!」

 「なんでじゃないヨ?悠登の家に行ったらおじさん達が出掛けるところだったんだ。てか、メール無視されて悲しかったんだヨ!」

 「なんかマズかったか?」

 父、譲司の質問を一睨みで一蹴する。玲奈は俺が着ている見慣れないベストをぺたぺた触っていた。

 「ご、ごめんて……。実恵ちゃんも一緒ならたのしーかなー?って……」

 「そうそう。案内してヨ」

 実恵が頬袋を膨らませる。

 「……見てわかんないか。俺は執事喫茶の割り振り時間だから動けないんだって」

 「動いてここにいるじゃん」

 ああ言えばこう言うやつめ。

 「おにいちゃん、ヒツジなの?」

 「シツジ、だよ。あー、召使いの方がわかるかな?」

 執事なんて言葉は玲奈にも耳馴染みは無いか。

 「めしつかいするの?」

 「うん、お客さんをご主人様だと思って飲み物やおやつを食べてもらうんだ」

 こっちは通じたか。玲奈の後ろで実恵と親父が下品な笑みを浮かべている。母ちゃんは呆れているようだった。

 「じゃあ、そこ行こう!」

 「そうだな!」

 「案内はどうした。あと、章助はいないぞ」

 それを言うと実恵が止まった。

 「なんで?いつも一緒なのに」

 「なんでって、ちょっと先に来てくれって頼まれたからだよ」

 「間が悪いなぁ」

 間が悪いと言うか、アイツにも会う人がいたんだけどな。

 「……で?来るのか?他の場所行ってからにするのか?」

 「飯は出るのか」

 親父の質問に首を横に振る。

 「飲み物とおやつしかない」

 「じゃあ後回しにする」

 「飯なら外の屋台だぞ」

 外、と親父は呟いたが母ちゃんが補足に入る。

 「ほら、体育館の方にあった白いテント」

 「あぁ!って、すごい並んでたじゃねぇか!すぐ行かないと!」

 「行ってらっしゃいな」

 見送ろうとしたが、一人だけ動かない。

 「……実恵?」

 「私は悠登のとこに行くヨ」

 ……確かに、親父達とずっと一緒に歩く理由はない。

 「……玲奈、俺は後で応援団の展示に行くから、この上の階に来てね」

 「うん、わかった!」

 それだけ伝えると、親父達は玲奈を連れて引き返して行った。

 「じゃ、行くか」

 「うん!」

 言うと、実恵が返事をして俺の腕に巻き付く。

 「……あんまくっ付くな」

 「なんでー?前はショウも私もこうしてたのに」

 今と昔ではかさばり方が違う。……それになんというか、柔らかい物が当たっているというのもあるし、誰かに見られたくない。

 「あれ、悠登君……?」

 そこに明が夏服姿で現れた。すぐに力づくで実恵を引き剥がす。

 「あ、この前の明ちゃん!この前はありがとう!」

 「実恵さん、お久し振りです。こちらこそ、楽しかったです」

 会うのはたぶん海の家の手伝い以来だ。俺だって極力会わないようにしていたんだし。

 「明は交代?お疲れ様」

 「うん、ありがとう。悠登君は?」

 「俺は猪爪に話して時間を確認する。章助を見たら……姉が来てる、って伝えといてくれないかな」

 「……わかった。じゃ、また後でね……」

 明を見送り、実恵を案内する。章助には今すぐ電話したかったが、折角他校の応援団の面々と楽しんでいるんだ、邪魔したくはない。

 「では、お帰りなさいませ、ご主人様」

 「これってチャージ料と指名料幾ら?」

 「それはホストとキャバクラだろうが……」

 そういう施設と混同するのは何故だ。今回ワックスで鬣を固めたり、跳ねさせているわけでもないのに。

 「まぁ、悠登がいれば良いかな!紅茶!」

 「畏まりました……」

 紙コップに紅茶を入れて戻る。

 「お待たせしました」

 「ありがとー……あ」

 実恵の前に置いて一瞬、手に取ろうとしたのだろう。しかし実恵の手はコップを掴まずに紅茶を倒した。

 「あぁ!ごめん!ハンカ……」

 「動……!……かないでください。直ちに取り替えて拭きますので」

 危うく動くなと叱るところだった。慌てず、騒がず迅速に。

 布巾を取って、替えの飲み物も用意し戻る。紅茶は一口も飲まれていなかったため床にまで零れていたが問題無い。見ている人も少なかったのですぐに処理も終わった。

 「悠登すごーい。本当に執事みたい」

 「……お褒めに預かり光栄です」

 他人事のように新しい紅茶を飲みながら言う実恵に精一杯の皮肉を浴びせる。来て早々にやってくれたな。

 「……今日はどこかへ行く予定ではなかったのですか?」

 「暇でさー。悠登と遊びたいなって思ったの」

 大学生と高校生の夏休みの差を考えてほしい。元々この地元にいたなら、学校が始まっているのもわかるだろうに。

 「ところでさぁ、聞いていい?」

 「何なりと」

 こう言わないといけない自分が嫌だ。ノリに合わせなければ良いのかもしれないけど。

 「さっきの明ちゃんと悠登って仲良いの?」

 「うん?……どうでしょうね」

 実恵が気にすることじゃないだろうに。

 「はぐらかしてー。さっきも名前で呼び合ってたじゃん」

 「ご主人様も弟君も名前で呼んでいるかと思いますが」

 「私とは違うんじゃないかって感じたんだよね」

 ……何が言いたいのかわからない。

 「仲良く見えるのでしたら、険悪な雰囲気よりも良いかと」

 「フインキねぇ……。だとしたらこの前の狼君や真衣ちゃんは?」

 そう言えば二人とも見掛けないな。休みじゃないらしいが保谷さんは登校してからも見てない。

 「あの二人とも親しくさせて頂いております」

 狼塚は俺をどう思っているかはわからないけど。保谷さんとは仲直りもできたし。

 「昔は悠登には私やショウしかいないと思ってたのになー」

 「それは……」

 否定もできない。以前は確かに、ほとんど三人で完結していたんだ。実恵や章助と遊んでいれば毎日があっという間に過ぎて。

 「悠登も結構変わっちゃったんだね」

 年齢を重ねるうちに鬣が生えてきた。体毛の一部の色が変わり、体格ががっしりしてきた。けど、実恵の言っている事はそういう部分ではない。

 「当たり前だ。俺だって、昔のままではいられない」

 「鬣生えてない頃も可愛かったヨ?」

 実恵は立ち上がると俺の鬣に触れ、撫でる。

 「……今はカッコ良いけど」

 「……どうも」

 結局敬語で喋っても実恵のペースは変わらない。だったら、着飾る必要は無かった。

 「お前は落ち着いたのか?紅茶引っ繰り返すレベルで済ませているんだから」

 「私だっていつまでも、ドジタイガーじゃないヨ。胸も夢も膨らむ大人のお姉さんなんだから」

 確かに、胸は成長したと思う。立ち上がった時の目線の差にも驚いたけど。

 「今後も悠登君の成長に期待しようじゃありませんか。……じゃあね」

 「もう行くのか?」

 「うん、悠登の執事っぷりは堪能したし、久し振りに文化祭ってのも楽しみたいしね」

 そう言うなら引き留める事も出来ない。最後に俺は一礼した。

 「……お気を付けて」

 「苦しゅうない」

 「なんだそれ」

 妙な返事に口元が綻ぶ。実恵も屈託ない笑みを俺に向ける。

 「もしかしたら夏休みで会える最後かも。元気でね」

 「お前も、程々にな」

 出て行った実恵が見えなくなると猪爪が俺の肩を叩いた。

 「おう獅子井!そろそろチェンジで!」

 「あれ、もういいのか?」

 時間にして一時間経つかどうかだけど……。

 「衣装の都合だよ。皆で交代しないと、サボりが出るし。奥で誰か待機してるだろうから、適当に代わっといて」

 「わかった」

 そういうことなら仕方ない。客に対してメイドと執事が少ない気がするけど。

 控室に戻ると男子も女子も数人ずつ。屋台で買ってきたであろう昼食を先に食べていた。

 「このカレー、かれぇ!」

 「狐川、次よろしく」

 「おう、わかった!」

 出席番号順の出番なら、確か熊代が出ていたから狐川はまだだと思う。その予測で声を掛けると当たったらしく狐川は返事をくれた。たぶん団長が言っていたカレーを食べているんだ。

 「悠登君も交代?」

 食事をしている平岡さんと話していた明が俺に気付く。

 「うん、猪爪がチェンジって」

 「そう言えば指名されたんだよね?獅子井君凄いじゃん」

 平岡さんも何か誤解してないだろうか……。俺はベストのボタンを外しながら答える。

 「なんかさ、いつの間にか趣旨が変わって……って、って、あれ?」

 ネクタイの結び目に、上手く指が入らない。カスッ、と抜けてしまう。

 「どうしたの?」

 「いや、ちょっとネクタイが……」

 「動かないで」

 明が俺の所へやって来る。静かに呟くと徐に彼女の左手が俺の胸に触れる。

 「えっ……」

 右手が鬣に差し込まれ、少し動き回ると俺の喉元で動きが止まる。そしてそのまま右手が引かれるとネクタイがシュルリと緩み、結び目が鬣から明の右手と共に出て来てくれた。

 「結び目が小さいんだよ。これ、キツくなかっ……あ」

 目が合うと明の言葉が途切れた。その、顔が、近い。触れてるし。

 「ごめん……」

 明の両手が離れて、謝られる。心臓の鼓動が速過ぎる。ネクタイを外し、ベストを脱いでも顔がとても熱い。

 「いや、逆に助かった。ありがとう……」

 何とか礼を言って、狐川の横に畳んで置いておく。見てたのはたぶん、平岡さんぐらいだ。

 「悠登君、ご飯は食べたの?」

 「いや、まだこれから」

 明が話題を変えたのでそれに合わせて返事をする。今は食べ物よりも冷却用の飲み物が欲しいけど。

 「なら、買ってきた方が良いんじゃないかな」

 「そうだね……。確保だけでもしとかないと。俺、そのまま応援団の方に行くね」

 「あ、うん……。それとごめん、縞太郎君は見なかったよ」

 「広いし、人も多いしね。わかった」

 ネクタイ外されただけでこんなに落ち着きがなくなるだなんて情けない。財布だけポケットに詰め込んで半ば飛び出すように大教室を後にした。長袖から半袖にも替えていない。

 明が俺の鬣を触るのは二度目だ。ただ正面から、という違いだけでこんなにドキドキしてどうする。彼女の善意に何を期待したんだ。

 考えても考えても、思考は纏まらない。纏まらないまま買ったカレーは確かに辛く、喉が焼けるかと思った。けれど、おかげで顔が熱い理由はカレーに変わった。

 「団長、交代します」

 「獅子井?もういいのか」

 昼過ぎになってしまったが応援団の展示室に戻る。章助も副団長もいない、静かな空間だった。そこに団長と二人きり、窓から入ってくる風は冷たく、火照った身体をゆっくり冷ましてくれる。

 「俺はもう、出番が終わったんで。副団長には会えなかったんですけど……」

 「虎澤なら、さっき他校の生徒を連れてきたぞ」

 入れ違いになったか。適当に歩いてて実恵に会ったら嫌だろうな、アイツ。

 「俺、もう昼飯も済ませたんで。団長もお腹空いたでしょう?」

 「……そうだな、後は頼む。終了時間の少し前には戻る」

 「わかりました」

 返事をすると団長は一度、教室から出る前に足を止めた。

 「そう言えば獅子井、お前は後夜祭は出るのか?」

 「後夜祭、ですか」

 例年はグラウンドで組んだ木に火を付けて踊ったりしていたらしいが、今は工事で使えない筈だ。

 「ファイアストームは無いが、新しい生徒会のビンゴ大会やらやっているらしい。興味があれば行ったらどうだ?」

 「はい、考えてみます」

 団長が展示室から出て行った。一人残された俺は椅子に腰掛ける。

 後夜祭か。よくわからなくて去年は参加しなかったけどどうしよう。家の夕食の準備もあるし。

 しばらくぼんやりと考えていたが静かだった。教室の前を人が通り過ぎて行くのに、誰も入ってこない。別にお金を取るような何かがあるわけでも、来場者の数によって活動が制限されるものでもない。だが、何かしないとまずいかなと思い、椅子から立ち上がった時だった。

 「おにいちゃーん!きたよ!」

 「お、おぉぉぉ!玲奈!」

 楽ちんだな、と言うより危機感を覚えていた頃に教室に現れたエンジェル。玲奈に思わず俺も駆け寄った。

 「地味ね、ここ」

 「そう言われてもな」

 母ちゃんが容赦無い表現をして、言い返したいが華やかとも言えない。しかし玲奈は無邪気に入って団旗を見ている。

 「白いライオン!」

 「そうだね」

 団旗に描かれた伝統の象徴とも言うべき白いライオン。獣の王者として勇ましく描かれている彼は応援歌にも登場している。

 「おにいちゃんもうたうの?」

 「歌うよ、踊るし、叫ぶし、走り回ってるんだから」

 玲奈にパソコンの動画を見せてやる。実際に俺は映っていないが、どういう活動をしているかはよくわかるだろう。

 「すごぉい……。カッコいい!」

 「俺はこの格好をよくしてるかな」

 動画で胴着に袴姿の一人を指差す。そう言えば、野球応援を玲奈は見た事が無かったな。平日ってのもあったけど、一度くらい見ても楽しかったかも。

 「で、団長はあっちを着てるの」

 ボロボロのバンカラ制服のマネキンを教えると、玲奈はパソコンとマネキン交互に見る。

 「やっぱりなまはちがうね!」

 生意気言って。可愛いな、もう。

 「あ、そうだ。今日なんだけどさ」

 「うーん?」

 玲奈はまだ野球応援の動画を見ているのでその間に、と親父へ振り返る。

 「後夜祭ってのがあるらしいんだけど……」

 「あぁ、後夜祭か!懐かしいな。行ってこいよ。夕飯はなんとかするから。なぁ?」

 「うん、悠登の分も残しておくし」

 親父と母ちゃんの許可は下りた。

 「ありがとう。あんまり遅くならないようにはする」



 ……じゃあ、ちょっと文化祭の後に居残りしてみよう、かな。

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