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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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 やはり、謎が多い。不可解だ。

 あれこれ考えて、そう結論づけざるを得なかった。

 3人の来歴もそうだし、食料の出処についてもそうだし、なにより僕についてが謎だ。


 以前に安直に僕の出自について、捨て子なんじゃないか、という推理を立てたけれど……

 どうやら、それも怪しい気がしてきた。


 ……なぜといって、炊煙が見えないのだ。

 最近ふと、人間の集落があるなら、この文化レベルなら炊事の煙があるはずだと考えたのだけれど……

 ここしばらく気をつけていても、どの時間、どの方角にも、そういった煙が見えない。


 炊事の煙が、どのくらい遠くから見えるのか、なんて知識は流石にない。

 だけど、薄っぺらな知識を引っ張りだすに、確か地平線までの距離を求める計算があったはずだ。

 1辺が(地球の半径)、もう1辺が(地球の半径+目の高さ)という条件で直角三角形を作って三平方の定理。

 で、おおよそ4~5キロメートルだったかそこらだったはずだ。

 ……もちろん、これがこの世界にそのまま当てはまるかは怪しいけれど、参考としては十分だ。


 この4~5キロメートルは、これは丘の上に立つなどして視点の位置を上げれば、さらに長くなる。

 大航海時代の話とかで、船が陸地を探すとき、マストの上の見張り台から目のいい船員が探すのはこれが理由だったはずだ。

 そしてこの計算、むろん地平線までの距離なので、地平線の向こうの地面より高いものは更に遠くのものでも見える。

 山などもそうだし、炊事の煙もそうだ。


 だから目が悪いわけでもない子供が、高く昇った煙を丘の上から探したら、ざっと数十キロメートルくらいは圏内のはずだ。

 しかし周囲の数十キロメートル圏内に炊煙がない。つまり人間が生活している痕跡がまったく発見できない。


 これが捨て子説とどう関わるかというと、簡単だ。

 捨て子だというからには、育てきれなかった親なりなんなり、捨てる奴がいるはずなのだ。


 だけれど、前世の記憶に僕が気づいた瞬間には、僕の身体はまだ1歳にはなっていなかったはずだ。

 赤ん坊の身体は脆い。

 捨てるにしたって、そういちいち遠くまで持って行ったりはしないだろう。

 たとえばこの、明らかに人類社会と最低数十キロメートル隔絶した位置にある、不死者の住む廃墟都市にわざわざ旅をする必要はない。

 たしか普通の成人男性が、ある程度は整備された道を徒歩旅行すると、平均で一日30キロメートルほど進めたはず。

 捨てて戻って往復と考えると、つまり15キロメートルで一日がかり。それ以上だと人里離れた場所で野宿することになる。

 これは、おかしい。

 もし僕が本当に捨て子だったなら、一日潰して野宿してでも遠くに赤ん坊捨てに行くってどういう親やねん! と言う他ない。


 とすると、僕が捨て子の可能性は低いのではないか? という可能性を考慮せざるを得ない。


 けれど、じゃあ僕がどこから来たんだ、と考えると他に良い考えは生まれてこない。

 木の股から生まれたわけでも無いだろうし、僕にもどこかに生身の親はいて、この廃墟都市にきた来歴があるはずだ。


 まさか、マリーとブラッドあたりがアンデッドになる前に作った子供、ってことは……ないだろう。

 3人は恐らく、あの都市と同じ時期にアンデッドになった筈だ。

 日常会話であの都市が元のままだった頃の話を何度かぽろりとこぼしていたから、まず間違いない。

 都市はだいぶ経年劣化が進んでいる。10年20年ではないから、時期が合わない。

 50年前とか100年前にアンデッドになって、8年前に子供を作る、というのは不可能だろう。


 更に言えば、アンデッド状態のまま性交渉して妊娠……とかは、もっとムリだろうし。

 まともな新陳代謝とかないだろうし、ブラッドにもガスにも実体をもった男性器なんて無いんだから。

 とすると、あの3人は間違いなく実の親ではなく養い親だ。

 僕の来歴はやっぱり分からない。


 旅暮らしのいい加減な夫婦とかが捨てていったとか、そういう可能性が一番妥当……なのかなぁ。

 しかし、それにしたって7年間、旅暮らしの人間が一度もここを通りすがらないんだからおかしい気がする。

 考えても考えても、分からない。



 …………この『僕』って、何者なんだ?





 ◆





「ウィル?」

「うわぁっ!?」


 びくりと肩が跳ねる。

 思わず考え込んでいた。びっくりした。


「ど、どうしたんです? 手が止まっていましたけれど……」

「ごめんマリー、考え事してた……」


 そう言うと、マリーはふんわりと笑った。

 生前ならさぞ美しかったのだろうけれど、今はちょっとその、それ、怖い。

 ……まぁ、その怖さにも、たいがい慣れたのだけれど。


「考え事ですか……でも暑いですからね。作業を済ませちゃって、おうちの中で考えましょう」

「うん」


 頷くと、僕は改めて鍬を振り上げる。

 最初はまったく使いこなせず、浅くしか刃を地面に入れられなかったけれど、今はけっこう子供なりに深く刃を入れられるようになった。

 ……土というのはかなり重いし固い。子供の身体では、けっこうな重労働だ。


 ここは神殿の傍の菜園。今は夏なので、トマトやオーベルジーヌが色鮮やかに実っている。

 長らく放置されていたらしいのだが、僕がきたことで改めて野生化していた野菜などを集めて管理しなおしているそうだ。

 辺りには虫除けを兼ねてタイムやレモンバーム、ミントやラベンダーなどのハーブ類が植わっており、独特の濃い香りが土の匂いと混じりあっていた。


 今はマリーの手伝いで、菜園のこれまで使って居なかった一画の土を起こすのを手伝っている。

 夏撒きのキャロットや、秋蒔きのポテトやオニオンに使いたいのだそうだ。

 ……これらの野菜やハーブの名前と見分け方と、種まきの季節や収穫の仕方は、みんなマリーに習った。


 僕はガスから学問を、ブラッドから武術を学んでいるけれど、学ぶという点ではマリーに学ぶところが一番多い気がする。

 身だしなみやトイレの使い方から、礼儀作法や、子供に定番の童謡、昔話。

 あるいは野菜の育て方、農具の手入れ、布の織り方、その洗濯の仕方、部屋の掃除のうまいやり方……

 マリーについてまわると、彼女は何でも嫌な顔をせず、一から丁寧に教えてくれる。


 利便性の高い前世で、破綻したアレな生活を送っていたので、恥ずかしながら僕にまともな生活知識なんてろくにない。


 その点、マリーは地に足がついていた。

 浮世離れしたところのあるガスや、ちょっと蛮人めいたブラッドと比べても、生活力という点ではマリーが最高だろう。

 規則正しく寝て、起きて、毎日毎日、畑の雑草を抜いたり布団を干したり神殿の掃除をしたり、沢山の家事をこなしている。

 そしてそれらの基本を、いつか一人でも生きていけるようにと、僕にも伝授してくれるのだ。

 もしこの神殿にマリーがいなかったら、僕はまた、駄目な奴になっていたかもしれない。



 ……ただ、そんなマリーにも一つ謎がある。



 日に何度か、彼女は神殿の広間に篭もるのだ。

 祈っている、というけれど、その時間は僕は広間には入ってはいけない、と言いつけられている。

 しかも、ガスやブラッドがそれとなく傍についていて、僕を広間に入れないようにしている。


 本当に、ただ沈黙の中で祈っていて、子供の僕に悪戯をされないようにしているのかもしれないけれど……

 色々と謎が重なっている中なので、どれかと関わりがあるのではないか、と思わず勘ぐってしまう自分もいる。



 ……確かめてみようか。



 鍬で地面をひっくり返しながら、僕はそう考えた。

 何か、謎を解明する糸口がつかめるかもしれない。








 ……とりあえず、仮病を使ってみることにした。

 ブラッドとの訓練の時に調子が悪そうにして、「ちょっと休みたい」と申し出たのだ。

 日頃まじめにやっていたせいか、ブラッドも特に疑う様子もなくこれを信じて、部屋のベッドで休むように言ってくれた。


 それから暫くはベッドで僕の様子を見ていたのだけれど、しばらくすると、精の付くものでも狩ってくるかと森に出ていった。

 性格上、ブラッドはベッドの傍で延々待機はしないだろう、と読んだのだけれど当たりだった。


 それから、誰にも見つからないように注意して忍び足で部屋を出ると、こっそりと広間へと向かった。

 音を立てないように扉を少しずつ開けて、中を覗き込み……その瞬間、息を呑んだ。




 ――マリーが、火だるまになっていた。




 神殿の広間で、すぐ前に銀の盆を置いて。

 神を描いた彫刻に向かい。

 天窓から差し込む薄い光の帯に照らされて。

 跪き。

 手を組んで。

 一心に、祈るような仕草をしている。

 その全身に白い炎がまとわりつき、ぶすぶすと猛烈な煙が立ち上っているにも関わらず。



 ――頭が真っ白になった。



 叫びながら飛び込んだが、マリーは僕に気づいた様子もない。

 まるで石像になったかのように、マリーは姿勢を崩さない。

 祈りを捧げている。


 焦りが思考を焼く。

 汗がにじむ。

 耳元がガンガンうるさい。

 自分が喉が張り裂けるほど大きな声で叫んでいるのだと、遅れて気づいた。

 けれど傍で叫んでも、反応がない。


 とにかく何とかしようと、火に包まれたマリーの体に手を伸ばす。

 彼女の体は、焼けただれ、赤熱して炭化していた。

 触る。

 僕の手のひらも焼ける。

 猛烈な痛みと苦痛に、反射的に手を引きかける。



 ――知ったことかと、即座に反射をねじ伏せた。



 痛い思いをしようと構わない。

 マリーが危ない。危ないのだ!

 思考を焼く焦燥が、全てを麻痺させていた。


「ブラッド! ガス! 来てぇぇっ!!! マリーが、マリーがっっ!!」


 マリーを揺さぶりながら、僕は金切り声で絶叫した。




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