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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第二章:獣の森の射手〉
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 ものすごい勢いで色々なことが進んだ。

 あれこれ大騒ぎのあとに、僕から副神殿長やエセル殿下に願い出て、許可を得る形でキマイラ退治に向かうことになった。

 つまりは名目上、単に一人の神官が行う慈善事業。ただし正当な権威と権力の紐付き、という感じだ。


 何だかんだ凄いことになったけれど、いちばん角が立たない形だと思う。

 勿論これから何かあれば、神殿や殿下に忠義を尽くす必要もあるのだろうけれど、権威を得た対価なのだから当然だ。

 ……まぁ、すぐにどうこうという形にはならないだろうから、これは後で考えよう。


 神殿長は数名の神官を僕につけてくれた。

 祝祷術が使えて祝祭や葬儀などの典礼に通じたアンナさんに、同じく祝祷が少しだけ使えてファータイルの王国法や事務が分かる中年の女司祭さん。

 そして祝祷は使えないけれど説法がうまい、老境に達した男性の司祭さんの三人だ。

 僕に欠けているものをしっかり補う構成で、正直バグリー神殿長にはもう頭が上がる気がしない。


 トニオさんは叙勲式前後のお祭り騒ぎを利用して、僕の活動に対して、あちこちで寄付や出資を募っていたようだ。

 沢山の荷車や、金属製の農具や工具、布製品、消耗品や、商品作物の苗、傷病を治療した家畜。そしてそれらを管理する雇われびと。

 そういうものを揃えて、トニオさんは「今度は自分が商会のあるじというのもアリですね」と僕に笑って言った。

 おおいにやってほしいと思って頷いていたら、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 何ですかと問うてみると、「あなたの御用商会の、ですよ」と言われてビックリした。


 ……いやいやいや、そんな者じゃありませんよ、僕は。

 そう否定するのだが、トニオさんは「私が勝手に見込んだだけですので」と素知らぬ顔で笑っていた。


 そして募集して契約した荒くれ者の冒険者たちを荷の護衛にして、《獣の森(ビーストウッズ)》に戻る。

 そこからもまた、慌ただしかった。

 行きに治療を施した各村に声をかけ、また施療したり、あるいはアンナさんを頼りに祭礼を行ったり。

 トニオさんに助けられつつ、役畜や農具、工具を、宿営地の提供を対価に貸したり、年賦で売ったりする。

 魔獣の出現報告があれば、レイストフさんはじめ冒険者の人たちに徒党(パーティ)単位で追ってもらった。

 特にレイストフさんは凄腕で、持ち帰る魔獣の死骸はたいてい急所を一撃で、二つ名通り貫かれていた。

 試みに「飛竜にもできますか?」と聞いてみたら「剣の間合いにいるならば」とむっつりと答えられた。


 他にもまた、村同士で揉め事があれば仲裁するし、村内で犯罪があれば神官さんたちに協力してもらってできるだけ穏当に落着するよう裁いたりもした。

 元はここまではやる予定はなかったのだけれど、別の村との争議が持ち上がった最初の村のトム村長に、一回やったのだからもう一回やってくれと言われたら断りきれなかったのだ。

 そしてその評判が広まって、他の村でも手に負えない争議について仲裁を要求されるようになっていった。

 ちなみにメネルはその時、あの遺跡を漁ったときの収入のいくらかを、トム村長を通じてジョンさんの遺族に渡していたようだ。

 そのことについて、彼は詳細を教えてくれないのでよく分からないけれど、彼は彼なりに筋目を通しているようだ。


 そんな風にして、あちこちで活動する。

 接触していない村の話が出れば、その村の誰かに紹介してもらって繋がりを作り、そこでも同じようにする。

 ビィは見知らぬ村と友好的に接触する際や、何か広めたい話があるとき、とても役に立ってくれた。

 その代わり、僕のあれこれが背びれ尾ひれをつけて広められた気がするけど、これって必要経費なのかな……

 ともあれ――無論、延々とこんなことをしては大赤字になる。


 なるけれど、貸し出したり売り払った家畜や農具は、貴重な共有財産として村に残る。

 それらは村々の開拓や生産の効率を、目に見えて加速させていた。

 もともと流浪の貧民が集まってできたような村なので、たとえば馬鋤ひとつ、鉄の斧一本、鍬一本が貴重品というところも多い。 

 そこに輓馬(ばんば)馬犂(ばすき)のセットや、10本単位での金属製の農具や工具を入れれば、作業効率は劇的に向上する。

 向上すれば畑も増えて収益もあがる。

 収益が上がれば借金も返済できるし、物品を購入する余裕もできる。

 そのうち現金を求め、都市での需要を見込んで商品作物に手を出すところも増えるだろう。


 そして同時並行で僕が冒険者たちと《魔獣の森(ビーストウッズ)》の危険な魔獣を掃討していくことで、地域の安全度を上げる。

 安全度が上がれば少ない護衛で商人が往来できることになるから、商業活動も活発になる。

 どうせ領主権力が及んでいないから、通行税もないのだ。商売のたぐいは自由にやれる。


 そうして商人の出入りが増えれば、貨幣で物が買える。

 向上した生産力は、貨幣で色々なものを得ることに向くはずだ。

 そうしてモノとカネが回り出せば、交易のために自然と地域近隣の繋がりも密になるし、交通の便もよくなる。

 ――ガスの大好きな、カネが生きて動きだす状況になるわけだ。

 そうしたらいずれ回収できますね、とアンナさんとトニオさんがしれっと試算していた。


 もちろんまだ動かしだしたばかりだし、うまくいくことばかりでもない。

 利益を上手くタダ取りしようとしたり、あれこれ借りたものを踏み倒そうとしたり、そういう例も頻発する。

 そういう例もたいてい法と説法に通じたアンナさんを始めとする神官さんがたと、コワモテの冒険者さんがたとに協力してもらいつつ、できるだけ荒立てないように収めてゆく。

 二度以上の重犯に関しては別なつもりだけれど、幸い、この短い期間で重犯をやらかすほどの危険人物はいなかった。

 ……仮にいたとしても、私刑を受けて森の養分になる風土だからある意味で当然かもしれない。


 マリーは言っていた。忘れていない。

「良いことをしようとするときに陥りやすい最大の危険は、『自分たちは良い目的のために行動しているのだから、結果も伴うに決まっている』という錯誤なのだ」と。

 良いことをしようと思ったって、周囲は無条件に力を貸してくれたりはしないし、神さまだって加護をくれたりはしない。


 だから実現する手段は何よりも現実的に。

 ガスから教えられたお金に関する知識なども参考にしつつ、メネルやビィ、トニオさん、レイストフさんやアンナさん、あちらこちらの村の村長さん。

 この世界での物の道理や、慣習をよく知っている彼らに、逐一相談してことを進める。


 そうして春の間、何度も何度も森のあちこちを往復している内に、《獣の森(ビーストウッズ)》の村々には、笑顔が増えてきた気がする。

 明日どうなるかさえ分からなくて。暗い顔だったり、無表情だったり、あるいは突き抜けて無軌道だったりする人が、少しだけ減ったように思う。

 未来に希望をもって、労働に勤しむ人が見えるようになったのだ。

 ……だからだろうか。僕はふとガスが昔、力説していたことを思い出した。



 ――何かしたけりゃ魔法なんぞ使わんでも、しかるべき道具を買うか人を雇えばいい。

 ――地形変動は大魔法じゃが、カネがありゃ魔法なんぞ使わんでも、職人と人足を雇って工事させて地形なんぞ変動させられる。

 ――……カネを稼いで転がす能力ってのは、魔法と同じくらい、いやそれ以上に大切なんじゃぞ!!



「――ああ」


 ガス、今ようやく分かったよ。本当だったんだね。

 たとえ首をひねるようなことでも、ガスの教えはいつも正しいや。



 人を笑顔にして、希望を与えるなんて……魔法以上に、魔法みたいだ。




 ◆




「おい」


 そんな、そろそろ夏の気配も感じられようかという日。

 ある村の空き地に間借りした天幕で、《おぼろ月(ペイルムーン)》の口金や、けら首を点検していた僕のもとにレイストフさんがやってきた。


「西を探りに行っていた、ピップのパーティが帰ってこない」


 ピップ。

 確かどこかの農場出身の若い人だったはずだ。

 ハービーと、ブレナンという二人と徒党(パーティ)を組んでいた。


「期間は」

「本人たちが申告した予定では最長12日間の探索だったが、もう2日超過だ。奴らは優秀だ」


 これだけ遅れるとなると何かあったのだろう、と言外に言っている。


「分かりました、捜索にいきましょう」


 少しメンバーを考える。

 単なる遭難、あるいは通常の魔獣に奇襲を受けた可能性がある。

 けれどひょっとすると、ピップさんのパーティはキマイラの巣周辺の警戒にひっかかった可能性もあるだろう。


「僕とメネル、それにレイストフさんは確定で。……あと森林探索に長けた人を数名お願いします」


 となれば、戦闘に長けたメンバーは必要だろう。

 それと、ピップさんの行く手を確実に追うため、追跡に長けた狩人や野伏せり上がりもだ。

 そう考えて提案すると、レイストフさんも、それでいいと言うように頷いた。


「すぐに面子を集める」


 村の広場に迅速にメンバーが集まった。

 簡単に事態を説明する。詳細については道々話せばいい。


「ピップパーティが帰還予定を2日超過。

 捜索に出かけますが、単なる遭難ではなくキマイラとの遭遇の可能性があります」


 その場合、僕たちもキマイラとの戦闘の可能性がある。

 そう告げると、面々は目に見えて緊張した。

 メネルでさえ眼の色が変わったほどだ。


「……倒せば少しは、ここらも落ち着くな」


 メネルも問いかけに頷く。

 居ると決まったわけではない。

 単なる遭難かもしれないけれど――ぴりりとした緊張感とともに、僕たちは準備を整えて出立した。




 ◆




「なぁ」


 道中、メネルに話しかけられた。

 ピップパーティの痕跡を追い、彼らが予定していた探索地域に踏み入る直前のことだ。


「なんつーか……礼言っとく」


 僕たちは後尾を歩いていた。

 前方ではレイストフさんと他の冒険者が、地面に散らばる葉を踏んだ足跡について、あれこれと議論している。


「え、と……何を?」

「色々だよ」


 メネルはこちらに、その翡翠の目を向けずに……というか半分そっぽを向きながら、そんなことを言った。


「お前が居なかったら落ちるとこまで落ちてた。

 ……それがこんな風に、まっとうな目的のためにまっとうに生きられてんのは、お前のおかげだよ」


 あー、だから、とメネルはしばらく言葉につまり。


「だから、ありがとうな」


 と、目をそらしたまま言った。


「……ううん、こっちこそありがとう。世間知らずな僕を、助けてくれて」


 なんだか胸に暖かいものが広がって、僕は笑って頷いた。


「でも……」

「なんだよ」

「こっち見て言おうよ」

「うるせぇ!」


 メネルは目を逸らしたまま、ずんずん歩き出した。

 僕の方に絶対に顔を向けない。

 レイストフさんたちは、そんな僕たちを笑いながら見ていた。



 僕たちがピップさんのパーティを。――その亡骸を発見するのは、数日後のことだった。



 

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