13
最終的に、十数日ほどかけて探索し、けっこうな金貨やら銀貨やら宝飾品やらを発見した。
それでもまだ、取りこぼしは多いだろう。
手付かずの都市遺跡というものは、本当に美味しいのだ、とメネルは言った。
「普通そんなもん滅多に見つからねぇし、見つかってもヤバいのの巣なんだけどな」
というメネルの手には、流麗なミスリルの短剣が握られている。
《送り込み》の《ことば》が刻まれた短剣だ。
これは対となる《取り寄せ》の《ことば》が刻まれた指輪とセットになっていて、合言葉でナイフが手元に転移するという無銘の魔法の武器だ。
ついでに足にも、羽飾りのついたブーツがある。
短時間、わずかに浮遊して移動できるという《つばさの靴》。
踏ん張りがききにくくなって白兵戦がしづらくなる等の欠点はあるけど、足音が立たなくなるし厄介な地形をスルーできる。
どちらも明らかに僕向けの魔法具ではなかったので、相談の結果、メネルの取り分になった。
……これ保蔵してた屋敷は200年前の当時、なに考えてたんだと思わないでもない。
そんなわけで戦利品を背負いこみ、日も落ちかけの村への帰り道。
彼はさっきからニヤニヤ笑いながら短剣を握ったり、回したり、意味もなく磨いてみたりしている。
……いつかの誰かを思い出す動作だ。
具体的に言うと、《おぼろ月》を手に入れた時の僕。
「……《来たれ短剣》」
メネルが短剣をひゅっと投げると、合言葉を唱えた。
短剣が転移し、メネルの手がやってきた柄をぱしっと握る。
「…………」
僕はそんな様子を、非常に複雑な表情で見つめていた。
「…………何だよ」
「いや、ずいぶん気に入ったんだなー、と」
目を逸らしながら答える。
色々と過去の行状が思い出されてならない。
あれはちょっと、恥ずかしい歴史というか……
「ん? ……ああ、そうか。お前、ボンボンだからな。
感情抑えろとかそういう教育方針か」
メネルは納得したかのように頷いて、
「けど……別に、嬉しい事があったら、『よっしゃぁ!』ってハシャげば良いんじゃねぇか?」
ごくごく当たり前のように、そう言った。
「お貴族様の間じゃ感情露わにするのは弱みに繋がるから、感情を制御できる奴が尊ばれるとか言うけどな。
ここは貴族の屋敷じゃねぇし、パーティでもねぇんだぞ」
肩をすくめる。
「嬉しい事があって喜ぶのは、恥ずかしいことじゃねぇだろ」
――多分、僕は目を見開いていたと思う。
言われてなんだか、その言葉は、すとんと腑に落ちた。
「そっか、そうだよね」
嬉しい事があって喜ぶのを、恥ずかしがったり変に言い訳したりする。
確かに理に合わないことだ。
変に取り繕うより、嬉しい事があったら素直に喜びあえばいい。
そのほうが幸せに決まっている。
前世でも、考えたことがなかったことだ。
等しい立場で人と触れ合うと、本当に発見が多い。
「――やったね、メネル!」
「おう。大儲けだな」
僕たちは拳をぶつけあうと、夕暮れ道を村に向かって歩いて行った。
◆
そうして資金も揃い……しかし、僕は悩んでいた。
《白帆の街》への買い出しの件だ。僕は、同行すべきだろうか?
いや、僕が発案したのだから、僕が行くのは筋ではあるのだけれど……
しかし、この森のどこかにはキマイラがいる。
恐らく今は満腹で、食欲的には積極的に攻撃行動を取る理由はないだろうけれど、知能のある相手のことだ。
知能があるということは、子供が戯れに虫を殺すように、脆弱な人間を戯れに殺す可能性があるということでもある。
前世じゃ獣は自然の摂理に従っていて、食べるためにしか獲物を殺さないなんて主張する人もいたけれど、あれは人間か動物のどちらかを特別扱いしたい類の幻想だ。
ネコだってネズミを必要もなく弄んで殺すし、イルカだっていじめをする。ああいうのは種を問わない共通の行いだ。
となれば今生の世界の魔獣ともなれば、なおさらそういう行動がありうると想定するのが自然だろう。
であれば買い出しをメネルに任せて、僕はこの近辺に留まり、それこそ警邏でもしているほうが……と思いもする。
ただ、これは感情的には納得がゆく話なのだけれど、論理的にはちょっときついものがある。
そもそも相手には翼がある上、ここは見通しの悪く障害の多い大森林地帯なのだ。
明らかに、攻撃側が極端に有利。
防御側が一人でうろつき回ったところで、キマイラは好きなとこを襲撃できるのだから、ほとんど意味が無い。
偶然にキマイラとばったり遭遇するという、とびきりの幸運を期待するか。
あるいは、また都合よく神託が下って、うまいこと現場に急行できることを祈るか。
……幸運頼みにせよ神頼みにせよ、あまり建設的な考え方とは言えないだろう。
しかし僕が抜けた場合、周辺の村はその期間、キマイラへの対抗戦力を喪う。
万が一の対抗の可能性すらなく、焼かれ放題だ。
戻ってきた時、もし焼け跡と、たくさんの無残な亡骸が見えたら――
そう思うと、単純に論理に従って出向くことにも納得しがたい。
あちらを立てればこちらが立たず、だ。
本当に悩ましい。
夜。僕はぐるぐると、メネルの草庵の干し草の中で、そんなことを考えていた。
結論は出ない。
同じ問いかけがぐるぐると続く。
こういう時はどうすればいいのだろう。
……ブラッドなら、やりたいようにやれ、それでも決まらなきゃ直感に任せろ。
ただし男なら、こうと決めたら絶対に曲げるな、というだろう。
……ガスなら、あくまで論理に従うべきだと言うだろう。
感情的な納得は、十分に検討した論理に従っているうちについてくるものだ、と。
……マリーなら、祈り、神さまに委ねなさい、だろうか。
自分の行いが、神さまの計画にかなうかどうかを問うのです、と。
干し草の中で、あれこれと考えた。
ブラッドに言われたとおり、どうにも僕は考え込みすぎる癖がある。
そのうち、昼の疲れから、うつらうつらと眠気がきて――
その夜半、声を聞いた。
【ゆけ】
眠りと覚醒の合間、霞の中。
【ゆけ、わが灯火よ】
フードを目深に被った、黒髪の少女が居た。
【汝が道行きにて――】
あの寡黙な無表情のまま。
【……どうか、最果ての暗黒に、光を】
彼女の願いを、口にした。
◆
――全ては決まった。
あれが本当に神さまの啓示だったのか、僕の夢だったのかは分からない。
でも、夢だったとしても、それは僕の直感だ。
論理と、直感か啓示に従う。
結果を信じて、前に出る。
そう決めてしまえば、あとは早かった。
翌朝メネルに決めたことを話し、村の人たちにも話を通す。
村長だったマープルおばあさんが亡くなって以後は、運営は村の人たちの寄り合いで行われていた。
遺跡あさりの収入で、冒険者と役畜を手に入れてくる旨を話すと、あっさりと賛意が得られた。
少し拍子抜けしたのだけれど、やはり役畜が大分やられて厳しいらしい。
それに役畜以外の鶏や豚、山羊などの家畜と、消耗品なども補充できると嬉しいと言われた。
僕が行くことは問題ないのかとも思ったが、考えてみると森を往来することも危険なのだ。
荷物や家畜を守り切れる者がゆかないと、買い物に行った者がそのまま帰ってこないという事態が発生してしまう。
このまま役畜抜きでジリ貧になる可能性や、下手な者を買い出しに向かわせた際の大損失を考えれば、再襲撃のリスクは呑む、ということだろう。
辺境の村人は、どこもまったく生きることに対して合理的だ。
それらの話がすべてまとまった次の日の朝、僕はメネルと出立することにした。
あれこれの要望のメモや、旅のための荷物を再確認する。
「……よし」
貴重品は分散して持ち、武器防具類は念入りに整備。
一通りの荷物に抜けや問題がないことを確認する。
荷車などは《白帆の街》についてから購入する予定だ。
草庵を出る。
窓の鎧戸などの戸締まりを確認して、それから再建中の村の方に挨拶にいく。
村の再建は、だいぶ進んでいた。
やわらかい草の芽が萌え、だいぶ春めいてきた丘陵の麓を、ところどころ崩れた苔生す石垣が、垣根めいて囲んでいる。
その上に生えていた木々は多くが切り倒され、枝を削がれ、くさびで割られて樹皮を剥がれ、家々の柱になっている。
本当はもっとちゃんと乾燥させたほうがいいのだろうけれど、家無しの難民に贅沢は言えない。
木の柱の間に、削いだ枝を編むようにして張って、土を塗りこんで壁を作り。
屋根は木々から剥ぎとった樹皮を使って、なんとか雨がしのげる程度にはなっている。
簡素で素朴な、農村の家だ。
と、辺りを見回していると気づいた。
奥まった場所に一軒だけ、見張り塔の残骸から得た石材で、何か石造りの建物が作られようとしている。
「…………あれ? あれは?」
「ん、ありゃ集会場だべな」
「神官さまは最近、樵仕事と遺跡漁りばっかりだったからな」
「再建現場の方には来とらんかったじゃろ、こないだ皆で相談して始めたんじゃ」
あんなの作ってたっけという僕の言葉に、口々に答えが返る。
キマイラは流石に無理にしろ、ちょっとした餓狼の群れくらいなら、襲ってきても避難して立て篭もれる施設。
確かにそういうものがあると便利ですね、という僕に、村の人たちは何か含みのある笑みで頷いてきた。
何か、隠されてる?
……いや、まぁ、僕は村じゃあ余所者だし、何もかも明らかにっていうほうが傲慢な言い草か。
ちょっと気になるけど、悪いものではない気がするしこれから出立だし、無理に探ろうとはするまい。
「それじゃあ神官さま、お気をつけて」
「街でぼったくれれねぇように気をつけてくだせぇ」
「メネルドールがいるけ、問題ねぇやろ」
「旅路に灯火の神さんの導きがありますように」
「ばっか、お前、神官さまにゃ祈るまでもねぇよ!」
「ワハハ、せやな!」
色々な地方の訛りのある、賑やかな会話。
しばらく前まで、絶望的な状況だった人たちが、笑っている。
……その光景を見ると、少し、胸が暖かくなった。
「それでは、いってきます」
ぺこりと頭を下げて、踵を返した。
後ろから口々に、色々な地方の見送りの決まり文句や、祈りのことばが聞こえる。
そのまま振り返らずに丘の踏み分け道を下ると、メネルが居た。
銀糸のような髪を風になびかせ、旅装束に荷を背負っている。
昔、冒険者をしていたというだけあって、堂に入った佇まいだ。
「……よし、準備はいいな?」
「もちろん」
「それじゃ、いくか」
仰々しい言葉はいらない。
僕たちはそのまま、《獣の森》へと踏み入った。
時折、近隣地域の村人や獣たちが使うのであろう踏み分け道を延々と歩く。
森のなか。辺りの風景は、あまり変わり映えがしない。
鬱蒼と木々が生い茂り、きわめて薄暗い。
幸いに晩冬ということもあって藪の繁茂の具合はまだマシだけれど、それでもずっと歩いていると、ぐるぐる同じ所を歩き続けている気分になる。
半日ほど歩いて、太陽が中天に昇り始めた時、とうとうぼやきが口をついた。
「進んでるんだよ、ね……」
「進んでるに決まってるだろ。さっそく気が滅入ってきたか?」
「そんなとこ」
「……まぁ、気持ちは分かるが」
早くどっかの村か、見晴らしのいい平原地帯まで抜けたいもんだ、とメネルが言った。
「この時期なら、冬小麦の穂が風になびいて、そこそこ綺麗だろうしな」
「ああ、いいなぁ」
その言葉に、その光景を想像して心を踊らせたその時。
「キャァアアアアアアアアアアアアア!!」
「たすっ、助け……誰かぁぁ!!」
響き渡る悲鳴。
僕とメネルは一瞬視線を交わすと、すぐに声の聞こえた方角に向かって走りだした。




