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「しかし、くっそ。やっぱ筋肉ねぇと不利だなぁ……」
決着がつくと剣を収めて、ブラッドがぼやいた。
相変わらずツッコミどころが多い発言だが、意図は分かる。
僕もそれについて、何かを言おうとしたところで、
「……ブラッド?」
底冷えするマリーの声が響いた。
「げっ。マリー……」
「げっ、とは何ですか、げっ、とは」
腰に手を当てたマリーが、いかにも怒っていますよ、といった風にブラッドを睨む。
なおミイラであるマリーに眼球はないので、これがまた怖い。
「……あの技、もう使わないって言いましたよね?」
あの技? もう使わない?
「な、なんのことだっけな?」
「とぼけない! あの、肋骨使って相手の武器を巻き込む技ですっ!!」
「いや、でも、今はもう内臓とかねぇし……」
「はぁっ!? ブラッド、あれ生前にやったの!?」
「やったんですよこの人!!」
憤懣やる方ない、といった調子でマリーは続ける。
「信じられないでしょう!」
頷く。
信じられない。
アンデッドならではの技だと思ってたけど……そういえばアンデッドは成長しないのだ。
基本的に、繰り出す技なんかは生前に準拠する。
つまり、生前にあの頭おかしい動きをしたことがなければ、あんな真似はできないのだ。
「あの時は、《貫通》の《ことば》が刻まれた刺突剣を持ったデーモンが相手でした」
「俊敏なヤツでな、得物の相性も悪くて、俺抜けてマリーに突っ込みそうだったんでつい……」
「ついじゃありません!!」
つい、胴体エサにして肋骨で巻き取って捻じ倒して首刈った?
…………正気の沙汰じゃない。まさに《戦鬼》の所業だ。
「よ、よく生きてたね?」
「祝祷術なしだったら死んでたに決まってます!」
「だからオメーの祈りアテにしてやったに決まってんだろ!」
うわー…………
そういう戦術が、成立、するんだ。
そしてマリー庇ってのことだったんだ……
「私は! 貴方が即死したんじゃないかと! 本気で心配したんですからね! 二度とやらないで下さいと言ったでしょう!」
珍しく、マリーがガミガミと怒っている。
うん、ブラッドの気持ちも分かるけれど、マリーの気持ちも分かる。
……そりゃマリーも怒るよ、ブラッド。
ひとしきり怒られるブラッドを、僕は苦笑して眺めていた。
流石に僕でも、なんとなく分かった。
――犬も喰わないなんとやら、ってやつだ。
◆
「あー、ともあれ、だ」
ごほん、とブラッドが咳払いの真似をした。
「ウィル、俺には勝てなかったが、これだけできりゃあ上々だ。……俺には勝てなかったが! 俺には勝てなかったが!!」
「二度も強調すんなよ! やらしいなぁもう!!!」
くっそぉ。まさかあんな変態機動、予測できるわけがないだろ!!
ちゃんと事前に大威力の大剣の捌き方も、ウェイトの軽さを突く方針も決めて、攻略法組んできたのに全部ハマった上でひっくり返された!
「はっはっは、今どんな気持ちだ?」
「うがぁぁああっ!! 次は絶対、真正面から完封してやる!」
そんで、「ねぇねぇ今どんな気持ち?」とか言ってやるんだ!!
「はっはっは、その意気、その意気だよウィルくぅん?」
「調子に乗らない!」
「いてっ」
はたかれてやんの。いい気味!
「もうっ、真面目にやりなさいっ! 話が進まないでしょう!」
「へーい……」
マリーのお説教に、ブラッドがしぶしぶ頷く。
「しかし、あれだな……なんかそれっぽい必殺剣とか奥義技でもあれば、いま伝授してやれたんだけどな」
「ないの?」
「ないな」
ブラッドはあっさりと断言し、肩をすくめる。
「俺は、お前を単なる『俺の模造品』に仕立てたつもりはねぇ。
だから、俺の戦い方とお前の戦い方は違う。俺にとっての頼れる技が、お前にとっての枷になるかもしれねぇだろ?
それに、前にも言ったとおり、技なんて限定状況下で使うもんだ。一つの技を頼みにしてもしょうがねぇ」
滔々と語られる言葉は、落ち着いたもので。
歴戦の戦士の風格のようなものを感じる。
「それより基本だ。今まで覚えてきたことを、ちゃんといつでも使えるようにしとけ」
とん、とブラッドが拳で僕の胸板を突く。
マリーがそんな僕たちを見て、微笑む。
「俺もマリーも。……大事なことは、もうみんな、教えてあるさ」
熱のない骸骨の拳。
でも、そこから胸の中にじんわりと広がる、暖かいものを確かに感じた。
だから少しだけ勇気を出して、
「はい。……お父さん、お母さん!」
胸を張って、笑ってそう答えた。
「はは、お父さんだぁ? そういや、そういうことになるのかねぇ」
ブラッドがからからと笑った。
「なりそうですねぇ。ふふ……」
と、マリーがおっとりと笑う。
僕はなんだか気恥ずかしくなって、照れたように頭を掻いた。
それからひとしきり、僕とブラッドとマリーは笑いあった。
居心地がよかった。
心の底から、名残惜しいな、と思った。
春になれば、離れなければならないのが、無性に名残惜しくて仕方がなかった。
◆
「……そうだな。まぁ、奥義は教えられねぇが、親離れの証ってことでな」
「?」
「コイツをやるよ」
ひとしきり笑った後、ブラッドが剣帯を解いて差し出したのは、決着に使ったあの魔剣だ。
あの禍々しく妖艶な、艶消しの黒い片手剣。
「俺の所蔵する魔剣のなかでも、最強の一振りだ」
……最強? ブラッドの手持ちで? えっ、流石にそれは、
「勝ってもないのにそんな、」
「親離れの証だっつったろ? ほら、抜いてみろ」
と、ブラッドは僕の手に、強引に剣帯ごと片手剣を握らせた。
僕は躊躇いがちに剣帯を巻くと、おそるおそる片手剣を抜いてみる。
「…………」
艶消しの黒い、両刃の片手剣。
やや膨らんだ切っ先の辺りに重心が寄っていて、切断力が高そうだ。
装飾はどこか禍々しい印象を受け、刀身を走る真紅の文様は妖しく艶美。
「銘は《喰らい尽くすもの》。
魔剣の格としては最上級。神々の《木霊》が相手だろうが、刃さえ届きゃ斬れる格だ。
刻まれてる《ことば》は極めて難解だが、効果で言えば一語」
ブラッドは淡々と語る。
「この剣で生命力を有する存在を斬ると、斬ったぶんだけ使い手の生命力が回復する」
……え?
「え、待って。聞き間違い?」
「この剣で生命力を有する存在を斬ると、斬ったぶんだけ使い手の生命力が回復する。……聞き間違いじゃねぇよ。」
乱戦で何も考えず振り回してるだけで最終勝者になれる剣だ、とブラッドは言った。
その意味を想像して、僕は青くなる。
「お前は賢いし、もう察しはついてる様子だが……念のため言っておく。できるだけ抜くな。頼るな。人にも見せるな」
ブラッドは淡々と語る。
「コイツは持ち手を『強くなった気』にゃぁさせてくれるが、持ち手の精神を高める部類の名剣じゃねぇ。
頼ればそのうち、お前の剣は傲慢でいい加減なものになって、見る影もないほどに弱くなる。
そのまま舞い上がって、格上に遭遇するか、毒を盛られるか、遠巻きに射手に包囲されて、あとは真っ逆さまに奈落の底だ」
そういう意味で、真性の魔剣なのだとブラッドは言った。
「ま、不死者になってる俺にゃぁ生命力ってもんはねぇから、こいつを持っても吸いも吸われもしねぇ。すっかり無用の長物だ。
だからこの際、お前にやるよ。色々言ったが、お前なら大丈夫だろうし、使いどころも分かるだろ」
マリーも、同意するように頷いた。
二人は僕が、こんな恐ろしいものを扱いきれると信じているのだ。
前世の記憶がよぎり、少し、胸が疼いた。
二人が信じてくれるほど……僕は、大した人間なのだろうか?
「さぁて。魔剣を渡すとなりゃその来歴も語るのが、いにしえよりの戦士のならわしだ! この剣について語るとしようや!」
そんな一瞬の憂慮を打ち消すように、明るい声が響く。
「もちろんこの剣にまつわる……お前が知りたがってた、俺たちと、お前の来歴も一緒にな」
それは。
それは、僕が、ずっと気にしていたことだ。
「……! ブラッド……」
ブラッドはマリーに視線を向ける。
マリーは、微笑んで、頷いた。
「ウィルは、もう一人前ですからね」
「……でっかくなったら教えてやる約束だ。お前はもう十分、心も身体もでかくなった」
ちょいと長いが、語ってやる、とブラッドは言った。
「それはこの大陸を征服せんとした悪魔たちの王のなかの王、《永劫なるものどもの上王》の話であり。
多くの英雄と、そして俺たちの敗北と死の話」
ざぁ、と。
丘の麓の墓地を抜けるように、寒々しい風が駆け上がり、抜けていった。
「――そして、お前がここで育った理由の話でもある」




