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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第五章:たそがれの国の女神〉
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 久々の更新すぎて、竜素材装備のことがうっかり頭からすっぽ抜けておりました。

 前話の「硬革鎧」の部分を「竜鱗鎧」に修正し、描写をいちぶ差し替えました。

 失礼いたしました。




 夏至。

 それは一年のうちで、もっとも昼の時間が長くなる日だ。


 ……ということはこの世界はやはり惑星で北半球なのだろうか水平線や地平線もあるし、とか。

 ……日食や月食も存在するということは恒星の周りを公転する惑星なのだとするとその周期は、とか。

 

 そういう疑問が湧いてこないでもないのだけれど、僕、ウィリアム・G・マリーブラッドはその辺には関わらないことにしている。


 理由の一つはまず、その辺りの追求を凝りだすとキリがないことだ。

 特に天文分野なんかは自分の仮設を確認するための天文現象を何年も待つ、なんてことがザラな世界だし、ちょっと僕にはその余裕がない。


 二つ目に、これが一番重要なのだけれど、僕には朧とはいえ前世の知識があるという点だ。

 これは神さまの慈悲によって残されたものだし、それを拒絶する気はないのだけれど――それはそれとして、かなり危ういものだ。


 この世界は(・・・・・)前世とは違う(・・・・・・)

 

 まず、これを明確な事実として認識しなければならない。

 確かに、見かけの様子は前世の地球と似ている。

 太陽があって月があって、夜があり昼があり星々がきらめき木々は茂り動物が生息し人がいる。


 確かに似ている。

 けれど、それだけだ。


 ここはマナという未知のエネルギーが空間を流動し、神々の奇跡が傷や病を現実に癒やす世界でもあるのだ。

 ヴァラキアカのような神話の時代から生きる巨大で理不尽な生命が存在し、神々が分け御霊を降ろし人を導いては世界の行く末を左右する。

 

 そんな世界で前世の知識を援用して世界を捉えようとすれば、先入観からとんでもない理解をしてしまう可能性は十分にある。


 ――夜空はあるけれど、あれはもしかしたら善なる神たちと悪なる神たちの遣いたちが互いに引きずり回し合う、黒い紗幕なのかもしれない。

 星というのは二陣営の争いによってそこに空いた小さな穴で、きらめく星々は輝かしき神々の世界から覗く一筋の光なのかも。


 ――地平線や水平線があるけれど、それが世界が球体である証明とは限らない。

 もしかしたら半球状かもしれないし、伝説の巨人や竜が世界を支えていたりするかもしれないし、激しく歪曲した平面世界という可能性もある。


 ――仮に僕たちがいるのが球体の惑星だったとしても、宇宙があるとも限らない。

 渦巻く混沌の上に浮かんでくるくると回りながら流されているのかもしれないし、そもそも大地に果てが無ければ宇宙もない。


 そういう可能性を、もし「前世はそうではなかったから」などという理由で斬り捨ててしまったら。

 前世の知識を援用して、もっともらしく諸々に説明をつけてしまうことで、この世界に「一見それらしい、けれど誤った世界への理解の体系」を流布してしまったら。


 ……ひょっとしたら大したことにはならないかもしれないけれど、あるいは歴史を歪めるような大事になってしまうかもしれない。

 万が一、「それでも世界は平面なのだ……」なんて学者に裁判所で言わせる羽目になってしまったら、本当に色々と申し訳が立たない気がする。

 

 だから僕は、そういう話にはあんまり関わらないし、それで良いと思う。

 前世の知識を参考にはするけれど、この世界の全てに当てはめようとは思わないし、積極的にそれを流布しようとも思わない。

 

 現に大都市では知識神エンライトの信徒をはじめ、多くの賢者や学士がさまざまな学問分野を開拓している。

 《大連邦時代》の頃なみへ、そして更にその先へと知の水準を進めるために。


 この世界の知識や学術の水準は、彼らによって推し進められるべきだ。

 僕には僕で、やることがある。


 そう、たとえば――


「うぐぐぐ……」


 ここ最近の討伐の連続で、疲れた体を休める、とかだ。


  

 ◆

 

 

 僕とメネルとルゥは、夏至の前日のお昼遅く、《灯火の川港》近郊の道を歩いていた。

 怪物退治の帰りだ。


 夏至の日は魔法的な解釈では基本的に太陽の力の強くなる日なので、なべて光や善といった属性が活発化し、闇とか悪とかいったものの衰える時期だ。

 かつての戦いで、不死神スタグネイトが陽が短くなる冬至を好意的に語ったことのまさに逆の話だ。

 夏至の大地は悪い気質のものが動き回るのに向いた場所ではない。


 ――けれど、邪悪な性質のものが動き回らなければ平和かと言って、そんなことはない。


「疲れた……ホント、疲れた……」


 僕はすっかり疲弊、憔悴した顔で道を歩いていた。

 薙刀グレイヴに仕立て直した《夜明け呼ぶもの》にすがり、杖をつくように歩いている。


「もう当分、虫は見たくねぇぜ……おえっ」


 ぼやく僕の横で、同感だとでも言いたげに不機嫌そうにえずいたのは友人であるハーフエルフの狩人、メネルドールだ。

 心なしか尖った耳もしょげるように傾き、銀髪もくすんで見える。


「私も、夢に見そうです……わしゃわしゃって、わしゃわしゃって」

「言わないでっ!」

「想像させんなバカ!」


 隣で長柄戦斧を引きずるのは、やはり僕同様に疲弊、憔悴気味のドワーフの戦士、ルゥことヴィンダールヴ。

 彼の不用意な言葉を、僕たちは口を揃えて制止した。


 …………夏至周辺は、邪悪な存在はおとなしくなさらざるをえない時期だけれど、虫の動きが活発になる。

 アリやハチの類が新たな巣を作るために飛翔する、結婚飛行なんかも実に盛んだ。

 

 そしてこの世界には、いるのだ。

 前世ではB級映画とかエイリアンから地球を防衛するゲームで戦うような、巨大蟻ジャイアント・アントの類が。


「――作戦は間違ってなかったよね」


 人の住まない荒野や渓谷などを主な居住地とするそれら巨大蟻だけれど、この季節は結婚飛行で飛び立つ個体も多い。

 古巣から巣立った女王個体と数匹のオスが嵐などに吹き飛ばされ、人の領域のそばに着陸、そのまま営巣を始めてしまうことも稀にある。


 ……巨大蟻は文字通り牛ほどもある大きさの、縄張り意識の強い攻撃的な蟻たちだ。

 有人地に巣作りが成功すると、辺り一帯が恐ろしいことになる。


 だから今年の夏、とある村から巨大蟻の営巣の報が舞い込んだとき、僕はメネルとルゥを連れて即座にそこに向かった。

 放置しておけばおくほど、巣の規模を拡大すると分かっていたからだ。


 作戦も簡単明瞭で、巣を作っているらしい丘陵地帯で縄張りを刺激して順繰りに兵隊蟻を片付け、しかる後に巣穴に踏み込んで女王を仕留める。

 ――そういう予定、だった。


「まさか、丘を踏み抜いちまうとは…」

「既にけっこうな規模の巣になってたなんてね……」

「ううう、あの光景が目に焼き付いて離れないんですが……」


 三人揃って落下した先は卵部屋で。

 無数の幼虫がうごめいていて、更に兵隊アリが山ほど増援に来て――まぁ、ちょっと描写し難い状況になった。

 戦闘それそのものはそこまで危険度が高い相手ではなかったけれど……


 想像してほしい。

 無数の芋虫めいた蟻の幼虫。

 ギチギチと口器を鳴らし、通路の床と言わず壁と言わず天井と言わず押し寄せてくる巨大な赤蟻たち。

 同族への巻き添えも気にすることなく吐きかけられる蟻酸。


 へし折り、射抜き、叩き潰して死体の山を築きながらの前進。

 全身にかかる体液。

 それでもなかなか減らない赤い波。


 歴戦の戦士だろうがなんだろうが、そして防具が竜革製で蟻酸など容易に跳ね除けるとしても、精神的な負担はどうにもならない。

 おまけに蟻たちの体液まみれで帰りの行軍を延々歩いたとなれば尚更だ。

 気が滅入るし、疲れる。


 正直僕ももう勘弁してほしい気持ちだ。

 この世界にMPなんてないけれど、僕のメンタルポイントは限界だ。

 

「明日は夏至の祭りだしよ……今日はさっさと寝て、起きたら気分転換しようぜ」

「そうですね。きっと賑やかになるでしょうし……」


 メネルとルゥが、そう話し合っている。

 一年の始めと終わりである冬至の日にお祭りが行われるように、夏至の日にもお祭りは行われる。


 その形態は国や地域によってさまざまだけれど、多くの場合は神々の姿を彫り込んだ夏至の柱を広場に立てる。

 そして色とりどりの布や花で柱を飾り、その周囲で踊り、神々に感謝を捧げて飲み歌うのは共通だ。


「今年はどんな催しをするんだろうね」


 《灯火の川港》は、各地からの開拓民の集合で作られている。

 街の主催で行う大枠はあれ、さまざまな地域の文化が混在しているため、夏至のお祭りでどこからどんな催し物が飛び出すかは予想がつかないところがある。


「エルフも夏至の習慣は色々あるが……早朝に花に集まる朝露を集めたりは、女どもがやるだろうなぁ」

「確か夏至の朝露は縁起もので、健康でいられるとか美しくなるって言うんだっけ」

「ドワーフでは、互いに灰をかけあい騒ぐことで厄除けとする習慣がありますね」

「え、それはなんで――?」

「確かそもそもは……」


 そんな風に、疲れながらも和やかに語り合い、領主館に帰宅して。

 僕たちは全身の汚れを洗い落とし、装備を綺麗に磨き直して、それから寝るには早い時間だったけれど寝室へ向かった。

 夏至のお祭りで訪問客も多く、館内は割合に騒がしかったけれど、それすら気にならないほど僕たちは疲れ切っていたのだ。


 それじゃあおやすみ、と廊下で言葉をかわした時――メネルがふっと、ニヤリと笑った。

 それは間違いなく、単なる冗談だったのだろう。

 

 

「そういや、夏至の日に夜這いをかける習慣なんてのもあるらしいぜ?」

 

 

 僕はその時、なんてことはない苦笑いを浮かべたように思う。

 またメネルときたらそんな冗談を、という感じだ。 

 

 その夜、部屋の窓が本当にノックされるだなんて……僕はその時、まったく考えてもいなかったのだ。






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[良い点] 今更ながら書籍版を読ませて頂き、そのままなろう連載分の四章まで止まらず読み続けていました。 続きを楽しみにしております。どうぞご無理のない範囲での執筆が進みますことを応援させて頂きます。 …
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