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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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「3人はさ、僕の守護神にどれかの神さまを推すとしたら、どの神さまがおすすめ?」



 とりあえず、守護神については一度、3人にも相談してみることにした。


「特にウィルが『こうなりたい』ってのがなけりゃ、雷神ヴォールトに無難な誓い立てるのがいいんじゃねえか?」

「ああ、それは良いですね。ヴォールトは信仰されている範囲も広いですし、社会的な信頼性が最も高いですし」

「ふむ。確かにのう……ブラッドらしからぬ賢明な選択じゃ」

「おい」

「ふふん」

「こら、二人とも。いけませんよ」

「む」

「……守護神といえばワールも悪くないが、あれは信者に博徒や賊のたぐいも多いでな。社会的信用の面で一枚落ちる、やはりヴォールトじゃな」


 するとあっさりと3人の意見が一致した。

 主神である正義と雷の神、ヴォールトだ。


「……割とあっさり一致するんだね」

「まぁ、無難に考えればそうなるからのう。あとあと変更できんというものでもないしの」

「おまえに何か、職人になりたいとか学者になりたいとか夢がありゃ別だが、外の状況も分からねぇのに夢もなにもねぇしな」

「とすると、選択肢を広く取っておくのが良いですから……やはり雷神ヴォールト、次点で地母神マーテルでしょうか」


 いまから選択肢を狭めることはない。

 あとあと何を選んでも対応できそうな選択を……なんか進路選択みたいだなぁ。

 とりあえず普通科の高校出といて損はないぞ的な。


「分かった、覚えておくよ。……それと誓いっていうのは、どんな感じの誓えばいいの?

 前に聞いた『若き英雄のいさおし』だと、主人公は『ヴォールトのいかずちの剣にかけて、一切の邪悪を打ち払わん』とか誓ってたけど」

「ああ、あったなぁ。……でもありゃ武勲詩だからな。流石に一時の憧れで、そんな誓いは立てるなよ?

 強い誓いを立てれば加護を得やすくなる代わり、苦難の運命に巻き込まれるってのはよく言われる話だ。

 英雄となるか、しからずんば死か、ってやつだ」

「神々もそういう馬鹿は面倒事に突っ込みやすいんじゃろうな」


 うわあ……そういう俗信みたいなのもあるのか。

 まぁ、苦難の運命とかがどこまで事実かは置いといて、流石にそこまで難しそうな誓いを立てるつもりはない。

 前世の記憶がある程度で自分は特別だと舞い上がる気もないし。

 英雄とかにも憧れはない。


「普通の人だとそうですね。『できうる限り悪を成さず生きることを誓う』とか」

「『隣人が困窮していれば手助けする』とか、『虚言を口にしない』とか、『家族を大切にする』……とかのう」


 ふむふむ。家族を大切にする、ってのはいいなぁ。

 そしてつまり……


「要は『悪いことせず、まじめに生きます』程度のことを誓えばでいいの?」

「そんなとこじゃな。個別の神々の性格に応じて、喜ばれそうなことを誓う場合もあるが」

「……えっと、たとえば?」

「あー、俺はブレイズに『日々鍛錬し、強くなる』ことを誓ったな。鍛冶神ブレイズは技巧と鍛錬を尊ぶ」

「私はもうすこし抽象的で、マーテルに『その御心にかなうように生きる』と誓いましたね」


 おお、二人ともそれらしい。


「ワシゃ守護神も誓いも面倒じゃったもんで、そのへん一番緩そうなワールに『好きなことやって面白おかしく生きる』と誓ったのう」


 ……ガス爺さんはロックだなぁ。





 ◆




 相談も終わって、マリーは泉へ洗濯へ、ブラッドは森へ柴刈りに行った。

 ……なんか昔話みたいだけれど、実際問題、いまは秋の終わり。冬に備えてやることは多い。


 ちなみに桃太郎でおなじみのしばってのは柴という木があるわけじゃなくて、薪や垣根に使う手頃な雑木のことを柴という。

 つまり「柴刈りをする」というのは、「背負い籠とナタなり斧なりを手に、燃料となる雑木を採取する」ということだ。

 閑話休題。

 

 そんなわけで僕はガスと授業だ。

 ひたすら二重魔法投射ダブルキャストの練習を繰り返して、習熟度をあげる。

 ガスの授業は、きわめて実戦的な段階に入っていた。


「よいか、5も数えるうちに敵がこちらを攻撃できる状態で魔法を繰り出すなら、考えて繰り出してはいかん。

 あらかじめ体に覚えさせた魔法を反射で放つのじゃ。

 ……世の魔法使いの多くは頭でっかちじゃ、まず大抵はこれができん」


 何を使うか迷った隙に射撃されたり斬られたり、慣れない《ことば》を使おうとしてしくじって自爆したり……

 そういう例は枚挙に暇がないのだそうだ。

 というか、そもそも大半の魔法使いは都市の学者なり町の便利屋なりで、常日頃から前線に出て切った張ったをするものじゃないそうなので仕方ない。

 ガスみたいな、放浪する実戦型のほうが少数派なのだ。


「知的な戦術なんぞは考える時間あってのものじゃ。

 突発的な遭遇戦なんぞ、下手に戦略を考えるより、慣れた魔法でひた押しに押しこむが良い。

 複雑な連携は要が一つ崩れれば総崩れ。単純なものほど破綻せぬ」


 そういうわけでガスの戦術思想は、ブラッドの教えとも類似している。

 実戦に磨かれるとだいたい皆こんな感じになるのだろうか。


「そしてウィル。おぬしの場合はことに、《ことば》に頼るべき時と、そうでない時を見極めよ。

 おぬしにはブラッド仕込みの武技という選択肢もあるでな」


 ……実際マナとかそういうものの影響なのか、もともとそういう風になっているのか、この世界は鍛えることによる能力の上昇幅が前世より大きい。

 ちゃんとした戦士の本気の身体能力というのは、ちょっとした怪物めいている。

 ブラッドなんて僕との訓練用にギアを落としていなければ、素振り用の分厚い鋼の棒をゆうゆうへし曲げ、飛燕のように素早くキレのある走りを見せる。

 というか言ってる僕の身体能力もブラッドのそれに追随しはじめていたりする。


 一方、魔法は発声や記述を失敗すると自爆するというリスクがある。

 そのため戦闘開始が10メートル以内くらいなら、ほとんど戦士の独壇場にならざるをえない。


 ……なおガスは、そういうとき用の『行儀の悪い裏技』というやつも幾つも知っていた。

 いったい何人の戦士を戦士の間合いで仕留めてきたんだろう、このひと。


「ま、そもそも戦いにならんことが何よりじゃがな。いざとなれば、見極めはしっかりのう」


 僕は頷いた。


「それとな。ここ数年、暇つぶしに天測をしてきたで……今年の冬至の日は分かっておるぞ」


 言われて僕は目を見張った。

 わざわざ、僕の十五歳のために調べてくれたのか。


「…………なぁ、ウィルよ。一つ頼みがある」

「頼み?」


 うむ、とガスは頷いた。


「恐らく冬至の前日あたりに、ブラッドはおぬしとの一対一を望むじゃろう。

 ……マリーの祝祷術による回復や再生も前提とした、本気の斬り合いじゃ」


 その言葉に驚きはない。

 ブラッドならそういうことを持ちかけてきそうだな、と前から思っていた。

 そして僕も、それに応じる気構えはできている。


「なぁ、ウィルよ」



 だけれど、ガスの表情は重く。



「…………その勝負、ブラッドに気づかれんよう、うまく負けてはくれんか」



 その言葉は、苦渋に満ちたものだった。





 ◆




「……どうして?」


 思い出すのは、ガスに殺されかけた、あの時だ。

 あの時もガスは何かを考えていた。

 僕の知らない事情をもとに、僕の知らないところで考えを巡らせ、結論して僕を殺そうとして、なぜか中断した。


「どうしてなの?」

「どうしてもじゃ」

「違うよ」


 そうじゃない。


「どうして僕を除け者にするのか、ってことだよ!!」


 かっとなって、思わず叫んでいた。


「僕はガスが馬鹿じゃないって知ってる! 理由もなく誰かの気持ちを踏みにじるようなことをしないって、知ってるよ!」


 ガスに掴みかかろうとするけど、その手は空を切った。

 宙に浮かぶガスを、上目に睨み据える。


「ガスがちゃんと説明してくれるなら、僕だって従える!!

 八百長だってやってもいい! あの時みたいに命を差し出してもいい!」


 なのに……


「なのに、なんで、何も話してくれないのさ! 僕はそんなに、ガスにとって信用ならないの!?」


 思いの丈を吐き出して、僕は荒い息をついた。

 ……ガスは苦い顔をしたままだ。

 苦い顔をしたまま……


「……すまん。ウィル。…………話せぬ。すまん」


 俯いて。拳を握り。

 ……絞り出すように、そう言った。


「…………そう」


 そうなのか。


「それなら…………それなら、こっちだって、知らないよ」


 ……ガスを、突き放す言葉を、口にした。

 理由もわからず、大切な戦いをわざと負けるなんて、できない。


「ガスがさっき言ったこと。聞かなかったことにする」


 本気のブラッドに、無制限で挑める最後の機会。

 一人の戦士として、できれば全力をぶつけたいし、ブラッドだってそう思っているはずだ。

 理由も分からず、それを受け入れることは……僕には、できないことだった。


 ブラッドやマリーに、このことは告げ口しない。

 僕はガスから何も聞かなかった。ただ、それだけだ。


「………………」


 それだけ言って部屋から退出する僕に、ガスはもう、何も言わなかった。




 ――ブラッドから、最後の試験が予告されたのは、それから数日後のことだった。




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[良い点] 柴刈りの雑学ありがとうございます
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