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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第四章:栄華の都の娼女〉
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20

 依頼を引き受けると決めてくれてから、ロッドさん、トッドさん、ジニさんの三兄弟の手際はなかなかのものだった。


「まずいったん戻るぞ。その格好じゃ、ちょいと目立つ」

「それとディーっつったか、お前ちょっとひとっ走り古着買ってきてくれ。外套、ボロいのな」

「おっけ」


 ディーが支払い用の銀貨を僕から受け取って、市場へ駆けてゆくのを見届けて。

 それから、ロッドさんとトッドさんが表情を改めた。


「……で、《薬屋》だったな」

「はい」


 ロッドさんもトッドさんも、難しい顔をしていた。


「……何やってるのか知ってるのか?」

「見慣れない幻覚剤の類を卸売している、と」


 そしてその出所は恐らく南方で、その収益は悪魔関係の拠点に流れている、とサミュエルさんは言っていた。

 貧民窟の閉鎖性もあって、悪魔たちにとっても、恐らくかなり重要度の高い拠点の一つだ。


「まぁ、そうだ。ここ一年くらいの間にやってきてな。ヴォールト神殿がここらで縮退するのに併せて、一気に儲けだした」

「そうなると、当然何だかんだと因縁つけて、その利益を分捕ろうって奴らもいるのがここらなんだが……」

「……どうなりました?」

「殺された。容赦のないやり口でな」


 ロッドさんは顔をしかめて呟いた。


「それなりにデカい徒党を組んでた連中が、順繰りに惨殺されて、このあたりの連中も悟った。『手を出すべきじゃない』ってな」

「結果として俺たちみたく敬遠するか、あるいは擦り寄って薬の小売として、甘い汁のおこぼれに預かるか……って具合なんだが」

「なぁ。つまり……結局あいつら、なんなんだぁ? 聖騎士さまは、知ってんだよな」


 二人の解説のさなか。

 ふと気になった、とでもいう感じで、ジニさんが呟いた。


「ば、馬鹿っ」

「聞いちまったら引き返せねぇだろ」

「……どうせもう引き返せなくねぇか? 兄貴」


 そう言われて、ロッドさんとトッドさんはふと顔を見合わせた。


「それもそうか」


 二人同時に頷く。


「あいつら何なんだ?」

悪魔デーモンの群れですね」


 沈黙が落ちた。


「もう一回」

「悪魔の群れです。あ、悪神信仰の邪教徒とかも混じってる可能性は高いか」


 過不足無く別種の知性体に化けるというのはかなり難儀だ。下級の悪魔だと、幾らかの《ことば》で外見は繕えても、振る舞いに隠しようもない違和感が出る。

 スペキュラーのように、かなり高い精度で溶け込める悪魔のほうが稀――というか、それができるからこその《将軍級ジェネラル》――なのだ。

 とすれば人間の協力者もいると考えたほうが妥当――と、そこまで考えたあたりで、


「で、デーモンの群れ、か……」

「デーモンってあれだろ、人喰いの」

「魔法とかも使うってぇおっかねぇの……」


 ロッドさんたちがだいぶ慄いていることに気づいた。

 そうだ。……僕はもう悪魔との戦いが多すぎて、麻痺しがちだけれど。

 普通、悪魔というやつは、かなりの脅威なのだ。


「はは。……大丈夫ですよ」


 だから、笑いかける。

 できるだけふてぶてしく、自信満々、といった感じで。


「僕に任せて下さい。皆さんは何かあったら逃げて、隠れて――」


 一息。


「で、運が良ければ隙を突いて一刺ししてやりましょう。……悪魔殺し(デモンスレイヤー)の一丁あがりです。一生、語り草にできますよ?」


 美味しい話でしょう? とでも言わんばかりに、僕は言った。

 ――もちろんそんなに簡単な話じゃないことは、この場の誰もが知っている。

 僕だってそうだし、ロッドさんやトッドさん、ジニさんもそうだ。


 志を抱いて。一回、冒険に出て。

 実戦の場で、体の底から沸き上がる恐怖を知って。血飛沫と、苦悶と、残酷を見て。

 その上で、「戦功をあげるなんて簡単だ」なんていう人はいないだろう。


 でも、それでも――


「へへ、そうだな」

「美味しい話だ」

「い、いいなぁ、悪魔殺し……」


 誰しも、強がらねばならない時というのはあるのだ。




 ◆




 戻ってきたディーから、つぎあてだらけの古い外套を受け取り、目立たぬ路地で装束を整える。

 外套にはノミの類までついていたので、簡単な虫よけのちからをもつ《ことば》で散らす。

 ――変装としてはつきっぱなしがいいんだろうけれど、この先に荒事を想定しているのだ。痒みで集中力を欠きたくない。


「それ、便利だなぁ」

「かけましょうか?」


 ジニさんにも、いくらか虫よけの《ことば》をかける。


「あ、俺も俺も」

「俺も!」

「あたしもー!」


 そのついでに、探知避けの《ことば》の類もいっしょにかけた。

 実戦慣れした魔法使いになると、拠点の傍には鳴子がわりに、悪意や敵意に反応する《しるし》を刻む。


 悪魔デーモンたちの拠点だ、魔法の使い手が混ざっている可能性がある。

 となれば魔法的な警戒網を回避する方策は、突入前の必須の準備だ。


 とはいえ「魔法的な罠があるかもしれない」などと素養がない人たちに言っても、未知の脅威に警戒して挙動がおかしくなってしまう。

 ジニさんの希望は渡りに船だった。

 しれっと知らない顔してかけておこう、こういうのはそれが一番だ。


「では、ここからのことですが、まずディー」

「うん」

「次の鐘が鳴っても僕たちの誰も戻らなかったら、この手紙を指定の場所まで届けてもらえるかな? 僕からだって言えば通じるはずだから」

「りょーかいっ!」


 殿下宛てだ。

 眷属のあぶり出しに関しては行動許可を得ているし、今日の行動も事前に知らせてはあるけれど……万が一、僕が不覚をとったら後の事を託さねばならない。


 ……今の僕がどんなに強かろうが、戦う以上、死ぬ時は死ぬのだ。

 実戦において常に強いほうが順当に勝つというならば、そもそも僕はこんなところに立っていない。


「それじゃ、行きましょうか」


 そうしてディーに待機を頼んで、僕たちは薄暗い貧民窟を進む。

 違法な増改築の繰り返しによって、異様に張り出した上階部分により、洞窟めいた暗がりになっている路地も多い。

 当然、そういう路地に潜んでじろじろとこちらを観察してくるものや、絡んでくるものもいるのだけれど――


「おい、こっから先はあぶねえぜお兄ちゃん、特別料金で護衛をしてやるから――なんだ、ロッドか、どうしたよ」

「おう、ちょいと商売でな」

「商売ィ?」

「《薬屋》ンとこに商談しにきた御仁の案内だ、な。分かるだろ?」

「うへ……」


 ローブを目深にかぶった僕について深く追求はなかった。

 ……どういう場所であれ、土地の人が味方だと、動きやすいものだ。


 そうして幾つもの不衛生で、曲がりくねった暗い路地を抜け、ガラの悪い人々が屯する広場を越えて。

 淀んだ緑色の水がわだかまる、流れの悪い運河の傍。

 僕たちはようやく、建物の前に辿り着いた。


「…………ここだ」


 薄汚れ、漆喰の剥げた、みすぼらしい建物だ。

 正面は比較的綺麗だけれど、脇道ともなれば無造作に生ゴミがぶちまけられ、羽虫が唸り、あちこちを虫が這い回っている。

 鼻をつくような、腐敗臭と糞尿の臭い。

 ――お世辞にも、長居したい場所とはいえないだろう。


 あまり建物の前でじっとしていると警戒を招くので、手早く視線を巡らせる。


 まず、手近に水路があるのはまずい。

 水というのは、割と馬鹿にならない障壁だ。

 たとえば魚や両生類めいた特徴を持つ悪魔が建物の窓から水中に飛び込み、この汚水のなかを潜って逃げだしたら、追跡に苦労するだろう。


 そして、これまで通ってきて分かっているけれど、街路も総じて複雑だ。

 散らばりながら逃走に徹されれば、一体二体は拿捕できても、かなりの数が散らばって逃げてしまう。


 手勢さえいれば、各所の逃走口に人を配して押さえられたのだろうけれど――

 流石に今同行している三兄弟に、そんな危険な役を押し付けるわけにもいかないし、更に言えばどうせ多人数で近づけば察知されるのは必至だろう。

 見知らぬ戦士が数十人も接近すれば、こんな場所ではあっという間に噂が飛ぶ。

 相手が常からそれなりに警戒しているであろうことを考えれば、それに反応しないというのは考えづらい。


 ――多人数では、近づく前に察知される。

 ――少人数では、分散されて逃げられる。


 なかなか考えられた、うまい配置だ。

 とすると、どうするか……




 ◆




 数秒だけ考えて、僕はロッドさんに言った。


「えっと、まずは訪問を知らせて頂けますか?」

「おう」


 ロッドさんが正面玄関の扉のドアノッカーを叩く。

 襲撃を警戒しているのか、こんな貧民窟にあってはよくできた、分厚い木製の扉だ。


「……ダレ、ダ」


 くぐもった声が帰ってきた。

 扉の向こうに――人間の形をした、けれど人ならざるものの気配が、ひとつ、ふたつ、みっつ。

 どうやらここで間違いないようだ。


「おう、瓦礫通りのロッドだ。《薬屋》、お前らんとこの客を案内してきてやったぜ」

「アン、ナイ?」

「はい」


 頷いて、僕はまっすぐ前に出る。 

 再確認するけれど、多人数では近づく前に察知される。少人数では分散されて逃げられる。

 だとしたら――


「ちょっと、伺いたいことがありまして」


 僕は右手の小指を曲げ、薬指を曲げ、中指を曲げ、人差し指を曲げて拳を作ると、それを親指でおさえてしっかり締めた。

 どくん、と鼓動が強くなる感覚。全身の血が、熱くなる。

 左手でロッドさんをおしのけて、代わりに扉の前に立つと、作った拳を振りかぶり――


「お邪魔しますッ!」


 オーバーハンド気味に斜め上から打ち下ろした拳で、正面扉を破砕する。

 雷のような音とともに扉が割れ、蝶番が吹っ飛んだところで即座にたいを返して蹴り。

 戸板を奥へ蹴り込むと、


「ガッ!?」


 扉正面に立っていた悪魔一体が、巻き込まれて転倒した。

 勢いのまま飛び込んで、扉脇に身構えていた人影のフードを掴むと、引き込んで胴に膝蹴り。


「グ……!?」


 ――乾きかけた粘土を打つような、奇妙な感触。人体ではない。

 フードを剥げば、その下にあるのは《兵士級ソルジャー》デーモン、《落とし仔(スポーン)》の頭だ。

 遠慮無く首の骨をへし折る。嫌な音が腕から伝わってきて、腕の中で悪魔が塵になった。


「シャァッ!」


 直後、奇襲を受けた動揺から立ち直ったもう一体が片手剣を抜いて突きかかってくる。

 半身になって躱しざま踏み込み、手首を掴むと伸びきった肘を掌打でへし折りながら足を払う。

 床に後頭部をぶつけたところで、追い打ちに顔面に踵を踏み下ろした。これも塵になる。


 その頃には最初に戸板をぶつけた奴が立ち上がって、逃げようとしていた。

 ……追いついて、ねじ伏せて、手足を千切り取ってしまえ。

 一瞬、そんな残虐な思考が脳裏をよぎり――それを自覚した瞬間、僕は噛み締めた歯の間から鋭く息を吐き、その衝動を抑えこむ。


「《落ちる(カデーレ)》、《蜘蛛網(アラーネウム)》」


 範囲を制御した蜘蛛糸を放つ。悪魔の逃走を絡めとって静止。

 そのまま迫り、拳を打ち込んで無力化したあと、《麻痺のことば(パラライズ)》で動作を制しておく。


 悪魔は殺せば塵になる。

 その塵も悪魔の存在を示す証拠になるけれど、生きた悪魔がいたほうが後で話が早い。


「ほ、本物の悪魔だ……」

「くそっ、マジかよ……」

「あ、あわわ……」

「その片手剣を拾ってついてきてください。基本は僕の後ろにいて、さっき言ったとおり逃げ隠れしても構いません」


 動揺している様子のロッドさん、トッドさん、ジニさんたちに指示を飛ばすと、彼らは青い顔で頷いた。


「迅速にいきます」


 多人数では、近づく前に察知される。

 少人数では、分散されて逃げられる。

 なら、相手が事態を察知して逃げようとする前に、片っ端から打倒すれば良い。

 僕は心のなかで、静かにブラッドと頷きあった。




 

 

 

『最果てのパラディン』を読んでくださり、まことにありがとうございます。

 時間の関係で返信はできておりませんが、ブックマーク、感想、評価等の応援、とても嬉しく思っております。

 

さて、皆さまの応援のおかげをもちまして、書籍版第2巻、『最果てのパラディンⅡ ~獣の森の射手~』が発売と相成りました。

もしよろしければ、書籍版でもウィルの冒険を応援してやって頂ければ、幸いです。

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