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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第一章:死者の街の少年〉
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「…………ガス? ガス、だよね?」


 思わず確認してしまったのは。

 その佇まいが、あまりに鬼気迫るものだったからだ。


 鷲鼻で目付きが悪くて、とても賢くて何でも知っていて、ちょっと偏屈そうな幽霊老人。

 いつもブラッドやマリーとは違って、一歩引いたスタイルで僕に対して接している。

 だけど真摯な態度で繰り返し教えを請えば、その願いを無碍にはしない誠実さがある。

 それが、いつものガスだ。

 根っこの部分では、きっととても善良で優しい人なのだと、僕は実は勝手にそう信じている。



 ……でも、今は、違う。




 射るようにこちらを睨む目には明確な殺意が篭もり。

 構えられた手には、恐らく相当の魔法を行使するに足るであろうマナの気配。

 僕の首の付け根のあたりが、冷たい息を吹きかけられたようにぞくぞくと粟立つ。


「…………」


 ガスは、何も言わない。

 殺気を込めて身構えると、この人は、こんなにも恐ろしい存在になるのか。

 まるで別人のようだ。

 でも、何かの幻覚や変装には見えない。

 やはり、間違いなくガスだ。


 でもガスは、なぜこんなにも殺気立っているのか。

 いや、そもそも彼はなぜここに――?


「あ……」



 ――いちおう監督はすっけど事故るとマジで死ぬからな。死ぬなよ。




 たしかブラッドは、そう言っていた。

 監督する、事故ると死ぬ、というなら、逆を言わなければ事故らなければ死なないわけだ。

 つまり幾ら厳しくともこれは授業の範疇で、出会い頭の事故とかで即死しない限り、僕の手に余る事態になったら流石に助けは期待できる。

 では、どうやって助けるか……


 この地下街でその役目を担うとしたら……まず、壁を抜けられる霊体のガスだ。

 この迷宮めいた地下街を、いざとなったら助けられる距離で尾行するのは、マリーでは無理だしブラッドでも難しいに違いない。

 とすると恐らくガスは、この地下街を彷徨い、戦い、出口を求める僕をずっと監視していたに違いない。

 だから、つまり……


「……これも、授業、なの?」


 恐る恐る問いかけた。

 つまりはこれも授業の一環で、ガスはその相手を務めてくれる、ということなのだろうか。


 ……そうだったらいいな、と思った。

 ちがう、そうではない! と本能が全力で警鐘を鳴らしていた。


「授業、なんだよね? えっと、条件とか――」


 答えの代わりに《ことば》が宙に描かれはじめた。

 文字を見れば分かる。

 あれは攻撃用の《ことば》だ。



 ……人を殺すための、魔法だ。




 ◆




「……っっ!!」



 そう判断した瞬間、僕は踵を返して逃走を選んだ。

 何が起こっているのか分からない。


 でもとにかく、逃げないと……!


 そう直感し、背後を警戒しながらも、広間の出口に全力で走りだした。

 その瞬間、


「《起動せよ《エクスペールギースキー》》……」


 底冷えのするような声音で、ガスが《ことば》を紡いだ。

 今しがた逃げようとしていた出口付近の瓦礫が、天井すれすれ、3メートルほどの巨大な人型となって起き上がる。


「なっ!」


 古代語魔法で創りだされた石人形(ゴーレム)!

 あらかじめ瓦礫に複雑なことばを刻んでおいたうえで、いま起動のことばを唱えたのだ。

 指で描いた文字は見せ札。

 僕に逃走を選択させるための一手だったのだ。


 ……ここは既に、ガスが入念に準備を張り巡らせた殺傷区域(キルゾーン)だ。

 そう気づいた瞬間にはもう、ゴーレムの拳が僕に迫っていた。


「……ッ!」


 圧倒的質量の拳は、円盾では受け切れない。

 体捌きでぎりぎりを見切ってかわすと、カウンター気味に手に入れたばかりの魔法の短槍を突き出した。


 狙うのは腹。ゴーレムを維持する《ことば》だ。

 魔法の槍の穂先は瓦礫でできたゴーレムに対し、肉に串でも入れる程度の手応えでするりと貫入する。

 そのまま薙ぐように振り切って《ことば》を削り取ると、ゴーレムはがしゃりと瓦礫と化して崩れ落ち――


 次の瞬間、僕の頭のすぐ脇を何かが掠めて飛び、壁にぶつかり硬質の撃音とともに飛び散った。

 即座に横っ飛びに跳ねる。出口が遠のく。

 何を投射された? と疑問に思う間もなく、続けざまに幾つも飛来したのは――瓦礫だ!


 見ればガスが宙に描いた《ことば》の周辺に、無数の瓦礫が浮き上がっている。

 そしてそれが次々に、拳銃の射撃のように連射されてくるのだ。

 石礫(ストーンブラスト)の魔法、しかもとてつもなく高度なものだ……!


「う、わ、あっ!?」


 床の上を転がりまわって避ける。

 爆ぜる瓦礫の細かな欠片は盾では全てを防ぎきれず、服や鎧越しにばちばちと体の各所に当たって猛烈に痛い。

 必死に息を整え、更に投射される石礫に対して打ち消しの《ことば》を発しようとした瞬間、



「《落ちる(カデーレ)》《蜘蛛網(アラーネウム)》」



 ……ぞっとした。

 これは馴染みの魔法だ。

 かつてブラッドとの訓練で使用して、この魔法の恐ろしさは身にしみている。


 打ち消しの《ことば》を、咄嗟に上に放った。

 蜘蛛糸が掻き消える。

 盾を構えてそのまま出口に走ろうとして、予兆もなく足元に脂(グリース)が走り、すっ転ばされた。


 なんだ。

 何が起こっている。

 魔法の投射が早すぎる。

 いくらガスでも、こんな速度で魔法を連射できる筈は……

 そう思って、視線を向けて、真相に気づいた。



 ――ガスは、口頭による《詠唱》と指運による《記述》を、当然のように併行して行っていた。



「二重魔法投射(ダブル・キャスト)……!」



 理論上は可能だろうけれど、少しでも誤れば自爆の可能性もある音声と文字を、同時に発声し記述する。

 しかもマナもそれぞれに振り分けながらだ。

 試さないでも分かる、簡単な事じゃない。


「っ、く……!!」


 追加で叩きこまれた石礫を必死に転がって回避。

 なんとか脂の範囲外まで逃げようとするが、更に蜘蛛糸。

 麻痺。鈍化。眠りの雲。無数の凶悪な弱体化の術が襲いかかる。

 一瞬でも動きを止めれば石礫の餌食だ。

 打ち消しの《ことば》や、身ごなしでなんとか致命打を避け、見苦しく幾度も逃走を試み続けるが、全て失敗。

 僕はじわじわと追い込まれていった。


 そして業を煮やしたのか、ガスはおもむろに両手を広げた。


「え…………?」


 ガスは両手でそれぞれに、別の文字を描き始めた。

 口では続けざまに流麗な詠唱をしながら、だ。




 ……三重魔法投射(トリプル・キャスト)。




「うそ、でしょ……」


 もう、絶望的だった。

 単純計算で、ガスは更にもう一人ぶんの火力を発揮できることになる。


 逃走の余地はない。

 逃げ切れない。

 殺される。


 ガスは無慈悲な視線で僕を見下ろすと、躊躇なく魔法を発動させようとしている。

 本気だ。

 ガスは本気で、僕を殺そうとしている。


 なんで。

 どうして。



「ガス……」



 なぜ殺されるのかもわからないまま、育ての親に殺される。



 ……いやだ。



 いやだ。

 そんなのいやだ。

 死にたくない。

 死にたくない!


 目に涙が滲む。

 思考が加速し、ぐるぐる回る。


 死にたくない。

 逃げないと。

 でも逃げられない。

 逃げきれるわけがない。


 死にたくない。

 死にたくない。


 死にたくなければ。

 死にたくなければ、どうすればいい?

 


 ――この短槍は、魔法化された、霊体にも通じる短槍だ。



 投槍だ、投げつけろ、刺せ。

 僕の頭のなかで囁く声がした。


 今なら僕が一瞬早いかもしれない。

 ガスを刺せば。

 当たりどころが良ければ。

 ガスを殺せば、僕は生き残れる。

 ガスから殺しにきたんだ、殺されるのは当然の報いだ。

 だから。

 刺せ。

 刺すんだ。

 刺せ。

 刺せ。



 殺せ――!!




 頭のなかに狂ったように響く絶叫を聞きながら。


 僕は、


 僕は、





 ――無理やり微笑んで、短槍を放り捨てた。





 ガスが、驚いたように魔法の発動を止めていた。





 ◆




 からん、と短槍が転がる。


「ガス。……ねぇ、ガス」


 なんて言えばいいのだろう。

 分からない。

 でも、分かることはある。


「ガスが、僕を殺さなくちゃいけないってことは……僕を殺さなくちゃいけないだけの、何かがあるんだね」


 そうでなければ。

 そうでなければ、ガスが僕を殺そうとなどするはずがない。

 それだけは、こんな事になっても、信じられる。


 慕っていたのだ。

 本当に、慕っていたのだ。


「ねぇ、ガス。……おじいちゃん」


 両手を広げる。

 く、と顎を上げて、喉を晒した。

 狙いやすいように。



「いいよ。反撃のチャンス(・・・・・・・)なんて、くれなくても」


「――――!」



 ガスが息をのみ、言葉を詰まらせた。

 おじいちゃんがこんなに驚いた顔なんて、久々に見たな、と思った。

 幼いころの、言葉の一件以来かもしれない。



「……分かるよ」



 そもそもガスが本気なら、こんな茶番(・・)すら必要ない。


 ここは生者が僕しかいない地下空間だ。

 火炎の魔法でも盛大に撒けば、僕だけを酸欠と中毒でゆうゆう殺せるだろう。

 あるいはもっと単純に、この広間の天井を衝撃魔法で崩せばいい。

 霊体のガスは壁抜けができる以上、落ちる天井だってすりぬけられる。

 やはり死ぬのは僕だけだ。

 それなのにガスは、石礫の魔法などという悠長な手段で僕を殺そうとした。



 ――――まるで僕に、反撃のチャンスを与えるように。




「分かるけど。分かるけどさ……」



 きっと、そこがガスのぎりぎりの妥協点だったのは、分かる。

 でも。

 でも……



「僕、ガスと殺しあいなんて、したくないよ、やだよ……」



 涙がこぼれた。

 僕だって死ぬのは嫌だ。

 怖い。

 とても怖い。

 いっぺん死んだ記憶があったって、怖いものは怖いのだ。

 でも、



「死ぬのより、ガスを傷つけるほうが、いやだよぅ……」



 胸の奥からどうしようもない何かが喉をこみ上げてきて、しゃくりあげてしまう。

 格好悪いなぁ、と思った。

 もう少し、かっこよく、死を受け入れたいのに。


「それがガスにとって、だいじなら――それで、いいから」


 ……ガスは全ての魔法を中止し、無言で佇んだままだ。

 そんな彼を見つめて、ぎこちなく笑いかけた。


「ころして、いいよ。……こわくなんて、ないさ」


 無理やり格好をつける。

 格好悪い死に様は、できない。

 僕は、ガスの弟子なのだ。


「あ、で、でも、あんまり痛くしないでくれるとうれしい、けど……」


 ガスは……無言のまま、僕に近寄ってきた。

 僕はぎゅっと、震える手を握る。

 ガスが手をかざす。

 僕は強く目を閉じて――




「やぁ、すまん!! ちとやり過ぎたな! ふぁっふぁっふぁっ!」




 そして聞こえたのは、そんな声だった。

 ガスは僕の頭を撫でる真似をしながら、やけに大仰に、そう叫んだ。


「え……」


 僕は、驚いた。


「だが地の利もあったがワシの勝ちじゃな! ほれ、驚いたじゃろうが、対魔術師戦の経験も積めたじゃろ! な?」


 驚いたのは、これが授業だったことじゃあない。





 僕は、ガスが全てを『授業だったことにしようとしていること』に驚いていた。





 その証拠に、続けざまにまくし立てる声は、いつものガスらしくないものだ。

 なぜ? どうして? ……情にほだされた? まさか。ガスほどの人が?

 ありえない……でも、なら、どうして。


「ガス…………」


「ほれ、何も聞くな! ヴラスクスの骸骨を倒して槍まで手に入れたなら、もうブラッドとて万々歳じゃろ!

 こんな辛気臭い場所からは、さっさと出てしまうに限るわ! なぁ、ウィル!」


 ガスは饒舌だった。きわめて。

 その時、僕はひどい顔をしていたと思うけれど……


「そうじゃ、さっきの《二重》と《三重》はすごかったじゃろう?

 これからは、ほれ、ああいう実戦向けの行儀の悪い技も教えてやるでな。

 だから、ほれ、機嫌を直しておくれ……?」


 ガスも、たぶん、泣きそうな顔をしていた。

 ……この都市には。3人には。僕の来歴には、やはり謎がある。

 ブラッドは、たぶん、僕が十五歳になる頃には、それを話してくれるだろう。





 ……謎が明かされる日は、もう、すぐそこだ。




 

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― 新着の感想 ―
泣いた……好きです……
[良い点] ガスに「殺し合いはしたくない」と極限状況でつぶやき絞り出すところが主人公の心とガスとの絆を書いている感じです。
[良い点] 泣きそう… 好き…
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