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中間発表

「ぴんぽんぱんぽーん! おはようございまーす。司会進行兼実況役のパセリでございます。天覧武道会予選参加者のみなさま、ご機嫌いかがでしょうか? ポイント大量、気分は爽快、予選突破を目指して、今日も張り切っていきましょう!」

 大空を気持ちよさそうに周遊している怪鳥の白い腹が樹冠の隙間から見て取れる。姿こそ見えないが、玉音のごとく声が降ってくるので、パセリは怪鳥の背に乗っているのだろう。

「朝の放送は現時点での獲得ポイントによる順位発表です。毎日、朝一で報告しますので、参考にしてくださいね」

 懸念材料の一つはどうやら早々に解消されそうだ。原理は皆目見当もつかないが、パセリは全参加者のポイント状況を把握しているらしい。

「まず第一位! ケイネス・アルグレイ! 獲得ポイント二千! たった一人でヒューリーマウンテンのドラゴンを倒しています! まさに快挙! 普通は数人がかりでも手こずる相手を鎧袖一触! 堂々の第一位です!」

 シンたちが三人がかりで苦戦を強いられたメイシン湖の首長竜は千ポイントだ。シンは知らず知らずのうちに拳を握り込んでいた。優勝候補の一人という触れ込みは伊達では無い。桁違いの実力だ。

「第二位! レイア! 四百十ポイント! 第三位、シン! 三百二十ポイントと続きます! レイア、シン、クリスの三人はメイシン湖の謎を三人で解決したので、貢献度に応じて公平に分配しました」

 試しに通帳を開いてみたが、ポイントは二十のままだ。レイアも同じように通帳を開いて訝しそうにしている。

「ちなみにポイントは換金所に行くまで通帳には反映されません。また、実際に使用できるようになるのもそれからです。三位以下の人はご自分でご確認くださいね。それでは明朝まで、シーユーアゲイン!」

 そういうことか。シンは通帳を見るのをやめて、レイアに話しかけた。

「とりあえずフーセンに戻ろう」

「そうだな。ポイント配分についても話し合う必要があるだろう。納得がいかない」

 レイアはにこりともせず、大真面目に言った。

「大目に貰えてラッキーくらいに思っててもいいんだぞ」

「自分が受け取ったポイントをわざわざ横流しするやつには言われたくない台詞だな」

 含み笑いを交わし合う。性別を隠していたのには驚かされたが、それで関係性が損なわれることは無さそうだ。

「その、僕のポイントはお二人で分けてしまってください。僕なんかが三百ポイントもいただいてしまうのは間違っています」

 何を勘違いしたのか、クリスがまたおかしなことを言い始めた。シンは堪えられずに吹き出してしまった。納得がいかない理由をはき違えている。レイアは爆笑していた。

「どどど、どうされたんですか?」

「いや、悪い悪い。レイアが納得いっていないのは、自分が一番多くポイントを貰ってるところだからな。誰だって成果に見合った報酬じゃなければ気後れするだろ?」

 笑わされすぎて腹が痛い。やっとクリスは自分の早とちりに気がついたらしい。口を真ん丸にして、あたふたしている。

「謙遜も過ぎると嫌味だぞ。コイツめ」

 レイアに血色の好いほっぺたを指の先で突かれていた。

 フーセンに戻る間、ポイントについてはあれこれ話し合ったが、結局のところ一向にまとまらなかった。

 レイアは自分の取り分が多過ぎると言って譲らないし、クリスはポイントを貰うこと自体を躊躇していた。話の流れからすると、レイアはクリスに一番多くポイントを受け取って欲しいと思っているようだが、結論が出る前にフーセンの近くまで来てしまった。

「よし、もういっそのこと千ポイント全部シンに預けるのはどうだろう? それを改めてシンに分配してもらう。それなら文句はない」

「僕もそれがいいです」

 突拍子もないレイアの意見に、クリスが賛同する。

「いやいやいや。ちょっと待て! おかしいだろそれ! お前らそれでいいのか? 本当に!?」

 慌てて反対するが、二人とも意見を曲げるつもりは無さそうだ。二人そろって不毛な言い争いに終止符を打ってほしいと下駄を預けてくるとは思わなかった。責任は重大だ。

「独り占めするかもしれないぞ? それでもいいのか?」

 もう一度念押ししてみるが、二人とも首を縦に振るばかり。全く効果は無かった。

「わかった。わかったよ。二人がそこまで言うなら引き受ける。だけど、恨みっこ無しだぞ」

「もちろんだ。きみならうまく分けてくれると信じている」

「僕はゼロポイントでもいいですから、気にせずやってください」

 一日ぶりに戻ってきた換金所は予想に反して空いていた。受付に申し出ると、ポイントの譲渡は一瞬で終わった。シンの通帳には千二十ポイントが記帳された。

「他の参加者は?」

「本日の利用者はケイネス様以外ではあなたたちだけです」

 応対してくれた女性に嘘をついている様子は無い。

 予選突破に必要な千ポイントを集めきれていないにしても、現状把握くらいはしたくなるのが人の性だとシンは思う。それなのに換金所は閑散としている。

「まともにクエストをこなせている方は、それだけ少ないということですよ。自信を持って頑張ってくださいね」

 不可解な状況に首を捻っていると、受付の女性がシンの疑問に笑顔で簡潔に答えてくれた。

 思わず頬がにやけてくる。

 まだ予選は突破できていない。だが、このまま順調にポイント獲得をしていけば、本選出場にも手が届きそうだ。何しろ優勝候補の一人、別格のケイネスを除けば、現在シンたちはトップ集団だ。

 受付会場でアニマが「予選参加者の連中くらいなら余裕でぶっちぎってると思うよ」と太鼓判を押してくれたが、百パーセント身内の贔屓目だと信じて疑わなかった。

 ポイント獲得の余韻に浸っているシンの気持ちに水を差すように、換金所の扉がバンッと大きく開け放たれた。

「おい! お前ら、呑気にしてるとヤベェぞ!」

 つなぎ姿の男が一人、息せき切って飛び込んできた。見れば全身汗だくだ。たしか予選会場で見た顔でダイチとかいう名前だったはずだ。因縁をつけられたのでシンは覚えていた。

「ぎゃああああああーっ!」

 通りの向こうから野太い男の悲鳴が建物の中にまで轟いた。ただの悲鳴では無い。尋常ではない恐怖、例えば命の危機に瀕しなければ出てこないようなおどろおどろしい悲鳴だ。

 ダイチの言うように恐るべき事態が進行しているらしい。

 シンはいても立ってもいられず、換金所から飛び出した。

 悲鳴が聞こえた方へ直行する。後ろからレイアに追いつかれた。

「先にいくぞ!」

「あとから必ず追いつく!」

 シンはレイアと頷き合った。魔術で肉体を強化しているシンよりもさらに早い。一歩毎に差が開いていく。人間離れした足の速さだ。曲がり角で姿を見失ったが、悲鳴の届き具合から考えて、事件現場はそれほど遠くなさそうだ。すぐに追いつけるだろう。

 はたして、シンの読み通り、ほどなく事件現場には到着した。だが、目にした光景は信じられないものだった。

 レイアが黒衣の少年に片手で首を掴まれ、宙吊りにされていた。遅れたとはいえ、シンが到着するまで、ほとんどタイムラグは無かったはずだ。

少年は魔法でレイアの動きを封じている。

 その魔法を一目見ただけで、シンは自分との差を思い知らされ、打ちのめされた。

 魔法の強さ、精度、美しさ。どの部分を抜きだしても全く太刀打ちできそうにない。

 魔法使いとしての格がまるで違う。完成度が高すぎる。勝てるヴィジョンがひとつも浮かんでこない。

 漆黒の外套にすっぽりと身を隠した少年は、シンよりも小柄だが、その小さな体に内包されている力は計り知れなかった。

「ケイネス・アルグレイ!」

 直観的にその名を叫んだ。

 少年から発せられる威圧感には覚えがあった。

 予選会場で有無を言わさず感じさせられた畏怖にも似た感情。アニマに匹敵する魔法使い。他には考えられなかった。

「誰の名を呼び捨てにしている? 貴様ごときが呼び捨てにできる安い名ではないぞ」

 少年の冷たい藍鉄色の瞳に射すくめられた。視線を向けられただけで寒気がする。ケイネスがシンに向ける目は、人間に対するものでは無かった。まるでゴミを見るような冷たく蔑みに満ちた視線。足の震えが止まらない。

通りには何人もの参加者が血だらけで転がされていた。

「その手を離せ!」

 絶対の王を前に、恐怖で縮こまる心臓を奮い立たせ、シンは叫んだ。

「貴様も魔道を志すものなら、力ずくで排除してみれば良いではないか。そのために参加したのであろう」

 ケイネスは嘲笑を浮かべ、レイアの首にかけた指に力を込めた。

「やめろ! 参加者を殺せば」

「マイナス三百ポイント程度どうとでもなる。本選出場にはたったの千ポイント。造作も無い」

 ケイネスを中心にして魔術が組み上げられていく。レイアを殺すだけなら不必要なほど強力な魔術が。

「……シン、逃げろ」

 レイアのその言葉が引き金になった。

 いつでも飛び出せるように準備だけは整えていた。

 友人を見捨てて一人おめおめと逃げ帰るという選択肢は最初から存在していなかった。

 高めに高めた魔力を、全て拳に集中させ、ケイネスに殴りかかった。

「ふ、つまらん」

 ケイネスは憐憫にも似た笑みを浮かべ、人差し指を一本立てた。

「なっ?」

 シンの全力はその指一本で止められた。そして止められたのは拳だけでは無かった。四肢が鎖で繋ぎとめられたように、身動きできなかった。

「その程度か? 本当に?」

「ああああああっ!」

 関節に激痛が走った。四肢がじわじわと引き伸ばされていく。魔法を打ち消そうにも、干渉すら許されない。

「早く何とかしないと腕が抜けてしまうぞ?」

 ケイネスは口の端を歪め、残忍な笑みを浮かべた。

 シンは持てる限りの力と方法で打開策を探っている。だが、ケイネスの魔力は文字通り桁違いだ。押し寄せる津波にバケツの水で対処できるだろうか。まるで話にならない。

「ホモ野郎が気にいっていたから、どんなものかと思えば、所詮この程度か。去勢されたせいでついでに魔法まで撃てなくなったのではないか」

 ケイネスの耳障りな哄笑が辺り一帯に響き渡った。

「……取り消せ」

 許せなかった。自分が虫ケラのように扱われるのは、力が足りないせいだが、そのせいでアニマまで侮辱されるのは、許せるはずが無かった。

「力無きものよ。哀れだな」

 ケイネスが軽く指を振ると、シンの右肩をさらなる激痛が襲った。

「あああああああああああああああああああああああああっ!」

 涙で視界が霞む。関節だけは外されないように必死の抵抗を試みる。

 怒り、憎しみ、悲しみ、痛み、その他様々な感情がない交ぜになって息ができない。

 ケイネスも許せないが、自分の無力さがもっと許せなかった。

「コイツも女だろう。まるで変人万国博覧会だ!」

 ケイネスは笑いながら、レイアの胸を鷲掴みにして何度も揉みしだき、しまいには服を引き裂いて、その肌を露わにした。

「そこまでです! ケイネス・アルグレイ! それ以上の暴行は出場資格剥奪に繋がりますよ!」

 白い怪鳥とともに、パセリが地に降り立ったのは、そんな時だった。

「ただの余興にケチをつけるなよ。こんなやつらがいくら束になったところで、俺に勝てないことは証明済みだ。予選の意味が無い」

「それはあなたが決めることではありません。そしてケイネス。あなたは本選出場権を得ましたので、予選会場からは強制送還させていただきます」

 パセリが宣言すると、ケイネスの体を白い光が包み始めた。ケイネスはパセリをひと睨みした。同時にシンの体には自由が戻った。だが、反抗する気力は残っていなかった。

「クククッ。まぁいい。俺にシード権を与えなかったやつらは、これで懲りただろう。余興は所詮余興だ」

 哄笑とともに光の中へ消えたケイネスをどうすることもできずに、シンは見送った。

「予選突破第一号はケイネス・アルグレイ。ケイネス・アルグレイです。繰り返します。予選突破第一号はケイネス・アルグレイ。ケイネス・アルグレイです」

 事務的に反唱するパセリの声とケイネスの笑い声が、いつまでもシンの頭の中で木霊のように反響していた。


すみません。編集ミスで次回更新分抹消してしまいました。次回更新は未定です……。

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