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謎の続き

 かすかな物音を聞いた気がして、シンは目を覚ました。

 空はまだ薄暗い。夜が完全に明け、日が昇るまでには、まだしばらく時間がかかりそうだ。

 シンの隣ではクリスが体を丸め、健やかな寝顔を無防備に晒している。

 首長竜との戦闘を終えた三人は、夜の帳が差し迫っていたため、野宿することに決めた。たき火の燃え殻。レイアの姿は見えない。

 用でも足しに行ったのだろう。シンは深く考えず、再び眠ろうとした。しかし、一度気になりだすと、二度寝するのは困難だった。昨日の興奮が体から抜けきっていない。眼が冴えてしまった。

「俺も行っておくか」

 ひとりごちると、シンは湖の方へ向かって歩き出した。

 メイシン湖の謎を解明したので、千ポイント獲得したはずだが、司会進行兼実況役のパセリからは何の音沙汰も無い。そのうち連絡はくるだろうが、それまでにポイントの配分を決めておくべきだろう。均等に三等分するか、一人に全て渡すか。千ポイントを三等分してしまえば、誰一人として予選突破とはならないのだから、個人的にはクリス一人に全て渡してしまっても良い気はする。レイアと一緒なら、次の機会でも十分挽回できそうだ。

 湖には朝靄がかかっていて、幻想的な空気が漂っていた。湖畔は寝静まっている。水浴びすれば気持ち良さそうだ。そう考えたのはシンだけでは無かったらしく、すでに先客がいた。木の枝に服がかかっている。湖を見やれば、水に濡れて輝く金色の長い髪とその後ろ姿からレイアと知れた。

「レイっ……!」

 声をかけようとした口を慌てて押さえ、シンは木の裏側に身を隠した。心臓が口から飛び出しそうなほどバクバクと鳴っている。気づかれなかっただろうか。ちらりと盗み見ると、レイアは変わらず水浴びを続けていた。

 どうしてその可能性に思い当たらなかったのだろうか。シンの身近にはアニマという良い前例がいるではないか。女のような外見をしているからといって、女だとは限らない。逆もまた然りだった。

 すらりとした背中から丸いお尻にかけてのラインが完全に女性のそれだった。柔らかそうな胸の膨らみも半身からちらりと垣間見えた。正面から決定的な証拠を押さえたわけではないが、レイアが女であることは、もはや疑いようが無い。

 シンは抜き足差し足、気づかれる前に引き返すことにした。

 

 ペキッ!


 不吉な物音。高鳴る心音。おそるおそる片足を上げると、枯れた小枝を真っ二つに踏み折っていた。

「ふふふ。どこの誰とは知らないが、覗きとは良い根性だ。名前くらい名乗ったらどうだ。言い訳くらいは聞いてやる」

「レイア! すまん、俺だ! まさか女だとは思わなかったんだ! 許してくれ!」

 木の裏側に隠れたまま、割れんばかりの大声で謝罪した。

 下手に言い訳などしようものなら、余計にこじれるであろうことは想像に難くない。レイアが素直に信じてくれるかどうかは別として、正直に白状した。

「なんだ、きみか。私はまた三馬鹿が性懲りも無く覗きに来たのかと思ったぞ。しかし、きみも男だな。裸の女エルフがいなくて残念だったか?」

 レイアのからかいを含んだ朗らかな笑い声が聞こえてきた。顔を確認することはできないが、どうやら怒ってはいないようだ。

「本当にすまなかった。すぐにいなくなるよ。思う存分楽しんでくれ」

「いや、帰るな。そこにいて見張りをしてくれないか。私も迂闊だった。性懲りも無く三馬鹿が戻って来ないとも限らない。きみなら安心だ。それに少し話をしたい気分なんだ」

 立ち去ろうとしたが、呼び止められてしまった。信頼して背中を任されるというのも考えものだ。おいそれと軽い気持ちで覗きのひとつもできやしないではないか。シンは溜息をついた。

「何を残念がっている? いなくなると言ってみたり、気落ちしてみたり、全く面白いやつだな、きみは」

 落ち水の音とともにレイアの笑い声が聞こえてくるせいで、シンはなんとなく落ち着かない。中途半端に拝ませていただいたレイアの裸を無駄に想像してしまう。健康的に引き締まった良い体をしていたが、凹凸に乏しいというわけでもなく、十分女らしい魅力を備えていた。

「もう知っているとは思うが、私は魔法を使えないんだ……って聞いてるか?」

「聞いてるよ! 何でも良いから続けろよ、もう!」

 シンは半ばヤケクソ気味に叫んだ。首をぶんぶんと振って、邪な妄想を振り払う。男の純情を弄ぶ女が多過ぎるとシンは思った。アニマしかり、レイアしかりだ。

「顔が見えないというのは何ともやりにくいものだな。まぁ我慢してつきあってくれ。そんなに長い話じゃない」

 レイアは静かに自らの身の上を語り始めた。

「私の家は代々騎士を輩出してきた。貰った勲章の数だって立派なものだ。そんな家の長女として私は生を受けた。上には年の離れた兄が二人。剣術を始めたのは兄の影響だ。二人ともめっぽう強くてな。一度も勝てたことが無い。年下で、しかも女である私に対して、二人とも全く手心を加えたりはしなかった」

「そんな二人を見返すために?」

 シンが尋ねると、レイアは小さな声で「いいや」と答えた。

「女であることを理由にして、手加減したりはしない兄たちが大好きだったんだ。勝ちたいという気持ちがなかったわけじゃないだろうが……」

 躊躇いがちに言葉を切ったレイアの胸中は推し量れない。木の葉のざわめきと小鳥の囀りが静まり返った湖畔に色を添えた。

「なにぶん昔のことなのでな。忘れてしまったよ。最後に手合せしたのは何年も前のことだ」

「じゃあ、レイアはどうして大会へ? 俺のことを散々バカにしたんだ。何かあるんだろう」

 シンは木の幹に背をもたせかけて気楽に聞いてみた。

「それは前にも言ったじゃないか。名誉のためだ。健忘症か?」

「何かもっと深い理由がありそうだから。隠し事してるやつのことはなんとなくわかるんだよ。身近に何でも一人で抱え込もうとするやつがいるからね」

 レイアからの返事はない。体を洗う水音だけが聞こえてくる。調子に乗り過ぎただろうか。シンは自問してみたが、そんなことはないはずだと自信を持って言い切れる。レイアは話したいと言った。その言葉を信じようとシンは思う。

「証を立てるためだ」

 意志のこもった強く明瞭な答えだった。

「縁談の話がいくつも来ていてね。父は古いタイプの人間だ。剣術などさっさとやめて嫁に行って欲しいらしい。私みたいなじゃじゃ馬と夫婦になりたい人間がいるともとても思えないが、どうせ人間性など二の次だろうさ」

 レイアは自嘲気味ではあったが、快活に笑い飛ばした。

「天覧武道会で上位入賞すれば、剣の道を続けられる。それが私の戦う理由だ」

 人生の岐路に立たされているレイアからすれば、明確な目的も目標も無く大会に参加している自分など、滑稽に見えて当たり前だ。シンは己の浅はかさが恥ずかしくなってきた。面と向かって話さなくて良いのが、せめてもの救いだ。

「……かっこいいな。レイア、かっこいいよ」

「褒めても何も出ないぞ。戦う理由など人それぞれだ。いまは友達の付添でもいいじゃないか。たぶんきみは自分で気がついてないだけで、きっときみだけの理由があるはずだ」

 レイアはそう言ってくれるが、シンには戦う理由など思いつかなかった。

魔法の世界に身を置く人間には魅かれるところが多い。もっと魔法の世界を見てみたい。魔法を学んでいると、楽しくて、楽しくて、たまらない。あえて口にするとすれば、そんなところだろうか。現にまた一人追いつきたい人間が増えてしまった。

「さて、そろそろ上がる。つまらん話に付き合わせた。女であることも含めて秘密にしてもらえると助かる」

 ぱしゃぱしゃと水をかき分ける音が近づいてくる。

 シンは大慌てて立ち上がると、ドタバタと一目散にクリスの元へ駆け戻った。

「あれぇ、シンさん。どうしたんですかぁ」

「どうもしない。どうもするはずがないだろ。おはよう。いい朝だな」

 クリスは眠そうに目をこすりながら、半身を起こし、大あくびをした。平和そうなクリスの顔で思い出した。レイアはクリスとの関係については、結局触れずじまいだった。

「クリス、女はずるいぞ。気をつけないと、食われるぞ」

「はい? なんですか、いきなり。変なシンさん」

 意味も分からず相好を崩すクリスにシンは心が洗われる気分だった。

 緑の木々の切れ間からは、穏やかな陽光が差し込み、辺りを照らし出していた。

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