第参話 二人の依頼者と墓場の番人
【黒猫の館】。アシェルが所属する仕事場。アシェルにやってくる依頼はここを必ず通す。入る際に、契約書で契約をした為、逆らうことは出来ない。もし、契約を破ったら罰が下されると言っていた。その罰が何かはまだ分かっていないが、セティがあの契約書になんらかの呪いを掛けている事ぐらいは分かる。それなりの罰が与えられるのだろうと、思う。今のところ、破ろうと考えていない為、罰は知れないが。
【黒猫の館】に入る前に、足などに付いた雪を払い落とす。落ちてきた眼鏡を上げ、中に入った。
「二人から仕事が来てる。604と210号室にそれぞれ依頼者を待たせてあるから、好きな方から行きなさい」
セティに鍵を渡され、階段を上る。まずは、604号室で待っている人から話を聞くとする。が、その前に【黒猫の館】に用意されている自分のデスクへ向かう。鍵を渡されたと言う事は、今あの部屋には自分以外は仕事に出かけていないか、休みなのだろう。くるくる鍵を指で回している内に、デスクがある階に着き、鍵を開け、電気を付ける。コートを脱ぎ、自分の椅子に掛け、デスクの中に入っているメモ帳を取り出す為にロックを解く。
このロックは、まだ誰にも解かれていない為、変える気はないが、そろそろ解かれそうな予感がする。変え時かな、と思いながらメモ帳を取りだし、またロックをかけた。デスクの上に置いてあるペン立てからペンを一本取り出し、電気を消し、鍵をかけ、ポケットの中にしまった。
階段を上がる時に、そろそろ自由に階を行き来出来る設備を整えて欲しいと思う。セティなら出来るはずなのに、どうしてしないんだろうか。多分、忙しいからなのだろうとは分かってる。が、それ以外には、面倒なのだろう。手間がかかるし、時間もかかる、そして力も使うと言っていた為、未だにここは階段でしか階を行き来できない。階段の幅も狭い。建物も古い。リフォームするべきだと、声が多数上がっている。アシェルもそのうちの一人。
セティは、【黒猫の館】のオーナー。その為、毎日のように顔を出しているが、依頼は受けていないよう。それはそうだろう、と思う。アシェルが仕事を受けていないのであれば、受けているのかもしれないが、三つ子を置いて仕事に出かけられるわけがないだろう。アシェルが【黒猫の館】に入ったのは、セティに誘われたからではなく、自分の意思で入った。今は亡き父がここに所属していた、と訊いて、自分もここに所属したら父と同じものが見えるかもしれない。そう思って入った。
父はどうやら、色んな国に配達をする、と言う仕事を主に受けていたと訊いた。その手の仕事はあるのだが、そこで断られたものを、父は受けていたのだと言う。郵便屋、として働いていたのだ。が、配達をし終え家に帰る道中に父は事故で死んだ。泣いていた。それを何も出来ず、抱かれる事しか出来なかった。
父と、同じ仕事にはつけていない。が、それでも父は構わないと笑うだろう。そういう人だった、気がする。力加減がうまく出来なくて、力任せに頭を撫でてきて、痛かったのを覚えている。が、それが嬉しかった。撫でられている、と言う事実が嬉しかった。あまり父は、家には帰って来なかったから。一緒にいられる日々が、鮮明に思い出せる。が、輝いては見えない。おかしい、輝いていたはずなのに、どうして?
と、考えている間に604号室がある階に着き、息を整える。ただ疲れただけで、汗はかいていない。
依頼人が待っている604号室の前に立ち、ノックを三回してから「失礼します」と中に入った。中には、アシェルよりも年上の男性が座って待っていた。「お待たせしてすいません」と近付き、そして向かい側の席に座った。依頼を受けるか受けないかの判断を決める際の部屋は、狭い。大人が四、五人は入れればいい方。その為、距離も近くなってしまうのだが、こればかりは仕方がない。
「お待たせしてすいません、僕がアシェル=シェルリングです。早速、依頼の内容についてお伺いしたいのですが」
メモ帳を広げ、ペンを出す。男性は、それに怪訝そうな顔をせず、依頼の内容について話した。その内容を、メモ帳に記していく。簡潔に話してくれるタイプの男性だった為、メモするのに考える事があまりなかった。話した事をそのまま書けばいい。まとめる必要がない。話が慣れているなと思った。多分、そういう仕事についているのだろう。人に命令を下す、とか。高い地位についている人なのだろうと考えた。
「聖都の情報が欲しい。と言う事で間違いありませんか?」
要約に要約を重ねたが、男性はそれに頷いた。情報仕入れか、と顎をなでる。この前まで出ていた仕事も似たような仕事だった為、連続で同じ仕事かと思ったが、仕事は仕事。文句は言っていられない。とりあえず、もう一人の話も訊いて、両方こなせるようだったら、両方の依頼を受け、無理だなと判断したら、どちらかを断り、どちらかを受けようと考えた。
男性に断りを入れ、一旦廊下に出た。そして、210号室へと向かう。行き来するのが大変な為、一つ挟んで隣の部屋でもよかったんじゃないかと思う。その方が、移動が短くて楽で、相手を待たす時間も短くなる。文句ばかり言っていても仕方がない。階段を下りている時に、どちらの方が先に来たのだろうかと思った。先に来た方を優先して受けるようにしているが、今回に関しては何とも言えない。自分が【黒猫の館】にいなかったのだから。訊かない方が、いいだろうなと考えている間に、210号室がある階に着いた。
三回ノックをし、中に入るとこちらもまた、アシェルよりも年上であろう男性が座っていた。が、先程の男性の方が年上だろうなと、年は訊いていないが見た目だとそう感じた。どちらかと言うと、こちらの男性の方が自分に年が近い。だからと言って、優遇するわけでもないのだが。子供からでも、老人からでも、等しく扱う。それがモットーであるため、時に批判をくらうが、それは運がなかったと言う事で。と、考えている。また機会があったら以来よろしくお願いしますと言って、帰している。
「お待たせしてすいません。僕が、アシェル=シェルリングです。早速ですが、依頼の内容についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
その男性は、先程の男性とは違い、口下手なのか、話がまとまっていなかった。その為、考えながら、メモして行く。言葉が多い。関係ない事についての方が、圧倒的に。その為、どこが大事なのかと吟味しながら聞いていた。身振り手振りも多い。視線がそちらに向いてしまわないよう、気を付けながらメモして相槌を打ちながら聞く。こういう相手は、相槌を打たないと相手が話しを聞いているのか心配になるタイプだろう、と推測して。先ほどの男性より倍の時間をかけて、メモ帳にまとめ、ペンを置いた。
「人探しをしてほしい、貴方同行で。と、言う事で間違いありませんか?」
要約して訊くと、相手は返事をした。人探しと、情報の仕入れ。両立するのは無理だな、と判断した。何故ならば、情報の仕入れはその場所にとけこむ必要がある。そして、期間を決め、報告する。が、人探しはどこにいるかもわからない人を探すと言う事で。それもまた、その場所にとけこむ必要性がある。のため、どちらも時間がかかるし、どちらともしようとするには、無理がある。
これは、どちらかに、絞らなければならない。
こういう時の、決め方がアシェルの中であった。他の人も、両立するのが難しい話が来た場合、色んな方法でどちらかに絞ると言っていた。その内容を訊いて、それもいいなと思った内容もあったが、アシェルはこれが一番単純で楽だと考えている為、いつもこれにしている。慣れ親しんだものを、突然変えると言うのは、やはり少し無理がある。と、ロックの解除方法からも感じ取れる。
ずれ落ちてきた眼鏡を上げ、どちらの依頼を受けるかどうか判断するための内容を告げた。勿論、男性にはもう一人依頼者が来ていると言う事は伏せて、だ。男性は不思議そうにしていたが、了承の返事をして荷物をまとめ、【黒猫の館】から去って行った。それを見送ってから、604号室の相手の元へ行く。往復はキツいと息が上がる。
ふぅ、と息を整え、604号室に再度入室した。
アシェルがどちらかを選ぶ内容には、一つだけ欠点があった。それは、『どちらも受かってしまう』かもしれないし、『どちらも落ちてしまう』かもしれない。と言う事だった。この方法で良いとは思っているのだが、たまにそういう事が起きる。受かってしまった場合、落ちてしまった場合は、同僚に訊いた方法でやっている。が、大抵一人しか来ない為、この方法で良いと思っているのだが、今回は二人。どちらも受かってしまったら、どちらも落ちてしまったらどうしようと本当は、内心ドキドキ。
落ちた場合は、まあいい。のだが、受かってしまった場合の、鉢合わせ。それが一番怖い。のため、時間帯をずらす事にした。一回、鉢合わせをして、しまったと思った。その時は、同僚だった為、良かったのだが、同じ時間帯はまずいなと依頼者には使わないようになった。同僚が鉢合わせた為、三人で遊ぶ事となったが、鉢合わせた時の気まずい雰囲気は今でも忘れる事が出来ない。
と、そんな事は、今はどうでもいい。
男性に明日ここに何時までに来てほしいとメモ帳の中から一枚ちぎって、場所を書いて、告げる。何時までに来れなければ、依頼は受けられないと告げると、理由を訊かれた。理由は、一つしかないのだが、最もらしい事を、嘘はついてない範囲で、告げた。納得した様子で、頷いてくれた。物分りがよくて助かると思いながら、その場所はどんな所なのかと訊かれ、細かく説明するのを忘れていたなと内心苦笑をもらしながら、男性に告げた。
「人が永遠に眠る場所。二つの狭間に直面する、『墓場』へお越しください。お待ちしております」