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花冠の葬列  作者: 祥雨
思い出せない、忘れてしまった
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第弐話 忘れた者と忘れられた者

ご飯を食べ終え、お皿を片付けずに遊んでいる三人に「お皿片付けて」とアシェルが声をかけると、渋々と言った様子で「はーい」と遊びを中断して、お皿を片付け始めた。アシェルもお皿を水場に持って行き、片付けが終わった為、少し出掛けようと自分の部屋に戻り、財布をズボンのポケットの中に入れ、リビングに戻り、ソファーにかけていた自分のコートを取った。遊んでいたオリに「アシェルくんどこか行くの?」と聞かれ、「ちょっとね」と返事をし、コートを着て、三人の母親―セティ=ルビエラに少し出掛けてくる事を告げ、家から出た。


ざくざく。雪に足を呑まれながらも、前へと進んで行く。また雪が降るのはいつだろう、シズ、オリ、ライが自分と同じぐらいの年になった時だろうか、それとも大人になった時だろうか。その時、自分はもう大人で、隣には永遠の愛を誓う女性はいるのだろうか。そんな事を考えながら、身を切るような寒さに震えながら、町へと出た。ここは、雪を掻き分けたのか、歩いてきた道より積もっていなかった為、少しホッとしながら、目的の場所へと向かって歩いていく。白い雪が、沢山の人に踏まれ、灰色へと変色していた。明日は、道が凍ってしまうから明日の方が歩くのは大変だなと他人事のように思う。


目的の場所に着き、花の世話をしている、そばかすが特徴的な少女に声をかけた。


「久しぶり、マリン」


落ちてきた眼鏡を上げてから言うと、少女は顔を上げぱぁあっと嬉しそうに笑みを浮かべた。立ち上がり、手には金属で出来たじょうろを持っている。こんな寒い日にそのじょうろは冷たいんじゃないかと思ったが、少女―マリンがそのじょうろを使っているのしか見た事がないから、それしか持っていないのかと考えた。もしかしたら、お気に入りでそれ以外にもあるかもしれないが。どちらにせよ、この寒い日に使っているのに寒そうなそぶり一つ見せないのは凄いなと感心した。鼻は赤く染まっているが。


「アシェル! お久しぶりです。何か月ぶりでしょうか」


「三か月ぐらいかな……」


指を折って数える。今回は、短かった、早く終わった為、すぐに帰ってこられたが長いときだと半年は帰って来ない為、町の様子ががらりと変わっている時がある。その度に、寂しさを感じる。だが、町にいる人々は変わりなく、風景だけが変わっている為、それほどの寂しさを感じている訳でもなかった。ただ、自分が知らない間に、様子が変わっている、それだけが少しだけ寂しくて置いていけぼりな気がして、寂しく感じるのだ。


マリンに、花を頼む。マリンがいるこの店は、花屋。母親と二人で経営しているそうだが、母親は体調が悪く、体調の良い時しか顔を出せない為、マリンが支えていると言っても過言ではない。この花屋の看板娘であるが故、色んなお客とも交流があり、いつも愛らしい笑顔を浮かべている為、人々から可愛がられている。本人も、人見知りではなく、前に出るタイプの人間の為、人との交流が出来易い。まさに、看板娘と言う名前がふさわしい。


「いつもいつも、沢山包んでくれてありがとう」


アシェルがお金を払いながら謝ると、マリンは花を包装紙で包みながら「お仕事ですから、それにアシェルはお得意様ですし」と笑って返した。アシェルは、ある場所へ行く際、必ずこの花屋で沢山の花を買ってからその場所へ行く。それは、ある意味、儀式のようなものでもあり、贐のようなものでもある。両腕でも、持てないぐらいの沢山の花束を持って歩くアシェルの姿を町の人々は見て、ああ今はいるんだなと感じさせられるのだ。人が少ない町であるが故、何度か顔を合わせれば知人のようなものであり、何度か言葉を交わせば、友人のようなものとなる。


「あ。この、花。何故か分からないんですが、好きなんですよね」


「……うん、良い花だもんね」


花束を包装紙で包み終え、新しい花へと手を伸ばした時に放った言葉。「これ、前にも言いましたっけ?」「いや、訊いてないよ」なんて会話を交わしながら、アシェルは瞼を閉じ、財布を閉じて微笑をもらした。マリンが好きだと言った花は、青色の花。鮮やかな青色の、花弁が六枚ある花。大きさは、アシェルの手を広げたぐらいで、割かし大きめ。何もない部屋に、その花を飾るだけで華やかさが加わる。すらっと、そこにあるだけで際立つような花。


全ての花を包み終え、会計を済ませる。そして、大量の花束を腕で抱え、前が見えない状態でありながらも花屋を後にした。「ありがとうございました! また来てくださいね!」後ろからマリンの声が聞こえ、振り返れず、手も振れなかった。だが、毎回の事である為、マリンも分かっているのだろう。振り返ったら、花束は落ち、手を振ったら花束を落ちる。だから、返事は求めていないのだろう。その証拠に、声をかけた後、すぐに店へと戻って行った。


花束を両腕で抱え、町の中を歩く。道行く人が、アシェルの為に道を開けてくれる。少し申し訳ないなと思いながら、その好意に感謝して歩き進めていく。そして、町を抜け、丘の上へと続く一本の道に出た。この道も雪が積もっており、一歩一歩踏み出すのが大変。一歩踏み出す事に、花束が落ちそうでハラハラしながら歩き進める。家から町に来る時よりも大変だと思いながら歩いていると、次第に霧が出てきた。こんな日に霧が出るのは珍しいとここを歩く人ならば誰もが言う。はずなのだが、この道は歩いていると、いつのまにか霧が出てくると言われている為、あまり人は近付かない。


もし、この道で迷えば出てくる事が困難となる。出てきたとしても、それは数週間後、数か月ごとなる為、よっぽどの理由がない限りこの道は誰も歩かないのだ。アシェルは、帰ってくる度に歩いている為、町の人々も最初は、危ないと言っていたが、毎回毎回ちゃんと帰ってくる為、いつしか言わなくなった。この道も、意地悪だとアシェルは歩く度に思う。歩いている内に、最初で最後の分かれ道。右と左。二択の道。アシェルは吸い込まれるように、迷うことなく左の道へ進んでいく。いつからか、道に雪は積もっていなかった。


黒い石で出来た小屋の横を通り、アシェルが目指していた場所へと着いた。そこは、怪しい空気が漂っていた。出ていた霧はいつの間にか消えていたが、そこは光が当たる事はなく、ぼんやりとした明るさと、雪による寒さとは違う、冷たさがそこにはあった。この場所を知っている者は、アシェルしかいない。町の人々は、あの道を通る事がない為、ここには来ない。通ったとしても、この場所に来れるか来れないかは、その時のその人が願われているかどうかによる。


沢山の石が土の上に立っている。石には、名前が刻まれている。その石の下には、名前が刻まれている人の骨が埋まっている。ここは、忘れ去られた者達が眠る場所。ここで眠っている者達の事は、町の人々は覚えていない。シズもオリもライも、セティも、誰も覚えていない。世界中でここで眠っている人達の事を覚えているのは、アシェルだけだろう。だから、この場所はこんなにも冷たい。そして、こんなにも寂しい。冷たくて、寂しい場所だから誰も来る事を望んでいない。覚えていない者達を見ても、他人と変わりないのだから。


花束を地面にそっと置く。そして、そこから花束を何個か持って、忘れ去られた者の上へと置いていく。


「マイクさん」


「デッドさん」


「アリアーナさん」


その際、名前を呼ぶ。町の人々が、忘れても、アシェルは忘れない。忘れ去られた者達と縁深い人達が忘れても、アシェルは忘れない。名前を呼ぶ度に、その人達との思い出が蘇ってくる。忘れた人達は、この楽しかった思い出すらも覚えていない。それは、幸福なのか、それとも不幸なのか。アシェルは、これを幸福だと思っている。忘れてしまったら、その人は本当に死んでしまう。いなかった事になってしまう。アシェルと言う人物に、過去に話した人達は必要不可欠。アシェルがアシェルでいられるのは、その人達との思い出と、経験があるから。それを忘れてしまったら、自分がアシェルである事が崩れてしまう気がするから。


「…オリバーさん、マリンもこの花が好きだって言ってましたよ」


オリバーが眠る上へと、青い花を置く。オリバーは、生前この花が好きだと言っていた。『この花を見て、マリンって名前にしようって決めたんだ!』豪快に笑って、オリバーはその理由を語ってくれた。その青い花を、マリンは好きだと言った。それは、オリバーが好きだったからか、それともたまたまか。それでも、アシェルはそれを訊いた時、繋がりを感じられずにはいられなかった。忘れても、どこかでは覚えているのだと思った。それと同時に、覚えていないと言う事を見せつけられた気がして、にっこりとは笑えなかった。


一人ずつ、名前を呼び、花束を置いていく。そして、最後の一人。最後の一人だけ、名前を呼ぶ事が出来なかった。いつもそう、最後の一人の名前だけは思い出せない。大事な人だと言うのは分かるのだ。誰に、何も言われなくても。だが、名前は思い出せない。だから、石にも名前が刻まれていない。だが、隣に眠っている人がアシェルの大事な人だから、その隣で眠っている人は大事な人。…のはずなのだ。だから、この場所に眠らせた。はずなのに、思い出せない。


「……どうして、思い出せないんだろう……」


思い出そうとすると、胸が締め付けられるように痛くなる。息が上手く吸えなくて、苦しくなる。花を置いて、呼吸を整え、また今度。時間がある時に思い出そうと、決め、アシェルは忘れ去られた者達に一礼をしてから、その場を後にした。帰り道は、丘の上にあるせいか、下り道。行きよりも歩くのが速いと感じつつ、霧が出てくる前までの道まで戻ってきた。すると、そこにはセティが立っていた。アシェルを待っていたかのように。セティを見て、アシェルは少し困ったように笑った。


「依頼が来ているわ、アシェル」


行く時は、何も告げない。そのせいか、帰って来るといつもどうして何も言ってくれなかったのかと散々言われ続ける。今回も、そうなってしまうようだと予感しつつ、フレームの下に指を滑り込ませ、こめかみをかいた。今度はなんと言い訳しようかと考えながら、下がってきた眼鏡を上げたが、困ったように笑った顔は消えていなかった。セティも、アシェルの気持ちが伝わったのか、それとも表情がうつっただけか、困ったように笑っていた。


「三人にまた怒られちゃうなぁ」

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