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花冠の葬列  作者: 祥雨
永遠のお別れ
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第零話 魔女の処刑

「ねぇ、人はいつ死ぬと思う?」


 首に縄をかけ、立っている床はボタンを押せば開き、そのまま地下へと落ちる、死と隣り合わせの時、場所で女性は尋ねた。前髪によって目元は隠されているが、口元は穏やかに笑みを浮かべており、死への恐怖を、口元から、声から、感じられなかった。


 三人の看守は、女性の問いに戸惑う。


 どんな答えを求めて質問しているのか。何故、自分がもうすぐ死ぬと言うこの状況でその質問をして来たのか。そして、女性の声を聞くのは二人の看守は初めてで、体に力がぐっと入った。一人の看守は、女性を担当していた為、何度か聞いた事があった為、体にぐっと力が入る事はなかった。


(ザイ)―0231715―、お前は『死への考察』を信じているのか」


 一人の看守が、一歩前に踏み出して、女性の問いに答えた。


 看守は、笑みを浮かべて不敵に答えているが、その笑顔はどこか力が入ってぎこちなく、声にも僅かながら力が入っていた。女性と看守の会話を、二人の看守は一歩下がった所で聞いていた。答えられないのか、それとも聞いているだけなのか。真意は分からないが、この三人の中で、問いに答えた看守だけが、女性の問いに答えられた。他の二人では、答えられなかった。


「あら、博識なのね。でも、その口ぶりは、貴方は『永遠の道理』を信じているのね」


 くすりと女性が笑う。それに一歩前に出た看守は、頬から一筋の汗を流して、生唾を飲みこんだ。女性か、緊張は感じられないが、三人の看守からは感じられ、一番それが強いのは女性と話している看守だった。女性と話しているのを民衆が知ったら、看守を讃えるだろう。なんせ、彼女は世を、男を惑わした悪名高き"魔女"なのだから。


「もし、『永遠の道理』が真実ならば、この状況はとてもおかしいと思わない? 人は永遠に生きられるのならば、私がここで処刑されても死なないはずじゃない? ねえ、そう思うでしょう?」


 貴方も。


 前髪によって隠されていた瞳が、髪の間から一歩前に出た看守の瞳を捕らえる。一歩前に出た看守は、思わず一歩下がってしまった。両隣りにいた看守は、一人は下がった看守を見る。一人は下がった看守を見た後に、女性の姿を瞳に捕らえていた。女性が何を思っているのか、感じ取ろうとしんばかりに。


「……『永遠の道理』は、人から、病魔から、危害を加えられない事を前提に述べられている論文だ。処刑は、例外。『永遠の道理』でも『死への考察』でも述べられているように、人は脆いものだ。だから、人は人を殺せる。今この状況のようにな」


 一歩下がった看守が、女性の問いに答えた。女性は、意外そうに口元をつぼめた後、また穏やかな口元に戻る。看守が何を言いたいのか、最後の言葉の裏に何を秘めているのか気付いたから。看守が問いに答えたのが意外だったのか。看守は、いくつもの汗をかいており、緊張しているのが見て分かる。左隣にいる看守が、一歩下がった看守を心配そうに見ていた。


「そうね。そう書かれていたわね。大半の人が『永遠の道理』を信じている。人は永遠を生きられる。いえ、生物全てが永遠を生きられる。それと対となる人から批判しか受けていない『死への考察』を、信じる人は人ではないとされているものね」


 女性が愉快そうに笑う。


 一歩下がった看守がそれを、なぜ笑っているのか怪訝そうに見つめていた。笑える状況ではない状況で、何故女性が今も流暢に話をして、笑っているのかが不思議で仕方がなかった。自分は処刑されても死なないと思っているのか。魔女はこれだけでは死なないと、思っているのかと、一歩下がった看守は思考を回し続ける。


「貴方はきっと私の事を忘れるわ。貴方も。けれど、貴方はきっと忘れないわ」


 女性が、一歩下がった看守と、その左隣にいた看守。彼女は二人の看守は、自分の事を忘れると断言したが、一歩下がった看守の右隣にいた看守は、忘れないと断言した。その意味を理解しかねている一歩下がった看守と、左隣にいた看守は一歩下がった看守の右隣にいる看守を見つめた。


 女性に視線を向けられ、忘れないと断言された看守は、見つめ返す。


「貴方は忘れないわ、絶対。……でも、もし……失敗したら…………いえ、なんでもないわ。もう終わらせましょう」


 忘れないと断言された看守の瞳から、女性は瞳を逸らし、前を向いた。


 それを、忘れないと断言された看守の隣にいる、一歩下がった看守とその左に怒鳴りにいる看守は不思議に思った。女性の声が、最後に僅かに震えていて、泣いているのではないかと疑問に思ったのだ。この看守を見て、何故、女性が泣きそうになるのか不思議で堪らなかった。


 だが、三人の看守はそれを合図にそれぞれのボタンに指をかざす。


 そして、同時に、三つのボタンが押された。


 ボタンが押された瞬間、彼女の足下に広がっていた床は開き、彼女は下へと落ちて行った。ゆらゆらとロープが揺れるのを見て、忘れないと断言された看守は、右目から涙が流れていた。それを、一歩下がった看守と、その左隣にいた看守は気付かなかった。

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