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 ミベ村は、村民三十人ほどの小さな村だ。

「……って、聞いたんだけど?」

 隣を見ると、だからどうしたと言わんばかりの視線が返ってくる。

「ああ、そう言ったぞ」

「小さいけど、いい所よ」

 ラティスとハーティーアの返事を聞く限り、嘘は無い。

 さくらは視線を上げた。

 大きく開いた門の向こうには、堅牢な石造りの建物がどっしりと構えている。門の両脇には背丈よりも高く石垣が組まれていて、左右に伸びている。おそらく建物を取り囲んでいるのだろう。夕焼けに照り映えているこれらを村と呼ぶには、違和感が溢れまくっていた。

「……あたしがいた世界だと、こういうのって砦とか城とかいうんだけど?」

「こっちでもそう呼ぶぞ」

 心外そうに、ラティス。ハーティーアはけらけらと笑った。

「やっぱりびっくりした? 実は村はこの向こう側にあるのよ」

 ハーティーアに引っ張られて回り込むと、そこで石垣が切れていた。曲がっているのでは無く、そこで終わっている。

「これって、ここまで……?」

「うん、作り直してるうちに死霊王が倒されちゃったから止めちゃったんだって」

「それっていいの?」

「要らないなら無理に作らなくてもいいんじゃない? ほら、あっちが村」

 ハーティーアが指す方を見れば、小さな家々が寄り集まっていた。これなら間違いなく、村だ。日暮れ時の今は、あちこちから煙が立ち上っていて、外には誰も出ていない。

「納得したか? じゃあこっちだ」

 見れば門をくぐったラティスが手を振っていた。中庭は綺麗に整備されているが、花壇と言うよりは家庭菜園のようだ。ラティスはその間の道に立って、建物を指さしていた。

「あれ、村に行くんじゃないの?」

「あたしたちはこっちに住まわせてもらってるの」

 行きましょうと手を引かれて、さくらは足下の岩を乗り越えた。もともとは、石垣の基礎だったのだろう。

「あの門って、要らないんじゃないかな……」

「壊れたら取り外すって言ってたわ」

「壊れる前に何とかしないと危ないんじゃないの?」

「大丈夫。普段は誰もあそこ通らないから」

 ハーティーアが笑いをかみ殺しているのを見つけて、さくらは悟った。

「あたしを驚かしたかっただけ?」

「ここに来る人はみんなそうすることになってるの」

 洗礼は無事に通過したようだ。

 菜園の間を通り抜けて正面玄関にたどり着く。先に入ったラティスに続いてそっと足を踏み入れる。暖かい空気が、頬を撫でた。

「ただいま、セザ」

 入ってすぐは、広い玄関ホールだった。右手の壁にある暖炉で赤々と燃える火が、部屋中を暖めている。暖炉からやや離れた隅に大きなテーブルが置かれていて、そのテーブルの前で、一人の女性が腰掛けていた。ハーティーアの声に、微笑みながら立ち上がる。

「おかえり、ハーティ」

 女性はテーブルを回って歩いてきた。大きいなと、さくらは最初にそう思った。ラティスよりも背も高いし、胸も腰回りも背中に流したままの黒髪も豊かだ。化粧っ気は無く、灰色のワンピースドレスにカーディガンのような上着を引っかけているだけだが、不思議と艶やかな雰囲気があった。

「で、もしかして、そっちが例のお客さんかしら?」

「そうだ」

「サクラっていうんだって」

 ハーティーアに押し出されるようにして、さくらは女性の前に出た。上からのぞき込まれて、気圧されながらも挨拶すると、女性は「あたしはセザよ」と微笑み返してくれた。

「ねぇ、ラティス、女の子じゃない」

 咎めるような口調に、ラティスが顔をしかめる。

「だからなんだっていうんだ。俺は一言だって男だとは言わなかったぞ」

「女の子だとも言わなかったでしょ」

 そろそろ『女の子』よばわりされる年でも無いんだけどな――さくらは二人のやりとりを黙って見つめるしかない。

 セザは腕を組んで、ラティスを見下ろした。

「まったく、ガセンとルコーも何も言わないんだから。ほんとに気の効かない連中ね」

 一括りでけなしておいて、セザはさくらに向き直った。

「そういうわけで、ごめんなさい、凄腕の回収役が来るって言うから、てっきり男の人が来ると思い込んでて」

「いえ、やっぱりそういうイメージですよね」

 あはは――男でも無ければ凄腕でも無いさくらは、乾いた笑いを返すしか無い。

「でも、部屋の用意はできてるから大丈夫よ。他に必要な物があれば言ってちょうだい」

「あー、そうだ、それだそれ。セザ、そいつ、着替えとかなんとか、いろいろ注文があるらしいから聞いてやってくれ」

「着替え?」

「うん、まあ、あとは女同士で仲良くやってくれ」

 任せたぞと、ラティスは逃げるように別の扉から出て行った。

「ちょっと、ラティス!――まったくもう」

 ため息を吐いて、セザはハーティーアに言った。

「ハーティ、あんたも一休みしなさい。サクラはあたしが案内しておくから」

「じゃあ、そうしようかな。これ、片付けてくるね」

 持っていた袋を振り回して、ハーティーアは玄関から出て行った。

「あんたはこっちね」

 セザに案内されて、さくらはホールから出た。途端に空気がひんやりして、くしゃみが出た。

「その服、ちょっと寒そうね」

「そうですね、少し」

 廊下は薄暗かったが、所々のランプが置いてあったので歩くのに不自由はしない。セザについて階段を上がって、その先の一室に通された。

「ここ使ってちょうだい」

 部屋の中は十二畳くらいはあるだろうか。ベッドと机と、壁際に木箱が置かれているだけで。がらんとした雰囲気だ。さくらは机の上に、抱えていた荷物を置いた。振り返ると、セザが思案顔でこちらを見ている。

「荷物はそれだけ?」

 さくらが頷くと、セザは眉間に皺を寄せた。

「着替えが欲しいんだっけね。こっちも売るほど持ってるわけじゃないから、少し待ってもらわなきゃならないけど……そうねえ、ハーティのじゃ小さそうだし……あたしのじゃ大きいだろうねえ。あと他に欲しい物はある?」

「えーと……お風呂、とかあります? シャワー……は無いとして、お湯だけでも――」

「あるわよ」

 どんどん望みを小さくしていたさくらは、セザの答えが一瞬信じられなかった。

「え、シャワーも?」

「しゃわー?」

「あ、それはいいです。なしで。お風呂だけで」

「それなら用意するから、少し待って。先に食事にしちゃいましょう」

 再び階段を降りて、食堂に入ると、暖かい空気と、おいしそうな匂いに包まれていた。中央にある大きなテーブルを、数人が囲んでいる。ラティス、ルコー、ガセン――それから知らない顔が二つ。

「適当に空いてるところに座ってて」

 言い置いて、セザは別の扉から出て行ってしまった。さくらはとりあえず、ラティスの向かいの席に腰を下ろす。右隣は空席で、左ではガセンが脇目も振らずに食べていた。

「着替えはどうした?」

 テーブルの上にはいろいろと食事がのっていたが、さくらがそれとわかったのはパンだけだ。もちろん形は全然違う。厚いビスケットのような生地を、ラティスは割って煮込みと一緒に口に運んでいた。

「サイズが無いから少し待ってって」

「そうか」

 セザが戻ってきて、料理を並べていく。椀の中身はシチューのようだ。少し濁っていて、ごろごろとした塊がいくつも入っている。隣の炒め物は、野菜と何かの肉だろうか。食事は済ませてきたつもりだったが、こうして並べられるとお腹が鳴った。

 最後にグラスを置くときに、セザがのぞき込んでくる。

「ラティスが祝杯だって言うから。飲める?」

 見れば、全員の前に同じグラスが置いてあった。

「まあ、いちおうな」

 ラティスがグラスを持ち上げてみせる。本当に祝杯を挙げてくれたらしい。揃う前に飲んでしまっているところは、この際、笑って許そう。

グラスを鼻に寄せてみると、思ったよりいい香りがした。軽く一口含んでみて、ぐ、っと詰まる。予想以上に、苦い。

 セザが、ぷっと吹き出した。

「別のを持ってこようかね」

「他は水しかねえだろ。飲めないなら置いとけよ」

 パン屑を払い落として、ラティスは言った。

「それじゃ先に紹介しておくぞ。話したとおり、こっちが異界からわざわざ来てくださったサクラどのだ。これから回収に協力してくれるから、ありがたく思ってやってくれ」

 横でガセンが笑いをかみ殺している。ルコーは聞こえていないかのように黙々と食事を続けている。さくらに向けられた視線は、先ほどと同じ知らない顔の二人からだ。

「で、そっちの、ガセンの横に座ってるのがナルバク。ルコーの横にいるのがラッドだ。あとは」

 部屋の中を見回して、ラティスは水を持って戻ってきたセザに尋ねた。

「リンはどうした?」

「今着替えを見てもらってるわ」

 セザはそう言って、水の入ったグラスを置いた。さくらはありがたくいただいて、一気に半分ほどを飲み干した。口の中がようやく落ち着く。

「そうか。じゃ、あとは、ハーティは会ってるから、以上だな」

 ラティスに頷いて、さくらは横を向いた。ガセンがテーブルに屈み込んでいたので、その向こう側の人物と目が合う。

「ナルバクだ。見ての通り、サテ神の神官をしている」

 ガセンの横に座っていた男が名乗りを上げた。白いシャツの上に、ごついペンダントが下がっている。金色の髪は短く刈り込まれていて、髭も綺麗に剃られている。筋骨たくましい体格は、神職より土木作業に向いてそうだ。ラティスのように酒の入ったグラスを掲げる。歓迎してくれているようだ。

「見ての通りっても、こっちにはわからないと思うけど」

 口元を拭いながら、ガセン。言われて、ナルバクは片眉を上げた。

「む、そういえばそうか。では、これがその証だと覚えておいてくれ」

 ナルバクは首から下げたごついペンダントを持ち上げて見せた。金属製のごつごつした飾りは、一目では覚えられない複雑な形をしている。

 あとでもう一度よく見せてもらおう――ナルバクにさくらは名乗り返して、紹介された今一人に目を向けた。

「ラッド」

 ナルバクに呼ばれて、正面の青年が顔を上げる。

「え?」

「お前も挨拶くらいしておけ」

「そんなこといわれても……」

 昨日まで田舎で畑を耕していましたと言わんばかりの青年は、困ったように茶色の巻き毛の頭を掻いた。こちらはひょろりとした体格で、シャツとズボンは誰かの借り物なのか、袖と裾が足りない感じだ。

「えーと、よろしく。サクラ、だっけ。番人様と同じことができるって聞いたけど、そうなのか?」

 横でガセンがにやりとするのが見えた。どんな話がされていたのかは、簡単に想像が付いた。

「ええ、まあ……」

 ごまかすように、シチューを口に運んだ。ぴりっとして、意外とおいしい。

「その点は安心していい。今も二本回収したばかりだ。だから祝杯だと言っただろ」

「いきなり二本も? それすごくない? 二本回収したなら、祝杯も二杯だよな」

 調子に乗るなとナルバクに諫められて、ラッドは肩をすくめた。横のルコーをつつく。

「なんだよ、あの子、結構すごいんじゃないか?」

「そうかもな」

 ルコーは素っ気なく言って席を立った。ぽかんとして、ラッドはその背中を見送った。

「え、なに、おれ何か悪いこと言ったか?」

 ルコーのグラスには、酒が残ったままだった。

「あー、お腹空いたっ。今日のメニューは」

 ルコーと入れ替わりに、ハーティーアが飛び込んできた。瞬く間に空気が一新されて、さらもほっとする。

「用意するから、座ってなさい」

「大丈夫。自分でやるから」

 セザと一緒に出て行ったハーティーアは、食事を持って一人で戻ってきた。さくらの隣に席を取ると、「いただきます」とまずグラスを口に運ぶ。

「うん、苦い」

 思い切り顔をしかめてから、さくらに微笑みかける。

「お祝いだから一口だけって言われたけど、一口で十分だと思わない?」

「激しく同意」

「そんなに不味いならラッドにでもくれてやれよ」

 ラティスが不服そうに言う。

「残念でした、一口しか入ってなかったの」

 ハーティーアがグラスを逆さにしてみせると、ラッドは本気で残念そうだった。

「あ、飲みかけでいいならこれを――って、あれ」

 自分のグラスを渡そうとして持ち上げると、軽い。見れば、中身が無い。まさかと思って横を向くと、ガセンが「ごちそうさん」と手を振りながら出て行くところだった。

「言い忘れたが、ガセンの隣に座るなら用心しておけよ」

「そういうことは、もっと早く言ってくれない?」

 ラティスの口調だと、食事も横取りされそうだ。次からは一番離れた席に座ろうと決意した。

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