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 外に出ると、風がいっそう強くなっていた。

「あれ、みんないない?」

 セルキドもその手下も、ガセンもルコーもいなかった。

「ガセンとルコーは先に戻ったぞ」

「セルキドたちは?」

「少し前に全員逃げてったな」

 そうなんだ、とうなずきかけた自分を慌てて引き止めた。

「えっ、だってあの人たち、山賊なんじゃないの?」

 野放しにしていいのかという疑問に、ラティスは肩をすくめただけだった。

「元が何だったか知らないが、〈柱〉の剣が無いんじゃ、他の奴と何ら変わらないからな。手下もいつまで従っていることやらだ」

「他と変わらない山賊になるんじゃないの?」

「かもな。他と変わらないなら、俺たちの出る幕はないだろ」

「そういうもの……?」

「おいおい。何を勘違いしてるのか知らないが、俺たちは剣を回収するだけだぞ?」

 それでも不満げなさくらに、ラティスは意地の悪い笑みで付け加えた。

「ま、何をやるのもお前さんの自由だが、まずは自分の身を守れるくらいになるんだな」

「むっ……!」

 どうせ剣なんか使えませんよと口に出す前に、ラティスはさらに言った。

「だいたいお前、あの連中をどうするつもりだったんだ?」

「だから……捕まえて……警察に突き出すとか?」

 思いつくままに口に出すと、ラティスは意外にも真面目な顔で続けた。

「ふむ。ケイサツがよくわからないが、そこに突き出すとどうなるんだ?」

「たぶん、裁判とかで……ううん、今の無し」

 それはあくまでも、さくらが今まで暮らしていた世界での話だ。この世界の司法組織がどうなっているのかを知るところから始めるべきか。

「そもそもここって、悪いことした人ってどうなるの?」

「つまり、あんたはここで山賊をとっ捕まえてもどうしたらいいのか分からないってわけだ」

 きっぱり言われて、さくらは頷くほか無い。

「そう、なる、かな……なるね、うん」

「じゃ、捕まえてもしょうがないな」

 よし帰るぞと、ラティスは歩き出して、また止まった。

「どうしたの」

「いや……」

 ラティスは目を細めて先を窺い見る。ラティスの背中からのぞき見ると、先ほどセルキドたちが潜んでいた林の中で、人影が動いていた。数は一つ。こちらに向かってきているようだ。

「また、お客さん?」

「いや……お客さんはお客さんでもちょっと違うみたいだな」

 ラティスの様子からして、危険は無いようだ。さくらも人影が近づいてくるのを見守った。輪郭がはっきりしてくると、一人の女性だということがわかった。小柄で、しかも、なにやら大きな荷物を背負っているように見える。

 ラティスを見上げると、完全に緊張を解いていた。

「知り合い?」

「ああ。ハーティーアだ」

 ラティスは片手を上げた。向こうもそれに気づいたのだろう、手を振り返してきた。

「ラティス! よかった、入れ違いにならなくて」

 快活そうな声で駆け寄ってきたのは、黒髪緑目の華奢な少女だった。長い髪は一本のお下げにまとめて、前に垂らしている。おそらくそうしないと、荷物と背中の間に挟まってしまうからだ。だぼっとした深緑色のワンピースは膝丈で、そこから細い足が伸びている。細身のズボンとブーツを履いているので、風が吹き寄せて裾を翻しても、特に問題は無いようだ。

「ルコーたちには会わなかったのか」

 ラティスが問いかけると、少女は首を振った。

「会ったわよ。だから急いで来たんじゃない」

 そう言って、少女はさくらに向かって愛くるしい笑顔を見せた。

「初めまして。あなたがサクラね? さっきガセンから聞いたの。あたしはハーティーア。ハーティでもティアでも、好きな方で呼んでちょうだい」

「ええと、それじゃ……」

 さくらは満面の笑顔のハーティーアを見た。色白なのだろうが、鼻の辺りにそばかすが散っている。声や雰囲気からして恐らくまだ十代だろう。

「はっちゃんでどう?」

「は、はっちゃん!?」

 ハーティーアの声が裏返る。

「ダメ?」

「……呼びやすいならそれでもいいわ……はっちゃんね……さすが異世界人……」

「異世界人で一括りにするのは考え物だぞ?」

「それはそれで異世界人に対する偏見を感じるんだけど」

 気のせいだと、ラティス。とても信用できる顔では無いが、それよりさくらは先ほどから気になって仕方ないことがあった。

「ところでそれは……」

「それ?」

 さくらが指したものを振り返って、ハーティーアは納得したように頷いた。

「ああ、これね。よいしょ、と」

 ハーティーアが背負っていたのは、大きな袋だった。口から、人の頭が飛び出ている。ハーティーアは袋を背中から下ろして、ガッツポーズを取る。

「一昨日、やっと捕まえたの。それでナルバクに眠らせてもらって、ここまで運んできたってわけ」

 袋詰めにされている男は金髪で、無精髭が生えている。年齢はいくつくらいだろうか――と、右手の甲に感じる物があって、さくらはようやく理解した。

(センローのネキ・コーネム)

 この男も、〈柱〉の剣の所持者だ。剣が見当たらないが、一緒に袋詰めにされているのだろう。

(さっきのセルキドの例からすると、ネキ・コーネムが名前かな)

 センローは、職名か、地名か。あとでまとめて尋ねてみようと心に留める。

「ナルバクと二人でやったのか?」

 ラティスに訊かれて、ハーティーアは、「まさか」と大げさに驚いて見せた。

「五人がかりよ」

 片手を開いて突き出してみせる。可愛らしい仕草と、袋詰めの男を背負っていた事実が噛み合わない。

「えーと、五人がかりで捕まえた人を、はっちゃん一人で背負って連れてきた?」

「ええ、そうよ。あ、そっか」

 さくらの不審そうな顔を見て、ハーティーアはぽんと一つ手を叩いた。

「これが不思議だった?」

 ひょいと、今度は片手で袋を持ち上げてみせる。

 さくらは無言で何度も首を縦に振った。

「そうよね、普通はびっくりするわよね」

「その説明はあとでしてやれ。とりあえず、下ろせ」

 ラティスに言われて、ハーティーアは袋を地面に戻した。男が小さく呻く。

「目を覚ましかけてるな。おい、早くやっちまえ」

「あ、やっばりこれも、回収対象?」

「そうじゃなきゃ、こんなところまで持ってこないだろ」

 連れて、ではなく、持って、というところを強調する。興味津々のハーティーアの視線を感じつつ、さくらは棒を握り直すと、袋をあちこちつつき始めた。

「……何してるんだ」

「ん、うまく、印に当たらなくて、よっ、と」

「袋から出せばいいだろ」

 横着するなと怒られた。手袋の上からでも問題ないとディアンは言っていたのだが、それでも印にちゃんと当たらないとダメのようだ。

「ハーティ、そいつを袋から出してくれ」

「はいはい」

 ハーティーアは袋の口を縛っていた紐をほどくと、男を引きずり出した。足はそのまだが、両手は身体の後ろで縛られている。さくらが思ったとおり、剣も出てきた。

「このままでいいかしら?」

「大丈夫」

 これなら簡単だ。さくらは男の右手に棒を近づける。男の手の甲に印が浮かび上がり、棒の先端が触れると、あっという間に剣と共に消えていった。

(これで、二本……)

 記録更新である。ラティスを横目で見たが、特に何も感じていないようだ。

「ええっ、すっごーい、ほんとにこんなに簡単にできちゃうんだ」

 ハーティーアは、大はしゃぎだった。手を叩いて飛び跳ねている。

「ガセンの言ったとおりね」

「これもガセンに聞いたの?」

「ええ、向こうは戻るところだったけど。これから行くって言ったら、いろいろ教えてくれたわ」

 なぜか得意げにさくらのことを語る姿が目に浮かんだ。ルコーは横でむすっとしていたに違いない。

「サクラも村に来てくれるんでしょ? 今度からわざわざここまで持ってこなくていいなら、ほんとに楽だわ」

 ハーティーアは腰からナイフを取り出すと、男の両手の縛めを切った。これでよしと頷いて、空の袋を拾い上げた。

「で、二人はまだ用事があるの?」

「いや、ちょうど戻るところだった」

「じゃ、一緒に行きましょ」

「あの、あの人はこのままで……?」

「そのうち目を覚ますだろ」

「他にケガも無いから大丈夫よ」

 剣を回収してしまえば後は用無し――振り返りもせずに歩き出す二人を、さくらは追いかけるしか無い。

「ねえ、あの人も――」

 後ろを指して、さくらは尋ねた。

「山賊なの?」

「ううん、そういう話は特に聞かなかったわよ」

 袋を小脇に抱えたハーティーアが言った。

「街の警備隊長みたいなこともやってたし、悪い評判も無かったし」

「それなのに袋詰めにしてきたの?」

「だって、剣を返さないって言うから。そういう意味じゃ、評判は悪い人よ?」

 さくらは納得した。今現在まで剣を持っている人間に対する評価は、二面からなされていると言うことだ。

「なるほどね。じゃあ、はっちゃんが力持ちの理由は?」

「あ、そうそう、それね。あたしが生まれ育った村って、すごい昔から子供は七歳になると精霊様の滝に行って祝福して貰うって習わしがあってね。そのとき、たまーにあたしみたいにおかしな力が付いちゃう子がいるんだ」

「へー、力持ちの人がいっぱいいる村だっんだね」

「ううん、力持ちなのはあたしだけ。それに、たまにだから、村に一人か二人、いるかいないかよ? あたしの時はずっとあたし一人だったし」

 さらに、人によってその「おかしな力」は違うらしく、ハーティーアが知る限りでは火を起こすことができた人もいたそうだ。

「あたしも、火をおこせる方が良かったなあ。そうしたら、死霊兵にも効いたかもしれないのに」

 そう呟くハーティーアは、少しだけ悲しそうだった。話が全部過去形なことも含めて、ハーティーアの村はきっともう、無いのだろう。

「精霊の祝福くらいじゃ、無理だろ」

「やっぱりそうなのかしら」

「むしろその怪力の方が役に立ってるだろ」

「……やっぱりそうなのかしら?」

 ちらりと視線を向けられて、さくらは頷いた。ハーティーアは「そうなのかしら」と嬉しそうに繰り返した。

 やがて、遠くに煙がたなびいているのが見えた。ふと気づくと風も弱くなって、空が金色に輝き始めている。

「もうすぐ日が暮れるね」

 ハーティーアが眩しそうに空を見上げた。

「そうだね」

 夕焼けが訪れるところをじっくり見るなんて初めてかもしれない――同じように目を細めながら、さくらは小さな村に入った。

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