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「っ!?」
いきなりのことに、さくらは硬直した。ぱらぱらと飛んできた砂が顔に掛かって、慌てて振り払った。
「なにが……」
砂煙が上がっていた。視線を落とすと、地面が所々盛り上がっている。
「モグラの打ち上げ花火?」
「この状況で、そうくるか?」
苦い顔で、ラティスがぼやく。
盛り上がった地面の傍らには、セルキドの手下が数人転がっていた。さくらは、やっと現実を認識した。
「まさか、地雷?」
「人が死ぬほどの威力は無い。驚いてひっくり返る程度の可愛いもんだ」
ラティスが満足げに腕を組む。実際にひっくり返っているのは、可愛さの欠片もない男たちばかりなので、同意するのはやめておいた。とりあえず、死んでいないことに胸をなで下ろす。
さらに、数回、爆発音が響く。慌てて逃げ惑う手下たちは、これで一掃されてしまった。
「なんだって……」
一人離れていたセルキドは、あっけにとられていた。気づけば、自分一人だ。引くか進むか、決めかねているうちにガセンの剣が迫った。さすがに〈柱〉の剣の所持者と言うべきか、すんでのところで躱して睨み付ける。
「こいつも巻き込んでくれりゃ良かったのに」
「あの距離なら俺たちも危ない」
入れ違いに呟いて、ルコーがセルキドに剣を振り下ろす。これも躱して、セルキドは吠えた。
「やりやがったな!」
海風を突き破る気迫に押されたように、さくらは、もう一歩、下がった。
(……剣が使えたら……)
また、ガセンが入れ替わる。セルキドがはじき返す。ルコーの剣が滑り込む。死角を突いたはずなのに、セルキドは見事に受け流す。
(あんな風にやれたのかな……)
コマンド選択画面も無い。必殺技のゲージも無い。BGMは風の音と剣戟の音。試合ではなく、一つ間違えれば命が危ない真剣勝負なのに、どこか、非現実的だ。
三人が、あまりにも見事に剣を交わしているからかもしれない。強いて言うなら、舞台を見ている感覚だ。振り下ろし、切り払い、突き――打ち合わせ済みの殺陣を見ているようだ。
「おい」
足りない現実味を埋めようとして一歩前に出れば、張り詰めた空気に押し戻される。お前の場所では無いと、冷たく拒絶された。
「何する気だった」
ラティスが焦った様子で肩を掴んでいる。さくらは頭を振った。
「やっぱり、剣が使えた方がいいんだなって」
「何こだわってるんだ?」
「だってあのセルキドって人、強いよね?」
印持ちのセルキドは、素人のさくらの目から見ても腕の立つ剣士だった。ガセンとルコーの二人の剣を、危なげなく防いでいる。返す剣は、むしろ押している。
「ま、そのための印だからな」
ラティスが視線を戻した先で、ガセンが地面に転がった。赤い髪の青年は素早く跳ね起きて、唾を吐き捨てる。
「そうだな、山賊風情にしちゃ、かなりの腕だ」
「っていうか、負けそうじゃない?」
セルキドは、ガセンに背を向けてルコーと撃ち合っている。ガセンは攻めあぐねている様子だ。剣構えたまま、うろうろしている。その間に、互角にやり合っていたルコーは、防戦に回り始めた。表情にも、余裕が無くなっている。
「あいつらごとふっとばすか……」
ラティスの呟きが聞こえたのか、ルコーが一際強い一撃を放ってセルキドをよろけさせた。しかし、追撃が遅れた。セルキドの口の端がつり上がる。こちらは余裕の笑みだ。瞬く間に体制を整え、構え直して――
「あ」
声を上げたのは、さくらだ。
「あーあ」
ラティスも、笑いを含んだ声を上げる。
とっさに出したガセンの足につまづいて、セルキドは体勢を崩した。余裕の笑みは、いっぺんに吹き飛んでいく
「おっし!」
隙を逃さず、ガセンが打ち込む。セルキドは何とか剣で防いだが、続くルコーの剣を避けきれず、結局、横倒しに倒れ込んだ。
「はい、動くなよー」
ガセンの剣が眼前に突きつけられた。セルキドは悔しげに呻く。さらにルコーが剣を踏みつけて、完全に動けなくなった。
「おい、安心してる場合じゃないだろ。出番だぞ」
「へ? あ!」
ほっと胸をなで下ろしていると、背中を叩かれた。さくらは我に返って駆けだした。ガセンとルコーも見ている。セルキドの横に立って、深呼吸を一つして、棒を握りしめた。
(つつくだけで、良かったよね)
意思を持って印を突くこと。ディアンに言われたのは、それだけだ。
「なんだ、おまえ」
決め科白の一つも考えておけば良かった――怪訝そうなセルキドの右手を見下ろす。踏みつけられていても、剣を握ったままだ。隙あらば斬りかかるつもりなのは、よくわかった。
「えーと……回収しますね!」
我ながら間抜けだと思うが、仕方ない。
しかし、逆にそれで良かったようだ。セルキドはあっけにとられたように動かなかった。その間にさくらの棒は、まっすぐにセルキドの右手の甲に向かう。
「お前っ……!」
棒の先がかすかに光り、呼応するようにセルキドの手の甲もぼんやり光った。白く発光する印は、さくらの印よりは簡素な模様だった。棒の先が触れると、セルキドは、はっとして身をよじったが、もう遅い。円の中に菱形を並べたようなセルキドの印は、瞬き一つの間に消えて無くなった。
「あ、ああああっ……!」
同時に、セルキドの手から剣が消えた。こちらは光りもせず、ふっと、いきなり無くなった。ルコーが驚いたように足を上げる。セルキドの手が、悔しげに地面をひっかく。
「へぇ……こりゃ便利だ」
ガセンが感心したような声を上げた。剣先が逸れた一瞬に、セルキドが猛然と跳ね起きた!
「俺の、剣を!」
(え)
さくらは動けなかった。怒りに顔をどす黒く染めたセルキドの両手が、迫ってくる。視界が暗くなった。
「そこで目を閉じるな」
鈍い音と、うめき声と、それからルコーの静かな怒りの声がまとめて降ってきた。
「……?」
暗くなったのは、目を閉じたせいだった。
目を開けると、セルキドがうつぶせに倒れていた。
横を見れば、ルコーが剣を仕舞うところだった。
「あ、あの……?」
指さしで問いかけると、ルコーは素っ気なく答えた。
「蹴飛ばしただけだ」
「……ありがとう」
動かなくなるほど蹴飛ばすのもどうかと思ったが、助けて貰もらったことはに間違いない。
さくらの礼の言葉は、しかしルコーのため息に一蹴された。
「ラティス。毎回これじゃ、逆に手間が掛かる」
「全部初めて尽くしなんだ、大目に見てやれ。遠いところで隠れてる奴ならこの方がいいだろ?」
ラティスの答えに、ルコーは、もう一度ため息を吐いて背を向けた。
やれやれと、ラティスは顎を撫でる。
「素直じゃ無いな」
「うーん、素直に役に立たないって言ってると思うんだけど?」
ラティスは意外そうにさくらを見て、それから笑う。
「ヘンなところで正直なだな、あんたは。ま、効率が上がったのは間違いないんだから、そんなにいじけなくていいぞ」
「いじけてません」
ラティスが、ぎゅっと棒を握りしめた両手を見ていると気づいて、さくらは手を後ろに回した。恐怖なのか緊張なのか、そうしていないと、震えが押さえられなかった。
「ところで――君は何してるの?」
ガセンは、セルキドの上に屈み込んで服の間に手を突っ込んでいた。さくらに問われて、顔を上げる。
「なんかいいもん持ってないかなーっと」
「……もってたらどうするの」
「ありがたくいただく」
即答に反応できないでいると、ガセンは口を尖らせた。
「手間賃だよ。こんなことやったって、番人様は何もくれないんだぜ」
「え、ただ働きなの?」
「そうなん――いてぇっ!」
「ちゃんと俺が払ってやってるだろうが」
ラティスに叩かれて、ガセンは大げさに跳ね回って痛がってみせる。十分元気そうだと判断して、さくらはラティスを見上げた。
「ラティスが、払ってるの? ディアンの代わりに?」
「毎日偉大な〈柱〉と一緒にいるだけの番人様が、手間賃なんて俗っぽいこと思いつくわけないしな」
言われてみれば、ディアンの毎日の生活が想像できない。日々、どうやって暮らしているのだろう。
「あっちも同じ?」
さくらはルコーを示した。ルコーはセルキドの部下の方を見回っていたが、一目見ただけで手を出すこともなく、次へと移動している。
「いや……あれはケガの具合を見てるんだろ」
「ふーん?」
ガセンを横目で見ると、そっぽを向かれた。ラティスが苦笑する。
「こいつも廃砦に住み着いて人の懐を狙ってたのは事実だしな。俺の蓄えだって無限じゃ無い。あんたがいた所じゃ、大悪人になるのかもしれないが、ここじゃ大目に見てやれ」
そう言われては、さくらは頷くしか無い。これが荒廃した世界の悲惨さだ、とか、生きるための非情さだ――なんてことは、まったく考えなかった。
(敵を倒すと手に入るお金とアイテムって、こういうことだよねえ)
ただただ、しみじみと納得していた。