表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

 声を上げた青年は立ち上がると、さくらを上から下まで遠慮無く眺めてきた。小馬鹿にされているその視線が気に入らなくて、さくらも負けじと見つめ返してやった。

 ディアンよりも年下に見える青年は、赤い髪をしていた。陽に透けないと分からないほと暗い赤で、さくらがそうと分かったのは、風が強かったからだ。ふわふわの猫っ毛は襟足まで伸びていて、強い風によく揺れている。薄い生地のシャツの上にポケットのたくさん付いたベスト、ズボンはゆったりと幅広で、これも風にはためいている。全体的にひらひらしている印象だ。

(寒くないのかな)

 青年のシャツは、さくらが上着の下に来ているブラウスと同じくらいの薄さだろうと思うのだが、縮こまっている様子が無い。

「そいつはガセン」

 振り返ったラティスが言う。

「で、そっちで、ぶすっとしてるのがルコーだ。とりあえず今はこの二人があんたの手伝いだ」

 ルコーというのは、先ほどから黙り込んでいる方の青年だ。さくらが会釈しても何も言わない。

(感じわるーい)

 ガセンと対照的に明るい茶色の髪をして背も高く、体格もいい。これで笑顔があればさわやか好青年そのものだろうに、もったいない。薄い生地のシャツはガセンと同じだが、羽織っているのはラティスが着ているような丈の長い黒いコートだ。腰にある長いものが剣だと知って、さくらは思わず相手の右手を見やった。

「俺たちは印持ちじゃ無いよ」

 ガセンがからかうように右手の甲を向けてくる。はためくズボンのせいでよく見えなかったが、彼の腰にも小振りの剣がある。しかし手の甲には何も無い。さくらの印にも何の反応も無い。

 もっとも、印を持っていたら、それはまだ剣を返していないと言うことなので、さくらの味方ではあり得ないわけだが。

「で、こちらは、はるばる異世界からいらっしゃった回収者のサクラどのだ」

 ラティスが芝居がかった調子で紹介する。異世界と聞いて驚くかと思いきや、ガセンもルコーも、はいそうですかと頷くだけだった。

(実は他にもたくさん異世界から来てるから慣れてるとか?)

 そこは是非驚いて欲しいポイントだったのに――がっかりしていると、続くラティスの言葉で、二人は絶句した。

「なんと、剣の腕はど素人だ。お前ら覚悟しておけよ?」

「はあ?」

 大げさに驚いたのはガセンで、ルコーには怒ったような視線で睨まれた。

(……そこは驚いて欲しくないポイントだったなあ……)

 むしろ言わないで欲しかったとラティスに詰め寄る前に、ルコーに先を越された。

「ラティス、話が違う」

「何が違うんだ」

「あんたは俺たちの助けになる人物をディアン殿が呼び寄せてくれると言っていたはずだ」

「誤解があるようだな。まず『俺たちの』じゃない。『剣の回収の』だ」

 訂正するラティスの表情は穏やかだが、有無を言わせない口調だ。

「それから、助けになるということが剣の腕だけじゃ無い。まあ、ど素人だと紹介した俺も悪かった」

「あー、つまり、この人は剣が使えなくても俺たちの――じゃなくて剣の回収を手伝ってくれる?」

 ガセンが首を傾げながら言うと、ラティスはそれも訂正した。

「手伝いじゃない。さくら自身が、回収者だ」

「はあ? 剣も使えないのにどうやって」

「お前らとはやり方が違うんだ」

 ラティスはちらりと、さくらの手元に視線をやる。釣られるように、二人の視線が向けられた。

「……なあ、サクラって言ったっけ。あんたの得物ってまさか……それ?」

「あ、うん、これ――」

 これこそが回収者の証と、高らかに宣言する前にガセンに爆笑された。

「え、なに、ほんとにその棒っきれなの? うわ、腹いてぇ! それで何すんのさ」

 ルコーを見れば、こちらは怒りから憐れみの視線に変わっている。笑われるより、辛い。

「何って、だから回収だってば! これじゃなくっちゃできないんだからしょうがないでしょ!」

 いくら言ってもガセンの笑いは止まらない。端から馬鹿にして聞く耳を持っていない。

 そういうことなら――さくらは棒をガセンの前にかざすと、声を落とした。

「……言っておくけど、棒を笑うものは棒に泣くんだからね」

「なにそれ、脅し? 棒に泣くって、どういうことだよ。それで俺のこと叩くっての?」

 どうぞやってみろよと挑発するガセンに、さくらは、同情いっぱいに頭を振った。

「そんなことじゃない……そんな低レベルの話じゃ無いんだから」

「低レベルって……」

 いきなり雰囲気の変わったさくらに、ガセンは戸惑い始めた。確かめるように棒を見つめる。さくらはガセンの視線を操るように、左右に振った。

「いい? この棒はただの棒じゃ無いの。これを馬鹿にして笑ってると――呪いが掛かるんだから」

「いや、呪いって……どんな呪いが」

 笑い飛ばせなくなってきたガセンに、さくらはひっそりと微笑む。完全に、主導権を握った。

「まず、世界中のどこかで、棒に躓く人が続出する」

「は? そんなの別に呪いでもなんでも――」

「そしてそのうちの一人が、棒に躓いたことで人生にも躓いて、最後には自棄になってこう叫ぶの。『俺は第二の死霊王になる。いや、死霊王を超えてみせる』」

「なるって……」

「やっと平和になったはずの世界はまた大変なことになるでしょ。みんなどうしてこんなことに、って嘆くはず。そのときあたしは言ってやるの。『おまわりさん、こいつです。こいつが棒を笑ったから呪いが始まったんです』って」

「誰だよ、オマワリサンて」

「原因を知った人たちは、あなたを恨むでしょうね。つまりあなたは世界中から恨まれて、余生を過ごすの。これが棒の呪い。怖いでしょ?」

「どう聞いても、それ、棒は関係ないだろ。ただの濡れ衣だろ。しかもその原因って、お前だろ!」

「あたしのせいに見えるところも呪い」

 怖いわあ――わざとらしく怯えてみせると、ガセンがさらに血を上らせる。

「見えるんじゃ無くて、間違いなくお前のせいだ!」

「うん、あれだ、ガセン、その辺にしておけ」

 完全に蚊帳の外だったラティスが、割って入った。

「いい加減お客さんも待ちくたびれてるし、始めるぞ」

「それも俺のせいじゃなくて――」

「真面目に相手をするな」

 ルコーにも窘められて、ガセンはむくれた。

(完全勝利)

 後ろを向いて、さくらは密かにガッツポーズを取っていた。

「お前もよくいうな……」

 ラティスが呆れたように呟いたが気にしない。売られたケンカを買っただけのことだ。

「ま、そのくらいの気概があった方がいいか――よし、やるぞ」

 ぼやきながら、ガセンとルコーを促した。こちらはすでに準備ができている。

「えーと、多分エラそうにしてるあいつだと思うけど、いいか?」

 ガセンが尋ねると、急かしたくせにラティスは止めた。

「待て待て。何かの間違いってこともあるから、先に訊いてからだ」

 ラティスは林の方に向かって数歩、歩み寄った。同時に、ばらばらと林の中から人影が出てくる。さくらが見たとおり、全員男で、全員が剣を下げていた。

「ちなみにこれから何するつもり?」

 不穏な空気に、さくらはそっとラティスの袖を引いた。

「何って……回収するんだろ、それで」

 さくらの手にある棒を指す。

 だからどうやってと尋ねる前に、ラティスが男たちに向かって声をかけた。

「剣を返しに来たんなら、足下に置いて下がれ」

 誰も、動かない。

 ディアンの説明どおり、男たちはその言葉に従う気は無いようだ。数人が、顔を見合わせただけだ。

「風の音で、聞こえなかったわけじゃないみたいだな」

「そんなの、いまさらだろ?」

 ガセンの意見に、さくらも同感だ。どうもみても、大人しく言うことを聞いてくれる雰囲気では無い。

「他にやることあると思うんだけど……」

 さくらの呟きが聞こえたかのように、中央にいた背の高い黒髪の男が、ゆっくりと前に出た。手袋を付けているので直接は見えないが、右手から不可思議な感覚が伝わってくるので、剣の所持者に間違いない。

(てことは、あの剣が……)

 男の腰には、剣が下がっている。違いが分かるほど見てきたわけでは無いが、世界を支える〈柱〉から作られた剣だなんて、言われなければ分からない。剣も、それを持っている男も、はっきり言ってしまえば『勇者』っぽくない。どうみても柄の悪い、中年のおっさんだ。ゲームで言うなら、序盤で街を荒らしに来て主人公に返り討ちに遭うレベルだ。

(あ、今まさにその状況? ん?)

 右手から伝わる感覚が、少し変わった。いつの間にか光を帯びている。呼びかけられているように気がして、さくらは印に集中した。

「そこから出てきたってことは、お前達が番人様の遣いって奴か? それなら伝えてくれ。返したいのは山々なんだが、実はまた最近死霊兵の残党が出てるって話なんだ。相変わらず人手不足だし、俺の部下にも剣を都合してくれないかって」

 男は馴れ馴れしく言って、さらに一歩、詰めてきた。背後の手下もじりじりと寄ってくる。

「よく言うぜ」

 ガセンが腰に手をやる。彼の腰には、小振りの剣が下がっている。ルコーも無言でそれに習う。

「……モーゼイアのセルキド」

 さくらが呟くと、視線が突き刺さってきた。一番鋭い視線を辿ると、ラティスだった。

「あいつのことか?」

「なのかな? あの人見てたら思い浮かんだんだけど」

 さくらは光る右手の印を持ち上げて見せた。ラティスは一瞥して、視線を緩めた。

「ディアンも、そうやってたんだな――おい、お前、モーゼイアのセルキドか」

 いきなり呼びかけられて、男は少なからず驚いたようだ。ラティスが口の端をつり上げる。

「当たりか。とすると……なんだ、最近あの砦に住み着いた山賊か」

「誰が山賊だ!」

 男は顔を真っ赤にして怒鳴った。何もかもが、図星だったようだ。

「俺は番人様から剣をいただいて――」

「そのままかっぱらっていったんだろ。しかもさらによこせときたもんだ。それって山賊だろ」

 ガセンが言いながら剣を抜く。交代に、ラティスが下がった。

「お前ら、前に出すぎるなよ。仕掛けに引っかかるからな。セルキドだけ狙ってくれ。仕上げは回収役どのだ」

 ぴたっと、二人の動きが止まって顔を見合わせる。

「……中に引きずっていかなくて済むなら少しは楽になるのか」

「知るか。とにかく、やってからだ」

 ガセンの問いに、ルコーがむすっと答える。

「そりゃそうだけどっ」

 ガセンは走り出た。まっすぐ進むのかと思えば、左右に飛び跳ねながら突き進む。

「どうせ同じだ」

 不満げに呟いて、ルコーも走る。大きな身体に似合わず、ガセンよりも動きが静かだ。

「あんたはもう少し下がっとけ。いざとなったら中に戻れ」

 ラティスは門柱を示した。もとより役に立つつもりは無いので、さくらは素直に後退する。

「あんなに大勢いるけど大丈夫?」

「全部いっぺんに相手にしないさ」

 ラティスが含み笑いで答えるより早く、爆発音と悲鳴が上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ