表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

42

(あれが……神様……?)

 柱だと思ったそれは、何かの塊だった。ゲームのラスボスみたいに、不可解な融合を遂げた『何か』だ。神ですら、ない。さくらは息を飲んで、ラティスの服をぎゅっと握った。

 見えてしまった。何かの足が、そこにあった。何かの羽根が、腕が、触覚が、は虫類のような顔がそこにあって、蠢いている。ありえない形に、震えが走った。

 とん、とラティスが再度つま先で地面を叩く。光がもう一筋走った。キメラ神の右側に向かって伸びた光の筋は、その先でやはり何かにぶつかって、上に伸びる。

「……よし」

 ほっとしたようにラティスが呟く。それからもう一度、地面をつま先で叩く。キメラ神を覆っていた光が強まった。と、同時にじりじりとキメラ神が右側に向かって動いていく。

「ラティス……」

「大丈夫だ。一番いい場所に繋がった。このまま引っ張るから、もう少し待ってろ」

 ラティスはリズムを取るように、続けざまにつま先で地面を叩いている。軽快だが、不規則なリズムは緊張感が漂っている。察するに、右の光が、別の世界への道なのだろう。キメラ神を絡め取っている光は明滅を繰り返している。こちらの光が、別世界へ追い出そうと引っ張っているようだ。


 ――……


 計画はうまくいっている。二つの光が重なれば、追い出し完了だ。そのあとは、〈柱〉の力をもって道を封じれば、異形と成り果てた神は二度と戻っては来られない。トーディフ帝国の最後の負の遺産は、これで消えて無くなる。


 ――……か。


 吐息が、聞こえたような気がした。

(……?)

 ラティスではない。自分でもない。そうすると、この場で残る候補はアレしかない。さくらは深呼吸して、ラティスの背中から顔を出した。

「――っ!?」

 大勢の何かが、こちらを見た。

 その全てと、目が合った。


 ――誰

 ――どこ

 ――何

 ――まだ

 ――もう


 数え切れない声が、同時にぶつかってきた。耳を塞ぎたくても動けない。唯一、ラティスの服を掴んでいた指だけが動いた。力を込めて握り直すことしかできなかったけれど。


 ――また

 ――……

 ――永遠に


 胸を突かれたような気がして、さくらはラティスの背中を叩いた。

「……ラティス……待って」

 光と光が重なるまで、一メートルも無い。

「なんだ?」

「待って……あのままじゃ……」

 右手の甲が熱を持っている。呼ばれているような気がした。

 こんなものを握りしめている場合じゃない――ラティスの服を離すと、腰に差しておいた棒を取り出した。

「おい、何する気だ! 戻れ! 止めろ!」

 ラティスの制止を振り払って、さくらはキメラ神に向かって走った。

 あのままじゃ放り出しちゃダメだ――キメラ神という名の塊は、蠢いていた。光から逃れようとしているのでない。ただ、苦しいからもがいているだけだ。

 トーディフの魔術師たちは、いったいどれだけの『神』を集めたのか。人型だったり獣型だったり、植物のようなものも見える。それらは魔獣のように、何かを掛け合わせて別の存在になっているのでは無く、手足をねじ曲げて縛り付けるように、無理矢理つなぎ合わされていた。ぶつかってきた声は、そう訴えていた。さらにまた付け加える気なのかと、向けられた視線にそう問いかけられた。

(外さないと……!)

 ラティスが放った光の中に、見覚えのあるものがぼんやりと見える。神々をつなぎ合わせているのは、印だ。〈柱〉から作られたものと良く似た印――剣の所持者のように名前が浮かんでくることはなかったけれど、これならわかる。これなら、自分にもできる。

 右手の甲が熱くなった。じりじりと引きずられているキメラ神の前で、さくらは棒を掲げた。視線がまた、集まった。腹に力を込めていないと、視線の圧力に負けてしまいそうだ。

(できる。あたしは剣の――印の回収者だから)

「サクラ! よせ!」

 ラティスが叫ぶ。さくらも叫んだ。意思を持って、一番近くの印に向かって棒を突き出す。

「――回収します!」

 叫ぶ必要は無かったかもしれない。恥ずかしさに気づいたとき、衝撃が走った。

「はぅっ?!」

 おかしな声が出て、さくらは後ろにひっくり返った。決して恥ずかしくて自爆したわけではない。

「馬鹿野郎、何やってんだ!」

 身を起こす間もなく、後ろに引っ張られた。ラティスがすごい形相で見下ろしてくる。ぽかんとして見つめ返すと、一瞬、ほっとしたように表情が緩んだ。

「ラティス」

「ラティスじゃない。早く立て。んで、あっちに戻れ。ったく、いきなり何をやり始めるんだ、お前は」

 さくらを急かす合間に、ラティスはポケットに手を突っ込む。中から何かを取り出すと、周囲にぽいぽいと撒いた。撒かれた何かは、地面に当たると花が開くように印を描く。灰色の世界に、可憐な花が咲いた。

 綺麗だな――場違いな感想を思い浮かべながら、さくらは立ち上がった。

「ラティス」

「よし、とにかく引くぞ」

「でも、あれ」

「アレ?」

 さくらの腕を掴んだまま、ラティスは振り返って、固まった。さくらだって、目に見えるものが信じられない。

「何だと思う?」

 ラティスが床を踏むのを止めたせいか、光は二つとも消えてしまっていた。再び灰色一色に染まった中にあるのは、巨大な異形と、その前で、ぺたんと座り込んだ幼女だった。ふわふわの金髪に、フリルのピンクのドレスを身につけて、糸の切れた人形のように、俯いている。

 ラティスがゆっくりこちらを見た。それから、同じ速度で首を横に振る。わけがわからないと、言葉よりも表情が物語っている。

「お前、なにやったんだ……?」

「何って――」


 ――誰

 ――どこ

 ――何

 ――まだ

 ――もう

 ――……?


 声が始まる。視線が集まる。座り込んだ幼女も、顔を上げてさくらを真っ直ぐに見上げてくる。よく見れば、白目の無い黒一色の目をしていた。

「ラティス」

「なんだよ」

「呼んでるみたいなんだけど」

 幼女は無表情のまま、小さな手をさしのべてきた。


 ――回収?


 ラティスは舌打ちした。

「回収だって? なんなんだよ、どういうことなんだ、これは……!」

 イライラしたように髪に手を突っ込んでかきむしっている。毛髪の将来を考えるなら止めた方がいいと思うのだが。

「って、よかった、あの声、ラティスにも聞こえてるの?」

 幻聴だったらどうしようかと思っていたので安心した。が、ラティスは怖い顔のまま振り返る。

「ああ、聞こえてる。キメラ神が生まれてからずっと聞こえてるらしいぞ。けどな、あんなうめき声を聞いて、笑いながらふらふら近寄っていったバカは記録上、たった一人だ」

「バカってあたしのこと?」

 むっとして言い返すと、ラティスはさらに険しい顔で座り込む幼女を見据える。幼女は手をさしのべたまま、微動だにしない。視線の先にいるのは、さくら一人だ。

「……記録じゃ、無理な合成のせいで、神々の知能も意識も獣以下だとある。うめき声には何の意味も無いから無視しろ、耳を傾けてると狂うぞと厳しく教えられるんだ。それなのに、なんなんだ、これは」

 確かに、一斉にざわめく声には閉口気味だが、気が狂うほどではない。これで気が狂うなら、バーゲン会場には飛び込めないと思う。

「なんなんだって言われてもあたしにもよくわかんないんだけど……とりあえず、呼んでるみたいだから行ってきてもいい?」

 さらに怖い顔で振り向かれた。当然だ。

「お前、状況を理解してるのか?」

「うん、たぶん。キメラ神て、別の存在を作ったわけじゃなかったんだね。ヘンな風に繋がれてる苦しいみたいだし、これで外せるなら外してあげたいなって」

 ラティスは、深いため息を吐いて両手を肩に乗せてきた。

「ああ、そうだよ、俺だってわかる。キメラ神の合成は、ただのつぎはぎだってな。だがな、どんな風につなぎ合わせているかなんて、施術した奴だってもうわからないんだ。右手の位置に左足を繋いだようなもんだ。理由がもっと酷い。『そこなら繋がりそうだったから』だぞ」

「何その行き当たりばったり魔法」

「神相手なんだからしかたないだろ。だいたい、お前が今やろうとしてることだって、行き当たりばったりだろうが」

「う……」

 確かにその通りだ。ラティスと違って、詳しい理論構築が基礎にあるわけではない。なんとなく、できそうな方法を取ったらできてしまったと言うだけだ。幼女が現れた結果が成功なのか失敗なのかも、判定できない。

「その行き当たりばったりで、なんで復元に成功するんだよ……おかしいだろ」

 なぜか最後はちょっぴり泣き声になっている。

「へ? なにちょっと、どういうこと!」

 説明求む!――遠い目をするラティスを揺さぶって引きずり戻すと、深い深いため息の後に、ラティスは言った。

「お前ほんとにわかってないんだよな……さっき回収しますとか叫んだとき」

「そこは忘れて欲しい、是非」

「……とにかくその棒で印に触ったときに、ほんとに回収しやがったんだよ、繋がれてる神ごとな! 無茶苦茶だろ!」

「へ?」

 できそうだったのでやってしまったのだが、やはり無茶だったらしい。まさか命の危険があったのだろうか。

「確かにその棒と印は、お前を通して〈柱〉の欠片と力を回収して、〈柱〉を復元するけどな! でもそれだけだぞ! つなぎの印を回収して、分離した神を復元するとか、理論の応用どころか乗っ取りじゃねえか!」

「そんな具体的に怒られても八つ当たりにしか聞こえないから!」

「怒ってねえよ、困ってるんだよ……ああもうちきしょうめ」

 酔っ払いがくだを巻いているみたいになって、ラティスはしゃがみ込んだ。うつろな目で、手を差し出したまま微動だにしない幼女を見据える。

「……どうやってるのかはわからないが、一つ確かなのは――お前はキメラ神を分解するに、〈柱〉の力を使ってるってことだ。これがどういうことかわかるか?」

「あー……なんとなく」

 さくらの役目は、〈柱〉の力を運ぶだけ。

 ラティスは計画通りにキメラ神を別の世界に追い出し、さくらが運んできた〈柱〉の力で道を塞ぐ。それをさくらが使い果たしてしまったら、鍵をかけることができずに、計画は失敗だ。残っているのは、無理矢理呼び出されて長く苦しめられた神々だけ。寛大な心でこの世界を守ってくれることを祈るしか無い。

「それは……うん、困ったね……」

 幼女はまだ、手を差し出し続けている。

 脅すのでもなく、懇願するのでもなく、さくらの決断だけを待っていた。

キメラ神はきっと、「俺は神を作る」なんて言っちゃった手前、やらざるを得なかった仕事の結果というか何というか。トーディフの魔術師全員グレミアと同類だったのではと推測します。


今回もありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ