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11/14 誤字脱字修正&なぜか下書きの文章が残っていたところを修正しました…お恥ずかしい限りです。

(重い重い重い重い、重いったら重い-!)

 繰り返し叫んでも少しも楽にならない。しかも心の中で叫んでいるだけだから、のしかかってくる何かに伝わるはずもなく、ひたすらぎゅうぎゅうと押され続けている。このままいけば、〈柱〉の土台と一体化するのは時間の問題だ。

(ってことは、あたしやっぱり〈柱〉の代わりに……)

 息をするのも難しくなってきた。空気を吸い込むために肺を膨らませることができない。無理に息を吸い込めば、吸い込んだ空気が余計な圧力を加えてくる。

(うぐ……これは……ほんとにダメかも……)

 さすがのラティスも間に合わなかったんだな――そう思ったら、いきなり涙がこぼれた。一つこぼれ出すと、止まらない。何で泣いているのか自分でもわからなかったが、どうせ誰もいないのだから、隠す必要も無い。泣きついでに、溜まった鬱憤も晴らしておくか。

「……さっ、さと、助けに来い、バカーー!」

 うずくまったまま、吐き出すように叫んだ直後。

 ふいっと、のしかかってくる何かがいなくなった。

「……?」

 そっと身体を起こしてみると、何の抵抗もなかった。鼻をすすり上げて見回すと、黒く光っていた模様は、静まり返っていた。

(助けに、きてくれた?)

 ほっとすると同時に、慌てて顔を擦りまくった。泣いていたなんてバレたら恥ずかしくて死ねる。

「ぅあっ!」

 立ち上がろうとすると、また何かに押さえつけられた。さくらは慌ててしゃがみ込む。すると圧力は、また消えた。さくらを潰していた何かは、まだ完全に立ち去っていないようだ。

「――すみません、まだ調整がうまくいっていないので、どうかそのままで」

 慌てたような声がした。聞いたことの無い声だ。声を主を探して見回していると、やがて端っこに銀色の頭がぴょこんと跳びだした。

(ディアン……じゃない)

 かといって、ティルハーでもなく、ましてやグレミアなどでもない。〈柱〉の番人のよく似た容貌の第四の人物は、ガセンより年下に見える少年だった。

「少し、お待ちください。いま、そちらに――あ」

「あ」

 飛び出ていた頭が、がくんと落ちた。腰を浮かしたさくらだったが、それ以上立ち上がれない。しゃがんだまま近寄ろうとしても、足が動かない。重りを付けられたみたいに、数センチ動かすのがやっとだ。

「だ……大丈夫です、どうか動かないで。調整が難しいので――」

「わかったら気をつけて!」

 切れ切れに聞こえる声の主の言うとおりに、さくらはその場でじっと待つことにした。十メートル以上も距離があるのに、すぐ側で話しているかのように良く聞こえる。

(グレミアの声もそうだったな……)

 聞こえなくても良かったのにと、ぶつぶつ言っている間に、再び銀色の頭が飛び出てきた。少年は慎重に身体を引き上げ、そして落ちを何度か繰り返して、最後にしがみつくようにして土台の上に身体を上げることに成功した。さくらは肩の力を抜いた。見ている方が手に汗握る光景だった。

「お待たせしました。そろそろ大丈夫そうですね」

 一息吐いた少年は、まだ頬を上気させたまま立ち上がった。着ている物は、やはり上から下まで黒ずくめだ。だぶだぶの袖をまくり上げると両手を挙げ、虚空を見上げる。しばらくそうした後に、視線を落とした。距離があるので細かい動作まではよく見えないが、祈りを捧げているようにも見える。

(お!)

 今度は足下が軽くなった。試しに足を動かしてみると、普通に動く。

「あっ、待ってください、どうかそのままで!」

 少年は慌てたように走ってきた。が、なんだかぎこちない。まるでお手本を見て、その通りに手足を動かしているようだ。

「あっ」

 そしてお手本のように目の前でコケた。ここまでくると逆に感動が沸いてくる。芸人なら、神業の域じゃないだろうか。

「あいたた……あっ、失礼しました」

「あたしのことはいいからとにかく落ち着いて」

 慌てるのか謝るのか立ち上がるのか、どれか一つずつにしろとさくらが言うと、少年は顔を朱くして項垂れた。

「す、すみません……まだ慣れていなくて」

 謝るのを優先した少年は、ゆっくり立ち上がって服に付いた汚れを払った。それから打って変わって優雅な仕草で、さくらの前に片膝を突いた。

「あの、お体の具合はいかがですか?」

「もう何ともない、かな、たぶん?」

 語尾が疑問系になったのは、圧力とは違う感覚が下りてきているからだ。例えるなら、温かいシャワーを浴びてるようだ。見上げてもシャワーヘッドはどこにもないし、そもそも見えない『お湯』は身体の表面より、内側に注がれている感じがする。具合が悪いことはないが、慣れない感覚で落ち着かない。

「あの、それはまだ何か不調があるということでしょうか」

「んー、不調じゃ無いと思うんだけど……って、その前にあたしからも訊いてもいい?」

「はい、何でしょうか」

 目をキラキラさせて、少年は背筋を伸ばした。非の打ち所のない美少年ぶりに、さくらは思わず言葉に詰まった。

(やばい、頭なでたいよコレ)

 撫でてと全力で尻尾を振っている子犬が見える。期待通りに撫で繰り回してやりたいが、それはさくらの中にある幻だ。

「あの、大丈夫ですか?」

 両手を握りしめて堪えていると、気遣われてしまった。おかげで幻が消えた。

「うん、大丈夫。で、それより君は誰なの?」

「あ! 慌てていたので名乗りもせずに、失礼しました! 僕は、ここの〈柱〉の番人になる予定だったネフィといいます」

「へー……番人の……え? ここの? 本物?」

「はい、僕がここに遣わされる前に異常事態が起きてしまって、しばらく待機を命じられていたのですが、少し前にラティスがいらして、あなたがここにいるからすぐに向かうようにと命じられました」

 元気よくすらすらと答えるネフィの言葉に、さくらその場に突っ伏したかった。

「ラティスが……そっか……」

 安心した。助かった。どうせならもっと早く助けに来い。

 泣き笑いの気分で、でも涙はこぼさないように気をつけて、さくらはネフィに礼を言った。

「じゃ、よくわからないけど、あたしのこと潰してた何かをどけてくれたのは君だったんだ」

「はい、間に合って良かったです」

 にこにこと、邪気のない笑みを向けてくる。再び、さくらの前に子犬の幻がやってくる。ここにあるこの棒を投げたら拾いに走るだろうか。

「貴女を潰しかけてたのは、〈柱〉に籠められていた力です。残り二本とはいえ、まとめて貴女に移そうとするなんて」

 なんて酷いことを、と子犬が怒っている。いや、これはネフィだ。幻を追いやって、さくらは頭の上の空間を指した。

「もしかしてその力ってのは、まだこの辺にある?」

「いえ、そこではなく、もっと全体的な感じですが……やっぱりその辺ですか?」

「うん、シャワー浴びてるみたいになってる」

「不快なようでしたら調整しますが」

「ううん、大丈夫。そっか、やっとわかった」

 グレミアは〈柱〉の力をさくらに移そうとした。しかしその方法は極めておおざっぱだったので、さくらは受け止めきれずに押しつぶされそうになっていた。それをネフィが調整して少しずつ、さくらのもつ器に流し込んでいると言うことだろう。

「ええ、そういうことなんです」

 理解されて嬉しいと、ぱあっと広がった笑みがなにより物語っていた。さくらもつられて微笑んでいると、ネフィがのぞき込んでくる。

「でも、ラティスから聞いてはいましたが、本当に〈柱〉の力を難なく受け取られているのですね」

「よくわからないけど、そうみたいね」

 ネフィには〈柱〉の力がさくらの中に注がれている様子が見えるのだろう、驚きに満ちた顔で、一人頷いている。

「しかも……まだ余裕がありそう、ですね……」

「そうなんだ?」

 さらに追加されても困るので、さくらは強引に話題を打ち切った。

「ところでいつまでここにいればいい?」

「ええと、間もなくだと思います」

 ネフィは虚空を見上げて目を細めた。さくらも視線を上げる。霧があるだけで何も変わらない。

「あ、終わりました」

 同時に、見えないシャワーが止まった。ということは、〈柱〉の力は無事に移し終わったのだろうか。胸に手を当ててみるが、身体に別段変わった様子もない。

「ねえ、これって――」

 ドン――!

 地面が揺れた。

 続いて、ズゥンと、地面が裂けるような感覚がする。

「地震!?」

 慌てるさくらを、ネフィが止めた。

「待ってください。地震というものではないようです」

 ネフィはまだ虚空を見上げていた。形のいい眉が、きゅっと寄せられる。

「これは……もしかして」

「もしかして?」

 先を促してみても、ネフィは首を振ってさくらの手を取った。

「僕でははっきりしたことが申し上げられません。ですが、この印の上にいると目立ってしまいますから下りましょう」

「目立つ?」

 確かに巨大な模様だが、これが目立つのは空中から見下ろしたときくらいではないだろうか。

(上に何かいる、とか?)

 見上げても、霧が渦巻いているだけだ。そういえばディアンは、この霧も〈柱〉を守っていると言っていた。〈柱〉は無くなってしまっても、霧はまだ晴れない。取り残されて、物寂しそうでもある。

「あっ」

 ネフィに手を引かれながら、さくらは小走りに土台の端まできた。さて、どうやって下りようと二人で縁に手をかけてのぞき込んでいると、ネフィが声を上げた。

「ラティス!」

 土台の影からまわりこんできたのは、紛れもなく、ラティスだった。ネフィの声に顔を上げて、手を振る。ほっとしたように見えるのは、自意識過剰じゃないはずだ。

「間に合ったか。よくやった、ネフィ」

「はい!」

 ネフィは嬉しそうにぶんぶんと手を振り返す。今にも落ちそうなので、さくらはそっとネフィの服の端を掴んでおいた。

「まずはここから下りましょう」

 下りられますかと訊かれて、さくらは即答できなかった。登るときは気づかなかったが、かなりの高さがある。最初はこんなに高くなかったはずだが、二階建ての家くらいの高さはある。いつの間にこうなったのかはともかく、これを自力で下りるのは苦労しそうだ。手が滑ったら、足を踏み外したらと思うと、簡単に頷けない。

「ラティス、ロープか何か持ってない?」

 下に向かって怒鳴ってみると、ラティスは首を振った。

「そんなものあるか。飛び降りてこい」

 ついでに無茶なことを言われた。

「あ、それが早そうですね」

 横から、さらにとんでもない発言が聞こえた。ネフィが、すでに立ち上がっている。

「じゃあ、行きましょう」

「行かないから。無理だから。ローブ無しのバンジーとかあり得ないから。ていうかバンジーできる高さでもないから!」

「ばんじー?」

「ネフィ! どうせそいつがなんかごちゃごちゃ言ってるだろうが、気にせず引っ張ってこい」

「はい、わかりました!」

「げっ!?」

 さくらが逃げる間もなく、ネフィの腕に腰を絡め取られた。思った以上に力がある。

「待って、一緒にとか無理だからあぁぁぁぁあああああ――――!」

 ネフィは、よいしょと一声かけてジャンプした。〈柱〉の土台の側面はデコボコしているので、引っかかればそれなりのダメージを負う。にも関わらず、ネフィは段差を飛び越えるように軽く飛んだ。さくらは悲鳴を上げて、一緒に落ちるしかなかった。

「ああああああぁぁ――――……あ?」

 がくんと落ちたのは、最初だけだった。その後は、まるで落ち葉が落下するように、ゆらゆら、ふわふわと落ちて、最後に二人同時に、とん、と地面が足に着いた。

「え?」

 見下ろすと、足下に見たことは無いが見慣れた感じの印が青白く点滅していた。

「……」

「やっぱりこの方が早かったですね」

 無邪気に頷くネフィの手をほどいて、さくらはラティスを見上げた。ラティスはすでにそっぽを向いている。

「なんか魔法使うんなら先にそう言って!」

「言ってもどうせわからないだろ」

 ラティスは足下の印をつま先で叩いた。青白い光が消えて、あとには何も残らない。

「それより、ちょっとマズいことになった」

 次に顔を上げたときには、ラティスはいつになく真剣な表情をしていた。さくらは身構える。この状況で、マズいことと言ったら、アレしかない。

「グレミアがキメラ神の封印が解きやがったんだが、失敗した」

「……成功するなんて誰も思ってなかったでしょ」

 思っていたのは、グレミア本人だけだ。

予定より長めになったのはネフィのせいですよ……。

今回も、ありがとうございました!

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