表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

39

 目を覚ましたら、濃い霧の中だった。背中に固い感触がある。首を回すと、灰色の地面が見えた。地面の上に直接、寝っ転がっている。ベッドで二度寝したわけではないらしい。

(あれ、なんで……ラティスにくっついてディアンの所に行って……)

 片手をついて起き上がると、めまいがした。軽い頭痛と、胃もたれしたような不快感が押し寄せる。目を閉じて深呼吸を繰り返すと、落ち着いてきた。二日酔いかとも思ったが、昨夜は呑む間もなく眠ったので、そんなはずはない。

(むしろ夕飯も食べないで寝たからかなあ……)

 空腹が原因で、貧血でも起こしたのだろうか。砦に戻る前、ミオーリの大通りに並んでいた屋台で、串焼きだのサンドイッチだのを大量に買い込んで馬車の中で延々とつまみ食いしていたので、さほど空腹は感じなかったのだが。

(あの練り物みたいな串焼きは美味しかった、うん)

 こめかみを軽く揉んで、ゆっくり目を開ければ、正面に銀色の髪の人影がある。ディアン、と呼びかけようとして、さくらは固まった。

「あ、起きたんだ」

「……」

 思い出した。

 気を失う直前、耳元で囁いたのはこいつだ。

「……また、あんたなの、グレミア」

 唸るようにして言えば、

「うん、また俺なんだ」

 グレミアは、嬉しそうに頷く。また会えて嬉しいよと、本気で言われそうなのが怖い。

(あ、でも、マズいな)

 再び、頭痛とめまいが襲ってきた。この男がいるというなら、たぶんというか、間違いなく、ラティスもディアンもいない。あの場からどうやったのかは知らないが、マリオーシュの村の時と同様に、無理矢理浚われたと見ていいだろう。

 つまり、現時点で、さくらには一人で逃げ出す手段がない。

 一つ希望があるとすれば、攫われる直前まで、ラティスが一緒だったと言うことだ。何かしら手を打ってくれているに違いない。

(とすると、あたしがすべきことは)

 グレミアがさくらを攫う理由は、〈柱〉の力を移したさくらを使って、キメラ神を操るためだ。さくらが生きていなければ〈柱〉の力は霧散してしまうこともあらかじめ確認済みなので、命は心配は無い。たぶん。

「……一応訊くけど、ここ、どこ?」

 さくらにできるのは、助けが来るまでの時間稼ぎだけだ。どのくらい稼げばいいのか分からないのが、辛いところだが。

「どこだと思う?」

 グレミアが歩み寄ってくるそぶりを見せたので、さくらは慌てて立ち上がって、一歩下がった。武器になりそうなものは何もない。いつもの癖で、回収用の棒は持ってきているが、役に立たないことは前回攫われたときに実証済みである。グレミアもわかっているようだ。勝ち誇ったように微笑んでいる。憎たらしいが、今はそんなことに構っていられない。答えが貰えないなら、自分で探すしかない。

(って、霧ばっかりなんてとこ、他に知らないし……)

 前に攫われたときも、似たような状況だった。バカの一つ覚えと言ってやってもいいだろうか。

 グレミアを牽制しつつ、周囲を見回す。やはり見慣れた濃い霧の光景だった。普通に考えれば〈柱〉の中なのだろうが、最後のピースが一つだけ足りない。

「……〈柱〉が、無い……?」

 霧に覆われてるとはいえ、視線を上げれば必ず一度は〈柱〉の一部分を垣間見ことができたのに、目が回りそうなくらい見回しても、どこにも出てこない。

「へぇ、よくわかったね」

 良くできましたとばかりに、グレミア。頭を撫でられそうな気がしたので、また後ろに下がる。そんなことされても少しも、まったく、嬉しくない。

「実はそうなんだ。ここの〈柱〉、俺が使っちゃったからね」

「……は?」

 なんだそれはと言いかけて、思い出した。

 もともと〈柱〉は三本あったんだ――ラティスの長い昔話で、そう聞いた。だけど今は二本しか無い。無くなった一本は、死霊兵の作成に使われた、と。作った本人は、目の前で薄笑いを浮かべている。怒りが、腹の底で小さく燃えた。

「……あんたが、死霊兵を作るのに、〈柱〉を使ったんだよね」

 あの巨大な〈柱〉まるまる一本を使って、正体不明の侵略者を作り上げて、大陸中を蹂躙した。攻撃される理由もわからないまま、多くの国と人が消えていった。

 残念なことに、そんなに大きな嘆きは、さくらにはわからない。ただ、隣で話している誰かが、時々寂しそうに昔を語る声がイヤだった。その声を作った原因が、この男だ。

「そうだよ。ラティスに聞いた?」

 全く悪びれずに、グレミアは頷いた。さくらは眉を顰めた。その死霊兵が何をしたのかと問い詰めても、人を襲ったと、簡単に答えるだろう。この男は異質だ。反省だの良心の呵責だのを求めても無駄なのだと、認めざるを得ない。

「キメラ神とか封印のこととかも聞いたけど、どうしてもわからないことがあるんだけど」

 時間を稼ぐんだ――感情のままに怒っても、気は晴れるかもしれないが何も解決しない。グレミアには、さくらの怒りが理解できないだろうから、むしろ気が滅入るだけかもしれない。その可能性の方が高い。だから今は、冷静に時間を稼ぐしかない。

「へえ。ラティスでもわからなかったこと? 今なら気分がいいから答えてあげてもいいよ」

 さくらの思惑に気づいているのかいないのか、グレミアはあっさりと了承した。

「じゃあ、お言葉に甘えて。まず、ここにいた番人って、どうしたの?」

「ん、質問っていくつもあるのか? まあいいか。ここの番人には俺は何もしてないよ。寿命が来て入れ替えの時だったから」

 新しい番人を入れなかっただけだと、グレミアは言った。

「そう……」

 本当かどうかは、あとでラティスに確かめるしかない。

「それじゃ、もう一つ。あんたたちは帝国を復活させるのが目的だって聞いたけど」

「そうだね、王権の復活を唱えてた奴もいたから、目的の一つだね」

「……あんたの目的とは違うって言うの?」

「俺の目的は、キメラ神だけだよ。帝国の最高峰の魔術でも扱えなかったアレを俺の意のままにする。ああ、でもそうか、神を操れる俺に世界が従わざるを得ないから、結局俺が帝国を引き継がなきゃいけないだろうね」

「……」

 一人頷きながら語る様子からして、グレミアは大真面目なのだろう。なんかもう、色々ダメだと思った。できれば今すぐ目の前から消えて欲しいが、しばらくつきあうしかない。

「目的がキメラ神だけなら、どうして死霊兵なんか作ったの。〈柱〉の力が無かったら、キメラ神を操れないでしょ」

「それもラティスの意見? だとしたら俺のこと過小評価しすぎだなあ」

 いちいちカンに障る言い方だ。さくらは歯を食いしばって耐える。

「まさか、〈柱〉の力無しでもキメラ神を操れるとか言うつもり?」

「そうだよ。ま、ぶっつけ本番になっちゃうけど、理論上は完璧だし、結果は実践でってね」

「……」

 それを言うならお前はどれだけ自分を過大評価しているのかと。妄想、乙、と言ってやりたい。操れなかった場合の対処法などは、そもそも存在しないと言うことか。

「逆に、〈柱〉はもう邪魔なだけなんだよな。わかるかな、〈柱〉にあるのは封印力が大きすぎて、方向転換が効かないんだよ。そうしたら、どうせ壊すなら有効活用してくれって頼まれてさ。それで死霊王と死霊兵を登場させてみたんだ」

「有効活用……?」

 意味を計りかねていると、グレミアはうっすらと笑った。

「かつて、自分たちの祖先を追い払った者への復讐、らしいよ?」

 その言葉に侮蔑の響きがあることからして、グレミアも過去にこだわるつもりはないらしい。昔話は結局、当時を生きていた人にしかわからない。後世では、自らの正義を裏打ちするために、都合よく利用される。

 グレミアに死霊兵を作ることを指示した者は、最後にはグレミアさえも利用するつもりだろう。お互い、好きなだけ出し抜きあえばいい。

(少なくともあたしは、あいつと手を取り合うつもりはないし)

 向こうから手を差し出してくれとも思えないが。

「ラティスのおかげで中途半端に終わっちゃったけど、それは俺の責任じゃないしね。ただ、死霊兵を壊すのに他の〈柱〉を削ぎ始めたてくれたのは、ほんとに都合が良かったよ。外に流れた剣を留め置くだけでいいんだからね、楽なもんだった。おまけに、君みたいな理想的な器まで喚んでくれて、感謝の言葉が見つからないね」

 見つからないのは感謝の心が無いからだろう。もし見つかっていたとすればそれは呪いの言葉なので言わなくてよろしい。

「あれ、でも〈柱〉の力はいらないんじゃなかったの?」

 それなのにどうして理想的なの?――精一杯の皮肉を込めてみても、グレミアは、却って嬉しそうになったので、そういう趣味の人間なのかもしれない。気をつけよう。

「そう、要らないね。でも有効活用できるから、ただ流すのはもったいないだろ?」

「ああ、そっか」

 さくらは、わざとらしく手を打って、微笑んでやった。

「操るのに失敗したら、封印し直せるものね」

 瞬間、グレミアはいきなり掴みかかってきた。ぐいと引っ張られて、真正面から睨み付けられる。

「バカなことを言うな。俺が、失敗なんかするわけ無いだろ!」

「は、な……し」

 抵抗すると、顎を掴まれた。ぎりぎりと、力が込められていく。

「いいか、二度とそんなつまらないことを言ってみろ。キメラ神の最初の生け贄にしてやるからな」

 ふんと、荒く息を吐いて、グレミアはさくらを突き飛ばす。よろけたさくらは、その場に尻餅をつく。以前に絞められたときの恐怖も蘇って、震えが止まらない。

(お、落ち着け……落ち着くんだ……)

 挑発した甲斐はあった。間違いない。グレミアにとって、さくらは保険だ。キメラ神を操るのに失敗したときには、どうしても〈柱〉の力が必要だ。

(そうじゃなきゃ、要らないものをわざわざ攫いに来ない……だから、落ち着け)

 震えを止めようとしているさくらの様子に、グレミアは満足したようだ。

「質問はもう終わりでいいか? そろそろ準備に入る」

「準備……?」

 いったい何の、と聞く前に、腕を掴まれて無理矢理立ち上がらされた。

「キメラ神の復活の準備に決まってるだろ」

「えっ! もう!?」

 まだ助けに来てもらってないんだけど、と言ったところで聞いてもらえるわけがない。

「もうじゃない。遅いくらいだよ。あとは実践あるのみって言っただろ」

「で、でも封印はまだ」

 ラティスが順番に準備しているところだった。てっきりグレミアも同じような手順を踏むと決めてかかっていたが、さくらの思い込みなどグレミアのつま先にも引っかからない。

「そう、まずは邪魔な封印を外す。君には予定どおり、受け皿になってもらうよ」

「ちょっと、待って!」

 抵抗も虚しく、さくらはずるずるとひきずられていった。ごつごつした岩が積み上げられている所まできて、グレミアは足を止める。

「この上に上がって」

 この岩山を、どこかで見たことがある気がする。

「……これ、〈柱〉の根本にあった岩?」

「そうだよ。はい、もう質問はおしまい。自分で上がらないなら、引きずり上げるけど」

 容赦なく、岩にぶつけるだろうとわかったので、さくらは大人しく岩を上り始めた。ディアンのところでみた岩山と違って、目の前のそれはさくらの身長と同じくらいの高さしかない。足がかりはたくさんあるので登ること自体は問題ないのだが、気が進まない。

(イヤな予感しかしないんだけど!)

 岩の上に上がると、ほぼ円形の平面になっていた。半径だけで二十メートルはあると思われる。あの岩山を、どうやって削り取ったのだろう。

「上がったら、真ん中まで行ったら止まって」

 下からグレミアが叫ぶ。さくらはゆっくりと歩き出した。足下が所々が黒ずんでいるのは、印が描かれているからだとわかった。大きすぎて、目を細めてみても概要は掴めない。

(見えたところで意味なんかわからないんだけど)

 途中で足を止めて眺めていると、グレミアにドヤされた。ちゃんと見えているらしい。のろのろと歩いて、結局、真ん中に辿り着いてしまう。

 走り回ってたら阻止できるだろうか――そんな体力勝負を考えていると、足下の黒ずみが、黒いまま光り出した。

「ぅえ!?」

 走り出す間もなく、何かがのしかかってきた。振り返ってみても、何もいない。しかし確実に圧力がかかっている。さくらは耐えきれずに、膝を突いた。両手もついた。それでも容赦なく何かがのしかかってくる。とうとう丸くなって、目をきつく閉じた。このまま潰されて死ぬと思った。

(誰か……助けて……ラティス!)

 声に出して叫んでいるつもりだったが、口を開くのも苦痛だった。もうできることといえば、ひたすら祈ることだけだ。

「よし、こっちはこれでいいみたいだね」

 グレミアの声だけが、やけによく聞こえた。

「がんばってためておいてくれよ。俺はそろそろ、行ってくるから」

 二度とその声を聞きたくないのでさっさとどこへでも行けと、心の中では盛大に追い払ってやった。

 あとは一人で、のしかかってくる何かに耐え続けるしかなかった。

ぎゅっと潰れたまま、次回に続きます。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ