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「は……〈柱〉、以上……?」

 つまり世界を支えるだけの器だと言われているのだろうか。予想外の大物だったと、誇るべきか。

「何でもそうだが、許容量ってもんがある。あんたは魔力に対して受け入れ口がデカい。桁外れだ。それこそ過去の帝国の王族にも匹敵するんじゃないかってくらいだが、中身は空っぽだ」

 最後の一言で、さくらの眉間に皺が寄る。

「……絶対、褒めてないよね?」

「褒める話じゃないからどっちでもいいだろ」

「もっとよくない! っていうか、ラティス、〈柱〉の側が危ないのって、あたしを喚んでから思い出したんじゃなかったの!」

「そんなこといったか?」

 記憶のございませんとばかりに、視線を逸らされた。

「あんたねえ……」

「ラティス。その話……俺には、こいつを〈柱〉の代わりにするつもりにしか聞こえないんだが」

 噛みつきそうなさくらを差し置いて、ルコーが言った。ラティスの視線が戻ってくる。

「そうとも言えるが、少し違う」

「具体的に是非お願いします」

 さくらは一言一言に力を込めた。ルコーの指摘は正しい。世界を支える器なんて喜んでいる場合じゃない。結局のところ、〈柱〉の代わりなんて、聞こえの良い生け贄にしかならない。

「まず、おまえさんの容量は、三本の〈柱〉の力を全部つぎ込んでもお釣りが来る」

「……まじで?」

「まだ試してないから、計算上って話だ。ただ現時点でほぼ一本分はあんたに移してあるが、まだ余裕みたいだし、行けそうだな」

「行けそうだなっていつの間に……あ! あのとき?!」

 イートス村の封印された神殿で、名前を読み切れないくらいの印を無理矢理回収させられた。アレはいろんな意味で辛い体験だった。

 ラティスは首を振った。

「それだけじゃねえ。ケミッシとカギンディルの分も、他も全部だ」

「ぜんぶ……?」

 そういえばディアンは、返還式の後から〈柱〉がおかしいと言っていた。昔の人はいいことを言った。灯台もと暗し。どうやら〈柱〉に戻らない力は、さくらの中にあったというオチだ。

(……って、ディアン、あんた目の前にあたしがいて全然気づかなかったの……)

 自分も気づかなかったことを棚上げして、想像上のディアンの肩を叩いてみる。ラティスが何か言いたそうな目をしているが気づかないことにする。

「やっぱり……サクラを〈柱〉の代わりにするようにしか聞こえないんだが」

 憮然とするルコーに、ラティスは頷く。

「それは仕方ないな。俺も途中まではそうするのがいいと思ってたからな」

「個人的には最悪なんですけど」

「途中までは、って言っただろ」

「それじゃ、今のラティスの計画ってどういうの?」

「キメラ神を追い出して戸締まりをする。鍵はあんただ」

 最後にびしっと指をさされた。

「はい、今のでわかった人、手を挙げて」

 誰も手を挙げない。みんな、目か口を丸く開けている。マナン村長含めて、だ。

 ラティスは後ろ頭を掻いた。

「わかりやすく言ったつもりだったんだがな……」

「いや、なんとなく、は、わかったようなわからないような……」

 最初に、マナン村長が我に返って言い訳をする。残念ながら逆効果だ。

「えーと、元の世界に追い返すってことか?」

 ガセンが無い頭を捻った。奇跡のような出来事に、ラティスは少しだけ感動しているように見える。

「元の世界ってわけにはいかないだろうな。色々掛け合わせちまってるから、旨く収まるところを見つけてって感じだな」

「そんな都合のいいところ見つかるの?」

「実はいくつか候補は見つかっている」

 にやりとして、ラティス。抜け目は無いようだ。

「でもそれは……うまくいくのでしょうか」

 帝国の惨状を思えば、リンナーリシュの意見は杞憂と一蹴し難い。

「方法は、まあ、思っているよりは簡単だ。異界に繋いで道を作る。キメラ神をそこに落とす。道を外して繋がりを切る。問題は、順番と、タイミングだな」

「順番とタイミングだけなの……?」

 魔法のことはよくわからないが、課程の時点で困難が予想されるのだが。

「そこは安心していい。腐っても、いや、滅んでも帝国の残した魔術だ。しかも腐らせずに徹底的に受け継いでいる子孫がいるからな」

「……」

 その一人が目の前にいるオレンジ頭のやる気の無さそうな中年である。

「……なんか文句がありそうだな」

「んー、それは後で言わせてもらうことにする」

「言うのかよ」

「言いたいこと言わないとストレスになるし。じゃ、方法は任せて安心として、あたしは何をして、最終的にどうなる予定なのか教えて欲しいんだけど」

「さっきも言ったように、道を作ってキメラ神をそこに追い落とすのはできる。その後、戻ってこれないように道を閉ざすのに、通常よりも大きな力が必要になる。〈柱〉の力を使えば簡単だが、あんたが来るまではそれをどうやって動かすのかが問題だったんだ」

 まさか〈柱〉ごと持ってくるわけにも行かない。かといって、容易に動かせるような〈柱〉に見合う器もない。小分けにして運べばいいのではという案もあったが、それこそ運び終わるまでにかかる時間は、百年単位になってしまう。

「そこに、願ったり叶ったりの空っぽの器が来たってワケだ」

「うん、何度聞いても悪意があるように聞こえるね♪」

 笑顔で睨み付けると、ラティスではなく、横のガセンが震え上がったのはご愛敬だ。

「だから、あんたが何かをする必要は無い。〈柱〉の力を移していくのはこっちで受け持つ」

 やってくれと言われてもできないので、そこは頷くしか無い。

「で、準備ができたら一緒に来てくれればいい。残りの作業もこっちでやる」

 やっぱりやってくれといわれでもできないことなので、頷く。

「その後は、帰っていいぞ」

「へ?」

「必要なのは力を運ぶ器だったからな。中身を使っちまえばあんたに用は無い。ディアンと約束したお土産とやらでももって家に帰ればいいだろ」

「……具体的に言って、あたしのすることってなにかな……」

「大人しく〈柱〉の力が移るのを待って、俺たちが作った道の所まで自分の足できてくれることだな」

「……ですよねー……」

 わかっていたのだ。剣の一つも、武術の「ぶ」の字も囓っていない自分が、異世界の神相手に大活躍するなんて夢に過ぎないとは、本当によくわかっていたのだ。

「ううぅ……夢くらい見たかった……」

 さくらはテーブルに突っ伏した。ここは神を凌ぐ神に颯爽と立ち向かっていくところだろう。どうしてここだけ、テンプレ展開では無いのかと声を大にして叫びたい。もちろん、実際に叫んだらその後が寂しいことになるからと自制する。しかし悲しすぎる。

「おい、だいじょうぶか?」

 いきなり顔を伏せたさくらに、ルコーが慌てる。さくらはのろのろと手を挙げて、振った。

「……ちょっと理想と現実の狭間に落ちただけだから」

「そ、そうか」

 ルコーが引いていく気配がする。さくらはますます落ち込んだ。

「なあ、ラティス」

 腑に落ちない様子で、ガセンが言う。

「そんだけのことなのに、なんで最初から言ってくれなかったんだ?」

「そうよねぇ。大人しく待ってればいいだけなら、先に話しておいてくれたらあたしたちだって何の気兼ねなく砦で怠けていられたわよねえ。それを、思わせぶりにいなくなったり、孤高の魔術師を気取ったりしてさ。今思い返すと笑っちゃうけど」

「……笑うところなのか、そこは」

 セザにも言われて、不機嫌そうだ。セザは構わず大仰に頷く。

「笑うにきまってるじゃないの。あんなにでっかい魔法が使えるのに、あたしらを仲間にしてちまちまと一人ずつ剣を回収させて怠けてたあんたが、『あと俺は一人でいい』なんて、もう笑うしかないじゃない」

 肩を震わせて、セザは本当に笑い始めた。ラティスは忍の一文字を顔に浮かべて聞いている。

「仲間の不始末は俺がケリを付けるとか、そんな英雄気分に酔ってたのかい? 無理無理。あんたには似合わなすぎるよ。それともあれかい、実はあんたが死霊王でしたなんて言い出す? やめておくれよ、あたしは笑いすぎて死ぬわね!」

 ラティスは絶句した。ほんの一瞬だけ目を見張って、すぐに元通りになった。

「笑い話になるのか、それは」

 セザは涙を拭いながら頷いた。

「なるね。ま、あたしの予想だと、あのグレミアって奴が動き出したからあんたは焦ったんじゃないのかい?」

「それは……私たちのことがあったからでしょうか」

 暗い顔で、リンナーリシュ。マナン村長も、申し訳なさそうに俯く。

「悪いがマリオーシュの件は、今、話を聞いて知った程度だ」

 ラティスは肩をすくめた。

「死霊兵と死霊王を始末されて、グレミアも手をこまねいていたはずだ。そこに俺たちがこいつを喚んだことに気づいた」

「で、サクラの容量とやらに気づいてちょっかいかけてきた?」

「かけてくる前に手を打とうと思ってな」

「だからそのときに話してくれれば良かっただろ」

 不満そうにガセンが言う。ルコーが横で頷いている。

「まあそうなんだが……ケミッシであれだけ大騒ぎすれば他の剣が集まってくるのは時間の問題だったし、その間に回収しきれない部分を集めておこうと思ってな」

「回収しきれない部分……?」

「ああ。本来なら、死んじまった所持者の印は自動的に〈柱〉に戻ってくるようになってたんだが、グレミアの奴が横やりを入れて、剣ごとその場に留まるように書き換えてたんだ」

「もしかして、あの神殿にあった死体ってのは」

 ルコーの呟きに、ラティスは頷いた。

「グレミアの奴が横取りしてた分だ。あの時は、打つ手が無かったんで封じておいたんだ。そのあともあちこちで見つけたからな。いちいち封じるのも面倒なんで、あそこにまとめた」

「それって……グレミアが所持者を殺してたってことなのか?」

 順番に考えると、誰でもルコーが出した答えに行き着く。リンナーリシュが、真っ青な顔で口を開いた。

「それは……」

「グレミアがやった。直接手を下したのが誰でも同じだ」

 ラティスは厳しく言い切った。リンナーリシュは俯いた。

 マナン村長が静かに目を伏せる。口元には、微笑みがあった。

「なんでも横取りするのが得意だったようですな、グレミアという者は」

「そんなところだな。ってところで、頼みがあるんだが」

 珍しく言いにくそうに、ラティスは一同を見回した。視線が集まると、天井を見て逃げる。

「こっちの準備ができるまで、こいつの身辺警護を頼まれてくれ」

「横取り野郎から?」

 にやりと笑ってガセンが言うと、ラティスは頷いた。

「グレミアの奴は、〈柱〉の力を使えばキメラ神の暴走を押さえられると考えてるからな。こいつを浚っていったことからしても、まだ諦めていないはずだ」

「なるほどね。〈柱〉の力をお手軽に運べるサクラが欲しいというワケね」

 あんたも災難ねと微笑まれて、さくらは首を傾げた。

「どっちかっていうと、死霊兵に襲われたみんなの方が災難だと思うんだけど」

「あら、優しいわね。でも、あたしが考えてること聞いたら、そんなこと思えないかもしれないわよ?」

「……聞かせてくれちゃうの?」

 ふふ、と笑って、セザは言った。

「あんたをおとりにしたら、あたしたちはグレミアって奴に直接恨みをぶつけることができるわ」

「その場で狩ります」

 俯いたまま、冷たい決意を含ませて、リンナーリシュも言った。

「……俺たちの出る幕は無さそうだと思うんだが?」

「でも遠くで見てたら一緒に狩られるぞ」

 ガセンとルコーは顔を見合わせて、げんなりと肩を落とした。

 さくらは少しだけ考えて、次に右手を出した。不思議そうなセザの右手を無理矢理取って、握りしめる。

「そのときは、はっちゃんも誘ってあげてね」

「決まってるじゃないか」

 花が開くような笑ったセザが、今まで以上に綺麗だと思った。

 ――その一方で。

「ちょっとだけグレミアの奴が可哀想になってきたな……」

 げんなり組にラティスが加わった。

「それは自業自得だろ?」

「俺も同情はしないなー」

 でも巻き込まれるのもイヤだよなーと、げんなり三人組が額をつきあわせていた。

ハーティーアがいなくて本当に良かったと思いました…。

今回も、ありがとうございました!

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