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結局、ラティスの話が始まったのは夕食が終わってからだった。
「だから、そう睨むなよ」
片付いたテーブルを囲んで、今か今かと待ち構えられて、ラティスはとても居心地が悪そうだった。ルコーの言葉を借りるなら『自業自得』である。
「睨むなんて言いがかりだね。これ以上どこかに逃げられないようにしっかり見ているだけじゃないの」
セザが言う。本当のことなので、ラティスはますます渋面になった。
「……追い詰められた得物の気分なんだが……」
「否定はしないでおくわ」
「そうかよ」
ラティスは項垂れた。リンナーリシュがお茶を配るついでにラティスの頭をつついた。ラティスは渋々、顔を上げる。
「まあ、いまさら隠す話でもないか……」
さくらもカップを受け取って、口をつける。ほんのり甘い香りがした。
そうして、長い話が始まった。
「――帝国の昔話は、村長から聞いたんだろ? 何百年も前、昔々の大昔だ。いろいろ尾ひれも背びれも付きまくってるだろうが、おおよその話は本当だ。トーディフ帝国は確かに存在した。人や獣を召喚して、国を大きくしたってことも本当だ。ただ、終わり方がちょっとばかり違う。あんなに高潔なお姫さんはいなかった」
ラティスは確認するように、マナン村長に視線を向ける。マナン村長は、静かに頭を振った。
「言い伝えが、どこかで間違うというのは良くあることですからな」
納得する村長と対照的に、ガセンは不満そうだ。
「えー、いないのかよ、お姫様。それじゃちっとも話が盛り上がらねえ」
「盛り上がる事実なんてねえよ。トーディフは、はっきり言っちまえば、やり過ぎたんだ。帝国末期の召喚対象は、なんと『神』だ。さらにキメラ研究になると『神』と『神』の掛け合わせだ」
どうだ驚けと言わんばかりだ。実際、全員が声を失ったのを見て、ラティスは満足そうだった。
「神さまって……ほいほい喚べるものなのか?」
呆然としながら、ガセンが尋ねる。その質問を聞いて、『神様ホイホイ』なるものを想像した自分に悲しくなったさくらだった。
「というか、いるのか、神なんて」
ルコーの質問はやや哲学的だ。ナルバクがいたら、熱い討論になったに違いないが、答えられるのはどこか投げやりなオレンジ頭の中年だけだ。
「簡単に喚べないから研究してたんだろ。んで、ルコー、結果から言うと、『神』は、いたんだ」
存在を確認したところで弾みが付いたのか、帝国は『神』の召喚に成功した。それも、複数、だ。
「どんな神様だったんだ?」
興味津々のガセンに、ラティスは首を振った。
「美人の女神なんかじゃないぞ? とはいえ、俺も実際に見たわけじゃ無いからな。記録に寄れば、『人智を越えた力と理を内包する存在』だそうだ」
「さっぱりわからねえ」
ガセンは悩む間もなく言った。もう少し理解する努力をしろと、ラティスがため息を吐く。
「とにかく、帝国は『神』を召喚した。が、『神』を思い通りに使うことができなかった。そこで、掛け合わせてキメラにしてしまえばいいってことになったんだが」
「ごめん、なんでそういう結論になるのかがわからない」
さくらが手を挙げて割り込むと、ラティスは頷いた。
「ああ……そうだな、掛け合わせるって作業をする以上、人の手が入るだろ。人の手が入れば、『神』の力を宿しただけの作品だ。作品なら、作者の思い通りに動かすことができる。理論上は、な」
「残念な結果が予想されます」
「そのとおり。おかしな掛け合わせをしたせいで、キメラ神は大暴走した。帝国はありったけの力を使ってキメラ神を押さえ込み、どうにか封じた。が、帝国はそこで終わったんだ。国中が荒れてどうしようもなくなった。その不満は、そんな危険なものを召喚してキメラとした王族を始めとする魔道師や為政者達に向かった。当然だな。結局、連中は大陸から追放されて、まとめて遠くの島に流れ着いた」
南の果ての島――ふと、さくらは思い出した。死霊王がやってきた島。キューディス曰く、いつのまにか地図からも消えてしまった島が、あった。あれもラティスたちの作り話だったのだろうか。
「これがまあ、言うなれば俺たちの先祖にあたるわけだが」
「え、ラティスって王族なのか!?」
うそだろー、という悲鳴に、恐らく全員の心の声が合唱していたはずだ。
「さあな、昔話過ぎてその辺はもう曖昧だが、トーディフ帝国の末裔ってのだけは間違いないらしい。俺たちの毎日は、マリオーシュと似たようなもんだったな。〈柱〉、つまり封印を守るために魔術を習って、帝国がいかに愚かしいことをしたのかってことを繰り返し聞かされるわけだ」
「少なくとも、魔獣は狩らなければ危険ですからな」
マナン村長はいたって平然と受け流す。ラティスは頷いた。
「そうだな。が、目の前にいる魔獣を狩るマリオーシュですら、反発が起きてたろ。目の前になんにもない連中が、どれほどの不満を抱えてたかは、言うまでも無いな。しかも大陸からは遠く離れた場所で、歴史がー、封印がー、なんて言われたって、ぴんとこねえ。〈柱〉の番人の入れ替えすら、数十年に一度だからな」
「番人の、入れ替え……?」
どきりとした。その先を聞きたいような、聞きたくないような、落ち着かない感情が胸の内側で騒いでいる。
「ああ、入れ替えだ。いったろ、番人は俺たちが作った。人によく似た、良くできた人形だ。教えたとおりのことをこなして、封印の維持につとめるわけだ。ただ、人と同じに寿命がある。長くても七十年、だったか。そのくらいで入れ替えるわけだ。ちなみにディアンの奴はまだ二十年も経ってないから、寿命が来るのはまだまだ先だ」
最後は主にさくらに向けて、だ。
「そうなんだ……」
ほっとしたような、がっかりしたような、よくわからない気持ちをさくらはお茶で飲み下した。この辺は後でセザにでも相談してみよう。
「ま、そんな感じにひたすら封印をいかに守るかを考えるだけの毎日だったわけだが、ちょっとずつずれていくやつが出てくるわけだ」
「……俺たちにはこんなにすごい知識と魔法があるのにこんな所に閉じこもってるなんておかしい、とか?」
おなじみ、お約束の展開だ。そう言うと、ラティスは苦笑した。
「お前の世界には便利な予言書があるんだな」
別に書物と言うわけでは無いが、特に訂正する必要も無いだろう。
「それが、あの番人のニセモノですか」
暗い声で、リンナーリシュ。ラティスは頷く。
「グレミアな。最初は大層な話じゃなかったんだ。番人の入れ替えだけじゃいつか疲弊するよな、って話だったはずだ。俺も、他の連中も、ちょっとでも何か新しいことをやってみたかったんだよな」
若かったなと、遠い目をして呟くラティスを、マナン村長が優しげな目で見ているのが印象的だった。俯いたリンナーリシュが、いつか同じことを呟くのだろうかと、まるでナレーションのように流れた心の声に、さくらはアニメの見過ぎだと自分を諫めておいた。
「それが気づいたら、帝国復活なんて話になっててな。いまならキメラ神も動かせるとか息巻いた連中が、〈柱〉を狙いに動いた」
「それが、死霊王か……?」
テーブルの上で、ルコーは握り拳を作る。ラティスは寂しそうな目でそれを見た。
「――そうだ。止めるのが遅くなって、済まなかった」
ラティスの視線が向けられて、さくらは小さく頷いた。ラティスが話さないと判断したなら、それでいい。あの時の告白は、胸にしまっておくことにする。ただ、少し残念でもあった。
(これ、いつかどこかで死霊王なんていないってバレたら、ただの自作自演になっちゃうような気がするんだけど……)
そうならないように祈るばかりだ。
「あれ、じゃあ死霊王がいつの間にか倒されたのって、ラティスがやったのか?」
ガセンも一応疑問に思っていたらしい。
「俺一人じゃないが、だいたいそんなところだ。あいつは死霊兵と違うから、〈柱〉の剣でどうにかするやつじゃなかったしな」
「ふーん……」
考え込むガセン。どうしたと問われると、
「そいつ、もう殺した?」
「……ああ。始末した」
ラティスが戸惑いながら頷くと、ガセンはあからさまにがっかりした。
「ちぇー、生きてるんなら、一発ぶん殴ってやりたかったんだけどな」
「そうか、そりゃ悪かったな」
「ってことで、代わりにラティスを殴るってのはどうだろ」
「お断りだ」
死霊王の造り主の一人なら殴られる義務があるだろうに――とはいえ、ここで頷いたら、他のメンバーからも殴られることになるので、仕方ない。さくらはひたすら貝になった。ときおり向けられるセザの視線だけが、怖い。
(ワタシハナニモキイテマセン……)
呪文のように繰り返していると、セザの視線が外れた。冷や汗がどっと流れるが、拭うわけにいかない。
「昔話と、死霊王の話はだいたいわかったんだけどね、結局あんたは何をするつもりだったんだい?」
ここから本題だとばかりに、セザ。
「死霊王と死霊兵を止めるために、あんたは〈柱〉から剣を作って渡したんだろ。でも〈柱〉ってのは封印だ。無くなっちゃ困るから剣を回収した。ところがあんたは途中から〈柱〉に力を戻してないだろ?」
「ああ。最初は封印を直すつもりだったんだが、いろいろ予定外のことが出てきたんで、な」
「予定外ってのはなんだい?」
セザの問いは、追求に近い。ラティスは腕を組んで、天井を見上げた。
「まず、〈柱〉は三本あったんだ」
「ディアンの所と、マリオーシュの村と、他にもう一つ?」
これはマナン村長も知らなかったらしい。目を丸くしている。
「ああ。だがその〈柱〉は、死霊王が死霊兵を作るのに使ってたんだよ」
「ええっ!?」
「それってつまり……封印が……」
「ああ、すでに一つはずれてたんだな」
困ったものだとラティスは開き直って首を振るが、淡々と話すことじゃない。マナン村長など、驚きすぎて息が止まりそうだ。リンナーリシュが慌ててお茶を勧めている。
「あの、一本無くなってて大丈夫なの……?」
「ダメもいいとも言いがたい。封印する力を三本の柱で分散して受け持ってただけだからな。残り二本が無事なら、分け直すこともできるが、調整が難しい。だったらいっそ新しく封印を作った方が早いんじゃないかということになってな」
「そんな簡単にできるの……?」
「難しい。まず、〈柱〉に匹敵する器が必要だ。かといって〈柱〉みたいなサイズのを作ってる時間は無い。ってことで、結局、残り二本で何とかするしかないかと悩んでいたら、こいつが来た」
こいつ、で、ラティスはさくらを指した。
「来たって言うか、そっちで喚んだんでしょ」
「細かいことは気にするな。とにかく、あんたは規格外だったんだよ。そもそも、あんな〈柱〉の近くに喚ぶつもりは無かった。いくら異世界人でも、耐えられないはずだったからな。接合地点に出てくる予定だったから俺はそこで待ってたんだが、いつまで経っても出てこない。見に行ってみれば、のんきにディアンとサシで話してるときた」
「椅子に座って話しましょうって言ったのはディアンだし……」
今考えると、椅子を使う相手を待っていたような気もする。
「だろうな。ディアンに話しておくのを忘れたことを呪ったが、それ以上に平然としているあんたに驚いた」
「……最初に会った時って、すごくあたしのこと馬鹿にしてたような記憶があるんですけどね……?」
少々恨みがましく言ってやれば、ラティスは気のせいだとごまかした。いや、ごまかされないのだが。
「とにかく俺は驚いてたんだよ。で、印を付けてみて理解したんだ。あんたはな、〈柱〉以上の器の持ち主だ」
話の長いラティスさんの話はもう少し続きます。よければおつきあいくださいませ……。
今回も、ありがとうございました!




