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「無事だったかー」
「よかった」
ガセンとルコーは、さすがに飛びついてきたりはしなかったが、表情と口調で本当に無事を喜んでくれることがわかる。胸の奥が暖かくなると言うのはこういうことなんだと、我ながら照れくさく思う。
「で、あの銀色の奴は? どこかでお前に言い負かされて頭抱えてるのか?」
「あんたはまた頭揺すられたい?」
暖かさは、一瞬で冷えた。無言で片手を上げると、ガセンは後ろに飛びすさった。不敵に睨み合っていると、ルコーが割って入る。
「冗談はともかく、あいつはどうした?」
冗談を言ったつもりは――間違いなくガセンも――無かったのだが、ここはそういうことにしておこう。
「どう……したんだろうね、そういえば」
「そういえばって、仲良くどっかに行ってたんだろ」
「どこかっていうか、〈柱〉のところなんだけどね。っていうか、ガセン、あれが『仲良く』見えたんなら、あんたの目は役立たずだから今すぐ外すといい。むしろ今すぐ外してあげるからそこに座りなさい」
「いいからお前ら、少し落ち着いて話をしろよ」
ルコーに少々強く言われて、一時停戦になった。
「えーと、グレミアのことは――」
「グレミア?」
「あたしを浚った奴の名前ね。あいつに〈柱〉の所に連れて行かれて、いろいろあって、ラティスが出てきて追い出してくれたんだけど、どこに行ったのかまでは知らないんだよね」
周囲には誰もいなかったから、同じ場所に出たわけではないらしい。
「ラティスが?」
「追い出した?」
いろいろって何があったんだよと、ガセンとルコーはまだ聞き足りない様子だったが、リンナーリシュが背中を叩いた。
「一度戻りましょう。サクラも休まないと。セザがさっきからこちらを見ています」
振り返ると、村の入り口でセザが腕組みしてこちらを見ている。遠目で表情まではわからないが、なぜかイライラしている空気だけは読めてしまった。
「行こっか。ラティスは後から来るって約束したから」
「まじか!?」
「約束って……」
「大丈夫だって。今度こそ、ラティスは来てくれるから」
リンナーリシュの真似をして、ガセンとルコーの背中を叩くと、二人とも顔を見合わせた。
「……まあ、いくか」
「村長も心配していたからな」
「え、村長さんにも心配かけちゃった?」
「ええ、その……私たちの暴走が原因とも言えますから……」
リンナーリシュが恥じたように小声で言う。
見方を変えれば、マリオーシュの若者達がグレミアを呼んだようにも取れるかもしれない。自分はその騒動に巻き込まれた部外者というワケか。
(でも大元の原因はグレミアの『計画』のせいだしなあ)
今ここでその話をするのはやめておいた。ラティスが何を話すのかを聞いてからでも遅くはないはずだ。
「村の方は落ち着きましたから、安心してください。全員、自宅で謹慎するようにと命令が出ましたので」
「謹慎? てことは、リンちゃんはお咎め無しにしてもらえたんだ?」
「いえ、無しというわけでは……例外措置としてみんなと一緒なら、サクラを探しに出てもいいと」
「あー、それ、さっきな、一人で走って行くから村の人がびっくりしてたぞ」
「すみません」
セザが残っていたのは、その説明のためだった。村の入り口で、今度はセザに抱き潰されそうになっている間、リンナーリシュをかばうやりとりが聞こえていたから、そのはずだ。一緒に謝ろうと思っていたのだが、まず身動きが取れない。そして苦しい。
「ほんとにあんたは、心配かけすぎだよ!」
関係者との話を終えてから、セザは改めて力を込めてきた。セザの声すら遠くから聞こえるのだが、これはもしかして危険な状態では無いだろうか。
「セザ……ちょっと緩めてあげて……」
「あら。ごめんね」
リンナーリシュが止めてくれたので、窒息寸前で解放された。空気が美味しい。数回深呼吸してから、さくらはセザの隣で呆然としていた村長に頭を下げた。
「村長にも、ご迷惑をおかけしました」
「あ、いや……」
わざわざ迎えに出てくれたマナン村長は、やや腰が引けていた。無理も無い。
「こちらこそ、村の者が申し訳なかった。見たところケガは無いようだが、身体は大丈夫かね」
「ええ――」
「――そいつは〈柱〉のそばまで行っても何ともないくらい頑丈だぞ」
ガセンでもルコーでも他の村人でも無い男の声が、失礼なことを言う。
「……褒め言葉ってことでいい?」
オレンジ色の頭をはたいてやりたい衝動と闘いながら、さくらは振り返った。
思ったとおり、積み上げられた資材の上に、だらしなく腰掛けているラティスの姿があった。
「ラティス!」
最初に反応したのはガセンだ。両手を挙げていきなり駆け出す。飛びつくのかと思いきや、挙げた両手を拳の形に変えて殴りかかる。
「おっと」
思ったより身軽に、ラティスはガセンの拳を避けた。ち、とガセンが舌打ちする。
「避けるなよ! 一発くらいいいじゃねえか」
「冗談じゃねえ。全員一発ずつになるに決まってる」
「よくわかってるじゃない」
セザが含み笑いをしながら前に出た。ラティスの顔が引きつる。
「待て。頼むからちょっと待ってくれ。お前とリンはしゃれにならない」
「大丈夫よ、息の根を止めたりはしないから」
「手加減はできます」
真顔で答えたリンナーリシュに、マナン村長が目を丸くしていた。時代は変わったとかなんとか、呟いている。
「その科白が出てくる時点で大丈夫じゃないよなあ……」
ガセンの呟きに、ルコーが頷いている。さくらも賛成だ。それよりも砦最強は女性陣だったのかと、改めて気づく。
(ってか、村長さんてそんなに年寄りに見えないんだけどな)
マナン村長の年齢も気になるが、まずは戦闘態勢に入りかけたセザとリンナーリシュを止めるのが先だ。
「セザ、とりあえずラティスの話を聞いてからにしよう? リンちゃんも、いいよね?」
「……わかりました」
「サクラがそう言うなら、仕方ないねえ」
大人しく頷くリンナーリシュとセザだったが、ラティスを見る目が「後で覚えていろよ」と確実に言っている。
「ラティス」
ルコーは、比較的穏やかにラティスの肩を叩いた。ラティスは冷や汗を拭っていた。
「なんだ」
「自業自得って言ってもいいか」
「……うるせえ」
さりげなくとどめを刺すルコーだった。
乱暴にルコーの手を払って、ラティスは一同を見回した。睨み付けたと言ってもいい。
「揃いも揃ってご挨拶だなお前らは。俺に話をさせたいんじゃなかったのかよ」
「うん、だから話ができる程度にって言っておいたけど」
「お前か、元凶は!」
「そういえばずいぶん早かったね、後始末」
強引に話を逸らすと、ラティスは舌打ちしながらも頷いた。
「まあな。お前を出してからすぐディアンが目を覚まして――」
「あ、ディアン、目を覚ましたんだ!」
「――んで、あれこれうるさく訊いてくるから、とっとと出てきたんだ」
そこはもう少し感動に浸って欲しいところだ。ラティスも、ディアンも。
「あ、そ……でも、それってこっちでも変わらないと思うけど」
「まあ、そうだろうな」
ラティスは腕組みして、マナン村長に言った。
「村長、悪いんだが、どこか場所を貸してくれないか」
「でしたら、またうちにどうぞ」
ということで、再び村長宅でテーブルを囲むことになった。ちなみにリンナーリシュも一緒である。さくらが見つかるまでの例外措置のばずだが、お茶を入れるのが一番旨いからという村長の一言で、例外措置の枠が広がった。
「で」
リンナーリシュがお茶を配り終えると、真っ先にガセンが口火を切った。
「今までどこで何してたんだよ」
「いろいろだな」
「そうでしょうね。できればそこのところ、詳しくお願いできるかしら?」
セザの口調はとても丁寧なのに、凄みがにじみ出ている。ラティスは再び浮かんだ冷や汗を拭った。
「そう、だな、話すと長いんだが」
「簡単にまとめられないのか?」
三行でよろしくとばかりに、ルコー。
ラティスは眉を顰めた。
「お前は絶対そういうと思った」
「人の家に長居するわけにはいかないだろう」
マナン村長は苦笑して、構わないですよと言ってくれたが、そういえば今夜の宿はどうなるのだろう。
(余ってる部屋なんて無さそうだし……宿屋とかあるのかな)
余計な気を回しているうちに、話が進んでいた。
「とりあえず先にお前らが聞きたいことを聞け。ただし、どこで何してたのかは、今は無しだ」
「普通、質問て最後にするものじゃないの?」
「話が長くなると、途中で飽きて騒ぐ奴がいるから先に受け付けておく」
視線は、思い切りガセンを向いている。なるほど、とさくらもガセンを見る。
「え、俺から訊けってこと?」
「……うん、まあ、それでいい」
視線の意味はわかって貰えなかったようだ。ルコーが微妙な視線を送っていたが、すでにガセンは頭を抱え込んでいる。
「急に言われてもなー、えーとそれじゃあ……あ、あれだ。結局、〈柱〉って何だったんだ?」
ラティスはマナン村長を見た。マナン村長は頷く。
「我々が知っていることはお話ししました」
「てことは、アレが封印だったことは聞いたのか」
「あー、やっぱり封印なんだ……」
がっかりとガセンは視線を落とす。まだ世界を支えている柱にこだわっていたらしい。
「じゃあさ、何を封印する柱だったんだ? 村長の話だと、『帝国そのものを封じた』とか言ってたけど、アレをどかしたら国が丸ごと出てくるのか?」
「そんなわけないだろ。大陸がひっくり返るぞ、それ」
「じゃ、何が出てくるんだ?」
「そうだな……」
ラティスは再びマナン村長を見やった。マナン村長は、今度は首を横に振った。
「我々も幾度となく番人殿にお尋ねしましたが、明確な回答を得られたことはありません」
「そうか……まあ、あいつも知らなかったかもしれないな」
「封印の番人が、何を封印してるのか知らないの?」
思わず訊くと、ラティスはにやりと笑う。
「ディアンは知らないぞ」
「え、やっぱりそうなんだ……」
「別にあそこに閉じこもってたからじゃないからな?」
真性の引きこもりだったんだとしみじみしていると、ラティスに止められた。じゃあどうしてと訊けば、苦笑が返ってきた。
「ディアンの場合、特に教えなかったんだ。そんな必要は無かったはずだったからな」
「ラティスが教えなかったってこと……?」
「俺、というか、俺たち、だな。ちなみに言っておくと、〈柱〉の番人は人間じゃない。あいつらは封印の番をするためだけに作られた、人によく似た人形だ」
「え」
ラティスの言葉にショックを受けていたのは、〈柱〉の番人をよく知るさくらと、同じく何度も言葉を交わしただろう、マナン村長だった。
「では……あのサクラをさらったあの男も……?」
言ったのは、リンナーリシュだ。抑えきれない怒りがにじみ出ている。違うと、ラティスは顔の前で手を振った。
「あいつはグレミアと言ってな、まあ、俺の昔の知り合いだ」
「えっ!」
リンナーリシュはテーブルの端を掴んで立ち上がった。そのままラティスの胸ぐらを掴みそうだったので、セザが押さえ込む。
「ねえ、ラティス。やっぱり最初からあんたに話してもらった方がいいみたいだよ」
確認と言うよりは、脅しに近い。
「……やっぱそうなるか……」
ラティスはため息をつく。
「……めんどくさいんだよな……」
うっかりこぼれた本音に、村長宅が崩壊の危機に陥りかけたことだけ、ここに記しておく。
相変わらずラティスさんがもったいぶるのでなかなか先に進みません…。
今回も、ありがとうございました!




