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 今、気になることは三つある。

 ラティスが何をしようとしているのか。

 ディアンの容態はどうなのか。

 マリオーシュの村のみんなはどうなっているのか。

「そういうわけだから、みんなをここに呼んじゃったらどうかなと思うんだけど」

 二度も三度も説明するのは大変だろうと思ってのことだったのだが、ラティスは疲れた様子でオレンジ色の頭をかきむしった。

「どういうわけなのか、さっぱりわからねえ。しかも『みんな』ってのは、誰のことだ」

「とりあえず、マリオーシュの村にいるみんな、かな。はっちゃんとかはお留守番だし……あ、もしかしてミベ村に近いならはっちゃんたちも呼んでこれるんじゃない?」

「何するつもりか知らないが、この中に入れろってことか? それだったらダメだ。普通の人間に、ここは無理だ」

 不穏なことを聞いたような気がする。

「待った。それだとあたしが普通じゃないって聞こえるんだけど……?」

 ラティスは真顔で頷いた。

「実は俺も最初は驚いた。この空間はなんつーか、歪みまくってるんだが、よく正気でいられるなと」

「そんなところに喚ばないでよ!」

「喚んでから思い出したんだよ。無事なんだからいいじゃねえか。とにかく、他の連中をここに連れてくるのはダメだ」

「むう」

 もう何度も出入りしているので今更だろうと言われれば、その通りだ。きっと異世界人だからだろうと、自分で自分に言い聞かせてみる。

「じゃあ、みんなをここに呼べないなら、一度マリオーシュの村に戻って――」

「戻る? なんだ、お前、マリオーシュの村にいたのか」

「うん、そうだけど」

「ああ……グレミアと一緒に来たのか?」

「一緒にっていうか、無理矢理連れてこられたんだけど」

「無理矢理? そういやお前、ヘンなこと言ってたな。リンが騙されてたとか何とか」

「うん、あたしも詳しいことはわかんないから本人に聞いた方がいいと思うけど」

 聞きかじった情報からして、グレミアがマリオーシュの若者を唆していたようだと説明すると、ラティスは苦い顔をした。

「そうか……だからか……」

「あのね、一人で納得してないで、ちゃんと説明してくれませんかね、ラティスさん」

 わざと目の前で正座して床をばしばし叩いてやると、ラティスは心底イヤそうな顔をする。さくらは、さらに床を叩いた。

「もうね、雪だるま式に疑問が増えていくワケよ。聞いてた話と違うことも山ほどあるし、それに、そうだ、そもそもあたしをここに喚んだ目的が、ぜんぜん違うでしょ!」

「へー、誰がそんなこと言ったんだ?」

「グレミア」

 とぼけるつもりだったラティスは、途端に表情を真剣なものに変えた。

「……何を聞いた」

「あたしのこと、使い捨てにするにはもったいないって」

「……」

 ラティスの目が、一瞬、泳いだ。一呼吸分待ってみるが、否定の言葉は無かった。

「やっぱり、そうなんだ?」

「あいつの計画じゃ、そうなんだろう。まだどうなるかわからん」

「なにそれ、ラティスは知ってるの? あたし殺されちゃうわけ?」

「落ち着けって。まあ、死ぬことは無い、と思う、たぶん」

 口調がすでに怪しい。さくらはまた床をばしばしと叩いた。

「多分てなに! 用が済んだら元の世界にお帰りくださいって、ディアンは言ったんだけど」

「そうだろうな」

 自分で作った光の籠を、ラティス眩しげに見た。ディアンが目を覚ました様子は、まだ無い。

「剣を回収してくれたら、何か欲しい物を持って帰ってもいいって約束したけど、そんな約束、最初から守るつもりはなかったってこと?」

 言ってて、途中から胸が苦しくなった。何が本当で、何が嘘なのかわからないのが余計に苦しい。早口に言い切った時には、さくらは肩で息をしていた。

 ふ、とラティスはかすかに笑みを浮かべた。

「ディアンがそう言ったんなら、そのつもりだったんだろう。あいつは嘘を吐くような器用な奴じゃない」

 ああ、そうだ、そうなんだと独りごちる。なぜか、クスクスと笑い始めた。突然のことに、さくらは身を固くした。平たく言うと「何この人、気持ち悪い」である。

「全部済んだらお前を帰せと言ったのは俺だ。ディアンはその通りに言っただけだ。騙したのは俺だ……はっ、おもしろいな、こうして考えてみれば、俺だけだ。ディアンも、砦のやつらも、マリオーシュの連中も……グレミアすら、あんたに嘘を吐かなかったんだぜ? はははっ!」

 最後には文字通り腹を抱えて笑うラティスに、さくらはあっけにとられていた。

「……あの……もしもーし? ラティスーさーん、一人の世界に入り込まないでくれませんかー?」

 帰ってきてー、と必死に手を振ると、効果があったのか、ラティスは引きつるような笑いを止めて、最後に大きく息を吐いた。目尻に浮かんだ涙を手のひらで拭って、さくらを見つめる。

「……このまま騙されててくれと言っても、聞かないよな」

「その正直さに免じてあげたいけど、無理」

「だよなぁ。どうするか」

 苦笑して、〈柱〉の穴を見上げる。

「とりあえず、一度お前はみんなのとこに戻れ」

「いつもの出入り口がないから一人じゃ帰れない」

 言外に一緒に来いと含ませてみる。ラティスは、わかっているとばかりに肩をすくめた。

「大丈夫だ。マリオーシュの村だろ? 送ってやるし、俺も後から行く」

「……ほんとに?」

「本当だ。ただ、ここの後始末もしなきゃならんし……少し時間をくれ」

「全部説明してくれる気になった?」

「いや、全部は無理だな」

「えー、どうして?」

 覚悟を決めたように見えたのに、まだごねるのか。

 口を尖らせるさくらに、ラティスはにやりと口の端を引き上げる。

「話すのが面倒くさいわけじゃないぞ? 例えば……俺が死霊王ブループクレドだった、とかは今更言えないんでな」

「え」

 息が止まるかと思った。

 こんなときになんて冗談をと咎めようとして、言葉が出ない。ラティスが、遠い目をしている。こちらを向いているのに、昔を思い出しているような、そんな目をしている。

「正確には、俺たち、だな。そういう意味じゃ、あの計画に加わった奴ら全員が死霊王だ。つーか、死霊王なんて奴は本当は、どこにもいないんだけどな。俺たちが作った、名前だけの存在だ」

 死霊王はどうして生まれたのだろう――早朝の庭でお茶を飲んでいたキューディスの姿がよぎった。どこにいたのかもわからない敵の総大将は、誰が討ったのかもわからないまま消えていった。

 最初から存在しないなら、当然だ。

「俺たち、って、ラティスの他に誰が……?」

「昔の知り合い、とでもいうか。まあ、この辺は後で話してやるよ。言い訳すると、死霊王と死霊兵についてはグレミアが計画して、俺たちは途中で下りた。だがまあ、ちょっとばかし遅かった。手を引く前に死霊兵はできあがって、手を回す前に上陸しちまった。その結果が、アレだ」

 ラティスは〈柱〉を見上げる。ぽっかり開いた穴のことを言っているわけでは、ない。

「聞いてないか? ガセンは結構、いい暮らしをしてたんだぞ。ハーティは、聞いたよな。リンは、さっきの話じゃ、いずれマリオーシュから抜けていたかもな。どこか魔獣なんて見えない所で暮らし始めたかもしれない。でも……間に合わなかった」

 両手をぱっと開いて、ラティスは肩をすくめた。

「全部無くなった」

 死霊兵が攻めてきて、大陸の人口は半分以下になった。

 半分以上の人が、亡くなった。国のほとんどが、地図から消えていった。

「詫びたい気持ちはあるが、いまさらどんな顔していったらいいのか見当も付かないな」

「そんな話……」

 どんな顔して聞けばいいの――言いかけて、さくらは口を閉じた。同じ思いを、聞いた人間全員が抱くのだろう。そのときこの世界にいなかったさくらと違って、他はみんな当事者だ。もっと混乱するのだろう。

「あ……あたしが言っちゃうかもよ? ほんとは、ラティスが死霊王を作ったんだって」

「それでもいい」

 好きにしろと、ラティスは手を振った。むしろそうしてくれともとれる態度に、さくらは頭を振った。

「わかった。ラティスが来るまでに、言うか言わないか決めておく。だからちゃんと来なさいよ?」

 ああ、とラティスは頷いた。

「それじゃ、そこに立て」

 自分も立ち上がって、ラティスは言った。さくらは言われたとおり、一歩離れた位置に立った。

「あ、そうだ。その前に」

「忘れ物か?」

「あの棒。置きっ放しなんだけど」

 穴に放り込まれたままの棒を指すと、ラティスは振り返って頷いた。

「ああ、後で持って行くから心配するな。他はいいか?」

「ん、もう一つ」

「?」

 ラティスの顔を見つめたまま、さくらはずいと一歩前に出た。そのまま、全体重をかけて、ラティスの足を踏んでやった。

「い、っ!? ってぇなっ! 何しやがる!」

「とりあえずこれ、今まで心配かけてくれた分ね」

「はあ!?……くっそ、さっさといけ!」

「ラティスだっていろいろやったじゃない」

 さくらが足をどけると、毛を逆立てた猫みたいにラティスの方から一歩引いて、踏まれてない足のつま先で地面を叩いた。

「待ってるからね」

 足下に模様が広がる。さくらは手を振った。奇妙な浮遊感がやってきて、目を閉じた。持ち上げられて、落とされる感覚はやはり慣れない。風に頬を撫でられて、目を開けた。

 斜めに傾いた太陽の光が眩しい。ぐるっと見回すと、少し先に見覚えのある村が見える。

「どうせなら元の位置に戻してくればいいのに」

 といったものの、考える時間があるのは嬉しい。ラティスの真似ではないが、さて、どうしたものか。とりあえずは村に戻って、心配しているはずのみんなに話をして――

「――サクラ!」

 どこでどう見ていたのか、リンナーリシュが村の方から走り出てきた。泣きそうな顔で飛びつかれて、倒れそうになる。ひやっとしたが、寸前でリンナーリシュに引き戻された。これ以上腰を打ちたくないので、本当にありがたい。

「よか、った……無事で……あっ、ケガはない!?」

「大丈夫。強いて言うなら、今リンちゃんに絞め殺されそう」

 慌てて手を離したリンナーリシュに、さくらは笑って首を振った。

「ううん、心配してくれてありがと。他のみんな、は……無事みたいだね」

 リンナーリシュの肩越しに、遅ればせながら村から駆け出てくる人影が見える。ガセンとルコーと、セザは入り口で待つつもりのようだ。

「うん、番人……じゃない、あいつは、サクラを浚っていっただけで他には何もしてこなかったから」

 逆にそれが、さくら一人を犠牲にしてしまったようで申し訳なかったと、リンナーリシュは謝った。

「みんな無事ならよかった。あたしも〈柱〉の所に連れて行かれただけで特に何も無かったし、最後はラティスに助けてもらったから」

「ラティスが?」

「うん。ちょっと事後処理してから来るって。みんなと一緒に待ってよう。あ、あたしの分はもう終わったから、あとはみんなで好きにしておいて」

「あたしの分……? すきに、って?」

 足を踏んづけてやったくだりを話すと、リンナーリシュは目を丸くして、それから笑い出した。

「そう……そういうことなら私も何か考えておこうかしら」

 ガセンとルコーとセザにも言わなくちゃ――楽しげな様子に、さくらの方が不安になってきた。

「えーと、うん、でも、話ができる程度には手加減しておいてね?」

「もちろんよ」

 満面の笑顔は不安を煽るだけだと知ってのことなのか。もう一度念を押す前に、ガセンとルコーがやってきて、うやむやになってしまった。

連休に間に合った…!

本日もありがとうございました!

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