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9/6 文章が激しくおかしい箇所を修正しました

「初めまして」

 銀髪の男は、さくらに向かってにっこりと笑って見せた。男は、年齢不詳だ。二十代と言っても三十代と言っても四十代と言っても通用する。反対に、何歳と言われても信じられないという、つかみ所の無いタイプだ。

(番人……?)

 ディアンと同じように綺麗な銀の髪は肩よりも長く、一括りにまとめられている。しかしディアンのように細面では無く、角張った顔立ちだ。半袖の黒いシャツから覗く肌の色は日焼けしていて、白にはほど遠い。やはり日の当たり無い場所で引きこもっている番人相手に、白さで勝てるわけがない。

(……つまり、この人、引きこもってないってことだよね)

 その時点ですでに番人ではないなと確認していると、男はさらに一歩近寄ってきた。

「君が異界から来た回収者で合ってる?」

 男の視線はさくらの右手に合った。

「そっちは、〈柱〉の番人もどきで合ってる?」

 見上げて言い返すと、男は目を丸くした。

「もどき?」

「番人の振りしてリンちゃんたちを騙してたんでしょ?」

 わざと大声で言ってやったのだが、男は心外そうな表情をした。

「騙したつもりは無いな。勝手に誤解したんだ。説明するのが面倒だからそのままにしておいただけ」

「結婚詐欺師の言い訳」

 ずばっと切って捨てると、男は今度は目を丸くした後に、笑い出した。

「いいね、君、ほんとにいいよ。もったいないくらい」

 衆目の中、男は一人で笑い続けた。いい加減にしろと誰もが思い始めた頃、男は笑い止んだ。

「ほんと――使い捨てるにはもったいないくらいだよ」

 男はつま先で軽く地面を叩いた。ラティスと同じ仕草だ――既視感を捕まえていると、男が踏んだところを中心に、鈍い光が円状に広がった。今度は、どんな模様を描くのかと、光の軌跡を追う。

「サクラっ!」

 呼ばれて我に返るのと、

「ダメだよ」

 男が手を振るのは同時だった。複雑になった地面の模様が強く輝き、右手の甲が熱を持つ。

「君たちはここまで。今までありがとう」

 男が言って、光がさらに強まる。眩しさに耐えきれず、さくらは目を閉じた。内蔵を持ち上げられるような浮遊感に、反射的に右手の棒をぎゅっと握る。持ち上げられて落とされた気分だが、実際には足は地面に付いたままだった。

「もう、眩しくないよ」

「……」

 男に言われて目を開けるのは悔しかったが、いつまでも目を閉じていられない。さくらは不承不承、瞼を持ち上げる。ちかちかする残像を追い払って、さくらは声を上げた。

「……霧?」

 見覚えのある光景だった。数メートル先も見えない深い霧と、灰色の地面と、それから――

「〈柱〉じゃないの、あれ……」

「うん、入れたみたいだ」

 男は満足そうに頷いた。一歩踏み出してから、思い出したように振り返る。

「一緒に来る? ここで待っててもいいけど」

 勝手に連れてきておいて勝手な言いぐさだ。用があるから連れてきたのではないのか。

「あのね、その前に――」

「――サクラ!?」

 霧の中に人影が映ったと思ったら、ディアンが出てきた。毎回どこから見ているのか。隣に見慣れない男がいるのを見つけて、表情が険しくなる。

「あなたは、誰ですか」

「出迎えご苦労。案内は要らないよ。一人で行けるし」

 問いかけを無視されて、ディアンの表情がさらに険しくなる。

「一人で、どちらに行かれるというのですか」

 男は笑って、〈柱〉を指した。

「君、番人だろ? ここにきたんなら、あれに用があるに決まってるじゃないか。あ、ついでだからその子、見ててくれ」

「……知り合いですか?」

 ディアンに訊かれて、さくらは首を振った。知り合いになってくれと言われてもお断りだ。

「名前も知らないし」

「そういえば名乗ってなかったっけ。俺の名前はグレミアだよ」

 よろしくな――ひらひらと手を振って、グレミアは霧の中に身を躍らせた。霧が暴れるようにうねる。

「待ちなさい!」

 ディアンが鋭く叫んで追いかける。あっという間に二人とも霧の中に見えなくなって、さくらは、ぽつんと一人、取り残された。

「……で、どーしろと」

 後ろを振り返ってみる。いつもならそこにあるはずの、平たい岩が無い。ということは、一人でここから出ることができない。

(ディアンに頼むしかないか……)

 問題は一人でディアンの元に辿りつけるかどうかだ。幸い、今日は〈柱〉が霧の隙間から覗いているので、棒を倒して占いをする必要は無い。もっとも、いつ霧に隠れてしまうかわからないという危うさは残るが。

(だいたい、あのグレミアという奴、なんであたしをここに引っ張ってきたんだろ)

 ここで待っていてもいいと言ったのだから、特に何かをさせるつもりはないということで、一緒に来てもいいというのは、邪魔になるとは思っていないと言うことか。

 なるほどなるほど――ふつふつと煮えたぎってくる怒りにを、口の端が歪む。

(何をするつもりか知らないけど、そういうことなら全力で邪魔をしてあげようじゃないの!)

 右手に握った棒に誓って、半ば八つ当たり気味に霧の中に飛び込んだ。具体的にグレミアが何をするつもりで、何をしたら邪魔できるのかはまったく見えていない。聞いた話を総合してまとめても、〈柱〉になにかするんだろうくらいのことしかわからない。

(……どれがほんとの話なのかもわからないしなぁ……)

 マナン村長の話が本当なら、〈柱〉は世界を支えるものではなく、昔々の封印だということだ。つまり〈柱〉の力が戻らないというのは、世界の崩壊では無く、単に封印が外れるということ。しかもその話も、直接見聞きしたわけで無く、〈柱〉の番人から伝え聞いた話だ。

(番人なら知ってるのかな……てことはディアンも知っててわざと間違った話をした……ディアンのことだからほんとに知らなかったりとか……)

 ひきこもりだからなー――妙な納得をしながら歩いて行くうちに、霧が晴れた。見覚えのある岩山が見える。うまく〈柱〉にたどり着けたようだ。しかし、手放しで喜んでもいられなかった。

「――ぅわっ!?」

 轟音が響いた。

 地面が揺れて、振動が腹に響く。伏せるとか逃げるとかを選択する前に、目の前に光景に、身体が止まってしまった。

「ディアン!?」

 岩山は、ちょうど頭の高さくらいのあたりに大穴が開いていた。その前にグレミアが立っていて、グレミアの足下に、黒と銀の塊が落ちている。

 さくらが叫ぶと、グレミアが振り返った。あれ、と声を上げる。

「よく一人で来られたね。ちょうどいい、用も済んだし、行こうか」

 何がちょうどいいものか――さくらは無視してディアンに駆け寄った。うつぶせに倒れているディアンの肩に手を伸ばすと、グレミアに止められた。

「何してるの。それ、もう用済みだよ」

「あたしの用は済んでない」

 手を振り払おうとしたが、がっちり掴まれて離れない。

「それ、もう動かないよ。用済みなんだから」

 さらりと告げられた内容に、さくらは息を飲んだ。認めたくないが、さっきから生きている気配が全くしない。

「ディアン!?」

「だから動かないって。さ、行くよ」

「行かないってば!」

 引きずられて、無理矢理ディアンから離された。持っていた棒で叩こうとしたが、ぺしっと叩かれて取り落とした。我ながら情けない。それでも戻ろうと身を返すが、羽交い締めにされてしまった。後ろから顎を掴まれて、背筋が凍る。命の危険に直面していると、本能が告げている。

「大丈夫。まだ何もしないよ」

 笑いを含んだ声が、よりいっそう恐ろしい。

 さくらが身をすくませたことに満足して、グレミアはつま先で地面を叩いた。水面が波立つように、地面に、模様が広がる。光が広がって浮遊感に襲われて、さくらは目を閉じた。

「……開かない、だと?」

 引き戻されたような感覚に、さくらも目を開ける。羽交い締めの状態は変わらない。グレミアが、苛立ったように何度もつま先で地面を叩いている。

「なんだ、まさか――」

 グレミアはディアンを振り返る。希望を込めて横目で様子を窺うが、ディアンが動き出す気配は無かった。

「……そんなはずも無いか」

「ああ、そんなはずは無いな」

 吐き出した呟きに、同意があった。グレミアはさくらを見る。さくらは睨み返す。今のはお前か? そんなわけないでしょという無言劇の後に、もう一度声がした。

「止めたのは俺だ。出て行きたいんなら、そいつはおいていけ」

 岩山の陰から、不機嫌そうな顔で現れたのは、ラティスだった。

(え、もしかして助かった……って、いたたたたたたた!)

 ラティスの登場に急にグレミアが力を込めだした。顎を押さえる手はそのままなので声が出ない。あちこちが絞められて、苦しいやら痛いやら。涙目でラティスを見ると、うんざりした様子で目を逸らされた。ため息のおまけ付きだ。

「あんまり絞めると、死ぬぞ、そいつ」

「加減は心得ているさ」

(全然心得てない! 痛い!)

 むーむー唸ると、グレミアは怪訝そうな顔をした後に、少しだけ力を緩めた。ようやく息ができる。まだ、しゃべれないが。

「そうか。俺の方は加減がうまくいかなくてな」

 ラティスは言いながら、何かを放り投げた。それはグレミアには届かず、手前で落ちて足下に転がった。小さなコインのようだった。

「くっ!」

(ぐぇ!?)

 転がってきた何かは、正体を見定める前に光を放って地面に模様を描いた。途端にグレミアはもがきだし、連動してさくらはまた締め上げられた。

(苦しい苦しい苦しいってば!!)

「強情だな」

 面倒くさそうに言って、ラティスは近寄ってきた。苦痛に顔をゆがめるグレミアに向かって、手を伸ばす。

「出て行け」

 グレミアの肩を押す。声も無く、グレミアは光の模様に中に落ちていった。

 締め付けるものが無くなって、さくらはほっとする。が、同時に支えも無くしていたことに気づいたのは、腰から脳天に突き抜ける痛みを味わってからだった。

本日も、ありがとうございました!

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