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「え、っと……?」
つつつ、と視線を向けると、ぷるぷると首を振るリンナーリシュが見えた。小動物のようで可愛らしいが、本人は必死だ。〈柱〉への出入り口が塞がれたことも、それを行ったのがラティスだと言うことも知らないと訴えている。
村長に視線を戻す。こちらも嘘をついているようには見えない。そんな嘘をついたところで何の得になるのかわからないが。
「なん、で……ラティスが……そんなことを……?」
「むろん、〈柱〉、つまり封印を守るためです」
他に何か理由がありますかといわんばかりに、村長は全員を見回す。部屋中に?マークが舞い踊っているのが見えないらしい。
「なにがむろん、だよ。 なんかの間違いだろそれ。ラティスがそんなことするわけ……ない、んだよな……?」
言っているうちにだんだん自信を無くしたガセンは、最後は確認するような口調になっている。
「さっきまではそうだったんだけどねぇ……」
もうお手上げだと、セザはさじを投げた。投げたさじが飛んできた気がしたので、さくらは代表して村長に言った。
「村長、リンちゃんからどこまで聞いてるのか知りませんけど、あたしたち、ここの来るまで色々あって、ラティスが〈柱〉を壊そうとしてるんじゃないかなって方向で意見をまとめてたんですけど……」
「それは、ありえないでしょう」
言下に否定された。さくらも、さじを投げて村長の話に耳を傾けた。
「ラティスは我々と共に死霊兵と戦いました。マリオーシュの元に〈柱〉に繋がる場所があることを知って、来てくれたのです。そして防ぎきれないと知って、出入り口を塞ぎました。死霊王の狙いが〈柱〉であるからと、そう言って」
ディアンがしてくれた昔話も、そう言っていた。ラティスはディアンに出会う前から死霊王の狙いを知っていたようだが、ラティスの狙いも〈柱〉だったのではないのか。
「ラティスが……一緒に……?」
リンナーリシュが額に手を当てる。そうだ、とマナン村長は頷いた。
「村長、ラティスが封じたのは、死霊王に横取りされないようにした、とは考えられないのか?」
ルコーが指摘する。が、村長はそれにも首を振った。
「それでは筋が通らないでしょう。封印を壊そうとするなら、黙って死霊王がやることを見守っていればいい」
「それは……そうか」
「自分で壊さないと意味が無いとか、そういうのはどう?」
「それなら村に来たとき、真っ先にそうしているでしょう。私を脅すなり騙すなりして、番人殿への道を開かせればいいだけです」
「あれ……ここの出入り口って、いつもあるわけじゃないんです?」
てっきり崖の上の二本柱がここにもあると思い込んでいた。ああ、とマナン村長が声を上げる。
「出入り口といっても扉のような者があるわけではありません。詳しくは言えませんが、族長のみが代々番人殿の元に行く方法を受け継いでおります」
番人の元へ通じる道を開けることができるだけだと、マナン村長は説明する。
「ただ……くラティスは私などを頼らなくとも番人殿の元へいけるのだと思います。でなければ、もう一本の〈柱〉を使って剣を作ることなどできなかったでしょうから」
〈柱〉への出入りは、それぞれ独立しているらしい。ラティスはここからわざわざ東の端まで行って、ディアンを説得したことになる。
「ラティスは……どうしてここの〈柱〉で剣を作らなかったんだろう」
「そうだよな、マリオーシュの村に死霊兵が来た時って、割と初っぱなだったよな」
セザが訂正しないところを見ると、珍しく、ガセンが正しかったらしい。そういえばクレガン王国が墜ちたことで、ラティスは剣を作ることをディアンに提案しに来たと、ディアンが言っていたのを思い出す。
「あの後、一度だけラティスに会いましたから、同じことを尋ねました」
マナン村長は、なぜかリンナーリシュに視線を向けた。
「あの時は〈柱〉に続く道を封じるので手一杯だったと、本人はそう言っていましたが……そうしないことでマリオーシュを守ってくれたのではないかと思っているのです」
「村長、それおかしいぜ? 〈柱〉の剣があの時あったら、マリオーシュもクレガンも墜ちなかったんじゃないか?」
またもやガセンの意見が的確だった。このあと、雪でも降るかもしれない。雪が珍しくなければ槍でもいい。槍じゃなくてもきっと何か降る。妙な確信を抱いていると、ガセンがこちらを見た。勘ぐるような視線を、さくらは受け流した。
「〈柱〉の剣が無かったから生き残れたって、ことかな」
マナン村長は頷いた。
「〈柱〉への道を閉ざすと言われた時、私は一度は反対しました。ラティスは私の意見など無視して強引に閉ざすこともできはずですが、そうせず、私を説得しました。『いずれ落ち着いたらもう一度開ければいい。それに、これはいい機会じゃないのか』と」
一度そこで言葉を切って、マナン村長は小さく苦笑した。
「『先人に言われたから魔獣を狩るっていうのはもう止めたらどうだ』と」
マリオーシュの一族の根幹を揺るがすような言葉だ。リンナーリシュなど、もう声も出ない。そんな様子を横目に、マナン村長は話を続ける。
「お恥ずかしいことに、ちょうどその頃、若い村の者たちと対立が深まっていたときでした。マリオーシュに生まれたからといって魔獣を狩るだけ、過去の過ちを背負うだけの暮らしはおかしいといって一族から離れる者も増えました」
語り継がれる歴史に疑問を持つ者は少なくなかったと言うことだ。やっぱりそうだよねー、と頷いていると、村長と目が合った。考えていることはお見通しらしい。微笑まれてしまった。
「なあ、その話とマリオーシュを守ったって話はどう繋がるんだよ?」
焦れたように、ガセンが言った。
「あんた本気でわからないの?」
セザが心底あきれ果てた顔をしていた。ので、さくらは黙っていた。同じことを考えていたなんて、とても言えない。
「マリオーシュの村にあった〈柱〉から剣を作ったら、マリオーシュが最前線に立つことになるじゃないの」
「あ、そうなっちゃうんだ」
思わず声を上げてしまった。セザの、哀れむような視線が辛い。ガセンの同類を見つけたような目も、もっと辛い。
「おっしゃるとおりです。それを避けるために、ラティスは他の〈柱〉を選んでくれたのだと思っています」
「最前線は大変だろうけど、そういうことならここの〈柱〉の方が良かったんじゃないか。あの剣なら死霊兵なんかざくざく倒せたんだし、魔獣を狩るのに飽きてたんならちょうど良かったと思うけどな」
「ガセン? それ以上言ったら殴るわよ?」
ほぼ同時に、ガセンは椅子から転げ落ちていたので警告は無駄になっている。
「セザ、そういうのは殴る前に言わないと……」
さすがに可哀想になったのか、ルコーが手を貸してやった。あまりの早業にどうやったのかわからないが、ガセンが頭を押さえているのだからその辺を叩かれたのだろうと推測される。
「お騒がせしてすみません。でも村長、あたしもマリオーシュに剣を渡すべきだったという点では、賛成したいですわ」
自分は無関係のように、セザは謝る。マナン村長はあっけにとられている。無理もない。
「少なくともマリオーシュなら、剣を握ったまま返さないなんてことは無かったと思うんですよ」
一理あると、マナン村長は頷いた。
「ただ、先ほども申し上げたとおり、マリオーシュも常に一つと言うわけでは無くなっているようですから」
マナン村長の視線は、リンナーリシュに向かっていた。
「さて。私の話はこんな所だが……どうするね?」
直後、リンナーリシュの表情が消えた。
「……どういう意味でしょうか」
「ここに皆さんを連れてきた理由はわかっていると、そう言った方が良かったかね?」
マナン村長が言い終わるより早く、扉が乱暴に開かれた。
「それ以上、リンを惑わせないでくれる?」
立っていたのは、大柄な女性――コディエンガだ。迎えてくれたときのようなにこやかな表情はなく、今のリンナーリシュと同じに、表情がない。
「あ、全員動かないでね? 一応言っておくけど、家の周りは取り囲んでいるからね」
逃げ場無いと言われても、さくらこの急展開について行っていない。誰かに聞くべきか、首を回したところでリンナーリシュと目が合った。
「サクラ……ごめんなさい、一緒に来て」
「一緒に? え、もう来たけど?」
「そうじゃないの……」
リンナーリシュは立ち上がって手を出してくる。思わずその手を取ろうとして、「よせ」とルコーに止められる。
「リン、どういうことだ」
出した手はルコーに奪い取られた。思わず、握られた手を見つめてしまった。どういうことだ、はこちらの科白だ。
「ごめんなさい、ルコー。でも、あなたを殺したくない」
だから手を放して――冷ややかな声に、さくらの方からルコーの手を放した。
「待った。なんかマリオーシュの皆さんが取り囲んでいるらしいから無駄な抵抗はしない。大人しくするから、だから待って」
「おい、お前――」
「いいから大人しくして。リンちゃんに追いかけ回されて、とっ捕まった人は黙ってる!」
「……あれは……セザもいたし……」
痛いところを突けたようだ。ぼそぼそと言い訳をしながら、ルコーは手を引いた。
「セザも、待ってね」
ついでに、笑いをかみ殺しているガセンを見つけたので睨み付けておく。
「とりあえず、外に出ればいい?」
「……」
手を差し出したくせに、リンナーリシュは何も言わなかった。さくらは一人で玄関に向かう。立ちはだかるコディエンガを見上げて笑顔で言う。
「そこどいて」
コディエンガは目を丸くして、後ずさるようにして道をあけた。
「……あーあ、怒らせたぞ……」
ガセンが呟いているが、もう振り向かない。村長の家から出ると、コディエンガの言ったとおり、ぐるりと取り囲まれている。見分け方はわからないが、きっと全員マリオーシュなのだろう。思い思いの武器を握りしめて、こちらを見ている。
「で」
さくらは棒を持つと、ひとりひとり、順番に指してやった。順番にびくついていくのが心地よい。
「あたしに何の用? まさか剣を返したいとか、そういう話?」
最初に我に返ったコディエンガが何か言いかけたとき、リンナーリシュが飛び出してきた。
「コディ、待って、ねえ、やっぱりおかしい」
「リン?!」
「話を聞いていたでしょ? 道を塞いだのは村長じゃなかったわ。それに、ラティスはマリオーシュと一緒に戦ったって」
取りすがるリンナーリシュに、コディエンガはため息を吐いた。
「聞いてたわよ。じゃあ、ラティスと一緒に戦ったってマリオーシュは誰? ラティスが道を塞いだとしても、村長とグルなら同じことよ」」
「それ、は……ううん、でもやっぱりおかしい」
言い負かされそうになって、リンナーリシュは頭を振った。
「グルだとしても、どうしても合わないの。村長、お願いです、正直に答えて」
ほとんど叫ぶようにして、リンナーリシュは振り返った。その声に、村長は立ち上がる。身構えるコディエンガに向かって、手を上げる。
「なにもしない。リン、何に答えればいい?」
「……番人殿に通じる道を塞いだのは、いつ、ですか」
「正確にいつ、とは言えないな。全部の村を放棄して山脈の北に逃げるように指示を出す直前、というのがいいか」
マナン村長の答えに、リンナーリシュは俯いた。
「今のが本当なら、どうだっていうのさ?」
怪訝そうなコディエンガを、リンナーリシュはいきなり突き飛ばした。
「リン……!?」
「コディ、ねえ、まだわからない? あたし達が退避命令を聞いたときには道は塞がれてたの。誰も、出入りできなかったのよ!」
リンナーリシュは叫んだ。そんな声を出せるなんて思いも寄らなかったので、さくらはコディエンガ同様、直立不動で聞いていた。
「う、うん……わかったわ、でもそれが……」
「誰も出入りできないなら、あたしたちが出会った『番人』殿は、いったいどこからきたの!」
「どこって……え?」
コディエンガの声が、他のマリオーシュ全員の心を代弁していた。え、なに、どういうことだよ?――武器を構えながら、お互いにちらちらと視線を投げ合っている。
「番人殿に、出会ったと?」
マナン村長が呟く。答えたのは、リンナーリシュではなかった。
「――あまり細かいところにはこだわらない方がいいよ」
村長宅の陰から出てきたのは、銀髪の男だった。
「いろいろ面倒くさいことになるから、さ」
一番面倒くさいのはこいつだと、さくらは棒を握りしめながら確信していた。
ぷるぷるするリンちゃんが個人的にお気に入りです。
読了、ありがとうございました!




