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雑誌で見たおしゃれなカフェにようやく行く機会ができたら閉店だった。
シャッターの下りた店舗の前で愕然としていたことを思い出した。
そういうことはもっと早く知らせてよと、叫び出したかったあの時と今の気分はとてもよく似ている。
(リンちゃんも知らなかったみたいだし、仕方ないけど)
マナン村長の言葉に、一番驚いていたのはリンナーリシュだ。
「そんな……でもどうして……!」
「落ち着きなさい、リン。二度と番人殿にお会いできないわけではないのだから」
立ち上がって身を乗り出すリンナーリシュを、マナン村長は静かに制した。
「じゃあさ、いつなら会えるんだ? 俺たちそれまでここで待ちぼうけ?」
落胆と怒りを隠そうともせず、ガセンは頬杖を突いてマナン村長を睨む。
「メイバイ飛ばしてたんだろ? なんで今は来ても無駄足なんだって教えてくれないんだよ」
「ガセン。言葉が過ぎるよ」
セザに窘められて、ガセンはそっぽを向く。俺は何も間違ったこと言ってねぇ――全身でそう主張している。
「ごめんなさい、村長。でも、ガセンの言うことも一理あると思うんですけど」
閉店したカフェの記憶を追い払って、さくらも言った。自然と咎めるような口調になるのは勘弁してもらうしかない。
マナン村長は目を伏せた。
「番人殿とお会いできないことについては、村でも一部の者しか知りません。狩り初めの子供達には、五つの村が揃わなければお会いできないのだと言って聞かせております。メイバイが途中で落とされてしまう可能性を考慮すると、書き記すわけにはいきません」
当たり前だが、メイバイを飛ばしても、メイバイ自身が伝言してくれるわけではない。鳥の足にくくりつけた通信文をやりとりするだけだ。だから、何か事故があれば宛先以外の人間が通信文を読めてしまう。なので通常は暗号文でやりとりするらしいが、リンナーリシュはマリオーシュで使われる暗号文でやりとりしていた。通信文を拾ったのがマリオーシュの人間なら結局読めてしまうので、詳しく書けなかったと村長は言い訳した。
「それなら今来ても無駄だって、それだけでもいいじゃないか」
そっぽを向いたまま、視線だけ戻してガセン。どうしても納得できないらしい。
子供のワガママとしか見えないが、マナン村長は丁寧に答えてくれた。
「リンからの通信では、今回の一件はそもそも〈柱〉についての誤解が原因では無いかと、相談を受けておりました。ですから、〈柱〉の番人殿にお会いできなくとも、代わりに語る者がいれば良いかと思いましたので、みなさんをお連れするように指示しました」
「マリオーシュの歴史と使命でしたっけ」
マナン村長は頷いた。
さくらは首を傾げた。
マリオーシュの歴史と使命は、狩りに出る年に〈柱〉の番人が話してくれる。その後は、大人達から繰り返し聞かされる。要するに、狩りに出られる年齢の一族ならば、誰でもその話ができると言うことだ。
「あのですね、こんなこと言ったらなんですけど……それって、リンちゃんに聞いても同じことだったんじゃないですか?」
「……」
それもそうだよな――村長以外の視線を一身に受けて、リンナーリシュは狼狽えた。こんなリンナーリシュは珍しい。できれば写メに残したいくらいだ。
「ま、待ってください、その、そういうお話はやはり番人殿から直接――」
「確かに我々の歴史についてはリンでも語れるでしょう」
マナン村長はさくらの意見を否定しなかった。
「つまり……他に何か、村長しか知らないお話があるってこと?」
「順番にお話ししましょう」
そう言われては聞くしか無い。ガセンも、不承不承、顔の向きを直した。なんだかんだ言いつつも興味はあるらしい。
「今から、五百年以上前のことと言われています」
村長はゆっくりと語り出した。
その時代、一つの国があった。国の名は、トーディフ。偉大な魔術師だったトーディフが拓いた国だった。
当時、大地はどこも荒れていた。特にトーディフが暮らしていた土地は、土壌も悪く、まともに人が暮らせるのは小さな村の周りだけという劣悪な環境だった。トーディフは初め、魔法で大地を改変しようとしていたが、人の寿命の範囲では不可能であると知り、方向転換した。
最初から劣悪な環境に適合できるものを異世界から召喚して、開拓する。早い話が、自分たちでできないのならば、できるものに丸投げしようといういうわけだった。
丸投げの対象として、トーディフは様々なものを召喚した。獣、鳥、魚、昆虫、植物――そして、人間。
結果から言えば、その方法は成功した。
小さな村は大きな街になり、トーディフは自らの名を冠した国の王になった。
代々の王は国土を広げるために、開拓者と名付けられた労働力を異世界から召喚し続けた。
国が大きくなると、争いが増えるようになった。トーディフ五世王は初代より優れた魔術師だった。王は獣を掛け合わせたキメラを合成する術を編み出し、国の力とした。剣よりも強力な力を得たトーディフ王国は、各地の争いに次々と勝利を収めていった。
さらに国が大きくなり、トーディフ七世でさらに強力な力が求められた。王は獣と人間を掛け合わせる研究を始める。
トーディフ八世が人間と獣のキメラ合成術を作り上げ、トーディフ王国は帝国となり、大陸を統一した。
しかし、その繁栄に疑問を持ったものがいた。
帝国の王女の一人だ。トーディフの血を引く姫は、一族の中でも最も優れた魔術師で、最も心優しい者でもあった。
生まれ育った場所から無理矢理召喚されたあげく姿を変えられた労働者たちの待遇に常に心を痛めていた王女は、やがて帝国に反旗を翻した。従うのは、もちろん召喚された者達だ。
軍事力のほとんどをキメラに頼っていた帝国は、剣を取られたも同然だ。ろくに抵抗もできないまま、敗北した。姫は二度とこのような国を興してはならないと、帝国そのものを封じた。封印は番人と共に隠され、のちに世界を支える〈柱〉として広く伝えられた。
「帝国は消えましたが、キメラたちは残りました。いえ、人との掛け合わせでなく、獣同士を掛け合わせた方です。紛らわしいので、我々はこれを魔獣と呼ぶことにしました。この魔獣は、制御する者がいなくなってしまえば、ご存じのように危険極まりない存在です。しかも人との掛け合わせと違い、繁殖力を待ちます。我々マリオーシュは帝国民の子孫として、魔獣を狩ることを使命と託されました」
村長は信念と誇りを持って語ったようだが、さくらの理解は少し違う。
つまるところ、先祖のしでかしたことの後始末を押しつけられただけじゃない?――もちろん口に出したりはしない。
「そんな話、初めて聞いたな」
昔話でもトーディフなんて国は聞いたことが無いと、ガセンは首を眉根を寄せている。
「あんたのことだから、忘れてるだけなんじゃないの? あ、頭振ってあげようか?」
両手を伸ばすと、思い切り避けられた。
「ちげぇよ! そうじゃねえよ! な! な!?」
ガセンの必死さが通じたのか、セザもルコーも聞いたことが無いと首を振ってくれた。
「そんなに大きな国だったんなら、詩歌のひとつも残ってそうだけどねえ」
偉大な人物を称える歌や物語が作られて語り継がれるのはどこでも同じらしい。
「いろんな人種がいるのは異世界から来たからだって話はあるが……そんな風に使われてたって話は聞いたことが無い」
「国の名前とか、変えられて伝わってるんじゃないの? 〈柱〉のことだって、嘘で隠してたくらいだし」
最後の王女が帝国を封印したと、マナン村長は言った。以後、トーディフの名は禁忌とされたのかもしれない。
「嘘、か……」
渋い顔で、ルコーが呟く。セザが肩をすくめた。
「急にそんなこと言われても、っていうのもあるけど、やっぱりそうだったんだねって気もするね」
子供の頃から聞かされた話が全部嘘でした、なんて言われてもすぐには信じられない。ガセンなど、なぜか指さし確認している。
「村長の話が本当だとすると……ラティスの奴は封印をはずそうとしてる、ってことなのか?」
封印が外れるとどうなるのか。封印が外れることで、ラティスにどんな益があるのか。
まったく見当も付かないが、現状、そう考えるのが一番納得がいく。
「そう考えるのが、妥当なのではと思います」
さくらの心を読んだように、リンナーリシュ。村長が話をしている間に、落ち着きを取り戻したようだ。
「リンから相談を受けて、私も悩みました」
マナン村長は小さくため息を吐いた。
「剣の回収者として立ち上がったラティスが、どうして〈柱〉を崩すようなまねをするのか、どうしてもわかりません」
「はっ、そんなの、ラティスにしかわからねえよ」
「ガセン、それ大威張りで言うことじゃないから」
「別に威張ってねえよ!」
またそっぽを向いてしまったガセンを放っておいて、さくらは村長に尋ねた。
「村長、いまの話ぶりからすると、ラティスのことを知っているんですか?」
もちろんです、とマナン村長は頷いた。
「〈柱〉への出入り口を塞いだのは、ラティスでしたから」
開いた口がふさがらないとは、このことだ。
うっかりリンちゃんの巻、でした。
読了、ありがとうございました!




