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 リンナーリシュは、やっぱり大真面目だった。握られた手にも力がこもっている。熱意はとてもよく伝わってくる。

 くるのだが。

「あのさ、リンちゃん……〈柱〉の番人となら、とっくにろいろ話してると思うんだけど」

 話した結果、この廃村に辿り着いたことを忘れてしまったのだろうか。

 しかしリンナーリシュは首を横に振った。

「番人殿はもう一人います。私は、むしろずっとそちらの番人殿しか知りませんでした」

「もう、ひとり……?」

「てことは〈柱〉がもう一本……?」

「本当なのか?」

 ルコーもガセンもセザも、半信半疑の様子だ。

「一人前のマリオーシュとして魔獣を狩るようになると、村の子供達は必ず番人殿からマリオーシュの歴史と使命を聞かされます。番人殿から聞かされるのはその一度きりですが、魔獣を狩るたびに大人達から繰り返し聞かされて育ちます」

「その歴史と使命を聞かせてもらえっての? どうせならもっと役に立つこと教えてくれないのか?」

 ガセンの意見に、さくらも同意だ。ディアン以外の番人がいるのなら、何か他に知っているかもしれない。

「興味が無いわけじゃないけど、今はそれより〈柱〉の力のこととか教えてもらった方が役に立ちそうだよ?」

「いえ、役に立つはずです。そもそも私たちは全員、〈柱〉について誤解しているのですから」

「誤解……?」

「ええ。まずはその誤解を解くために、話を聞いてください」

 再び、握る手に力が込められる。これ以上強く握られる前に決断した方が良さそうだ。

「そんなに言うなら……行ってみようか」

 誰からも反対意見は出なかった。次の行動を決めかねていたのだから、むしろ行き先が決まったことで、皆ほっとしている。

 リンナーリシュはすぐさまメイバイを飛ばした。村に、一足先に連絡しておくのだという。野営の後片付けを済ませて、馬車は出発した。急げば、明日の今頃には村に到着できるということだ。 

(他にも〈柱〉があること、ディアンは知ってたのかなあ……)

 完全無欠の引きこもりではあるが、さすがに同僚とでも言うべき存在くらいは知っていると思いたい。

「〈柱〉がもう一本かあ……」

 がたがたと車輪の音が響くだけの幌の中で、ガセンが唸っていた。

「そうだよな、一本よりは、支えやすいよなあ」

「ねえ、ガセン」

「ん?」

 セザにつつかれて、ガセンは顔を上げた。

「あんた今、〈柱〉がどうやって世界を支えてるのか、考えてなかった?」

「おう。今まで一本だと思ってたから、不安定だなって思ってたんだけどさ、二本あるならもう少し安定するよな」

「どう考えててもいいけど、それが『誤解』だって話を聞きに行くんだってこと、ちゃんと覚えてるかい?」

 リンナーリシュはそこまではっきり言わなかったが、前提条件は全部見直した方がいいだろう。

「……」

 ガセンは無言で御者台に向かった。一悶着あった後に、ルコーが納得いかない様子で幌に中に入ってきた。

「急に替われって言ってきたんだが、ケンカでもしたのか?」

「さあ?」

「心当たりは無いねえ」

 その後、馬車は何事も無く走り続け、翌日の昼過ぎ、馬車の揺れが少なくなった。

(あ、これって)

 整備された道に入った証拠だ。さくらは御者台をのぞき込んだ。今日は朝からルコーとリンナーリシュが座っている。

「もうすぐ着く?」

「よくわかりましたね」

 リンナーリシュが頷いた。馬車の揺れが少なくなったというのは道が固まっているということで、人の住む場所が近いと言うことだ。こんな細かいことも教えてくれたのは、ラティスだった。

「……まだ見えないね」

 道の先には、壁のように立ちはだかるソーシャンタス山脈の山々と、その麓を固めている樹海が見えた。あそこに、魔獣が棲んでいるのだと思うと、禍々しく見える。マリオーシュというのは、その樹海に棲む魔獣を狩る一族の総称だ。

「まだ距離がありますが、この先に一ノ村が、もう少し西寄りに二ノ村があります」

 広い樹海の数多く潜む魔獣を相手にするのに、かつては樹海の周囲に村が五つ存在した。今はそのうちの二つだけが再建されたそうだ。

「その名前で行くと、三と四と五の村があった?」

「ええ。そちらはまだ魔獣の数が多すぎて戻れないようです」

「そっか。で、一ノ村に別の〈柱〉の入り口がある?」

「ええ。族長がそこにいますから」

「リンちゃんはその番人に会ったことがある?」

「もちろんです」

「どんな人だった?」

「そうですね……十になったばかりの頃なのでよく覚えていないのですが、銀色の髪の男の人だったことは覚えています」

「ディアンに、似てるのかな」

 残念ながらリンナーリシュはディアンに直接会ったことがなかったので、わからなかった。

「……なあ」

 黙って話を聞いていたルコーが、複雑な表情で呼びかけた。

「その番人殿の話を聞くのって、『一人前』として魔獣を狩れるようになったときじゃなかったのか?」

「そういえばそんなこと言ってたね……って、え、十歳だった!?」

 思わず振り返ると、リンナーリシュは頷いた。

「だいたい十歳くらいから大人達の仲間入りをします。もちろん最初は危険の無いところからですけれど」

「危険が無い魔獣狩りってどんなんだよ……」

 ルコーは信じられない様子だ。魔獣が相手かどうかはとりあえず脇に置いておくにしても、狩りに子供を連れて行くのはいかがなものか。

「だいたい魔獣って、どうやって狩るの?」

「方法は色々ありますが……サクラはどうやって狩ると思います?」

 逆に聞き返されてしまった。狩りの方法と言われても、さくらがやったことのある狩りはゲームの中だけだ。

「んー……大きな獣って考えていいんなら。弓とか銃……は、無いんだっけ。じゃあ、弓とか剣とか、あとは罠を仕掛けるとか」

 そういえばリンナーリシュが持っている武器は何だったろう――細い腰についているのは、サバイバルナイフのように見える。ガセンが持っている剣よりは一回り小さいが、立派な武器だ。

「そうですね、獣を狩るのとそんなに違いはありません。少々、相手がしぶといくらいで」

「少々……?」

 ルコーが遠い目をしている。過去に遭遇したことがあるらしい。

「どっかで見たことあるの?」

「前に、砦に押しかけてきたことがあるだろ」

「あー、そんなこともあったね」

 人が降ってくる毎日も、今となっては遠い思い出だ。

「あの時、俺が相手したのは犬みたいなやつだったけど、しぶといって言うか、全然、剣が通らなくて焦った」

「そんなに固いんだ?」

 魔獣と言うくらいだからそうなんだろうと勝手に納得していると、リンナーリシュが訂正した。

「あれは固いのではなくて、剣が滑っていただけです」

「表面に油でも塗ってるとか?」

「いえ、そうてはなく縦筋と横筋の――」

 不意に、リンナーリシュは口を閉じた。目を細めて、前方を睨む。

「――誰かいるな」

 ルコーは手綱を握る手に力を込める。

「どこ?」

 さくらの目に見えるのは、うっそうとした森の影ばっかりだ。かすかに、建物っぽいものが見える気もする。

「……大丈夫。村の人です」

 やがてリンナーリシュは緊張を解いた。それを聞いてルコーは馬車の速度を上げた。

「リン! お帰り!」

 村がはっきり見える頃には、道の真ん中で大きく手を振っている人がさくらにもはっきりと見えた。惹かれそうになる前に、横に飛んでよける。そしてまた手を振る。

「幼なじみなんです」

 リンナーリシュが肩をすくめた。

 馬車が村の前で止まると、手を振っていた人物が駆け寄ってきた。

「全員無事だったみたいね」

 よかったよかったと馬車を見回すのは、快活そうな緑色の目をした女性だった。ウェーブのかかった煉瓦色の髪が印象的だ。幼なじみだというのだからリンナーリシュと同じくらいの年頃なのだろうが、二人が並んだら誰でも戸惑うと思われる。

(なんていうか……ナルバクを彷彿させるというか)

 一言で言ってしまうと、女性にしては体格がいい。

 さらに言ってしまうと、魔獣も片手で捻れそうである。

 はっきり言うと、同じ一族の人間とは思えない。

(マリオーシュって人種じゃなくて同じ目的の人の集まりとか……? あ、だから異世界人説なのか)

 抱き合って無事を喜ぶ二人を見ていると、その説にも納得ができそうだ。

「教えて貰ったルートで来たから、何事も無かったわ」

 ひとしきり再会を喜んでから、リンナーリシュは振り返った。

「コディ、こちらがサクラ。御者台にいるのがルコー。それと、あっちがセザと、ガセン」

 馬車の後ろから降りてきたセザとガセンが揃ってから、幼なじみの方を紹介する。

「私の幼なじみで、コディエンガ・オノームです」

「初めまして。まだ何も無いところだけど、ゆっくりしていって」

 肩に置かれた手は、想像通り大きかった。

「ゆっくりもいいけど、村長は?」

 リンナーリシュが言うと、コディエンガはあっと声を上げて、照れ笑いを浮かべた。

「ごめん、そうだった。お待ちかねよ」

「馬車はコディに任せて、みんなはこっちに」

 他の村と違って、魔獣よけの防御柵を抜けて中に入ると、真新しい家と、建てかけの家と、積まれた資材がごちゃごちゃに並んでいた。振り返れば、柵にも数人が張り付いて補強にも余念が無いようだ。男性も女性も、忙しそうに働いている。子供達の声は聞こえるが、はしゃいでいると言うより、何かの訓練の掛け声のようだ。

「賑やかな村だね」

「私が出て行くときよりも賑やかになったみたいです」

 リンナーリシュは、どこか嬉しそうだった。

 全員でぞろぞろと歩いていると、好奇の視線が飛んでくる。コディエンガのように「お帰り」と声をかけてくる人もいたが、リンナーリシュは簡単に挨拶を返しただけで、足を止めなかった。

「村長、ただ今戻りました」

 村長の家は一番奥の、一回り大きい家だった。大勢で押しかけても大丈夫そうだ。リンナーリシュが扉を叩くと、初老の男性が出てきた。髪は半分以上が真っ白で残りの半分は黒だ。日に焼けた顔にはいくつもの皺が刻まれている。リンナーリシュを見ると、とたんに笑みの形に皺を刻み直した。

「よく無事で戻った。さあ、中へ」

 村長宅は外見どおりの広さだった。十人が同時に席に着ける大きなテーブルもある。他に、人がいる気配は無かった。

「リン、悪いがお茶の用意をしてもらえるかな」

「わかりました」

 リンナーリシュが台所に向かうと、村長は少し照れたように説明した。

「一人住まいなもので、何の用意もできなくて申し訳ない」

「いえ、押しかけたのはこちらなので、お構いなく」

 一人住まいなのにこの広さがあると言うことは、集会場も兼ねているのかもしれない。

「さて、申し遅れたが私はマリオーシュの族長でもあり、この一ノ村の村長でもあるメゼーバー・マナンと申します。みなさんのことは、リンからメイバイで連絡をもらっておりました」

 一通り自己紹介がすんだところで、リンナーリシュがお茶を入れて戻ってきた。口の中がざらざらしないお茶に、全員が嬉しそうなの見て、セザは複雑そうだった。

「我らがお守りしていた〈柱〉の番人殿との会見をということでしたが」

「はい、リンちゃんがこちらで〈柱〉の番人から話を聞けるって聞いたんですけど」

「……ええ、以前は、できました」

 村長の表情に影が落ちる。

「以前は? 今はできない、と?」

 村長は顔を上げて、頷いた。驚いた顔のまま固まっているリンナーリシュにも、頷いてみせる。

「リンが知らなかったのも無理はない。死霊兵が攻めてきて、村の大半が崩壊したときに〈柱〉への出入り口は封じられたのです」

我ながら展開が亀です、すみません。

ちなみにガセンは「平たい皿のような地面の下に棒がささったような」世界を想像していました。棒が二本に増えてもあんまり安定しない気がします……。

読了、ありがとうございました。

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