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 たった一薙ぎで、死霊兵は崩れ去ったと、そう聞いている。だから死霊兵との闘いで命を落とすことは、もしかしたら無かったのかもしれない。

 けれども、人は必ず死ぬ。戦場以外で、死は様々な形でやってくる。どんなに意固地に剣を返さないと言っていても、寿命を越えて生きることはできないのだから、絶対に剣を手放すことになる。

「剣の所持者になると、もれなく丈夫な身体が付いてくるわけじゃないのよね?」

「以前にも行ったとおり、多少の身体能力の向上はありますが、不死身ではありません」

 不慮の事故、ケガ、病気。キューディスのような身分なら、剣の有無にかかわらず権力争いに命がかかることもあるに違いない。

「で、今のところ所持者が亡くなって戻ってきた剣は、無し、と」

「ありません」

 きっぱりと、ディアン。

 確かにこれは、不具合だ。

 ただしその中には、さまざまな意味合いが含まれる。

(……考えるのは後回しにしよう)

 一人で考えるには材料が少なすぎる。おかしな先入観は持ちたくない。

「わかった……って言っても、ディアンはあんまりわかってないと思うし、あたしもあんまりわかってないけど、行ってみなきゃ分からないことはわかった」

 何か一つでもわかったことがあるならよしとしよう。

 そんな無理矢理な意見に、ディアンは苦笑した。

「ここから動けない以上、貴女に任せるほかありません。よろしくお願いします」

「うん、じゃ行ってくるね。帰ってきたらまたすぐに来るから」

 次はいい知らせを持ってこれるといいのだけど――霧の中にディアンを残して、さくらは石壁から外へと出た。静寂の空間――接合地点だっけ――を抜けて、さらに本当の外に出る。

「――終わったか」

 初めてこの世界に来た日、ラティスと共に外に出たときの光景と、重なった。あの時ルコーは、むすっと黙り込んでいて、ろくに挨拶もしてくれなかった。

(あの時からあたしにムカついてたんだなあ……)

 いまなら、あの表情の意味がわかる。

「なにかあったのか……?」

「ううん、何にも。ディアンも何も知らなかったって」

「そうか……」

 沈鬱に頷いただけで、ルコーは村へと足を向ける。最初から期待はしていなかったと、背中がそう語っている。

「ねえ、ラティスと知り合ったのって、いつ頃?」

「俺か?」

 横に並んで見上げると、虚空を睨み付けていた。そこまで思い出すのが困難なことなのだろうか。

「夕べ、あの村に行ったときはまだラティスに出会ってそんなに経ってなかったって言ってたでしょ」

「ああ……そうだった」

「知り合ってそんなに時間が経ってないのに、死体を隠すようなことをした人をおかしいとは思わなかった?」

 気がつけば、ずばりと訊いていた。ラティスとの出会いからあれこれと情報を得て遠回しに訊くつもりだったのだが、どうしてこうなった。

(……ま、口に出しちゃったものは仕方ない)

 ルコーは、目を丸くしていた。こんな表情を見るのは初めてだ。徐々に目が細められて、最後には突き刺さるほど視線も鋭くなった。

「ラティスを疑っているのか?」

「疑いたくない」

 即答すると、また目が丸くなる。その表情がやたらと幼く見えて、手が届くなら頭を撫でたいところだ。

「知ってることをなかなか教えてくれないのはちょっとムカつくけど、あたしがここに来れたのは、半分以上はラティスのおかげらしいし、ラティスが紹介しただけで、みんなあたしのことすんなり受け入れてくれるってことは、すごく信頼されてる人んだなってことはわかってるつもりだし――ていうか、ここの人たちって、異世界から来たっていってもあんまり驚かないよね……まさか異世界人慣れしてるとか?」

 冗談交じりに言ってみれば、ルコーは「そんなことか」と頷いた。

「どこの国でも、俺がいた田舎の村でも、この世界に住んでる人間は全部、違う世界から寄り集まったって昔話があるからな」

「え……みんな異世界トリップしてきたの……?」

 なかなか壮大な昔話だ。まさか全員が英雄候補者だったとか、そういう話だったら大笑いするところなのだが。

「あんたみたいに喚ばれてきたって話もあるし、戦争に負けて流れ着いたとかそういう話もあったかな」

「いやそれ普通、違う大陸とか国とか島とか、そういうところじゃないの?!」

「それだといろんな人種がいるのに説明が付かないとか偉い学者が言ってたぞ」

「はあ……そりゃあたしの世界だって完全に説明が付いてるわけじゃないけど……」

 文明の未発達を嘆くべきなのか。説明が付かないから他の世界から来たという説明にするというのもおおざっぱだが、それを全世界が信じているというのは、おおざっぱを通り越して脳天気としか言いようが無い。

(あれ……でも……全部『異世界だから』で納得してるあたしも同類……?)

 どこにつっこんだらいいのか悩んでいるうちに、村が見えてきた。

「……一度だけ、番人殿に会ったことがある。あの中で」

 村の手前で、ルコーは足を止めた。石柱のある方向を振り返る。

「剣を回収するなんて、最初は半信半疑だった。でもあの中で番人殿に会って、剣を回収するところを見て、剣が返ってこない話を聞いて……そうだ、世界が傾くと困るからってガセンがやる気になったんだ」

「傾く……うん、柱だしね、傾くかもね……」

 どんな世界を想像したのか、あとでガセンを問いただしてみよう。

「……あの時、俺もあんたと同じことをいったんだ」

「あたしと?」

「『所持者を殺しちまえば早いだろう』って」

「……」

「さっさと回収したいなら、それが一番早い方法だ。誰でもそう思う。でも、ラティスはそれじゃダメなんだって。これ以上人を減らしてどうするんだって。だから最初は説得してたんだけど、だんだん情勢がおかしくなってきて、もう無理矢理取り上げるしかないなって」

「そっか」

「それからハーティとか、セザとか仲間になって、あの砦を国王から直々に借り受けて……」

「疑いたくないよ、あたしも」

 さくらは右手を差し出した。怪訝そうなルコーを見て、苦笑が浮かぶ。やはり握手の習慣は無いらしい。

「あたしの国の習慣じゃないんだけどね、お互いに協力しましょうってときに、こうするの」

 訝しむルコーの右手を無理矢理取って、ぎゅっと握りしめる。

「ラティスを探して、剣が戻っていかない原因を解明して、残りの剣も全部回収して世界が傾かないようにしよう」

「……」

 握られた手を、呆然と眺めていたルコーは、少しずつ力を込めて握り返してきた。

「……俺は、〈柱〉が無くなったら落っこちていくんだと思ってたんだ」

 世界観については、改めて全員に聞き取り調査を決行するべきだと確信した。


 *


 村に戻ると、出発の支度はすっかりできあがっていた。村の人から借りた荷馬車で一度ミオーリを目指し、そこで馬車を替えて廃村を目指すそうだ。

 ディアンが何も知らされていなかったことを告げると、全員が、やっぱりそうかという反応だった。

「もし番人殿が知ってたら、最初にその剣の回収を頼むと思うんだよね」

 セザの意見に、さくらも賛成だ。〈柱〉の外に出られないから、代理人であるさくらを喚んだのだから。ある程度の地理を身につけてからと考えていたのかもしれないが、ラティスの口から何も聞けない以上、推測の域を出ない。

「番人殿にもわからないなら、いまここであれこれ議論しても始まらないな。まずは、廃村の印が〈柱〉にあったものと同じかどうか確かめてからだ」

 ナルバクがそう打ち切ったので、出発になった。まだすこし不満そうなハーティーアと、ハーティーアの肩を抱いてやっているセザと、真剣な表情で祈りを捧げてくれたナルバクに見送られて、何度目かのミオーリ行きとなった。

「いつも不思議なんだけど、いったい誰がラッドに連絡してるの?」

 ミオーリに着いて、いつもの宿屋で一晩明かした翌朝。現れたラッドは、手配した乗り換え用の馬車とともに一同を迎え出た。その手際の良さには、感心を通り越して驚くばかりだ。

「この子です」

 リンナーリシュが伸ばした手に、一羽の鳥が降りてきた。小型の猛禽類のようなその鳥の背を、リンナーリシュがそっと撫でてやると、鳥はうっとりと目を閉じた。

「伝書鳩……?」

「鳩ではありません。これはメイバイというタカの仲間で、マリオーシュで連絡用としてよく使います」

 今日もリンナーリシュはつなぎの作業服を身につけていた。マリオーシュの一族が魔獣を狩る際に着る服で、それを着ると身も心も引き締まるとそうである。

(引き締まりすぎって気もするけど)

 周囲の空気まで引き締めているように思える。しかしセザによれば、さくらが来るまではこちらの姿がほとんどだったと言うから、メイド姿で微笑んでいるリンナーリシュの方が砦のみんなには違和感があったようだ。

「それ、リンちゃんの鳥?」

「ええ、私が訓練しました」

 リンナーリシュが手を伸ばすと、鳥はさっと翼を広げて、宿屋の屋根へと飛んでいった。屋根裏に専用の部屋があるのだと、ラッドが言った。

「んで、言われたとおり馬車しか用意しなかったけど、大丈夫か?」

 少しだけ食料も積んでおいたとラッドが言うと、セザが目を細める。

「用意がいいねと言いたいところだけど……もしかして王様の差し金かい?」

「え、いや、その」

 笑ってごまかしきれなかった。ヘビに睨まれたカエルよろしく、ラッドはだらだらと冷や汗を流している。

「その……実は……全部そうなんです、はい」

「で、見返りは?」

「……いろいろ教えてくれと……」

「そう」

 セザはちらりと視線を横に流した。ガセンと、ルコーがしたり顔で小さく頷く。

「え、なになに?」

 ひとり、わけのわからないさくらは、ガセンの袖を引っ張ってみる。

「ニブいな、あんた。ここにも目と耳があるってことだよ」

「まじ!?」

 まねして周りを見回してみるが、宿の前は忙しそうに行き来する人が見えるだけで、こちらの様子を窺っているような人物は見えなかった。ムキになって探していると、あんまりきょろきょろするなと、ルコーに頭を掴まれた。

「……まあ、あちこちから情報が漏れてるのは仕方ないとしても、バカ正直に全部話したりしてないだろうね」

 ため息交じりに、セザ。ラッドは必死に首を振った。

「それはもちろん。今回だって、ラティスの居場所を知ってそうな知り合いが見つかったって言ってあるから」

「それならいいわ」

 セザに微笑まれて、ラッドは心底ほっとしたように息を吐いた。

「で……戻ってきたらまた報告をくれと言ってるから、頼むぜ?」

「考えておくよ。さ、支度できたならいくよ」

 ラッドが、というか、キューディス王が用意してくれたのは、長距離移動する旅商人がよく使うような幌付きの大きな馬車だった。車輪も大きくしっかりしていて、繋がっている馬も毛並みがよくて頑丈そうだ。

 ルコーとガセンが御者台に上がり、セザ、さくら、リンナーリシュが幌の中に入る。荷物と一緒だが、クッションや毛布も積まれていて、荷馬車より格段に居心地がいい。

「気をつけて。まだクレガン王国の辺りはいいウワサ聞かないから」

 ラッドの見送りを受けて、馬車は走り出した。角を曲がれば、手を振る姿はあっという間に見えなくなる。

「クレガン王国って、確か大陸一の大国だった、んだっけ?」

 ディアンに聞いた話を思い出して訊くと、セザが肩をすくめる。

「今じゃ、山賊と無法者と魔獣の住処だね」

「……マリオーシュも、今は散り散りになりました」

 たった五年前の話だというのに、遠い昔話のようだった。

少しずつ、全員の過去を書けたらなあとは思っていますが、セザの過去だけは壮絶になりそうで恐ろしい……。ご意見ご要望は常時受付中です!


今回も読了、ありがとうございました。


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