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 翌朝は、目を覚まして窓を開けると、日が高い位置にいた。目を覚ましたら時計ではなくて太陽の位置を見るくらいに、異世界ライフにも馴染んできたようだ。

「あー、予定どおり寝坊した」

 二度寝の誘惑は、異世界でも強力だった。全部ルコーのせいにして、まずは着替えと洗顔を済ませる。

(何か食べられるものあるかな)

 食堂には誰もいなかった。テーブルの上も綺麗に片付けられている。隣接する台所で食料を漁っていると、戸口からハーティーアがのぞき込んできた。

「あ、サクラ、起きたんだ」

「はっちゃん、おはよう……っていうには、遅いけど」

「ううん、夕べは遅かったし、あたしも寝過ごしちゃったもの。何か食べるなら、用意してあげる」

「じゃ、お願いします」

 ガスもIHも無い竈は、未だに使いこなせない。食材を無駄にするくらいならプロに任せる方がいい。さくらは水だけコップに注いで、テーブルに戻った。

(今日もいい天気)

 窓から中庭の様子を見ると、庭の手入れをしている村の人たちが見えた。砦は人がいなくなることも多いので、作業の大半をミベ村の人たちにお願いしている。ちなみに最初に花壇だと思っていたのは立派な畑で、半分が野菜、半分が薬草と分かれて整備されているとナルバクが教えてくれた。

「はい、おまたせ」

 ハーティーアが用意してくれたのは、野菜とチーズのサンドイッチだった。ここのチーズは今まで食べたことが無いくらいに濃厚で、さくらは一口で虜になった。三食チーズでもいいと言い切れる。

「ほんと、おいしいわー、これ」

 にまにましながら噛みしめていると、セザが入ってきた。目が合って、怪訝そうな顔をされる。

「ああ、起きたのかい、サクラ……なるほど、チーズのサンドイッチね」

 そんなにおかしな顔をしていたのだろうか――二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら、ほんの少しだけ反省した。

「おはよう、セザ。あたしが何かしなきゃいけないことある?」

 ルコーの話に出た廃村に行くことは、昨夜のうちに決まった。ただし、少々遠いのでそれなりの準備が必要だ。

「うん? そうだね……うっかりケガなんかしないいてくれればいいよ」

 大人しく待っていろと言うことだ。さくらは安心してサンドイッチを味わうことにする。

「ハーティ、これ動かすの手伝ってくれないかい?」

「はーい、どれー?」

 最後の一口を平らげたところで、木箱を抱えたハーティーアとセザが台所から出てきた。出て行く前に呼び止める。

「ねえ、ディアンの所に行ってこようと思うんだけど、いいかな?」

 またしばらく砦を離れることになる。ヒントをくれたのはディアンなので、その報告も兼ねて出発前に顔を見に行っておこうと思った。

「ああ、それはいいね。誰か呼んでくるから、すこしお待ちよ。ハーティ、そっちじゃない、裏に回って」

「え、こっち?」

 みんな忙しそうなので、皿は自分で洗うことにした。

(玄関に行ってればいいのかな……)

 ケミッシとカギンディルでの返還式のおかげか、それとも『祟り』の噂のせいなのか、回収者への襲撃はぴたりと止んだ。一人歩きはまだ禁止されているが、村中を包んでいたピリピリした空気は無くなって、晴れた空も安心して眺められる。

「おい」

 のんびり流れる雲を見ていると、声をかけられた。

 視線を下ろすと、ルコーがいた。おはよう、とでも言うべきか。

「……」

「……」

 気まずい。

 この一言に尽きる。

 声をかけてきたのなら何か言えばいいのに、ルコーもそれ以上何も言わない。

(一応、夕べのアレで和解した、はず!)

 とりあえず言いたいことは言い切ったので、さくらにはわだかまりは無い。ここはひとつ大人の余裕ってものを見せつけてやろうじゃないか。

「あの――」

「行くぞ」

 ルコーは絶妙のタイミングで背中を向けた。大人の余裕は、見事に空振りだ。貼り付けた笑顔をどうしてくれるのかとどやしつけたい。

(……ま、しかたないか)

 さくらは納得しても、ルコーは納得していないことは山ほどあるに違いない。もう少し早く喚ばれたなら、なんて考えるのも無駄だ。

(なるようになるよ、うん)

 早くも遠ざかるルコーの背中を追いかける。横に並ぼうか悩んでいると、ルコーが振り返った。

「夕べは」

「え?」

「……勝手なことをしたと思っている」

「あー……うん」

 いきなりこうくるか――大人の余裕は先ほど取り逃がしてしまったので、さくらは曖昧に頷く。

「まあでも、結果オーライでいいんじゃない?」

「結果……おーらい?」

「結局みんなで行くことになったからいいよねってこと?」

「……今朝、ハーティは拗ねていた」

「あれ、さっきは機嫌良さそうだったけどな」

 夕べのうちに、出かけるメンバーも決まっていた。今回の留守番はセザとナルバクとハーティーアだった。リンナーリシュは地理に明るいということで、同行することになった。ハーティーアは、不承不承ではあるが納得していたように見えたのだが。

「あんたを気持ちよく送り出してやれと、ナルバクに言われていた」

 その様子が目に浮かんで、笑ってしまった。

「想像できる、それ。ナルバクって、子供をあやすって言うか、諭すの旨いよね。さすが神官さまって感じ? そういえばナルバクが信仰してる神様って、どういう神様なんだろ」

「サテ神だろ」

「名前じゃなくて……種類とか?」

「種類……?」

 意外そうな顔をされたので、さくらは付け足した。

「あたしが生まれ育ったところって水の神様とか学問の神様とか、いろんな神様がいるんだけど、ここはどういう感じ?」

「俺はよく知らないから、ナルバクに聞いた方がいい」

 ばっさりと切って、ルコーは前を向いてしまう。

「うーん、ナルバクに聞くと熱く語られそうだしなあ……」

 会話はそこまでだった。またもや、微妙な空気が漂う。しかし、以前と違って拒絶感は無く、むしろルコーの方から何か話しかけようとしている素ぶりすら見える。喜ぶべきだろうが、じれったい。

 話しかけられるのを待っていたらいいのか、こちらから話しかけるべきなのか。

 様子を窺っているうちに、〈柱〉への入り口へ到着してしまった。今日も風が強い。

「それじゃ行ってくるね」

 逃げるようにして中に入り、いつもどおりの過程を経て、霧の中に入り込む。

(さて)

 ルコーの件はとりあえず脇に置いて、霧に包まれた周囲を見回す。一本道だとディアンは言っていた。今回はひたすら真っ直ぐ進んでみようと一歩踏み出したとき、前方の霧の中で人影が揺れた。

「はやっ!」

「はい?」

 現れたディアンは、面食らった様子で立ち尽くしている。

「出てくるの早すぎ! 実はどこかに監視カメラとかつけてる?」

「かめら、というものは身につけていませんが」

「絶妙なボケをありがとう。まあいいや、昨日の印のことなんだけど」

 夕べの一件を話すと、ディアンの表情が険しくなる。

「剣を持ったままの死体……」

「あたし、その話知らなかったんだけど、やっぱそれっておかしいの?」

「説明してしませんでしたか」

「聞いてない」

「……ラティスからも?」

「聞いてない」

「そうですか……他の方が言っていたように、それはおかしなことです」

 ディアンは〈柱〉を振り返った。

「初めにラティスが剣を作ることを提案したとき、所持者が持って帰ってくることが前提となっていました。ですが、人には死がつきものです。死んでしまえば持ち帰ってくることができないのでと、反対しました。そこでラティスは、所持者が死ぬと同時に剣が〈柱〉に戻るようにすればいいと」

 フタを開けてみれば、意思を持って返しに来ないという想定外の事態になっていたので、ラティスは責任を取る意味で剣の回収役を買って出たという。

「じゃ、ディアンでもその死体のことはわからないってことか……」

「そうですね……その死体のことも……なぜ、ラティスは言ってくれなかったのでしょうか」

「え……あれ?」

 確かに、ディアンはたった今、話を聞くまでそんな死体があることを知らなかった。逆に考えれば、ラティスがディアンに相談していれば、あの印の意味もディアンが知らないはずが無い。

「……ねえ、ディアン」

「なんでしょう」

「あたしがここに喚ばれるまでに戻ってきた剣って、確か、十本くらいだっけ」

 初めて剣を回収した日。何もできなかったことに落ち込んでいたとき。ディアンは、予想以上のできだと言ってくれた。

「で、ラティスたちが回収したのが、八本っていってたよね」

「そうです」

「自分で返しに来た人もいたんだよね?」

「ええ、残りの三本は、死霊王が倒れた後、本人が返しに来ましたので、接合地点で私が回収しました」

「せつごうちてん?」

「ここから出ると、これと同じような石が立っている場所に出ませんか?」

「うん、やたらと静かな場所でしょ」

「そこが接合地点です。〈柱〉とあなたたちの世界を繋ぐ場所です。そこまでは私も出られるのです」

「そうなんだ……」

 それがなにかと聞き返されて、さくらは、返事に詰まった。心の内側でもやもやしているものが、うまく言葉にならない。

「なんていうか……剣の所持者って、すっごい丈夫な人たちばっかり?」

「不具合が起きていると考えるべきではないでしょうか」

「ソウデスネ」

さくらが来ないと出番の無いディアンですが、出番があるとやたらと長くなるディアン…。次回こそ、出発です。


読了、ありがとうございました!

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