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 剣が戻ったのに、〈柱〉の欠片が戻ったのに、〈柱〉は元に戻らない。

「ま……」

 元に戻らなければ、〈柱〉は世界を支えられない。

「待った! それおかしい。その話は初耳だって! 〈柱〉の力って何? 剣を回収したら欠片が戻ってきて、全部元通りになるんじゃなかった?」

 全力で待ったをかけたのに、ディアンはため息を一つ吐いただけの、静かな反応だった。

「そうなっていないから、おかしいと言っているのです」

「そうなんだけど」

 由々しき事態ではないのだろうか。慌てているこちらがおかしい気がしてきて、さくらは深呼吸した。

「よし……確認ね。〈柱〉の欠片には〈柱〉の力があって、だから死霊兵を倒せた。合ってる?」

「合ってます」

「〈柱〉の欠片が戻ると、〈柱〉が元通りになるって言うのは、〈柱〉の力も一緒に戻ってくるから?」

「そうです」

「欠片が戻ってきているのに、そこに入ってた〈柱〉の力が戻ってこない?」

「そうです」

「……〈柱〉の力が戻ってこないと世界を支えられない?」

「おそらくは」

 やっぱり大変な事態だった。

「だから何でそんなに冷静なの!?」

「騒いでも事態は変わらないからです」

「おっしゃるとおりですけどっ! そこはテンション合わせてよ!」

「てんしょん、ですか……?」

 ずれる一方なので、さくらは諦めた。こちらが冷静になる方が早い。負けた気がして少し悔しいが。

「……勘違いってことは? あ、そうだ。前に戻ってきたときはどうだったの? あたしが来る前に、ラティスたちだけで回収した剣があったでしょ?」

「あの時は確かに欠片が戻ると同時に〈柱〉の力も戻りました」

 勘違いはあり得ないと、ついでに否定された。その点は、〈柱〉の番人としての全プライドがかかっているようだ。

「じゃあ……あたしがちゃんと回収できてなかったってこと……?」

 いいえ、とディアンは首を横に振った。

「貴女が最初にこの世界に来たとき、回収した二本の剣は問題ありませんでした。ですから、回収し損ねているということもないはずです」

 その回答に、正直、ほっとした。あれだけいろいろやって(やらされて)肝心の目的を果たしていませんでしたでは悲しすぎる。

「ってことは……ケミッシとカギンディルで回収した剣が実はよくできた偽物だったとか?」

 本当はどこかに本物を隠してたんじゃ――勘ぐる前に、ディアンはそれも否定した。

「〈柱〉の欠片が戻ってきている以上、偽物でもないはずです」

 それならなぜ元に戻らないのか。

 わからないと、ディアンは頭を振った。

 ディアンにもわからないことなら、さくらには尚更わからない。

 ディアンは〈柱〉を、さくらは足下を見つめたままの時間が過ぎる。

「……ラティスなら、わかる、のかな……」

 きっと訊くと思ってた――ムカつくばかりだったあのドヤ顔が、いまは無性に見たい。

(見たらやっぱり腹立つんだろうけど)

「ラティスは私も知らない〈柱〉の知識を有しています」

 ディアンの声で、さくらは我に返った。

「え、ディアンでも知らないことがあるの?」

 番人としての全プライドはどうした――見れば、ディアンはいつになく険しい顔をしていた。プライドに傷が付いているのは確かだ。

「あります。〈柱〉から剣を作る方法。その効果。さらには……ここから出られない私に変わって剣を回収する方法」

 すべて、ラティスによってもたらされた〈柱〉に関する魔術だ。

 さくらは、腰に差してある棒を見下ろした。

(これを拾ってきたのもラティスだったっけ)

 何から何までラティスに頼りっぱなしだ。だから、こうしてラティスがいなくなってしまうと、身動きがとれない。

「早くラティスを探さないとだね」

 半分は自分に言い聞かせるように呟いて、さくらは思い出した。

「そういえば、ラティスに繋がるかもしれないっていうのは?」

 ディアンはそう言ってここに連れてきたのだ。

「そのことなのですが、これが見えますか?」

 ディアンは岩の一部分を指した。灰色の岩壁に、横一列に白く模様が三つ刻まれている。どこかで見たことのある模様だ。

「あれ、端っこのは剣の所持者の印じゃない? こっち側のはあたしの右手にある奴でしょ」

 菱形メインの剣の所持者の印と、小花を散らしたような小円メインの回収者の印。両端二つはわかったが、真ん中の印は見たことがない。関数グラフのように複雑で、線と線の間にはヒエログリフと篆書体を二乗して五で割ったような模様が刻まれている。

「この印はラティスが付与しました。最初は、これだけ。剣を与える者たちと同じ印だけでした。それから、貴女を喚ぶ前に、こちらの印を」

「ふんふん。で、真ん中のはいつ?」

「気づいたらありました」

 さくらは、思わずディアンを二度見した。

「子供の落書きじゃあるまいし……だってこれ、明らかにラティスが描いたんだよね?」

「そうだと思います」

 そうとしか思えない。ディアンの言うとおりなら、この場に来られるのはさくら以外はラティスだけだ。

「少なくとも、貴女を喚んだときにはありませんでした。それ以降、いつ、第三の印が付与されたのか、まったくわからないのです」

「こっそり描くにしてもこれじゃ時間かかると思うんだけどなあ……スタンプってワケじゃないよね?」

 触っても大丈夫だというので、さくらは遠慮がちに真ん中の印に手を伸ばしてみる。削って刻んでいるのではなく、塗料で描いているようだということだけはわかった。岩壁はデコボコしているので、スタンプを押すには不向きだ。

「これ、何のためにここに描いてあるの?」

「こちらは剣の所持者を特定するための印です。こちらは、貴女が剣を回収できるようにするため。最後のは、わかりません」

「何か意味はありそう?」

「何かある、とだけしか……」

 ディアンの答えも頼りない。

 仮にラティスが印を付けたとすると、その理由をディアンに告げていないというのがひっかかる。

「さすがに、他の人間が入ってきたというのは考えにくいですが」

「そうするとラティスで決定するとして、いつこれを描いたのかと、どうしてこれを描いたのか、がわからないよね」

「ええ、ですから、ラティスの行方を追うのにこれが手がかりになりませんか?」

「これが?」

 いきなりの飛躍に、着いていけなかった。

「なんで?」

「〈柱〉に力が戻らないことと、ラティスの行方不明、それとこの印の発見は、ほぼ同時期に起こっています。無関係だとは思えません」

「偶然で片付けるにはできすぎ、か……うーん」

 手がかりと言うには細すぎる糸だった。けれども他に何もない今、たぐってみるしかない。

「じゃあ、これ写してみんなに聞いてみる」

 こんなとき、スマホが使えれば便利なのだが――ディアンに鞄を持ってきてもらって試してみたが、やっぱり起動しなかった。

「うう……これ描き写すの大変そうだなあ……」

 半べそをかきながらメモ用紙とペンを鞄から引っ張り出していると、ディアンが首を傾げた。

「形だけ写せばいいのですか?」

「できるのっ!?」

 さくらの反応の早さに驚いたのか、ディアンは数秒、声を出さずに首を縦に振るだけだった。

「できます。系統は同じものだと思うので、呪を籠めることはできませんが転写までなら」

「よくわからないけど、同じ形を写してくれるなら是非お願い」

 紙とペンを差し出すと、断られた。

「服の一部を借りてもよろしいですか」

 この世界のものでないものに写すのは難しいというので、さくらは自分の姿を見下ろした。シンプルなブラウスと無地のスカートは、リンナーリシュに作ってもらったものだ。

「じゃ、スカートのこの辺なら」

 スカートの裾の方を指すと、ディアンは跪いた。

「そのまま、動かずに」

 かすかに目を伏せて、ディアンは何かを呟く。片手をスカートの裾にかざすと、手のひらが光った。

「できました」

「うわー」

 ディアンが手を放すと、アイロンプリントの用に模様が浮かび上がる。スカートをたくし上げて並べるわけには行かないので、交互に見比べるだけだが、綺麗に写し取られているようだ。

「よし、じゃあこれでみんなに聞いてみる。何かわかったらまた来るね」

「では、送ります」

 ディアンの背中を追いかけて、さくらはまた石壁の前に立った。道を覚えてみようとはしたが、無駄な努力だった。ディアンに聞いても「一本道です」としか教えてくれないのだ。今度、本当に真っ直ぐ歩いてやろうと心に決めた。

「それじゃ、またね」

「……サクラ」

 壁に触れる直前、ディアンに呼び止められる。

「なに? まだなにか思い出した?」

「いえ……気をつけて」

「うん……? じゃ、またね」

 何か言い足りないのかと待ってみたが、ディアンはそれ以上何も言わなかった。

(気をつけてとか、初めて言われたなー)

 なにやら不思議な気分だった。

 石壁に引っ張られて外に出ると、空が半分真っ赤だった。明日もいい天気に違いない。

「戻ったか」

 ナルバクが笑顔で迎えてくれた。ガセンは、と探すと、前と同じに石柱にもたれて座り込んでいた。めんどくさそうに、首だけこちらを向く。

「なんかわかった?」

「ん、ちょっとだけ?」

「マジか! なに、なんだよ!」

 飛び上がるようにして立ち上がるガセンから、さくらは思わず後ずさる。

「え? ううん、居場所はわからないよ?」

「なあんだ……」

 途端にテンションガタ落ちのガセンの背中を、ナルバクが苦笑しながら叩く。

「それで、番人殿は何を教えてくれたんだ?」

「あ、うん、これ。見たことある?」

 さくらはスカートをつまんで持ち上げた。ナルバクとガセンが、腰をかがめてのぞき込む。

「……いや、記憶にないな。何かの紋章か?」

「系統としてはこれと同じ、とか言ってたけどなんのことやらあたしにはさっぱり」

 さくらは右手の甲の印を見せた。見比べて、ナルバクの眉間の皺がますます深くなる。

「系統、か。魔法の何かなのだろうが……」

 そちらには疎くてな――申し訳なさそうに、ナルバクは自分の後頭部を叩いた。

「うん、たぶんラティスが残していったらしいから、魔法だと思うんだけど」

「――俺、それ見たことがある」

 じっと裾の模様を見つめていたガセンが呟いた。えっ、と視線が集まって、慌てたように顔を上げる。

「と、思う!」

「勘違いでもいいから今すぐ思い出して!」

「ぅええ?!」

「待てサクラ、ちょっとおちつけ。振っても出てこないぞ」

 ガセンの両腕を掴んで揺さぶるさくらを、ナルバクが止める。

「でもガセンの場合少し刺激を与えた方が」

「その意見には反論は無いが、まずは戻ってからにしよう」

「無いのかよ!」

「そうだね、日が暮れる前に戻らないとみんな心配するしね」

 少し急いだ方がいいと、ナルバクに促された。

 よし、とさくらは気合いを入れて、ガセンを見た。

「戻ったら、今度は頭を直接振ってみようかな」

「振るな!」

ラティスがいない分、ガセンが突っ込まれ役をがんばっています…。

そろそろルコーにも振ってあげないといけませんね!(ぇ

読了、ありがとうございました。

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