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「私も最初から見ていたわけでは無いので、ほとんどが伝え聞いた話ですが」

 死霊王ブループクレドは、南の果ての島からやってきた。彼の王は、人や獣の死体を組み合わせた上に、捕縛した人の魂を入れ込んで操るという邪術を使った。操られた死体は王の先兵となって大陸に踏み込み、新たな兵を作り上げるために人々を襲って王に捧げていった。

「死霊王は、最初に南の島々を襲って兵を増やしてからやってきたようです。上陸地となった南の沿岸部を治めるカンビス王国は、軍を揃える前に壊滅しました」

 もとより生きていない敵兵を倒すのには、身体をバラバラにして燃やし尽くすしか方法が無かった。敵一体にかまけている時間は、味方が十人以上を殺されるのに十分な時間だった。倒された人間は新たな敵の素体となり、瞬く間に大陸中は死霊王の兵士で埋め尽くされた。

 大陸一の大国であるクレガン王国が墜ちたとき、ディアンの元に一人の人間がやってきた。

「ここは本来、人が入り込めない地なので、どうやってきたのか未だに分からないのですが……」

 やってきたのは一人の男だった。外界と完全に接触を断っていたディアンは、そこで初めて死霊王の存在と、王が操る邪法を知った。

「人を食いつぶした死霊王が次に狙うのはこの〈柱〉だと彼は言いました。なぜなら、この〈柱〉に、邪術を打ち破る力があるからだと。今なら、〈柱〉を少し削ってその欠片を人に貸し与えれば、そのもくろみを止められるとも言いました」

「なんとなく分かっちゃったけど〈柱〉って、あれのこと?」

 さくらはそびえ立つ岩山を指した。ディアンは頷く。

「あれは世界を支える〈柱〉で、私はその番人です」

「世界の、〈柱〉ねぇ……」

 そう言われると、荘厳な雰囲気を醸し出しているように見えるから不思議だ。

「この〈柱〉が壊れると、やっぱり世界はおしまいなわけ?」

「まあ、そうですね」

 ディアンは考え込みながら、曖昧に頷いた。一方さくらは、柱一本で世界を支える図を描こうとして、苦心していた。ここで〈柱〉見えるのだから、地面の中心を貫いているのだろうか。

「そんなにすごい〈柱〉を簡単に削っちゃっていいの?」

「いいわけありません。ですが、背に腹は替えられませんし、終われば返してもらうという条件で承諾しました」

 与えるのではなく貸すだけなら、とディアンは承諾した。男の勧めるとおりに〈柱〉の破片を剣に変えて人に渡すと、その剣で貫かれた死霊兵は一撃で無に還った。一条の光明が差したと、誰もが思った。ようやく、人は死霊王に対抗できる力を得られたのだ。

 とはいえ、たった一本ではどうしようも無い。ディアンは求められるままに剣を作り、与えていった。人は死霊兵が攻めてきたのと同じ勢いで押し返し、とうとう、死霊王を討ち取った。

 ははぁ、とさくらは頷いた。ようやく、話が見えてきた。

「で、約束したのに戻ってこないと?」

「お察しの通りです」

 ディアンが憮然としているのも、仕方の無いことだ。

「ちなみに、何本、剣を作ったの?」

「覚えていませんが、戦える人間の分は作ったはずです」

「そこはちゃんと数えておこうよ……?」

「数えなくても、どこの誰が剣を持っているのかはすぐに分かりますから」

 すまし顔で、ディアン。ともかく、片手で済む数ではないのは間違いない。

 さくらは〈柱〉を見上げた。威厳を持って佇む巨大な石柱は、今のところ、崩れそうな様子は見えない。

「どのくらい戻ってこないの? 十本くらい?」

「帰ってきたのが、十本くらいでしょうか」

「……あの〈柱〉って、いつ頃倒れそうなの?」

「まだしばらくは大丈夫です。むろん、いつまでもというわけにはいきませんので、無理矢理にでも返して貰わなくてはいけませんが、私はこの地を離れることができません。そこで」

 剣を取り戻すためにさくらを召喚したと、ここでようやく最初の話に繋がった。

「うーん……」

 さくらもさくらで、渋い顔をしていた。無理矢理というのが、少し気になる。

「剣が戻ってこないと今度は〈柱〉が崩れて世界が無くなるぞ、って言ってみたらダメかな?」

「すでに周知済みのはずですが……ここまできたら崩れることも無いだろうという日和見的な考えの方が広まっているようです。むしろ、今後のためにもっと作れという者もいるようで、頭の痛い状態です」

 疲れ切ったように、ディアンはため息をつく。

「もっと作れって、だって死霊王はいなくなったんでしょ?」

「現状、大陸は混乱の中にあります。人の数はかつての半分以下で、消えてしまった国も多くあります。この状態で、唯一の頼りとなる剣を奪うな――という、建て前の元に剣を返さない構えなのです」

「た、たてまえ、なの……?」

 驚きのあまり、バッグを落としそうになった。死ぬような目に遭ったんだから仕方ないよねと言う同情の行き場が見つからない。

「人も国も多くが消えたいまこそ台頭する時と、躍起になっている者が山ほどいるそうですから、建て前以外のなにものでもありません」

「あー、その為に剣を返したくないと……」

 誰もが、一度手にした力を手放したくないのだ。共通の敵が消えた今となっては、同じ力を手にして共に戦った者が、今度はお互いを出し抜こうとしている。

「権力争いだけならいくらでもやってくれて構いませんが、全部返してからにして欲しいものです」

 魔王を倒して世界は平和になりました、の後日談がこんなことになっているとは。異世界の勇者になって敵をなぎ倒す夢も潰えて、さくらは肩を落とした。

「権力目的になってるなら、いっそのこと、剣を持ってる人同士でトーナメント大会でもやって、優勝者がたった一人の王様になりますっていうのはどうかな?」

「負けたら剣を取られると分かってる時点で、参加者は一人もいないと思いますが」

「だよね……」

 さくらだってそうするだろう。結局、力ずくで回収してこないといけないようだ。

(あ、これってもしかして)

 さくらはディアンを上目遣いに見る。

「状況はだいたい分かったんだけど、これって、わざわざ異世界から人を呼ばなきゃいけないようなこと? もしかしてこの世界の人だと、その剣を持ってる人には勝てないとか、そういうことだったりする?」

 潰えたはずの夢が、ちょっぴり光を取り戻す。

(世界を救うために誰にも勝てない相手に一人立ち向かうあたし。これはなかなかいい展開かもしれない!)

「そこまでの力は無いと思いますが」

 ディアンは冷静に否定し、さくらの夢がまたしぼんでいった。

「破片から作られた剣の使い手には、右手の甲にその証としての印があります。その印は、死霊兵に対抗するために身体能力を強化する作用もありますので、確かに並の人間では太刀打ちできません」

 ほらやっぱり――さくらの胸が三度、期待に膨らむ。

「しかし、印ある人同士が剣を交えるなら、勝敗は当人の力量次第となります。ですから、トーナメント式ではありませんが、力尽くで取り返すとしたら回収者にはかなりの力を付与しなければなりません。しかしそうやって他者を上回る力を得た人間が、次の独裁者になる可能性も否定できません」

「あー……すでに証明されちゃってるみたいなもんだしね……」

「ですので、この世界での利害に無関係な人間が適任かと」

 そこで異世界から召喚、と相成ったというわけだ。用が済んだら帰って欲しいというディアンの台詞も、ようやく腑に落ちる。無用な騒ぎをこれ以上起こして欲しくないのだ。

「ということは、とりあえずあたしもその印をつけて、すごい力とかもらえちゃう?」

「剣の回収を引き受けてくださるなら、そうなります」

 ふむふむと、さくらは頷く。悪い話では無い。むしろ願った方に軌道修正されていると言ってもいい。顔がにやけていくのを必死に押さえてディアンを盗み見ると、青年は真剣な表情でさくらの方を伺っている。

「引き受けてもらえますか? 危険は最小限に抑えるように努力はしますし、すべて終われば速やかに元の世界にもお返しできます」

「あたしが独裁者にならないって保証は無いんじゃ無いの?」

 つい、いたずら心がくすぐられた。が、ディアンは動じない。

「ご自分でそれを言いますか……仮にそんな事態になったとしても、扉の開閉はこちらでできますので、強制的にお帰りいただきます」

 追い出す準備も万端というわけだ。

「なるほど。じゃあ、もし今ここでその話を断ったら、あたしはどうなっちゃう予定?」

「交渉決裂と言うことであれば、そのままお帰りいただくしかありませんね」

「剣の回収はどうするの?」

「少し手間は掛かりますが、他の方を当たります」

「え、そうなの?」

 ディアンの様子からして、特にペナルティは無いようだ。が、他にも候補がいると聞いては、のんきにしていられないが、その前にもう一つ確認しておかなければならない。

「じゃ、引き受けるとしたら、あたしにどんなメリットが?」

「逆にそこをお尋ねしたかったのですが、あなたは何をお望みですか?」

「そこ訊くの……?」

 あっけにとられたさくらに、ディアンは大真面目に頷いた。

「何の利害関係も無い方に、いったいどんな報酬を提示すればいいのか見当も付かなかったので。相談したら、直接聞いてみろと」

「はあ……」

 お前の望みならなんでも叶えようと、魔王に言われたのならかっこよく断る場面なのだが。

「えーと、ちょっと待ってね。いきなり言われても……」

(欲しい物……願い事……お金、とかあんまり無さそうだし、ここのお金貰ってもしょうが無いし……なんか金目のもの……そんなの貰ってもどこで換金すればいいんだろ……あ、換金しなきゃいいのか……って、それただの記念品)

 一人突っ込みを重ねて、さくらは首を傾げまくる。今まで一番の望みといえば、異世界トリップすることだった。ディアンの話を聞く限り、その後の展開もいちおう、望みどおりになりそうだ。

(記念品とか記念写真とか、最初は良いんだけど最後は邪魔になるだけだし……修学旅行のとか、買うときは良かったけど……いやでもさすがに異世界の記念品って邪険にしちゃマズくない? どうせ帰るんだから、むしろ記念品を貰うべき? もっと他に良いものあるかも?)

 ずれていく思考を修正しながら、さくらは一つの結論にたどり着いた。とりあえず――

「――何か……この世界限定みたいなレアな記念品なんて無いかな」

「れあな、限定品、ですか。例えばどんなものですか?」

「どんなものって言われても、あたし、この世界に何があるのか知らないし。何かここに来た記念になるもの……あ、なんならあの〈柱〉の欠片とかでも――」

「お断りします」

 想像より早く、却下された。

 気のせいか、霧が濃くなったように見える。〈柱〉が霞んでしまったので気のせいでは無いようだ。

 さくらは居住まいを正して、営業スマイルを浮かべる。

「……とまあ、そんな感じに欲しい物が決まったらディアンに訊くってことでどう? ダメって言うものは無理にちょうだいって言わないから」

「そういうことであれば構いませんが……では、引き受けてくださると言うことでよろしいですか?」

「うん、せっかくここまで来られたしね。ちょっと予想と違うけど、だからって何もしないのも、もったいない」

 やっと憧れていた世界の入り口に立ったのだ。中に入らなくてどうする。

 さくらの意気込みに、ディアンの口元が緩んだ。

「もったいない、ですか」

 苦笑ではあったが、それがディアンの最初の笑顔だった。

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