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「やっぱりここが一番落ち着くわね」

 馬車から飛び降りて、ハーティーアはその場で思い切り身体を伸ばした。丸一日馬車で揺られていたので、あちこちからバキバキと骨の鳴る音がする。

「ハーティ、そういうのは家に入ってからやるもんだよ。ねえ、そうだろ?」

 セザが苦笑する。

「……サクラ?」

「え?」

 肩をつつかれて、やっとそこでセザに同意を求められていたことに気づいた。

「あ、うん、そうだよね」

 慌てて頷いたが、微妙な空気は晴れなかった。ナルバクに手を借りて馬車から降りると、空になった馬車が村の方へと動いていく。御者台にいるのはルコーだ。貸してくれた村の人の元に返しに行くのだろう。

「お帰りなさい」

 玄関が開いて、リンナーリシュが出てきた。以前と変わらないメイド姿と笑顔に、少しほっとする。

「ただいま。長いこと留守番させて悪かったね」

 セザが言う。確かに、予想より長い旅になったと思う。

(三週間ぶりくらい?)

 ほんの数日、ケミッシに出かけるだけだったはずなのに。

 みんなでおめかしして、お互いの格好をからかいあいながら、みんなで戻るはずだった。

 それなのに――

「なあ、リン、ラティスは戻ってないか?」

 誰もが言い出せないでいた科白を、ガセンがすぱっと言い放った。

 途端に、リンナーリシュの笑顔が消えた。

「いいえ。ラッドにも言ったとおり、ここに戻ってきた様子も無いの。私の方でも心当たりを探ってみたのだけど、どこにも」

 予想どおりの答えに、全員の肩が落ちる。

 あれからラティスは一度も姿を見せない。

 城内にあてがわれた部屋にもいなかったし、そもそも部屋を使った様子も無かった。

 城中はもちろんのこと、街中にもキューディスが捜索の手を貸してくれたが、消息は全く掴めなかった。

 今までこんなことは無かったと、セザも言っていた。行き先までは言わなくとも、出かけることは必ず誰かに告げていった。

 それなのに今回に限っては、置き手紙も伝言もなかった。

 いなくなるそぶりも予告もなかったので、誰かにさらわれたのかもしれない。恨みを買う心当たりなんていくらでも思いつく。

 そうなるとラティスの命はもう――最悪の事態を誰もが思い浮かべた辺りで、一度砦に戻ろうという話になった。戻ったからといって何が変わるわけでもないのだが、居ても立ってもいられなかったのだ。ところが。

『近々、我が国でも返還式を行いたい』

 さあ帰ろうという日に、隣国のカギンディルから申し出があった。キューディスの遠縁の伯父に当たるカギンディル王から直々に頼まれては断ることもできず――むしろキューディスからも強く頼まれてしまった――仕方なくラッドを砦との伝令役として行き来してもらうことにして、そのままカギンディルに移動した。

 カギンディルでの式典で返還された剣は43本。

 この他、祟りの噂に怯えてやってきた所持者から返還されたのが16本。

 大収穫だが、ラティスの行方がわからないままでは、誰も心から喜ぶ気になれなかった。

「……いったい、何してんだよ」

 ガセンが吐き捨てるように呟く。

「まったくだね。とにかく、中に入ろう。リン、お茶を入れてくれるかい?」

「準備はとっくにできてるわ」

 努めて明るくセザが一同の背中を押すが、さくらは一歩下がった。

「あたし、ディアンの所に行ってくる」

 カギンディルからは、ミオーリ経由で戻ってきた。ミオーリに着いたのが昨日で、迎えに来てくれたラッドとは『ニーリの泉』で合流した。砦に、ラティスが戻った様子はなかった。キューディスと連絡も取ったが、こちらも目新しい情報は何も無かった。

「今からじゃ――」

「そんなに遠くないし、ちょっと様子を聞いてくるだけだから。もしかしたらラティスのことも何かわかるかもしれないし」

 入れ替わりにラッドをミオーリに残して、夜明けと同時に出発したので、まだ西の空も明るい。急げば日が暮れる前に戻ってこれる。

「そうだな、もしかしたら、〈柱〉の番人殿なら、何か知っているかもしれないな。ラティスも番人殿と直接会えるし、そちらには何か伝言していったかもしれない」

 いい顔をしないセザとの間に入ってくれたのは、ナルバクだった。ついでに、ぐでっとしゃがみこんでいたガセンの襟首を掴んで立たせた。

「ほら、行くぞ」

「えー、なんで俺も」

「まだどれだけの危険が潜んでいるかわからないからな。お前の腕に期待してるんだぞ」

「へいへい」

 文句を言いながらも、ガセンはまんざらでも無さそうな顔だった。

「ありがとう。すぐに済ませるから」

 じゃあ行こう――砦を出て一歩目で、ナルバクに止められた。

「待て、番人殿の所へ行くのではないのか?」

「うん、そうだけど?」

「こっちな?」

 ガセンがニヤニヤしながら、さくらが向かった方向から斜め160度を指す。

「……くっ」

 考えてみれば、ディアンの元から出てきて以来、〈柱〉に戻ったことは一度も無かった。

「道も知らないのに自信満々で前を歩くなよなー」

「……くっ、くっ」

 返す言葉が無い。

 いっそこの握った拳で返してやろうかと考えて、流石に大人げないと思い直す。そう、こういう時こそ大人の余裕を見せつけるときだ。

(ただし……この後もう一言でも言ったら殴る!)

 心の声が聞こえたのか、ガセンは嫌みを追加することはなかった。

 二人に案内されて、ようやく見覚えのある景色――崖っぷちに石柱が二本立つ場所までやってきた。端に行けば行くほど、海風が強く吹き寄せてくる。

「それじゃ、行ってくるね」

「ああ、気をつけて」

 石柱の間に入り込むと、前と同じように、空気が変わる。風が止まり、波の音が消えて、静寂が身を包む。さくらは深呼吸してから、真ん中に立つ石壁に手を伸ばして目を閉じた。

(うっ……)

 強く引っ張られる感触がした一瞬後、景色が変わっていた。

「やっぱりもう少し穏やかな出入り口にして欲しい……」

 三度目だが、まだ慣れない。慣れる日が来るのだろうか。

 深呼吸してから、霧の中を見回す。霧が濃すぎて、どこかに見えたはずの〈柱〉の一部分も見えない。

(どうせしばらくしたらディアンが後ろに立ってたりするんだよね)

 しかし、ぼんやり待っていられるほどの余裕はない。

「ディアーン! ディアンってばー、どこー」

 前、右、左と向きを変えて叫ぶと、霧の中で人影が揺れた。

「――そんなに大きな声を出さなくても聞こえます」

 憎らしいくらい冷静な声と共にディアンが現れる。なんだかんだで、ひと月ぶりくらいになるのだろうか。変わりは無さそうだ。

「しょうがないじゃない。あたしはディアンがどこにいるのかわからないんだし。それより、最近、ラティスがここに来なかった?」

「ラティスですか? いえ、貴女を送り出した日からずっと見ていません」

「てことは、ラティスがどこに行ったのかとか知るわけないか……」

 頼みの綱がまた一本、切れてしまった。

 がっくり項垂れると、ディアンの心配そうな声が降ってくる。

「ラティスがどこかに行ったのですか?」

「うん、実はね――」

 ケミッシで剣の返還式が行われたこと、その翌日からラティスの姿が見えなくなったことを話すと、ディアンは眉根を寄せた。

「ラティスが、行方不明……」

「ねえディアンの魔法とかでラティスの居場所、わからないかな」

「私は〈柱〉の番人であって、ここの外については生まれたての赤児より何も知りません」

「完全な引きこもりですね、ありがとうございます」

「……何か礼を言われるようなことが……?」

「いいの、気にしないで。そうしたら、えーと……あ、そうだ。剣の場所と所持者はわかるって言ってたよね。それ、一覧表とかにできない?」

「それでどうするのですか?」

「んー……例えば、あたしたちが回収に行くと差し障りがある人がいて、一人で回収しに行ったとかってのも有りかなって。ほら、ちょっとワケありみたいな?」

 例えば――昔、裏切ってしまった友人。昔、別れてしまった恋人。昔、置き去りにした家族。

 いくらでもわき上がる妄想は、冷静に一刀両断される。

「仮にそうだとしても、一人ずつ訪ね歩くには数が多すぎると思いますが」

「……ほんとにあんたはどんだけ作ったのよ……」

 こみ上げる苛立ちをどうにか押さえて、なんとか思考を建設的な方向にねじ曲げる。

「それじゃ……うーん、とにかく何でもいいから他に何か心当たりとか無い?」

「心当たり、ですか……」

 ディアンの視線が、わずかに揺れた。かすかな手応えを感じて、さくらは詰め寄った。

「何でもいいんだけど。昔話とかで、よくここに行ったよとか、誰かに会ったことがあったとかそういうのでも」

「そういう話は聞いたことがありません」

「あっそ……」

 再び、綱が切れる音がした。

「ですが、もしかしたらラティスに繋がるかもしれません」

「えっ!?」

 切れた綱が緩く結ばれた幻を霧の中に見ながら、さくらはディアンの後をついて行った。

「これを見てください」

 辿り着いたのは、何のことはない、〈柱〉の根元だった。ごつごつした岩山に刺さった巨大な水晶にも似た柱を見上げる。今日は霧が晴れていてよく見えた。

「うん、前と同じに大きいね」

「大きさの話ではありません」

 と言われても、何かしら以前と違う箇所を見つけられない。

「幅……も同じか。なんだろう、前と同じにしか見えないんだけど」

「そうです。何も変わりません」

 危うく、その場に膝をつきそうになった。

「……今そういう冗談につきあう余裕無いんだけど」

 ディアンは真顔で向き直った。

「冗談ではありません。サクラ、ケミッシとカギンディルで大量の剣を回収したと言いましたね」

「うん」

 さくらが頷くと、ディアンは苦しそうな顔で〈柱〉を見上げた。

「私も、確認しました。剣が116本。相当の力が〈柱〉に戻るとガラにもなく喜んだのですが、何も変わらないのです」

「え?」

 剣が戻れば、〈柱〉の欠片が戻る。〈柱〉は元通りに世界を支え続けることができる。

「……欠片が、戻ってこなかった?」

 戻ってこなければ、〈柱〉は世界を支え続けられなくなる。

「いいえ。剣が、〈柱〉の欠片が戻ったというのに、〈柱〉の力が戻らない。いったい、何が起きているのか、私もラティスに尋ねたかったのです」

やっとここまできました…ちょっと展開が遅すぎかもしれないと海よりは浅く反省しています(´・ω・`)

読了ありがとうございました!

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