18
さくらはカップを持ち上げた。お茶がじんわりと身体にしみていく。
独り言として聞いてくれと言っていたので、黙っていようかと思ったが、茶器越しに見るキューディスは、こちらの答えを待っているようだった。
「どうしてって……どこでどうやって生まれ育ったのかって意味です? それとも、どういう理由で死霊王なんて呼ばれる存在になっちゃったんだろうって?」
ふむ、とキューディスは頷く。
「どちらにも興味があるな」
「残念ながらあたしは、つい最近この世界にやってきたばかりだし、来たときには全部終わってたんで、死霊王がいたって話を聞いただけですから知らないんですよねー」
呼ばれてきたときにはすべて終わっていた。ディアンから告げられたときの衝撃は今でも忘れられない。むしろ活躍したのはディアンから剣を受け取ったキューディスの方だ。
「直接戦ってた王様たちの方がそのへんは詳しいんじゃないんですか?」
あたしの見せ場を返せ――多少の恨みも込めていってみたが、キューディスに伝わらなかった。伝わっても困るが。
「話し合いも宣戦布告も無く、いきなり攻めこまれたのだ」
キューディスは目を閉じた。あまり、思い出したくない記憶なのだろう。少しだけ、反省する。
「素性を調べる手立ても無かったからな。最後に判明したのは、死霊王ブループクレドと名乗っていたこと、どの国とも同盟を結ぶ気はなかったこと、大陸中の人を根絶やしにした後は〈柱〉を狙っただろうということの三点だけだ」
指を三本立てて、さくらの前で重たげに振って見せた。
さくらもディアンから聞いたのはそれだけだ。言われてみれば、世界中を脅かしたというわりには、霧に映る影のように、正体があやふやだ。
「果ての島に人をやってみたが、島そのものが無くなっていたそうだ。側近も協力者も見つからない」
「死霊兵がその辺をまかなっていたとかは?」
ありえない、とキューディスは頭を振った。
「少なくとも、我々が相手にした死霊兵には知性や、判断力は無かった。戦略も何も無かったんだぞ? ただ前に進んで、目の前にあるものを壊す。そんなものが相談相手になるものか。だとすれば、何もかもを一人でやってのけるほど、死霊王は優秀な存在だったのか? それほどに優秀なら、もっと簡単に〈柱〉を狙えたのではないのか?」
疑問は尽きることが無い。答えを授けられないさくらは、だまって聞いているだけだ。
キューディスは一息に言えるだけ言って、最後に大きなため息を吐いた。
「それだけの奴が、どうして倒れたのだ」
「それって――」
ようやく何か言えそうだと思ったとき、ガチャガチャと鎧がふれ合う音が近づいてきた。
「御歓談中申し訳ありません」
生け垣の向こうから現れたのは、二人の兵士だった。東屋から離れた位置で、揃って膝をつく。
「何事だ」
椅子にもたれたまま、キューディスは視線だけをそちらに向ける。
「シラエド公爵がお目にかかりたいと謁見の間にてお待ちです」
「わかった。すぐに向かうと伝えろ」
キューディスは一瞬だけ思考を巡らせると、立ち上がって手を振った。先ほどまでのやるせない様子は、綺麗さっぱり消えている。その立派な自制心に拍手を送りたい。
兵が一人立ち上がって伝言に走る。残った一人は、王の護衛と言うことだろう。顔を伏せているが、気配が突き刺さってくるので、さくらも立ち上がった。
「お茶をごちそうさまでした。忙しそうだし、あたしもこれで戻りますね」
「ああ。気をつけて戻れ」
「で、どっちにいったら部屋に帰れるんでしょう……?」
「……私は一人で戻る。お前は案内してやれ」
キューディスはそう命じて、自分は一人で小道を辿って王宮へと向かった。
「は!」
命じられた兵士は、びっくりしたように顔を上げた。完全に不意を突かれたようだ。
が、すぐに我に返って「ご命令どおりに」と低く繰り返す。主が立ち去ってから、気まずそうにさくらに向かってお辞儀をした。
「確か、西の客間だったな……こちらに」
「ご面倒をオカケシマス」
無事に部屋まで戻ると、ハーティーアが待っていた。
「サクラ! どこに行ってたの」
「あー……目が覚めちゃったから、ちょっと散歩に出たら迷子になっちゃって」
なんとなく、キューディスと話していたことは黙っていようと思った。
ハーティーアはそれで納得したようで、胸をなで下ろした。
「そうだったんだ。勝手に出ちゃダメよ。お城の中でも一応用心しないと。よく途中で見つからなかったわね」
「ちょうど誰もいなかったんじゃないかな。それよりはっちゃん、夕べ、ベッドまで入れてくれてありがとね」
「あ、うん、大したことじゃないわ」
片手で足りたわと言われて、喜ぶべきかどうかは悩みどころだ。
「そうそう、朝ご飯できてるって言うから呼びに来たの。支度が済んでるならいきましょ」
並んで階下に向かう頃は、城内もすべて目を覚ましているようで朝の騒がしさに満ちている。窓から見た限りでは、今日も天気は良さそうだ。
「ねえ、はっちゃん」
「なあに?」
「死霊王って、倒れされたんだよね?」
「そうよ?」
いまさら何を言うのだとばかりに首を傾げられた。
「じゃあさ……『誰が』『どうやって』倒したのか、教えてくれない?」
「それはほら」
そんなの簡単と、ハーティーアは手を上げた。
こつこつと、靴音が響く。
段差の低い階段の踊り場まで来た辺りで、ハーティーアの手が徐々に下げられて、ついにはこめかみに当てられる。
「ちょっと待ってね……ええと、誰だったかしら」
『奴はどうして倒れたのだ』
キューディスがこぼした同じ疑問に、さくらは答えを見つけられなかった。倒されたことだけは聞いた。けれども、その最後の様子については、聞いていない。
食堂の前まで来て、ハーティーアは名案を思いついた。
「ラティスならきっと知ってるわよ」
意気揚々と、ハーティーアは扉を上げた。
美味しそうな匂いに包まれて、顔見知りの面々が思い思いに食事を取っている。
ガセン、ルコー、式典には出ていなかったがナルバクとセザも城には来ていた。
さくらは見回した。
ラティスの姿だけが、無かった。
今回は短めに。
読了、ありがとうございました!




