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「げぶぅっ!」

 庭に出ると、人が降ってきた。

 三歩先で痙攣しているソレから上空に目を向けて、さくらは眩しさに目を細めた。

 今日もいい天気だ。降水確率は低そうだが、降人確率はどうだったろう。

(ここって天気予報とか聞かないしね……っていうかあたしも慣れてきたな!)

 自分に突っ込みを入れて、さくらは現実に目を戻した。

 普通、人は降ってこない。

 ディアンに喚ばれる前だったら、事件か事故か、警察か救急車かと慌てふためきながらスマホを取り出していたはずだ。

(ついでにうっかり写メ撮っちゃいそうだけど)

 さらについでにSNSに繋いでしまうかもしれないが、それはおいといて。

「えーと……これで五人目かな」

 ちょいちょいと、足を伸ばしてつま先でつついてみると、ミベ村の住人と変わりない服装の男は、呻きながらもがき始めた。起き上がろうとしているようだが、地面をひっかいているだけに終わっている。

「息はあるみたいだし、うん、大丈夫」

 人道的にはすぐにも駆け寄って助けるべきだが、倒れているのは間違いなく敵なので、うっかり近寄れない。見たところ武器は持っていないが、一人目の時に近寄ろうして、ラティスを始めとする砦の住人全員に代わる代わる怒られたので、そっと見守ることに徹する。懲りたというより、トラウマになりかけていると言ってもいい。みな、怒る言葉のバリエーションを持ちすぎだ。

(そりゃまあ、あたしのためを思ってなんだろうけど……)

 ルコーにも怒られた。誰かが怒っているときにも一緒になって怒っていた。怒りすぎてハゲればいい。

(生え際の辺りから……って、なんでルコーまで?)

「あれえ、おっかしいな」

 建物の影からハーティーアがひょこっと出てきた。何かを探すように見回している。

「だから力を入れすぎるなと」

 次いで、疲れたようなナルバクが現れる。さくらは手を振った。

「こっちこっち」

 足下の男がさらにもがくが、起き上がる前にハーティーアが風のように駆け寄ってきて、スカートの裾を持ち上げた。

「がっ!?」

 起き上がろうとする男の背中を踏みつける。もがき具合が激しくなった。

「はっちゃん……ちょっと力入れすぎじゃ無い?」

「軽く押さえてるだけよー。ナルバク、早く」

 ハーティーアの軽くは、常人の全力以上なので侮れない。ナルバクが汗を掻きながら追いかけてきた。

「少し緩めてやれ。ほんとに死ぬぞ。サクラは離れて」

 ナルバクが手早く男を縛り上げるのを確認してから、ハーティーアは足を下ろした。

「アバラの二本くらいは折れてそうだが、その程度で済んで良かったな」

 ナルバクが祈る仕草をする間、男はわずかに目を開けた。同意しかねると、その視線が言っている。

「ハーティ、馬車まで頼む」

「はいはーい。じゃね、サクラ。危ないから砦の中に居てね」

「うん、はっちゃんも気をつけて」

 ハーティーアは軽々と男を担ぎ上げて、来た方に戻っていった。男は諦めたようにぐったりしている。痛みを我慢しているのかもしれないが。

「何か、村に用事でもあったのか?」

 一緒に行きかけて、ナルバクが足を止めた。さくらは首を横に振った。

「いい天気だったから散歩でもしようかなと思って」

 案の定、しかめ面が返ってくる。ナルバクのしかめ面は非常に怖い。

「今は庭でも一人で出歩かない方がいいと言ったはずだが」

「そうだね。人も降ってくるし」

 頷くと、ナルバクは申し訳なさそうな顔になった。

「それは……あれだ。俺はちゃんと手加減しろと言ったのだがな」

 予想どおり、あの男はハーティーアに投げ飛ばされて降ってきたわけだ。確かに直撃すれば危険ではあるが、ハーティーアを責める気になれない。

「はっちゃんだって手加減したら危ないでしょ? 昨日のなんか、結構なおてまえの暗殺者だってガセンも言ってたし」

「手練れ、な」

 ため息と共に訂正された。

「……これってまだ続くのかな」

 ばつが悪くなったので話題を変えてみる。ナルバクはさらにしかめ面で首を横に振った。

「その辺はラティスにでも訊いてみてくれ。それに、そろそろラッドが新しい知らせを持ってくるんじゃないか?」

「そうだね」

 ミオーリから戻った翌日から、この物騒な天気は始まっている。あれから十日が経とうとしているが、ケミッシからは何に知らせも無いままだ。おかげで親切心による軟禁状態で、ストレスが溜まる一方だ。

 ナルバクにもう一度戻るように促されて、さくらは出てきた扉を開けて中に入った。外の明るさに比べて砦の中は薄暗い。夜でも明るい世界に生きてきたさくらには非常に生活しづらい環境だが、砦の窓が小さくて数が少ないのは当たり前だと逆に諭されてしまった。

「言葉もわかるんだから、ついでに夜目も利くようにしてくれれば良かったのに」

 文句を言いつつ、目が慣れてからラティスがいそうな方に――食堂に向かう。

 食堂の扉を開けると、残念ながらセザしか居なかった。

「サクラ、外に行ってたの?」

「一歩出たら人が降ってきたから戻ってきたの」

 セザは少し悩んで、状況を把握した。

「そういえばさっきハーティの声がしたね。誰もケガしてないならいいけど」

「降ってきた人はアバラ二本折れてるみたいってナルバクが――」

「自業自得だろ、それは」

 呆れたように、セザ。

「そもそも、人の命を取りに来て、生きて帰れるなんてどれだけ幸運なんだい、そいつは」

 そういうものなのかと、さくらは聞き流すしか無い。

(実感がこもっているのが何とも……)

 いろんな意味で、セザの過去には触れないでおこうと心の隅にとどめておく。

「えーと、ラティスはどこにいるか知らない?」

「昼からルコーと一緒に森側に行ったみたいだけど、何かあったのかい?」

「ううん、いつまでこれが続くのかなあって」

「ああ……そろそろラッドが何か知らせてきそうだけどねえ」

 ナルバクと同じことを言う。と、扉が開いて当の本人が入ってきた。ラッドでは無く、ラティスの方だ。

「セザ、水を一杯くれ」

 ラティスはそう言いながら、椅子にどっかりと腰を下ろした。非常に疲れているようだ。

「何してたの?」

「仕掛けにいろいろ引っかかってたんで、掃除しながら仕掛けを直してきた」

 砦の北側はちょっとした森になっている。ラティスはそこに魔法の罠を仕掛けている。魔法じゃ無い罠もいろいろ仕掛けてあると、ガセンも言っていた。引っかかるのは森の動物では無い。人間、それも明確な殺意を持った敵だ。

「ちなみに今日は何人くらい?」

 ラティスの向かいに腰掛けると、セザが水とを運んできた。ラティスは一息で飲み干した。

「人が二人、魔獣が五匹ってとこだな」

 大収穫だと、ラティス。何が嬉しいのかわからないが、ミオーリから戻って以来、ラティスはずっとご機嫌だ。

「まじゅう? 魔法で呼び出したりとか作ったりする生き物ってことで合ってる?」

「ああ。タボナミアの狼なんぞ、俺も初めて見た」

 さくらは見たことも聞いたことも無い。想像できるのはメタボの狼くらいだ。

「タボナミアの狼……? あたしも一回りしてこようかね」

 踵を返そうとするセザを、ラティスが止めた。

「それならリンが行った。森に詳しい奴も何人か連れてったはずだ」

 だから大丈夫だとラティスは言い、セザは納得した。

「リンて、あのリンちゃん?」

 魔獣と清楚なメイド姿が噛み合わない。美少女系アクションゲームを考えればいいのだろうか。そうすると逆に噛み合ってしまうのだが。

「村には他にリンってのはいないからな。ちなみにリンはマリオーシュの出身だぞ」

「すみませんがそのマリオーシュがわかりません」

 すかさず切り返すと、ラティスはそうだろうと大きく頷いた。

「マリオーシュってのはソーシャンタス山脈の南部一帯の森林に住む一族のことだ。あの辺の樹海は昔っから変わった獣がいることで有名でな。そいつらを専門に退治していたのがマリオーシュの一族だ」

「魔獣専門のハンターってこと?」

「そんなところだな」

「ちなみにメイド姿で?」

「……そこまで俺が知るか」

「……はい」

 ここは素直に謝っておこう。

「えーと、そうすると今度は敵に魔獣使いまで増えたってこと? どんどん増えてない? 人が降ってくるのも窓からみんなを眺めてるのも飽きたんだけど、これっていつまで続くの?」

 ラティスは肩をすくめた。

「キューディス王があと準備にどれくらいかかるのか、次第だな。ラッドから目新しい話は来てない、何とも言えないな」

 キューディスは、さくらたちが砦に戻った翌日には自分の剣を返還する旨と、国内の所持者全員の返還を命じる触れを出したという。準備ができれば全員まとめてさくらが剣を回収する手はずにはなっているのだが、いつ、どこで、どうやってやるのかは全くの未定だ。

「襲ってくる奴が増えてるのはしょうが無い。国内もそうだが、ケミッシが本気と見れば、キューディス王が言ってた国の連中も加わってくるだろうからな」

 日が経つに連れて、砦に押し寄せてくる暗殺者の数は右肩上がりに増えていく。

 ちなみに目標は、さくらだけで無く、砦の住人全員だ。ただし、さくら以外の全員が自分の身を守る術を持っている。さらに言うと、ミベ村の住人の大半が、どこかの国の兵士だの傭兵だったという過去を持っている。〈柱〉の剣を貰うために集まって、もらい損ねてそのまま居着いてしまったと言う話だった。

 結局、すごい棒を持っただけの凡人は、ことが収まるまでぼやくしかすることが無い。

「……襲ってくる人たちってさ、あたしたちがただの代理人だってわかってないよね?」

 自分たちは、あくまでもディアンに代わって剣を回収するだけだ。特にさくらの場合、本人が断れば代わりを呼びますと言われている程度だというのに、回収者たちを始末すれば安泰と勘違いしている輩が多すぎる。しかも大抵はある程度の権力を持っているものだから、直接自分でやってこないで暗殺者を送り込んでくる。キューディスもこのことを予測していたからこそ、しばらく城に留まれと言ってくれたようだ。

「かといっていまさら説明して歩くわけにも行かないだろ」

「そうだけど。でもこのままだといつまでも庭にも出られないし」

「しょうがないだろ、お前さんの得物はその棒なんだし、体術一つ覚えてないんだろ」

「やっぱり、剣の練習とかしようかなー」

「今更遅い。それに、そろそろ出番のはずだ」

「あたしの? ケミッシから使いが来たの?」

「いや、そうじゃ――」

「ラティスー」

 バタンとドアが開いて、ガセンが騒々しく入ってきた。珍しく、困ったような顔をしている。

「客が来てるんだけど」

「追い返せばいいだろ」

「いやそっちの客じゃ無くて、なんつうか、ほんとの客?」

「わかった」

「ごめん、あたしにはわからないんだけど」

「あたしにもわからないね」

 さくらとセザを置いてけぼりにして、ラティスは立ち上がる。

「気になるなら一緒に来ればいい。というか、多分お前の客だ」

「あたし? あ、これ?」

 棒を振ってみせると、ラティスは頷いた。が、それはそれで問題だ。

「え、だったら中じゃ無くて庭に出た方がいいんじゃないかな……」

「向こうからやってきたんだ、荒事にはならないだろ」

 ラティスの言葉に、ガセンも困り顔のまま頷く。

 状況が掴めないのでセザも一緒に玄関まで行くと、ホールに薄汚れた人がいた。髪も髭も伸び放題で、年齢不詳だ。ナルバクに引けを取らない体格の持ち主は、一同を見るとその場で一礼した。

「突然の訪問、お詫びいたす。こちらに〈柱〉の剣を回収している方が居られると聞いて参ったのだが」

 低い声だった。態度からは敵意は感じられない。少しだけ、緊張を解いた。

「あんたは? まさか正面から俺たちを始末しに来たのか?」

 ラティスがからかうように言うと、男は慌てた様子で腰の剣を取り外した。

「とんでもない。自分はバンマードと申す。この、剣を〈柱〉にお返ししたいとやってきた次第だ」

GWを満喫しすぎて、かなり間があいてしまいました……。

予定ではこの辺が半分くらいでしょうか。

まだもうしばらくおつきあいくだされば幸いです('∇')

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