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(って言われても)

 棒に手を当てたまま、さくらは動けなくなった。キューディスは身動き一つしないし、護衛と助言役はじっとこちらを睨んでいる。誰も何も言ってくれないので、落ちてくる沈黙が辛い。

(どうしたらいいのかなっ)

 じわじわと首を回していくと、振り返る前にラティスが言った。

「それはそれは……いったい、どういう心境の変化なんだ?」

 最後の最後まで返さないつもりだったよなと、心の声が聞こえそうだ。

 ぽん、とキューディスは立てかけた剣を叩く。

「変化……そうだな。死霊王が倒れて、はや五年がすぎようかという時が経つ。あのときからだいぶ変わった。当初は各地から死霊兵が再来したという報告が入ってきたものだが、今では噂すら聞こえなくなった。荒れていた人心も落ち着いてきた証拠だろう。城下のミオーリ然り、各領地の小さな村ですら、かつての活気を取り戻さんと、民も気持ちを切り替えているように思える。そんな時に、王がまだ剣を持っているとなれば、民はどう思うだろう。なぜ王はまだ剣を持っているのか、本当はまだ死霊兵がさまよっているのではないかと、いたずらに弱き者たちを怯えさせるだけではないかと、そう思ったのだ」

「あー、なるほど」

 思わず相づちを打ってしまってから、さくらは口を押さえた。はあ、と盛大なため息と共にラティスに肩を掴まれる。

「おまえちょっと下がってろ」

「りょーかい……」

 冷や汗を垂らしながら元の位置に戻ると、ガセンがニヤニヤ笑いを浮かべている。ルコーは怒りながら呆れるという複雑な表情を浮かべている。器用である。

「……まあ、他と比べりゃ、ここは活気も出てきたようだしな」

 さくらを押し戻して、ラティスは改めてキューディスと向き合っていた。

「ま、俺たちとしてはそうやって素直に返してくれる方がありがたいが、あんたひとり返してもあまり意味がないんじゃないか?」

「その心配なら無用だ。これから国中に触れを出して所持者全員に剣の返還を命じる」

「陛下、恐れながらそれは――」

 助言役が横から小声で話しかけると、キューディスは片手を振って黙らせた。

「王命だ。逆らった者には厳罰を与えることとする」

「……」

 助言役が黙り込む。ひゅう、と小さく口笛が聞こえた。ガセンだ。助言役にすごい顔で睨まれて、しらん振りをする。

 助言役が引き下がったので、キューディスは続けた。

「国内の主だった主立った者は記録させてあるのだが、一方で荒れた国を出て流れ歩く者も多いと聞く。出て行った者については手を尽くして探させるが、逆に我が国に流れ込んできた者まではまだ手が回っていないゆえ、そこはお前たちに任せたい」

「それは構わないが……」

「まだ問題があるか?」

「あんたが剣を返すとなると、その……例の話はどうなるんだ?」

 両壁に並ぶ兵士を気にしながら、ラティスはごにょごにょと言う。

 キューディスは納得したように大きく頷く。

「ミベ砦なら、今後も使ってもらって構わない。我が国の剣が返ったところで、まだ剣は残っているだろうからな。ああ、それについても協力させよう」

「協力?」

「まずは国内に残っている剣を探す手伝いを。それと……そうだな、我が国の剣の返還体制が整い次第、レフレン、カギンディル、マズバーレンの三国にも剣を返還するよう、使者を出そう」

 どうだとばかりに、キューディス。横で助言役が今にも倒れそうな顔色になっている。

「……レフレンとか言う国って、この近くなの?」

 こそこそと、ガセンをつつくと首が縦に振られた。

「みんな、お隣さんだな」

「ふーん……そんなこと言って大丈夫なくらい仲がいいの?」

「俺が知るかよ」

「うん、訊く相手を間違えたわ」

 やはりラティスに後で訊くのが一番だ。

 そのラティスは、キューディスの前でバンザイ状態だった。

「そこまでいうならあんたの提案、飲むしかないな。それじゃ、剣が集まったらまた呼んでくれ」

「そうしよう。ああ、待て。そこの、サクラ、といったな」

 いきなり呼ばれた。さっきから漂ってくる香がどこにあるのか探していたさくらは、驚いて思わず背筋を伸ばした。

「はいっ?」

 キューディスは一度は下げた剣を再び持ち上げていた。

「話は聞いていただろう。諸侯に触れを出す前に、まずは今ここで、剣を返したい。ヒルビオ、エッカーゼ、証人となれ」

 助言役と護衛が同時に口を開いて、同時に諦めたように項垂れた。

「承りました」

「仰せのままに」

 護衛の方がヒルビオで、助言役の方がエッカーゼと言うらしい。愛称は『ヒルくん』と『えっちゃん』に決定しておく。そんな二人の打ち合わせ無しのシンクロに感心する間もなく、キューディスが剣を持って立ち上がり、わざわざ目の前までやってくる。

(意外と背が高いなぁ……ルコーと同じくらい?)

 ぽかんと見上げていると、戸惑ったようにキューディスの眉が下がった。

「何かすべきことがあれば言うといい」

「いや、えーと……?」

 助けを求めて振り返ると、ラティスは肩をすくめた。好きにしろと、投げやりに言っている。

(ここで投げないでくれないかな!)

 ヒルビオとエッカーゼの様子を窺うと、腹を括ったように目を剥いてこちらを見ている。壁際の兵士たちは誰一人、動かない。ガセンを見てもルコーを見ても、特に助言は無しだ。

(そりゃまあ、回収しろって言うならするけど……)

 さくらはキューディスを見上げた。顔の造作は悪くない。こんな状況でなければ、『近くてドキドキ☆』というのもありかもしれない。ただし真っ直ぐに向けられる視線は、内奥まで見透かそうとするかのようだ。

(……試されてる、みたいな?)

 本当に〈柱〉の番人の遣いかどうかを。

 さくらは笑顔で答えた。

「今は止めた方がいいんじゃないかと思うんですけど」

 自分の口調も王様に対してずいぶんと失礼だとは思う。ラティスのことを言えた義理ではない。

 キューディスの眉が上がる。

「ここではできないのか?」

 口調に気分を害したわけではないとわかって、内心、ほっとする。

「できますよ。簡単です。朝飯前です。でもね、だからこそ今じゃない方がいいと思うんですよ」

「なぜだ?」

「あそこのお二人がどれほどの信頼を得てるのか知りませんが、『私が見た。王様は剣を返した』って言っても、見てない人は王様がどこかに剣を隠してるんじゃないかって思うんじゃないでしょうか」

「貴様、侮辱するのか!」

 激高したのはエッカーゼだ。割と短気な人らしい。つかつかと歩み寄ってきて、キューディスに止められる。

「押さえろ、エッカーゼ。この者の言うことにも理がある」

「しかし」

「エッ、カーゼさんもそうやって疑われるのはイヤでしょ?」

 危ない――うっかり『えっちゃん』呼ばわりしそうになって、噛んだふりでごまかす。気づかれなかったようだ。

「そのように疑う者など」

「いない、とは言い切れないな。ふむ」

 エッカーゼの科白を無理矢理もぎ取って、キューディスは興味深い顔でさくらを見下ろす。

「つまり、皆を集めた前で返還すべしというわけか」

「察しがいいですねー」

 思わず手を叩いて、冷たい視線に慌てて手を下ろす。ラティスが向こうで天を仰いでいるのが見えた。

「……まあ、その意見には俺も賛成だ」

 疲れたように、のっそりとラティスが割り込んできた。これ以上見てられないと顔にはっきり書いてある。

「触れを出すなら、目の前で返すところを見せてやると書いておけばいい。それだけでも集まってくるだろ」

 キューディスは頷く。

「ではそのように。エッカーゼ、詳細は任せる」

「かしこまりました」

  エッカーゼが引き下がると、キューディスは、しげしげとさくらを見つめた。

「まだなにか……?」

「そなたたち、しばらく城に逗留していくといい」

 またしても予想範囲外の意見に、周囲がざわめく。

「はあ?」

「我が国の剣が集まるまでは何かと身の回りも騒がしくなるだろう」

「ああ……そういうことか」

 横でラティスは思案顔になった。どういうことなのだろう。訪ねられる雰囲気ではないので、これもあとで聞こうと心の中にメモしておく。

 少しばかり時間がかかったが、ラティスは結局、首を横に振った。

「いや、やっぱり俺たちは砦に方に帰らせてもらう。何があるのかわからない場所より、何があるのかわかっている場所の方がいい。気になるなら、そうだな、あの辺の警備兵でも増やしてくれ」

 キューディスは渋ったが、結局ラティスの言うとおりにすることを約束した。

 そうして、さくらたちは謁見の間を退室した。

 行きと同じように案内の兵士が先頭に立ち――行きとは違う兵士だった――無事に城門から出た時には、さくらは大きく息を吐いた。

「あー、緊張した」

「うそつけ」

 ジト目で、ガセン。

「嘘じゃないって。いきなり回収しろとか――がふっ!」

「声がでかい」

 ルコーが背後から口元を塞ぐ。口元というか、顔中を覆われた状態だ。ルコーの手が大きいのか、自分が小顔なのか。きっと後者だあたし小顔なんだバンザイと現実逃避している間に、ルコーが歩き出す。顔を、掴んだまま。

「え、ちょっ、ええっ!? ラティス、ガセン!」

 ろくな視界もないまま、よろよろと後を着いて歩くしかない。救いの手は無く、ようやく放してもらえたときには、息を吐くより早く文句が口から飛び出した。

「――いきなりなにすんの! 顔掴むとか、信じられない!」

「不用意に話すな」

 さくらの怒りを完全に無視して、ルコー。いつものことだが、怒りと呆れと無関心が混ざった顔だ。

「は?」

「ルコーの言うとおり、おまえさんもう少し口に気をつけろ。基本、ああいう会話は他言無用だ」

 ラティスに肩を叩かれて、さくらは得心がいった。謁見の間での話は迂闊に口に出してはいけない内容だということだ。

「むー……あたしが悪かったのはわかったけど……もうちょっと優しく押さえてくれたらもっと感謝したんだけどなー」

「いらん」

 とりつくしまもない。欲しいと言ってもやらないぞと、固く決意する。

「とりあえず宿に戻るぞ」

 ラティスに背中を叩かれて、さくらはフードをかぶり直した。何気なく見上げた先で、ラティスがものすごくにやにやしている。

「ラティス……顔が気持ち悪いよ?」

「余計なお世話だ。ほっとけ」

「ほっときたいけど、すごく悪巧みしてますって顔してるんだもん」

 そういうと、ラティスは意外そうな顔を返してきた。

「悪巧みなもんか。このあとのことを考えていただけだ」

「このあと、って、そんなニヤニヤするようなことになるの……?」

 キューディスの提案どおりになれば、さほど苦労しなくても大量の剣が戻ってくることになる。喜ばしいことだが、ラティスの表情からその喜びが見て取れないのだが。

「ああ。予想より早かった。そんなに待たなくても良かったな」

「あれ、なんかそれどこかで聞いたような」

 砦に着いた最初の晩、同じように呟いたラティスの姿が脳裏を過ぎる。

 よく覚えていたなと、ラティスは目を丸くした。

「遅かれ早かれ、こうなるんじゃないかと思った。ま、ここから始まったのは予想外だったが」

 ラティスは背後の城に視線を投げる。

「じゃあ、どこから始まると思ってたの」

「帰ればわかるさ」

 ラティスの視線は、ミベ砦の方角に向けられていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

毎回、お待たせしました、になっているとよいのですが(*'-')

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