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「どうもあれは昔から手癖が悪くてな。すまない」
ナルバクが申し訳なさそうに言われて、さくらは首を横に振った。
「どうせ飲めないものだったし」
「そうやってナルバクが代わりに謝るから、ガセンも止めないんじゃ無いのかい?」
セザが空いている席に腰掛けた。食事は先に済ませたからと、持ってきたのはグラスだけだ。ハーティーアと違って、美味しそうに飲んでいる。
「いやそれは……」
困ったように頭を掻くナルバクは、思い当たる節がいろいろあるようだ。広い背中を丸めて、ため息を吐く。
「まあ、あれは弟みたいなものだから……」
「子供の頃からの知り合い、とか?」
尋ねてみると、ナルバクは苦笑して首を横に振った。
「そんなに長いつきあいではないな。最初に会ったのは、死霊王が倒れる少し前くらいだったか。その頃はもう少し……いや、あまり変わらないか」
「だろうな」
「でしょうね」
「想像できないしな」
「違うって言われても信じられない」
「そうじゃないかと思った」
テーブルについていた全員が、同情と同意を込めて頷いた。
「……まあ、昔に比べたら剣の腕は上がったようだし、な」
自分に言い聞かせるように、ナルバクは付け足した。
ラティスが頷いた。
「そこは賛成だな。今日もわりと手早く片付いた」
「ねえねえ、そうしたら今度は、もう少し遠くまで行けるのかしら?」
ハーティーアが身を乗り出す。ラティスは思案顔でさくらを見やった。
「遠くか。回収役もいるし、そうだな、少しつつき回してみるか」
やった、と喜ぶハーティーアを尻目に、セザが止めた。
「待ちなよ。いきなり遠くまで連れて行くのはどうかと思うけどね」
「そのとおりだ。まったく地理のわからない場所に来たのだから、先に少しこの辺りのことから覚えて貰った方がいいんじゃ無いのか」
ナルバクも同意する。そうだな、とラティスが遠くを見るような目つきになった。
「しばらく待ってみるのもいいかもしれない」
「どういう意味?」
問いかける視線が集まる中、ラティスはにやりと笑うだけだ。
「俺の予想が当たれば、そのうちわかる」
「ラティスってば、いっつもそればっかり」
ハーティーアは不満そうだったが、すぐに気を取り直してさくらに向かって笑顔を見せた。
「でも、みんなの言う通りよね。しばらくはあたしがいろいろ案内するから!」
「うん、よろしくね」
現状、村からあの門柱の所まで戻る道のりも危うい。方向音痴では無かったと思うのだが、今までと違って目印にする物が全くないのが良くない。
(木にとまってる鳥を目印にするわけにも行かないし……)
やはり星や太陽の位置を読めるようになるまでは、景色を覚えるほかは無い。
「明日は村の方に行って、みんなに紹介するね。畑と、あとは丘の方もいけるかな」
「いっぺんに全部案内しなくっていいんだから」
セザが苦笑する。
「それに、二人きりならあんまり遠くに行かないように。特に南の街道付近は、またケミッシの兵がうろつき始めたらしいから」
「えー、またなの?」
「山賊もどきがいなくなるのはいいことだ」
ナルバクが静かに言う。が、全面的に賛成している者は一人もいないのが、ひしひしと伝わってくる。
(ケミッシてどこだろ……)
国か場所の名前のようだが、この世界に来てからまだ地図を見ていないので、位置関係がさっぱりだ。あまり歓迎されていないと言う以外、他にどういう場所なのか、尋ねようとしたときに、ラッドがおずおずと口を開いた。
「――あの、さ。その話なんだけど」
「どの話だ?」
聞き返されて、ラッドは言葉に詰まった。
「……ケミッシの、話」
「え、なに、ラッドってばもう兵士に絡まれたの?」
かたきを取ってやるとばかりに、ハーティーア。
(……確かに無茶な因縁付けられそうな顔してるかもしれない……)
うっかり本音を口に出さないように、さくらは大きめの根菜を口に入れた。
「違うよ、そんなんじゃない。そうじゃなくて……」
「早く言えよ」
ラティスに急かされて、ラッドは息を吸ってから、言った。
「実は……昼間、ケミッシから使いが来たんだ」
「昼間って、今日の?」
驚いた様子のセザに、ラッドは頷いた。
「うん。セザも出かけてて、誰もいなかったときだよ」
「で、何だって言ってきたんだ、あのワガママ王は」
そう言ったラティスだけで無く、ナルバクも渋い顔になっている。あまり良くない知らせのようだ。
「提案があるから、城まで来いって」
「なにそれー!」
ハーティーアが憤慨してテーブルを叩く。セザに怒られて、口を尖らせた。
「自分がこっちに来ればいいじゃない。偉ぶっちゃって!」
「曲がりなりにも王様なんだから偉いんだろ」
「お偉い人がわざわざこんな所までやってくるわけ無いだろう」
ラティスとセザに交互に言われて、ハーティーアの機嫌はますます傾いていく。
「なによ、半分くらいは剣のおかげで王様になれたくせに!」
「いや、一応正統な後継者だぞ?」
「ラッドはケミッシ人だから味方するんでしょ!」
「そういうつもりは……」
「ハーティ、おちつけ。ただの八つ当たりになってるぞ」
ナルバクが静かに諫める。ハーティーアは、はっとしたようになって、唇を噛みしめた。俯く少女に、ラッドの方がオロオロしている。
「いやほんと、俺はそんなつもりじゃ……な?」
「ラッド、いいから座れ」
ラティスに言われて、ラッドは浮かせていた腰を椅子に下ろしてため息を吐いた。
「えーと」
ようやく口を挟む隙を見つけて、さくらは尋ねた。
「何の話?」
「おおざっぱに聞くな」
ラティスは眉を顰めている。さくらは水を飲んでから、聞き直した。
「じゃあ順番に。ラッドはケミッシって言う国の出身?」
「うん」
「その国から昼間、うちの城まで来いって王様の使いが来た?」
「そうそう」
「その王様は〈柱〉の剣の持ち主なんだ?」
「そういうことだ」
締めくくったのは、ラティスだ。
「ケミッシってのは大陸でも割と古い国でな、ここからちょうど南側にある。実を言うとこの砦を作ったのも、ケミッシの貴族の一人だ」
「へぇ」
「そしてその王様も、剣を返さない人の一人なのよ」
つんとした声で、ハーティーア。さくらが振り向いても、目を合わせてくれない。
「まあ、ひらたく言っちまえばそういうことだ。現国王のキューディス王は、まだ王子の時に剣の所持者になった。王族でありながら、最前線でなかなか活躍したって話だ。死霊王が倒れた後に即位したんだが、ハーティの言うとおり、他同様、国が平定するまでは、とかなんとかいって未だに剣を戻さない一人だな」
なるほど、とさくらは頷いた。
「その、剣を返さないキューちゃんがあたしたちを呼んだ?」
「キューちゃんて、お前な……」
まあいいか――諦めたようにラティスはグラスの残りを一気に煽った。
「しかし、呼び出しってのは、気になるな」
「いったい、なんだろうね」
セザも困惑している様子だ。
「剣を返すから取りに来い、ってわけはないな。ラッド、使いは誰を呼びつけてきたんだ?」
「確か、ラティスしか言ってなかったと思うけど」
「……自分は家来を一杯置いておくくせに……」
ハーティーアがぼそりと言う。ナルバクが無言で首を振ったので、そっとしておくことにした。
「ご指名とあれば、行くしかないか」
「一人じゃ危ないよ」
セザが言う。ナルバクも頷いた。
「こちらが剣を回収していると知った上での呼び出しだ。用心していった方がいい」
「誰も一人で行くとは言ってない。ガセンとルコーと」
ラティスは顎をひと撫でして、にやりと笑う。
「サクラも一緒だ」




