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魂の消失

 窓を閉ざした、暗い、部屋の中。

 そこに彼女は存在していた。

 孤立していた、という言い方のほうが正しいかもしれない。

 今日は火曜日。勿論、学校もある。

 ただ、今日はどうしても行く気になれなかった。

 両親が稼いだ高い給料で、学校に通っているのだから、それほど罪悪感は感じない。

 辞めたければ、辞めてもいいとも言われている。特に気にすることはない。

 朝、部屋を出てリビングに行くと、誰もいなかった。

 元々、この部屋には誰もいない。

 だが、今日はいるはずだった。

 いない、それだけで彼女のやる気は削がれた。

 だらだらとベッドに寝転がり、現在時刻は午後三時。

 この日、食事は一度も食べていない。

 フラフラと立ち上がり、部屋の出口へと向かう。

 もしかしたら、あの川原にいるかもしれない。

 そんな淡い希望が、咲を動かした。

 着ていた服を適当に脱ぎ散らかし、外出用の服を着る。

 玄関の鍵を閉めると、一気に駆け出した。

 ここから川原までは対した距離はない。

 そんな距離が咲にはとても長く感じられた。

 のんびりと歩く老人を仰天させ、トラックが通る寸前で道を飛び出し、運転手を仰天させる。

 後ろから怒鳴り声が聞こえても、振り返ることすらしない。

 早く、早く走る。

 会えると決まったわけでもないのに、希望を捨てられない。早く確認したい。

 やっとの思いで川原に着く。

 膝に手を置き、肩で呼吸する。

 ここは道の上、下の位置からも見えないし、ここからも見えない。

 ただでさえ大きく波打っていた心臓が、さらに高鳴る。

 勇気を出して、まず一歩。

 まだ見えない。

 もう一歩。見えない。

 大きく一歩進むと、下が見えた。

 河原の坂に、いる。いた。

 勿論勢いが止まるはずがなく、そのまま叫び声を上げることなく、坂道を転がる。

 さすがに陽助も気付いた。

 咲が転がっている道の進路を開け、自分の身を守る。

 少し転がった後、勢いは止まる。

 しばらくの沈黙。

「って! 止めてくれてもよかったよね!」

 咲はいつもの調子で叫ぶ。嬉しかった。ついつい叫んでしまう。

「いや、止める必要なかったじゃん」

 陽助は悪そびれた様子も一切なく、答える。

 空気はすぐに冷たくなる。

 陽助のせいではない。

 咲がこの雰囲気を作り出していた。

「どうして、いきなりいなくなっちゃったの?」

 震えそうになる声を懸命に堪え、口に出す。

 それは、とても弱々しかった。

「ちょっとした用事だよ。ごめんね」

「そうして! 何も言わずに……」

 心配の裏返しで、声が大きくなる。

 だが、その声も途中で途絶えた。

 寝転がっている、陽助の身体が仄かな光を放っている。

 金色で、とても暖かい光。

「ああ、もうお別れみたいだ」

 陽助が立ち上がると、光の粒子がいくつか飛び散った。

 いくつかは花弁の形になり、陽助の身体の周りで渦巻く。

「え?」

 間抜けな声が自分の喉から聞こえた。

 「じゃあね。今まで、とは言っても一週間か。楽しかったよ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 そのまま背を向けて、立ち去ろうとする陽助の背中に抱き着く。

「どうして……行っちゃうの? せっかく仲良くなれたのに……」

 陽助は振り向くことなく答える。

「こうなることは、決まってたんだよ。世界が滅ぶのと、同じようにね。だから、どうしようもない」

 いつもと変わらない平淡な声で言う。

 今までとは違い、少しの悲しみが感じられた。いや、今まで感じなかっただけか。

「魂……魂の力を使えば!」

「一万人、死ねば僕の命は救われるだろう。そうまでして、生きたいとは思わないよ」

 陽助の周りを渦巻く、黄金の花弁が数を増す。

「でも、そんなの納得できないよ! 何か、何か方法があるはず……」

「ないよ。もう、消えるしかないんだ。僕は、長く生きすぎた」

 そう言い終わると、咲は見えない力で突き飛ばされた。

「わっ」

 しかし、地面に着く前に身体はふわりと宙を浮き、衝撃もなく、地面に落ちた。

「お別れだ。咲、今までありがとう」

 そういえば、初めて名前を呼んでもらえたな。

 もう諦めてしまったからかもしれない。そんなことを考えられたのは。

「うん……またね」

 一瞬で、陽助の身体が光の花弁となった。

 それが広がり、消えていく。

 咲は呆然と、その景色を眺めていた。

 涙も流れることなく、ただ、呆然としていた。

 おそらく、忘れられないものとなるだろう。

 勿論、忘れたいわけなどない。

 でも、こんな悲しい気持ちを、どこへ逃がせばいいのか。

 全く分からない。どうすればいいのか分からなかった。

 でも、生きている。きっと、前に進める。

 そんなふうに強引に考え、すっかり暗くなった道を帰ることにした。



 千年の長い時、歪まされた生命はここで途絶えた。


後味の悪い完結となってしまいました……今まで読んでくださった皆様、申し訳ございません。これで、完結とさせていただきます。ありがとうございました。

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