表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

 昔はよかったなぁ。

 何も考えず、ただはしゃいだ。

 そんなことを、古びた校舎を見ながらしみじみと思う。

 それに比べ、今はただなんとなく生きてるだけ。楽しみ方も忘れた。

 校門前、さすがにこの位置で止まっていると目立つ。

 周りの生徒達が鬱陶しげに陽助を避けていく。

 陽助が着ているものはいつもの制服。

 学校側から制服を買うように要求されたが、ちょっと説得すると納得してくれた。どんな説得の仕方をしたのかは、彼とその説得された校長しか知らない。

 咲は先に登校し、教室に行っていることだろう。

 ふと、奇異なものを見るような目線を浴びせられていることに気付いた。

 目を合わせると、誰もが目を逸らす。

 気分が悪くなったので、さっさと校舎の中に入ることにした。





「今日、転入生がやってくる。」

 朝のHRは担任の一言で始まった。

 今まで煩かった教室が、さらに音量を増す。

「静かにしろ。では、入ってこい」

 担任が廊下にいるだろう転校生に言うと、ドアがガラリと開く。

 咲は、ぼーっとしながら視線の先を教室に入ってきた人物に向ける。

 まだ知り合って少ししか経っていないが、心を完全に許せる相手。

「伊津陽助だ。自己紹介を頼む」

 担任は、教壇の上に上がった陽助に言う。教室内が水を打ったかのように静まり返る。

「伊津陽助です。短い間、よろしくお願いします」

 さっさと挨拶を済ませ、陽助が一礼して言葉を切る。

 再び教室内が騒がしくなる。

「静かにしろ。伊津は、ご両親の都合で、短い間しかいられないらしい。もしかしたら、明日にでも転校するかもしれない。それまで、仲良くするように。では、HRを終わる。伊津、席は空いているところに適当に座れ。以上」

 陽助に簡潔な指示を出すと、クラスの学級委員長が号令を出す。

 両親の関係というのは、いろいろ事情があるんだろう。

 また、後で聞こう。

 遠くの席で女子に囲まれてる陽助を見ながらそう思った。




 昼休み。

 陽助は既に疲れ果てていた。

 普段全然話すこともないし、そもそも人間と関わる機会が少ない。

 陽助はぶっきらぼうに答えていただけだが、女子達は延々と質問を振っかけてきた。

 親の仕事は何なのか、家はどこか、好きなものは何なのかなどなど。

 前二つは適当に誤魔化し、あとの一つは、甘いものとはっきり答えた。

 何か貰えるかもしれないから。

 別に昼食など必要なかったが、気分だけでもと、咲が気を遣い、買ってきてくれた。

 学校の屋上で、ソーセージの挟まったパンを食べる。

 咲は、隣でフランスパンをムシャムシャと食べている。

 久しぶりの食事は案外、おいしかった。

「ねえ、陽ちゃん。両親の都合って? 両親どこいるの?」

 横に座った咲が聞いてくる。

 陽助は口の中にあるパンを胃の中に押し込んでから、口を開く。

「ん、いないよ。聞いてくれないほうがありがたい。あれは口実。どうせ、僕はすぐここからいなくなることになるだろうし」

 陽助が何気なく言った一言に、咲の表情は強ばる。

「なんで……いなくなっちゃうの?」

 両親のことに関心を持たず、自分のほうへ来たのは驚いた。

 確かに優先順位はこちらのほうが上だろうが。

 それでも両親のことで一切動揺しているようには見えない。

 それも、自分の錯覚だろうか。

「聞かないでくれるとありがたい」

 手に残ったパンを一気に口に放り込む。

「知りたいの。教えて。両親のことは聞かないから」

 今回は咲も追い縋ってくる。一応ちゃんと伝わっていたようだ。

 少し息を吐いてから答える。

「僕は、魂の力をもう回復できないんだ。それがどういうことか分かる?」

 もう答えに近かった。

 いきなり慣れない言葉を聞いた咲は少し戸惑っている。

 魂の力が回復することすら知らなかっただろう。だが、咲は答えを導いたのか、顔がどんどん暗くなっていく。

「……どうなるの?」

 分かっているはずなのに、聞く。

 信じたくないんだろう。

 当たってる、その代わりに陽助の口から出た言葉は、

「さあね」

 咲を突き飛ばす言葉だった。

 分かっているのに、わざわざ再確認させる必要はない。

 現実を見れば分かるさ、そう付け加えようとして、止めた。

 目に涙を溜めて、必死にそれが溢れないように我慢している少女に言うのは、あまりにも残酷だったから。

 自分のことを心配してくれるのはありがたいが、まあ、もうどうしようもない。

 あの時から、変に納得してしまった。

 咲に目が行かないように、空を見上げる。

 青い空、雲、太陽が一気に目に入る。

 眩しさに目を細め、それでも見続けた。

 何か、おかしい。

 この辺りの空間に、歪みを感じる。

「ちょっと中に入ってて」

「え?」

 潤んだ瞳で咲は陽助を見る。

「早く」

「う、うん」

 緊迫した声で陽助が言うと、咲はすぐにドアに向かって走って行った。

 視線をその下に下げると、原因は分かった。

 空間がグニャリと捻じ曲がり、一人の少女の姿が露になる。

 昔、陽助が人間だった頃、よく一緒にいた友達だった。

 唯一、信頼できた人だった。

「やあ、久しぶりだね。陽助」

 彼女は、平然とそう言う。

「ああ、久しぶり」

 陽助も、同じく顔に何の感情も込めずに言う。

「で、君は無理矢理連れて来られたの? それとも自分の意思?」

 少女はクスリと笑い

「自分の意思だって言ったらどうする?」

 と言って少しずつ陽助に近づいて来る。

 こういう遊び癖があるのも、陽助は知っている。

「どっちにしろ、天に送るよ。何か言うことはある?」

 陽助も、彼女に近寄っていく。

「やっぱり変わらないなぁ。千年も経ってるのに」

 彼女は片手を伸ばし、陽助の頬に触れる。

「うん。大丈夫だね。君は負けない。私も、負けて欲しくない」

 じっと、陽助はただ聞く。

「私も、君を倒そうなんて思わない。それじゃ、完全にあいつらの思うツボだからね。君も、私を消す気なんて、ないんだろう?」

 軽く俯いて答える。

「うん、そうだよ。だから、もう……」

「分かった。じゃあ、さよならだね」

 彼女はまた笑顔を作る。

 その笑顔に何度癒されたかは、数知れない。

 その笑顔も、見れなくなったが。

「嬉しかったよ」

 陽助は、右手を彼女の右胸に当てた。

 彼女は、この位置に心臓がある。

 陽助が少し力を入れると、彼女は光となった。

 光の花弁が飛び散り、地面に落ちて消えていく。

 これをするにも魂の力は必要。これで二十日分。

 盛大なため息を吐き、「何やってんだか」自分に聞く。

 自分の命を削っても、何も感じない。

 これは重症だった。ここまで来ると、もう治らないだろう。

 死の恐怖さえ感じないのなら、生きている意味がない。

 陽助はそう思っている。

「決着は明日になるかな」

 その時に、司令官を殺す。

 そうすれば、相手もやる気がなくなるだろう。全滅させてやりたかったが、少々骨が折れそうだった。




 最近、陽助は咲の家で止まっている。

 こっちの方が何だか落ち着くし、気持ちが良い、そう言っていたのを思い出す。

 さすがに今日は、あまり会話が弾まない。いつも弾まないが。

 陽助はソファーの足に体重を預け、俯いて目を瞑っている。

 咲はソファーに座って何気なくテレビを見ていた。

 いきなり消えると言われても、実感など湧くはずがなかった。

 現に、陽助は今何も変わらず、この場で存在している。

 それが明日にでも消えるかも知れないと言われ、話を呑み込める人などいるはずがない。

 そんな状態に、咲は今なっているわけだが。

 信用していないというわけじゃない、事実を否定しても無駄なことは分かっている。

 それでも、認められない自分がいる。

 もう、助けられないのだろうか。

 そんな思考ばかりが頭を過ぎる。

 最初は「助けられる」と思い込んでいたが、陽助に聞いても答えないし、インターネットで調べても出てくるはずがない。

 やっぱり、どうしようもない。

 夢だった、夢を見ていたと思えばいい、そう自分に言い聞かせた。

 たかが一週間。すぐに忘れられる。

 そもそも、何故こんなにも彼に執着しているのかが分からなかった。

 もう、寝よう。テレビの電源を直接消す。

「もう、寝るよ。じゃあね。陽ちゃん」

「うん、おやすみ」

 部屋の電気を消し、自分の部屋に向かった。


 命は削れる。

 残り、五十八日。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ