第五話 マスター・オブ・エフェクティヴ
教師フルフィウスはアラケルに任せるとして、ウォレスはソロル自治区の有力者アケルブに会いに行くことにした。
とはいえ、反体制組織エフェクティヴは深く深く、長く長く、隠れ潜むことでよく知られる。
アラケルに名を教えてもらったとはいえ、噂を聞くに、特にアケルブはめったに表に出てこないことで有名であるようだった。
そこでウォレスは一計を案じた。ローブを脱ぎ、一般人になりすます。
そしてあろうことか、公騎士団の前で、エフェクティヴの特使を名乗ったのである。特別な情報を持ってきた、どうしてもエフェクティヴのリーダーに会わねばならん。だがリリオットのエフェクティヴは壊滅状態で、連絡方法は散逸してしまった、というのである。
これには公騎士団も閉口した。
建前上は、エフェクティヴは反乱勢力であるから、これを捕まえねばならない。だが単なる狂人である可能性も否定できない。あるいは、自分からエフェクティヴだと名乗るというのは、スパイ活動の一環であるかもしれない。下手に投獄しても、本当に特別な情報を持っていたら洒落にならない。
たらい回しにされた末に、既に捕まっていたエフェクティヴと面通しをすることになった。ウォレスの顔を見せて、本当にエフェクティヴか? と質問したのである。答えは簡単であった。
「こいつがリリオットの鉱山で働く鉱夫に見えるのか? こんな女々しい奴はエフェクティヴには絶対にいねえよ」
ウォレスは単なる狂人として釈放された。そして、すぐさま本物のエフェクティヴによって拉致された。エフェクティヴ以外の者がエフェクティヴを名乗ることは、当然だが、全く許されない行為であった。特別な情報とやらまで持っているならなおさらである。
ウォレスは目隠しをされ、尾行をまくために延々歩かされた。
「手前! 何のためにあんな下手な芝居を打った!」
「アケルブ様に直接会って、特別な情報を伝えるために」
「その特別な情報ってのは何だ!! 吐け!!」
「こればかりは決して吐けぬ。逆に聞くが、お前達は一体どこまで知っている?」
「な、なんだと?」
「エフェクティヴは鉱山で働く鉱夫たちの組織。すなわち精霊採掘都市リリオットにこそその本拠地があった。そこで何が起こったか、何が起きてしまったのか、知っているのか?」
「アケルブ様の前で……その情報を吐くというんだな?」
「精霊に誓って」
目隠しをしたまま、ウォレスは地下室に連れて行かれた。そこに待ち受けているのがアケルブであるということは、容易に想像がついた。
「ここは安全だ。そして俺がアケルブだ。さあ、情報を吐け!」
「言っていいのだな? ならば言うぞ?」ウォレスは確認する。
「マスター・オブ・エフェクティヴは死んだ!」
ウォレスは悲痛な声で叫んだ。空気が凍りつく。誰も一言も声を発しようとはしない。
「嘘だ」アケルブはウォレスの目隠しを引き千切り、その顔を、瞳の奥を見つめて言った。
「嘘だと言え!」
黒に近い茶色の、髭面のアケルブに向かって、ウォレスは再び叫んだ。
「エフェクティヴの真の支配者にして指導者、マスター・オブ・エフェクティヴは死んだ! 儂はその遺言を、意思を伝えに来た!」
「何だ? 何を伝えるというんだ? 俺たちに何を! 残された俺たちに何を伝えに来た!!」
「『リリオットをグラウフラルに渡すな。鉱脈を守れ。精霊を守れ。鉱夫たちを守れ。女子供を守れ。未来永劫リリオットを守れ』 以上だ」
長い時間が流れた。
髭面のアケルブは何度も何度もその言葉を反芻した。
マスター・オブ・エフェクティヴは死んだ。死んだのだ。だが、それでエフェクティヴは終わったのか。否。断じて否。その意思は伝わった。伝令は走った。伝令は届いた。いま、ここに、その意思はある。不滅の意思が。
「……全て事実なんだな?」
「精霊に誓って」ウォレスは言った。
長い沈黙が続いた。再び目隠しをされ、移動し、ウォレスは解放された。
ウォレス・ザ・ウィルレスの吐く嘘は、時に真実よりもそれらしく聞こえることで有名だった。