第二話 大国グラウフラル
大国グラウフラルは、大きく分けて五つの自治区から成っている。
貴族および公騎士団の力が強い、パテル自治区。商業ギルドであるソウルスミスそしてその傭兵部隊リソースガードの力が強い、フラーテル自治区。反体制組織エフェクティヴの隠れ支部があるという、ソロル自治区。黒髪以外を救済するヘレン教の力が強い、マーテル自治区。そして、そのどれにも属さない、国王直轄のポプルス自治区である。
大国グラウフラルに立ち寄った白の教師ウォレスの建前上の目的は、精霊採掘都市リリオット半壊の知らせをマーテル自治区のヘレン教大聖堂の教師たちへと伝えることであった。
そのリリオット半壊事件にウォレス自身が関わっていることは、まあわざわざ話す必要はあるまい。
現在リリオットは、非常に危うい状況に置かれていた。
クックロビン卿を含む有力貴族が次々と死亡し、公騎士団は混乱に陥った。リソースガードはいつものように金を積まれて暴力を働いた。ヘレン教は弾圧されたが、よく耐えた。闇に乗じたエフェクティヴは内乱を起こしかけたが失敗した。サルバーデルの劇があった。
ウォレスがその目で見た巨額の「f予算」は、生き残った貴族たちによりリリオットの復興のために使われるとされているが、それもまた怪しいものである。
いずれにせよ、リリオットの勢力図は大きく塗り替えられた。それは事実であった。
対する大国グラウフラルには、リリオットを併合する大義名分があった。八十八年前の大戦での盟約――大国グラウフラルの発したまったく一方的な終戦協定――が無ければ、リリオットは進駐軍によって完全に支配されていたはずなのである。
大量の精霊――魔法よりも容易にエネルギーとして利用できる鉱石――が採掘できるというだけで、リリオットが政治的に独立してきたこと自体、グラウフラルは承認していない。
リリオットの力が弱まった隙を狙って、盟約のことなど知らぬとばかりに、再びグラウフラル軍が侵攻するという展開は、誰であれ容易に想像できた。
「めんどうくさいのう……」
ウォレスはとりあえずマーテル自治区に来ていた。
とはいえ、グラウフラルのヘレン教団には知り合いはいない。紹介状も何も無い。
とりあえずヘレン教の大聖堂の中に入ってはみたものの、信徒がいるばかりで、ざっと見た限り教師はいないようであった。
信徒の髪の色は皆「黒以外」で占められている。
ヘレン教は、かつて自らを迫害した黒髪たちを迫害する。裏切り者を迫害する。それは教義であり原則である。
幸い、青いオールバックの髪をしたウォレスは、ヘレン教の迫害の対象ではない。というか、リリオット半壊が起こるまでの間は、ヘレン教実働部隊インカネーションの一遊撃戦力として働いていたのである。それが「白の教師」に昇格されたのは、リリオットでのヘレン教大聖堂襲撃事件をうまく防いだからに他ならない。
しかし、その昇格は墓碑の司祭ヤズエイムに言われるまでもなく、昇格と同時にデスクワークに専念して、表舞台から姿を消せという意味でもあった。
「もしもしそこの娘さん」
「はい? 私ですか? カエルですか?」真緑色のローブを着たいかにもカエルっぽい金髪の少女が答える。
「カエル……変な名じゃな。儂はリリオットからはるばるやってきた使いの者じゃが、ヘレン教団の教師に会いたい。連絡先を知らんかね」
「カエルはただのいち信徒ですよ? 教師様のご予定ご連絡先など知るわけないのです!」
「そうか」とウォレスは呟く。
「でもでも、カエルは思うのです。教師フルフィウス様の愛弟子、アラケル様なら、ご予定ご連絡先などを御存知かと!」謎の方角に向けてポーズを取るカエル。
「そのアラケルとやらはどこにおるのじゃ?」
「カエルには見えるのです。あそこで説法を行ってらっしゃるのが、アラケル様です!」
「なるほど。ではそのアラケル殿に相談してみるとしようかの。精霊採掘都市リリオットの命運とやらを」