最終話 契約同盟とリリオットの独立
レッド・ドラゴンの飛来から二年。
精霊採掘都市リリオットは、近来稀に見る活気を見せていた。
ウォレスが心中で予言した通り、竜の撃退から数ヵ月後、臨時同盟は解消された。
だが解消と同時に、契約同盟が結ばれた。これは臨時同盟がまだ有効なうちに、グラウフラルとリリオット双方が協議して出来た新たな制度である。
三年では短すぎ、十年では長すぎるということで決まった、五ヵ年契約の同盟制度。
精霊採掘都市リリオットは、恒久的な独立を認められこそはしなかったものの、五ヵ年の間大国グラウフラルと対等な関係を維持することとなった。
この制度が上手く回れば、さらに五年、またさらに五年と、契約を更新し、対等な関係を維持し続けることができる。それは事実上のリリオットの独立に等しかった。
またグラウフラルとの取引で、公式に五年程度のツケが効くようになったことで、リリオットの貿易収支は激増した。グラウフラル向けに大量の精霊駆動の物品が売り出され、対するリリオットの食糧事情は改善された。これによりリリオットとグラウフラルのそれぞれが好景気に沸いた。
「竜殺し」「リリオット独立、復興の英雄」を名乗る者達は、ソウルスミスが戦場で発行した無料の竜殺し証明書によって横の繋がりを維持していた。彼ら彼女らは、派閥を超えて集まり、一つの潮流を作り出した。証明書によって、リリオットの共有財産である「f予算」から、一定額の無利子の借金をすることができる。彼ら彼女らは、その資金を集めてリリオット投資組合を組織し、復興の大役を買って出たのである。
リリオットの貴族たちやソウルスミス支部としても、「f予算」が無駄に溜め込まれるよりは、現金として使われたほうがおいしい。「竜殺し証明書」はそのための体のよい口実であった。
そして精霊の輸出と需要が増えたことで、一つの大きな変化があった。いまや貴重な労働力となったリリオットの鉱夫たちの待遇は改善され、彼らには貴族たちによって日々の食事――大きな芋、あるいはライ麦のパン!――の配給が約束されたのである。
これまで独自の配給制度を構築し、芋の茎をかじり、活動資金の捻出を最優先してきたエフェクティヴにしてみれば、これはまったく思いがけない、驚くべき変化であった。ある者はこれを堕落と呼んだが、多くの鉱夫たちはこれを単に勝利と呼んで歓迎した。実際、彼らは――この契約同盟の影響を最も受けたという意味で――勝利者であった。
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緑の丘の上。風が白の魔王ウォレスの頬を撫でる。
「どうしてもリリオットを去るのか?」白髪、片眼鏡の墓碑の司祭ヤズエイムが青髪のウォレスに問う。
「儂はやるべきことを成した。リリオットにも、グラウフラルにも、相応の幸福が訪れた。もはや儂の出る幕は無いじゃろう」
風に吹かれ、黒いローブと白髪を揺らしてヤズエイムが呟く。
「ウォレス・ザ・オリジナル。お前の元になった『何か』。お前はそれを探すのか?」
「そうじゃな。世界各地の丘の上の古城を巡り、もはやとっくに失われたそれを探すのもいいかもしれん」
ヤズエイムは歯噛みする。
「お前はいつもそうだ。いつでも他人の気持ちに鈍感すぎる。それこそ『精霊投票システム』を使うべきだな」
「鈍感でなくては三百年も生きておらんよ。のう? ヤズエイムよ」
「久しぶりに俺のことを名前で呼んでくれたな」
「ああ、別れの駄賃がわりじゃ。釣りはいらんぞ」
「まったく……そういう野暮なことは言わずにおくものだよ、ウォレス」
なに、いずれまた帰ってくるさ。
何百年かしたら、精霊採掘都市リリオットと、大国グラウフラルのその後を見届けにな。
そう言って、丘の上にヤズエイムを一人残して、白の魔王ウォレスは消えた。
見上げればリリオットの空は青く青く澄み渡り、まるでウォレスの髪の色を映したようであった。
―完―
このあと挿話が二話続きます。




