第十四話 レッド・ドラゴン討伐 後
復興中のはずのリリオットからなぜか届き続ける、ありあまる物資。
竜の飛来の合間を縫って、西側第二城壁、西側砦は急速に復元された。
砦には、リリオットから運び込まれた巨大な精霊機関砲が据え付けられ、竜の直撃を避けるための対物理精霊障壁が設置された。
砦の装甲表面には、雷撃に耐えるための耐電撃塗装が施される。
グラウフラルの兵士とリリオットの傭兵たちはウォレスの指示で共に深い穴を掘りめぐらし、銃兵をはじめとする戦士たちは雷光でやられぬよう、己の身を隠す。
「地面に穴掘って隠れるだんなんて、蟻にでもなった気分だぜ」
これはいわゆる塹壕戦術の発明である。掘るのにはリリオットの鉱夫たちが持ち込んだスコップが使われた。
前回同様、ベヒモスの骨髄に油をかけて燃やすことで、竜をおびき寄せる作戦である。
しかしリリオットの全面協力を得てもなお、軍師たる白の魔王ウォレスは、再度の敗戦を懸念していた。各部隊長に話を聞き、弾は何発まで連射可能か、命中すればダメージは入るのか、弾丸への死の呪いのかけ忘れは無いか等、再三のチェックをして回る。何事にも心配のしすぎということはない。
そして四日目の昼。数匹のドレイクを連れて、レッド・ドラゴンは現れた。
「まだ遠い!! 弾を無駄にするな!!」
隊長の号令に応え、限界まで引き付けてから精霊機関砲は発射された。竜の身体とまではいかずとも、その翼に弾丸は深く突き刺さった。怒りの咆哮を上げるレッド・ドラゴン。雷撃が大地を荒れ狂うが、深く掘られた塹壕の中にまでは届かない。
リリオットの銃兵たちが顔を上げ、飛び来る竜に向けて激しい射撃を浴びせかける。弓と違い、精霊銃の弾丸は高い初速を持つ。そのため竜は全ての弾を回避することはできずに、その翼に穴が開き、徐々に高度を低下させる。
そしてそれがまた、新しい弾を呼び込む結果となる。幾度目かの往来ののちに、竜の翼に破れが走った。
再度咆哮するレッド・ドラゴン。
しかしその声は以前ほど鋭く強くは無く、長弓兵の放つ矢もがその身体に命中しはじめる。竜は怒りにまかせて、兵士の固まる西側砦の近くの広場に着地した。兵士たちの歓喜の怒号と絶叫が起こる。
四足で這いずり回り、炎と死の息を吐いて抵抗するレッド・ドラゴン。兵士がばたばたと倒れる中、周囲の銃兵は果敢に攻撃を試みる。ようやく出番が回ってきた近接型の精霊武器を手に持つ連中が、塹壕から湧き出し、菓子に群がる蟻のように、竜の回りに殺到する。
竜はしぶとかった。その顎は二十を超える兵士を食いちぎり、振り払った。だがそれでも、鱗は砕かれ、次々と精霊駆動の武具が突き立てられていった。赤黒い千枚の鱗の鎧は、流れる血によってさらに赤黒く染まり、いまや何処かの誰かの英雄によって、全てを打ち砕かれるために存在しているかのようであった。
「儂には、竜に向かって死が降り注ぐのが見える。おそらく竜は死ぬじゃろう」
隊長に指示し、ウォレスは白い狼煙を上げさせる。勝勢の印である。
けれどもこれで終わりではないぞ。とウォレスは王に向けて、心の中で語りかける。
おそらく大国グラウフラルは臨時同盟を解消し、精霊採掘都市リリオットの独立を認めないじゃろう。水と油がいずれ分かたれるように、再び両者はいがみ合う。それは避けられぬ定めじゃ。じゃが今は、今だけはレッド・ドラゴンの撃破を祝うとしよう。
儂にとってはほんの一瞬じゃが、王よ、今だけは永劫の勝利の美酒を味わうがよい。
ウォレスのこの予言は、後にある意味で当たり、ある意味で外れることになる。




