第十二話 レッド・ドラゴン討伐 中
「報告します!! 西側第二城壁および西側砦は陥落!! 死傷者多数!!」
「黒の狼煙が上がっています!! この戦は負けです!! 撤退の指示を!!」
「これほどまでに……これほどまでに竜は強いのか……」王は震えた声を上げる。
かつて大陸を制覇せしめんとした軍事大国グラウフラル。その百年後の姿を、誰が想像できただろうか。武器は進歩し、練度は上がり、長らく力を蓄えたはずのグラウフラルの栄光は、竜の飛来によって一瞬にして灰燼に帰した。
備え付けたバリスタは砦ごと吹き飛ばされ、長弓兵たちの矢は竜の鱗をかすることさえできず、戦士の剣は振るわれることなく雷撃に没した。グラウフラルで一番の名軍師と呼ばれていた者は戦死し、副軍師ウォレスのみが生還した。
グラウフラル王は、己の無力さを噛み締めた。文字通りの意味で、歯を食いしばった。竜は、西側砦を飛び越えて、悠々と西側第一城壁の近くまで飛来した。城壁から長弓兵が放つ矢は、竜の高さまで届かない。まるでこの国は俺のものだと言わんばかりに、レッド・ドラゴンは大地を揺るがす絶叫を上げて凱旋していった。
竜を相手にしては、防衛一辺倒に育ててきたはずの軍隊でさえも、何の役にも立たない。
グラウフラルは、実に八十八年ぶりに、負け戦を経験した。
傷ついた兵士たちが、城壁の内側に運び込まれる。グラウフラルではまだ珍しい、回復術を会得した数名のヘレン教教徒が、そしてあのカエルが、なんとかまだ息のある兵士たちの傷を癒そうと試みる。だが遠目に見るウォレスには、それが無駄な足掻きだということが分かる。分かってしまう。
彼らは死ぬ。竜のために。戦のために。そしてなにより、国のために。
----
謁見の間。
「白の魔王ウォレスよ。お前はよくやった」
「確かに十匹のドレイクは、お前の呪った死の矢によって打ち倒された。だがレッド・ドラゴンには矢を当てることさえ叶わなかった。百年前の記録が今なら真実だと分かる。生半可な数の兵では、竜は殺せぬ。名も無き英雄が無数に生まれ散っていったのも、記録にあるとおり、事実なのだろう。戦争はなんと悲しく、なんと無益なことか。竜とは何と強く、何と残酷、無慈悲なことか。おお、おお」
王は嗚咽していた。
ウォレスは片膝をつき、頭を下げ、それを見て見ぬ振りをする。
「誰でもいい。何でもいい。竜を殺す方法を編み出せる知恵者はおらぬか。褒美に金貨を何枚でもくれてやる。領土も民もくれてやる。ああ分かっておる。今の私はまともではない。気が狂れておる。だが、誰かおらぬか。都合のよい名案を、銀の弾丸を、いますぐに中空のうちに紡ぎ出せる者はおらぬのか!!」
一つ無いわけでもありません。と年老いた兵士が声を上げた。
リリオットと同盟を結ぶのです。一時的であろうと何であろうとかまいませぬ。幾ら払えと言われても仔細は問いませぬ。我らは同じ人間として、共に竜の脅威にさらされております。我らは嫌が応にも、竜を打ち負かさねばなりませぬ。このくだらぬ意見で、ただ儂の首が飛ぶ程度で、竜が打ち殺せるなら本望。どうか御一考くださいませ。王よ。王よ。
すぐに近衛兵に取り押さえられ、頭を地面に押し付けられる老兵。しかし王は言った。
「かまわぬ。余によくぞ、よくぞ物申した。その者を放してやれ」
「これより≪円卓の十二人≫に召集を命ずる。議題は迫り来る竜の脅威について、そしてリリオットとの臨時同盟の是非についてだ。異論は断じて認めん」
ウォレスは終始無言である。
白の魔王の力の及ばぬところで、大陸の歴史は紡がれるべくして紡がれてゆく。




