第十一話 レッド・ドラゴン討伐 前
白の魔王ウォレスは言った。百年前のドラゴン討伐の記録にあった良き魔法使いは己の知り合いであると。
白の魔王ウォレスは言った。その者は既に帰らぬ人となったことを。
白の魔王ウォレスは言った。もはや自分には僅かな手助けしかできぬことを。
白の魔王ウォレスは言った。弓矢に美しい祝福を与える代わりに、畏怖すべき死の呪いを与えられるということを。
王はそれを黙って聞いていた。
王は考え込み、やがて口を開いた。
「レッド・ドラゴンは討伐せねばならん」
金髪のグラウス、銀髪のフラウス、二人の息子たちは強く頷く。
「たとえ白の魔王ウォレスの力を借りてでも、グラウフラルの民草を一刻も早く、恐るべき竜の脅威から守らねばならん」
「弓矢に祝福を与えよとは言わぬ」
「ただ竜に死を与えよ、ウォレス」
「御意」
ウォレスは片膝をつき、王に一時の忠誠を誓う。
かくしてレッド・ドラゴン討伐部隊に、副軍師として白の魔王ウォレスが加わった。
盗賊のロビン、魔法使いリュート、剣士アートルムは、自らの意思で討伐隊に志願した。まだ若い彼らは、後方での支援物資の運搬作業を任された。
修繕中の西側第二城壁と西側砦に、多くの軍事物資が運び込まれる。
志願兵たちは砦に石を積み、板を打ちつけ、どんどん補強してゆく。
そして終戦の時より全く使われることのなかった新品のバリスタ(据え置き式大型弩砲)が据え付けられ、西側砦は一つの砲台と化した。
全ての矢じりはウォレスの操る死の呪いに浸され、矢は触れるものを滅ぼす死のそれへと変じる。
処分しかねていたベヒモスの骨髄が西の平原に運ばれていた。これに油をかけて燃やし、その匂いで竜を誘い出すという作戦であった。
待つこと三日。夜明けと共にレッド・ドラゴンは飛来した。赤黒い、千枚の鱗の鎧。周囲には十数匹のドレイクを従えている。
バリスタから次々と発射される死の矢は、景気よく数匹のドレイクを撃ち落とす。だがそれを軽々とかわして、レッド・ドラゴンは吼えた。幾条もの雷光が砦の近くに落ち、大地が火に包まれる。レッド・ドラゴンと呼ばれる所以である。
「眼だ!! 眼を狙え!!」「もうやってる!!」「くそっ!! 当たらん!!」
公騎士団とリソースガードの長弓兵がレッド・ドラゴンを狙う。だが、複雑な機動をする竜にはかすりもしない。むしろ竜は顎を広げ咆哮すると、その爪を広げて、力に任せて砦の傍を弾丸のように飛ぶ。竜の巨体にかすり、上部を抉り取られる西側砦。
「なんてこった!!」「おい!! 怪我人を運べ!!」「こっちももうだめだ!!」
「数百の精鋭でもダメなのか!?」「奴を……奴をどうにかしろ!!」「無理だ!!」
また別のドレイクが地に落ち、怒号が荒れ狂った。そうする間にも、竜は何度も何度も砦に接近し、逃げ惑う兵士たちを雷撃で消し飛ばす。弓の勢いと数は当初の半分以下に減り、もはや戦線は崩壊し、戦いを続けることができない。隊長の必死の号令も、戦士たちの悲鳴にかき消される。
ふと見ると、地に降り立ったドレイクが、手練れの長弓兵たちに歩み寄り、その頭を次々と噛み砕いてゆく。ようやく番えられた死の矢が数本頭に突き刺さり、倒れるドレイク。だが、たった一匹を仕留めるために支払った代償はあまりに大きい。上空には、まだ何匹ものドレイクがぎゃあぎゃあと喚き声を上げて飛び交っている。
絶望が戦場を支配し、もはやそこは戦いの場ではなくなっていた。崩れる西側第二城壁と西側砦。この戦争の趨勢は、完全に敗北に傾いた。




