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第一話 ウォレス・ザ・ウィルレスは動かない

「お主たち、ドレイク狩りに行くそうじゃな」グラウフラルの大酒場兼宿屋で、昼間から酒をあおる青い髪をした少年が居た。白い粗末なローブを纏っている。だが見る者が見れば分かっただろう。その背に記されているのはヘレン教の「教師」を意味する印である。だが、こんな少年が教師? 性質の悪い冗談にしか見えない。

「ドレイク狩りに行くからってなんだっていうんです?」と僕は虚勢を張った。

「いや……ドレイクだけで済むかの? と思ってのう」別に杞憂ならいいんじゃが、とその少年は老人のような口調で言った。

「僕、ロビンには仲間も居ます。魔法使いリュート、剣士アートルム。いずれも死線を掻い潜ってきた仲です。ドラゴンにだって負けはしませんよ」

「ドラゴンに……のう?」一つだけ忠告しておくが、と少年は言った。

「もしドラゴンに会ったなら、隠れてじっとしておることじゃ。食事が終われば彼奴らは勝手に移動するからのう」



 平原に一匹の獣が倒れていた。

 神がもっともうまく作ったといわれる地の獣、ベヒモス。象を幾倍にも大きくしたようなその巨体は、大地に倒れて動かない。その肉を、内臓を、貪るように食らう生物が居た。

 ぐちゃぐちゃぐちゃ。その食事の音は、血生臭い臭気を周囲に撒き散らす。古来より、炎から生まれると言われるレッド・ドラゴン。赤黒い千の鱗の鎧を身に纏い、どんな矢や剣でさえも跳ね返す、地上最強の生物。

 それが、ベヒモスの腹を、臓腑を噛み千切り、喰らっている。

 ドラゴンが血に染まった口を開いて鋭く咆哮すると、円を描いて滞空していた十匹数のドレイクが、我先にと残された肉をついばむために降下する。

 もう自らの腹は満たされたのか、ドレイクたちの残飯漁りには目もくれず、ドラゴンは鎌首を上げ、悠然と周囲を監視していた。

「は、話が違うじゃないか……」盗賊の僕は呆然としたまま、木陰に隠れ続ける。

「もういやだ、帰りましょう」魔法使いリュートが提案する。

「数匹の野良ドレイクを掃除する? あれのどこがドレイクだ!」剣士アートルムは憤る。

 間違いない。商業ギルド、ソウルスミスへの依頼に手違いがあったのだ。あるいはわざと事を小さく報告したに違いない。ソウルスミス直属の傭兵組織リソースガードに属する僕達にとって、依頼書のミスは致命的である。

 

 とてもじゃないが、レッド・ドラゴンは僕達がかなうような相手ではない。しかし近くの林にまでのこのこと移動してきてしまった手前、下手に動けば気付かれる。絶体絶命の危機にあった僕達は、酒場で出会った奇妙な少年のことを思い出す。あの不自然に大きな手をした、白いローブを着た少年のことを。

「もしドラゴンに会ったなら、じっとしておることじゃ。食事が終われば彼奴らは勝手に移動するからのう」僕らは、その言葉を信じるしかなかった。僕らは待った。その二時間の待ち時間は、体感的には二日間にも相当するものだった。

 レッド・ドラゴンは周囲に自らを害するものが何もないと知ると、翼を広げ飛び立ち、山のほうへと去って行く。

 十数匹のドレイクたちはまだ腐肉を漁っていたが、しばらくしてその後を追った。僕達は奇跡的に助かったのだ。全身が汗でびっしょりと濡れていた。

 


「収穫はあったかの?」日が沈み、僕らが手ぶらで帰ったとき、その少年はまだ同じ席に居た。

「レッド・ドラゴンに遭遇しました。ご忠告に感謝します。えーと」

 その少年に名前を聞こうとする僕の心を読んだように、彼は言った。

「ウォレス・ザ・ウィルレス。白の魔王ウォレス。儂のことはそう呼んでくれればいい」


 僕はその名前を、既に知っていた。それは古い古い御伽噺だった。丘の上の古城に住むという不老不死の魔法使い。悪魔を従え、死すらも操るという、魔王。

「いつまでこの宿にいるつもりですか」

「さて、いつまでいようかのう?」そのとき始めて、僕はその少年の姿が仮初のものにすぎないことに気付いた。

「もしよければ、後でまた話を聞かせてください」僕が頭を下げると、少年は言った。

「そうじゃな。もし年長者に敬意を払うなら――酒くらいはおごってもらうが――話を聞かせてやらんこともない」

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